三途渡るにゃあんたが道連れ!
臨死体験してみたか。
臨死体験=霊界訪問と考える人がいるけれど、霊媒の立場から見ると変に思える。
人は死に際して、過去の記憶が走馬灯のように駆け抜けるというが、トンネルを抜けるとか、お花畑が広がっているとか、そういうビジョンは霊界ではなく、母体から出た際の体験を地上的な観念で表現したものだろう。
つまりトンネルは産道、お花畑は対外の明るさだろうね。むろん、生まれたばかりの赤ん坊は目が見えないけれど、光を感じられないわけではないから。
三途の川は、産湯がもたらすイメージだ。三途の川を渡る際に、奪衣婆《だついば》と呼ばれる醜いばあ様に衣服を剥ぎ取られるというが、これなどは、産婆さんに産着を着せられる事を感じ取ってのイメージかもしれない。
するってーと、いまどき病院で産湯に使った人たちは、臨死体験で、きれいな奪衣ギャル(?)に服を脱がされて、鼻の下を伸ばしたりなんかして……そんな奴は地獄に落ちろ!
二酸化炭素中毒?
臨死体験は、二酸化炭素中毒がもたらす幻覚であるという。私もそう思う。何しろ、私も臨死体験したことあるから。
花粉症がひどかった頃、寝ている最中に鼻が詰まって、窒息しかけて目が覚めたんだ!。いやそのときの苦しかった事、目が覚めたと単に今度は過呼吸でトリップまでしてしまった。
その目が覚める直前、私は平泉の中尊寺の参道を歩いていた。杉の木が香ってすがすがしかった。そして、私は自分が死んでここに来たんだと確信したんだ。というのは、生前(?)奥州藤原四代に関する本を読み漁っていたとき、死んだら全盛期の平泉の霊的光景を散策してみたいと思っていたから。そうさせてくれと守護霊とも約束していたしね。
で、ともかく、中尊寺の参道を歩んでいる。進むにつれて金色堂が見えてきたんだ。近代のさや堂もなく、過去にもあったらしいさや堂も無く、木立の中に燦然と煌く金色堂があって、はっと思ったのは、その背後に後光を伴った阿弥陀仏が座っていた。金色堂よりも大きな阿弥陀様だった。
・・・いやぁーとうとう来たな・・・
で、とりあえず金色堂の中で精神統一でもさせてもらおうと金色堂に向かうと、一人の和尚に呼び止められた。なぜだか、今東光和尚だってすぐに気がついたんだ。
「なにしにきた?」
「いえ、私は死んだら平泉を訪ねようと思っていたものですから」
「まだ早いらしいぞ、また来い」
気がついたら鼻が詰まって苦しかった。
すっかり忘れていたけれど、今東光和尚は、金色堂の補修作業などに尽力した人だったんですよね。その頃はもう私の中では平泉への熱は冷めていたのだけど、それは飽きたというのではなく、今行くところではないと思っていただけの事。
そして、これが切っ掛けで、今東光氏の本を何冊か読んだけれど・・・性にあわなんだ。
まあ、ただの夢といえば夢だけどね。それを言うならワード氏の「死後の世界」や「幽界行脚」なんかだって夢が題材といえなくも無い。
野狐の幽界行脚
私の父方の祖母は、私が小学校に上がる前に亡くなったのだけど、霊感が開いてこの方は葉型の祖母とは良く話すが、父方の祖母とはあまり話したことが無かった。
ところがある晩、夢の中で祖母の家を訪ねたんだ。山寺の参道のような、ほとんど獣道のような狭い坂道、でも、石畳のように舗装されていたっけ。
うん、中尊寺の参道を歩いた事のある人ならばイメージしやすいかもしれない。参道の両脇に小さなお寺がいっぱいあるように、この幽界の道の両脇には、間口一間(今から思うと多分半間)足らずの小さなお堂みたいな家がぽつんぽつんと立っている。そのうちの一軒を訪ねると、そこには祖母がいた。
この家が祖母の家だと分かったのは、これが幽界の光景であると気がついたのと同じ理由だ。ワード氏の幽界訪問記や、小桜姫物語などでは、幽体をまとった案内者が導いてくれたわけだけど、私の場合は、心霊知識があるものだから幽体をまとわい案内者でもぜんぜん平気で、その時は声だけ・・・というより観念だけの案内者が私についていてくれたのです。だから、必要な事は何でも直覚して何の不安も迷いも無かったのです。
ただ、とても絵になりにくい光景ですよね。一人で歩いているのにガイドが連れ添っているなんて。しかも、人の記憶にはやはり光景がもたらす影響が大きいのです。だから、家々の間口の大きさの記憶すらあいまいで・・・そのときには当たり前と思っていたけれど、振り返って考えるととてもおかしな光景でした。私は普段、建物の施設管理の設計見積もりを職業にしていますから、建物を見て大体の寸法を常に確認する癖が付いているのに、それがとても滑稽なのです。
祖母の家は、はいってみると広さは二畳程度、えらく狭いけれど、別に押入れが必要なわけで無し、台所もトイレも風呂も不要なのですからどうと言うことはありますまい。また、祖母と差し向かいで話したのですから最低限その程度の大きさは必要です。すると、家の大きさ一間(1.8メートル)四方のはず。だから、各家々は間口一間と思っていたのですが、外見を思うと、堂も各家は、間口半間程度、家の高さも屋根が見えるぐらいだからおそらく1.5メートル程度のものだったはず。
そう、私が訪ねた祖母の村(?)にある家々は、外よりも内部が大きかったのです。
まあ、なんという事もありません。実際には家など無くただ、各人に割り振られた区画、いわばこれが自己の領域という観念だけがそこにあったのでしょう。大きさを論じる事なんて無意味といえばそれまでです。
さて、祖母と何を話したのか、実はあまり覚えていません。言葉のやり取りは無かったであろう事は間違いありません。私は横浜育ちで、田舎の老人たちの方言の強い会話にはまるで付いていけないのですから。でも、二、三の心温まるやり取りがあった事だけは、朝、目覚めた時の旨の暖かさで分かります。なにやら一日が幸せに過ごせたのです。
そして、少時のやり取りの後、またいらっしゃいと言われて座を辞したのでした。帰りは小道をたどることなく気がつけば寝床にいたという訳で……以後、時々、父方の祖母とも会話を交わします。思えばようやく祖母も幽界でひとり立ちの準備が出来たという事でしょう。
目覚めた近親者がいると、仏壇で手を合わせるのにも張りが出てくるもので、この頃から、私と違って霊感の自覚のない弟もまじめに墓参りに付き合うようになりましたね。
近親者のお墓探し
両親の離婚といったような様々な過程の事情から、実親のお墓のありかが分からず、心を痛めていらっしゃる人も多いわけですが、私の体験から思うに、先祖供養というのは、先祖自身にその準備が出来ていないと、やはり心通う事も難しいようです。
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私の死後の家
ある晩に見た夢です。
いわゆる龍神と思しき老翁が訪ねてきて、『お前の死後の家を決めておきたい。何せ好みがうるさそうだからな』
結局、正面に万年雪をかぶった大きな山が見える高原の南斜面(方角に意味があるのか?)を住処に選びました。周囲は草原で、スミレのような小さな花が一面に咲いている。見渡す限り周囲には気は一本も無い。そこにマッシュルームみたいなドーム型の家をつくって、床も壁も天井もみなふかふかにしてあります。部屋には椅子も無く、ただ、床の一部が高くてテーブル代わりに使え、壁の一面が大きなモニターになっている。
「モニターを何に使うのか。死後は統一しさえすれば何でも見えることは知っているはずだ。第一そんな機械を何が動かす?」と訝しげに問われたのですが、想念にも共感すべきものと相対すべきものがあるのです。他の意見を尊重して流されぬ為には、他の意見、他の想念だとはっきり分かる区別が必要です。
老翁は理解に苦しんでいるようですが、まあ、私は勝手にします。
まったくなんて露骨な家のデザインでしょう。周りに何も無いのは他人を無視する為の空間。マッシュルーム方の家も子宮的といえば他人を拒絶するデザイン。その挙句……
『死後に何か希望するものはあるか?』そう問われて私は、
「死後しばらくは挨拶できるところには挨拶を済ませて義理を果たしたいが、後はほっといて欲しい。特にあなた方の指導は絶対いらない」
『それは困る、私たちにも勤めがあるし責任もある』
「生きて、霊媒を続ける間はあなたたちの価値観に付き合ってきたのだから、死後まで縛られるのは断る。私はあなた方と違う価値観の霊団からきているから、ここの文化をより客観的に見ることが出来た。いい所もあるが悪いとこもある。いいところは沢山学ばせていただいたが、悪いところも良いと思い込む事はしない。死後は自由な立場から、長所短所を分析したいから、ほっといて欲しい。特に龍神の指導は絶対いらない」
老翁はうなずいて立ち去ったが、あれは絶対に実力行使にでる覚悟でいるな。
善悪に拘るな……大切な事だけどね。誰だって自分が正しいと思う事を信じて行っているわけで、それを間違っているといわれて喜ぶ人はいません。霊だってそれは同様です。むしろ、霊の方が敏感に批判を嫌います。
でも、鵜呑みにしては成長がありません。霊界で魂の成長が遅いというのは、ひとつ事柄を討究することが出来ないからです。良さそうなアイデアに対して、間違っているのではないか、とつつきまわし批判し、分析して、その後にようやく信頼を寄せられるのだという、地上の、特に技術の分野では当たり前の事柄が霊界ではとても試しにくいのです。なぜなら想念の世界において、相手を批判する事はそのまま一種の暴力だから。
だから、一人ぼっちの場所にいれば、好きなだけ批判が出来る。否定の為の批判ではなく、信じるに値するものを探す為の批判が。
地上では、いろいろな人との距離が近すぎます。ろくでもない奴に反感を抱けば、その守護霊がにらみつける。人のアイデアを検討していると、その守護霊から背後の霊までが、ハラハラ、ドキドキ見守って、意図してか、せずにか賞賛を求める圧力となっている。
良いところを見て、悪いところは見てみぬ振りをする。それは処世術であって、その処世術をすべてに当てはめていては、改善も向上も望めない。
はあ、無論私だって無意識にそうしているのだろうさ。だから、死後はしばらく、一人で心行くまで批判をしてみたい。そうやって信じられるもの探してみたいのです。
そして、日々、そう思っていると、嫌なんだよね、龍神といわれる手合いの性格が。彼らはまるで疑問を抱かない。知っているのだから疑問を持つ必要が無いと思い込んでいるようだ。
『黙って大人の言う事を聞きなさい』
そういう神々が作った世の中が、はてさて、なんとまあ人の話を聞けぬ連中ばかりが住んでいることか。……ああ、話を聞かない連中だから修行が必要だと思っているわけか。
でもね、言い聞かせる事が上手な人とは、要するに人の話を聴ける人なんです。そして、疑問を持つ事が下手な聞き手が、どうして相手に、『ちゃんと話を聞いてくれている』と印象付ける事が出来るのだろう?
すぐに感情的になる人々をなだめるのには、龍神はうってつけかもしれない。でも、創造性を育てるのはとても下手だ。創造性という面で考えるなら、天狗霊の方がよほど面白いだろうな。そう、世を揺るがすような革新的な思想の持ち主は、日本じゃ大天狗などと呼ばれるのだから。
とにかく、何でもかんでも高級霊だからとありがたがらぬことです。世のすべてには向き不向きがあるのだから。
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