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  <title>案山子の視点</title>
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  <modified>2005-06-07T12:59:04Z</modified>
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  <copyright>Copyright (c) 2005, isao</copyright>
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    <title>恋の悩みは火傷の覚悟</title>
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    <issued>2005-06-07T21:59:04+09:00</issued>
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    <created>2005-06-07T12:59:04Z</created>
    <summary type="text/plain"> 　恋をすると美しくなる人と、醜くなる人がいる。……その変化は心から始まり、雰囲気、生活態度、対人姿勢、服装のセンス、最後には容姿まで変わっていく。 　この差は稀には相手に非がある。たとえば浮気性の相手に振り回されて不幸な恋の深みに嵌れば、いずれはどんな人の心は醜く変わらざるを得ない。だが、大抵は、...</summary>
    <author>
      <name>isao</name>
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      <email>oigami@i-ml.com</email>
    </author>
    <dc:subject>霊媒相手</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>&nbsp;　恋をすると美しくなる人と、醜くなる人がいる。……その変化は心から始まり、雰囲気、生活態度、対人姿勢、
服装のセンス、最後には容姿まで変わっていく。</p>
<p>　この差は稀には相手に非がある。たとえば浮気性の相手に振り回されて不幸な恋の深みに嵌れば、
いずれはどんな人の心は醜く変わらざるを得ない。だが、大抵は、その当人の性質によるだろう。美しく変わる分には敢て問題にすることもない。
うまく恋が成就すれば良し。少なくとも美しい思い出が残るだろう。</p>
<p>　だが、醜く変わるとどうなるだろう？　……恋に熱中すればするほど、相手の負担が増えていく。努力すればするほど相手に嫌われ、
嫌われても別れられなければ相手から憎まれていく。恋する相手に憎まれれば、己が心が傷つくだけではすまない。
いずれは己が心の痛みを含めて相手に恨みを抱くだろう。……この変化をもたらす主成分は、独占欲だ。</p>
<p>　単に己が醜くなるだけでは終わらない。……往々相手も不幸にするのであるから面倒な話だ。</p>
<p>　ところでこの話題は、私のオリジナルというわけでもない。地獄を題材にする仏教説話等の方がもっと露骨で詳しい。が、
あえて私がこの話題を持ち出したのは、こういう相手の相談に乗ることの大変さについてだ。</p>
<p>　恋をすると美しくなる人ならば、相談に乗る必要もない。もしも相談を持ちかけられたなら、お惚気を聞かされると思うべきだ。
問題は当然、恋をすると醜くなる人だ。……無茶な願いを反省せず、周囲の迷惑を顧みず、ひたすら欲望充足に努力する。相談相手に頼るのも、
信頼するからではなく、欲望充足の一手段に過ぎない。当然、容易に利になびき、そして裏切る。</p>
<p>　端的に言えば、恋をして醜くなる人（男女ともに）から、恋の相談を持ちかけられたら、逃げるべく努力すべきだ。
仮にうまく成就させることが出来たとしても、相手が必ず苦労するから。</p>
<p align="center">……いずれ双方から怨まれかねない。しかも……</p>]]>
      <![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<hr />
<p>&nbsp;</p>
<p>　今の心境だと、相手を不幸にするし、あなたも不幸になるから、辞めなさい……等と、真面目に答えると、</p>
<p><strong>もしも相談相手が同性であれば</strong><strong>「あなたは彼・彼女を横取りする気で、
そういうのだろう」といい、</strong></p>
<p><strong>もしも相談相手が異性であれば</strong><strong>「あなたは私に気があるから、邪魔をするのだろう」
という。</strong></p>
<p>恋愛相談に応じるには、言語明朗意味不明な物言いを、良心の呵責無く使いこなせなければならないと思う。</p>]]>
    </content>
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    <title>心霊相談で難しいのは</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.oigami.com/sub/kakashi/archives/001137.shtml" />
    <modified>2004-11-11T16:40:44Z</modified>
    <issued>2004-11-12T01:40:44+09:00</issued>
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    <created>2004-11-11T16:40:44Z</created>
    <summary type="text/plain"><![CDATA[未だ、心霊相談を中断中である。 それは別に霊能力的に未熟だからと自制しているわけではない。未熟ならばなおのこと研鑽に勉めなければならないのは言うまでもないことだ。練習せずに上手になるはずもないからだ。――私が頭を抱えているのは一つのジレンマである。そして、心霊相談中断はその実験の一環でもある。 適切な結果を生むのには、適切な努力が必要であることを否定する人はいまい。ではいかなる人が、「人生がうまく行かないから」といって相談を持ちかけてくるのだろう？　第三者から妨害を受けている人も確かにいる。だが、多くの場合、相談者は「適切な努力の方法を知らない人」である。いや、 何が適切なのかが判らない人といっても良い。そういう相談を受けた場合、出来ることは基礎の基礎からしっかりと説明することだ。それで判れば解決に向かう。 でも……何が適切なのか判らない人が、果たして説明を受けてその妥当性を理解出来るのだろうか？　この問題に学力は指して重要ではない。大方の人々にとって大切なのは何が正しいかであるよりも何を信じたいかであるのだから。 つまり、間違った努力の当然の結果を認めるかわりに、超常的な理由で間違った結果が生じていると信じている人もいるのである。……であるがためにか、または日本に礼儀が失われたためか、回答を送っても、解決したとも何とも言わない人がとても多かった。 そういう体験を積み重ねて私が至った結論は、心霊相談に於いてなによりも大切なのは、霊媒能力ではなく、上手に相談を断る技能であるということだ。……他のベテラン霊媒に質問したが大方それを肯定してくれた。 &nbsp; &nbsp; ここで、霊媒にとってもう一つ重要な相談相手がいる。この問題について背後霊達に質問した所、こういう答を得た。 『基礎の足りない人間に智慧を与えても生かせはしないのだ』 つまり、心霊相談に応じることこそがナンセンスだというのである。……しかし、目の前に悩める人がいて誰がそれを見捨てておけるというのだろう！？……かつての私はそう考えた。しかし、現実に揉まれて気がついたのである。 目の前の悩める人々を誰が救えるというのだろうか？ ……当人の自助努力だけが当人を救える。つまり、見捨てるか見捨てないかは二の次なのだ。従って、現実的な問題として、人を助けるのにまず第一に必要なのは霊能力ではない。相手の自助努力を促せる指導力であり、その中には断り方も含まれているのだろう。 相談を受けるのは簡単だ。なにしろ、溺れる者は藁をも掴むのだから。相談を持ちかけられていい気になるのはナンセンスだ。相手は私のことを藁ぐらいにしか思っていないかも知れないし、（笑《わら》♪）、無意識にそう明言する人もいる。……『藁にもすがる気持ちで……』……藁かよ！？　 で、その藁の使い道といったら、ただ引っ張るだけの人も多いのだ。 &nbsp; &nbsp; 相談に応じるよりも断る方が難しい。では、相談を選べば良さそうなものだが、返事をしないで無視を決め込むのもなかなか難しい。相談の断り方、またはえり好みの仕方。それについて未だ悩み続けているのである。 リスクを負うが故に得るメリットもある。また、その程度のリスクは無視しろというのも一理はある。一理はあるが私はそれを斟酌出来ない。なぜなら、私の心霊研究の目的は心霊相談にはなく、その先にあるのだから。ならば要するに相談を止めるべきなのである。……その選択は、こと私自身の損得や人生の命題にあてはめて考える限り、他と比較出来ないほど抜きんでている。 ……目的には叶うが、でもそれが正しい選択だろうか？　中途半端は良くない。だが何もしないよりは良いともいえる。結局、すべては受取手の良識次第なのである。私が黙って差し出せるもので満足出来る人は幸せで、私の持ち物すべてをむしり取らなければ気が澄まない人は、いつまでも騒ぎ続けるのだろう。するとそこに答えがあるのだろうか？ 実はあると私は気がついている。ただ、それを公言することを憚っているだけなのだ。...]]></summary>
    <author>
      <name>isao</name>
      <url>http://oigami.x0.com/blog/</url>
      <email>oigami@i-ml.com</email>
    </author>
    <dc:subject>霊媒相手</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.oigami.com/sub/kakashi/">
      <![CDATA[<p>未だ、心霊相談を中断中である。</p>
<p>
それは別に霊能力的に未熟だからと自制しているわけではない。未熟ならばなおのこと研鑽に勉めなければならないのは言うまでもないことだ。練習せずに上手になるはずもないからだ。――私が頭を抱えているのは一つのジレンマである。そして、心霊相談中断はその実験の一環でもある。</p>
<p>
適切な結果を生むのには、適切な努力が必要であることを否定する人はいまい。ではいかなる人が、「人生がうまく行かないから」といって相談を持ちかけてくるのだろう？　第三者から妨害を受けている人も確かにいる。だが、多くの場合、相談者は「適切な努力の方法を知らない人」である。いや、
<strong>何が適切なのかが判らない人</strong>といっても良い。そういう相談を受けた場合、出来ることは基礎の基礎からしっかりと説明することだ。それで判れば解決に向かう。</p>
<p>
でも……何が適切なのか判らない人が、果たして説明を受けてその妥当性を理解出来るのだろうか？　この問題に学力は指して重要ではない。大方の人々にとって大切なのは何が正しいかであるよりも何を信じたいかであるのだから。</p>
<p>
つまり、<u>間違った努力の当然の結果</u>を認めるかわりに、<u>超常的な理由で間違った結果が生じている</u>と信じている人もいるのである。……であるがためにか、または日本に礼儀が失われたためか、回答を送っても、解決したとも何とも言わない人がとても多かった。</p>
<p>
そういう体験を積み重ねて私が至った結論は、心霊相談に於いてなによりも大切なのは、霊媒能力ではなく、上手に相談を断る技能であるということだ。……他のベテラン霊媒に質問したが大方それを肯定してくれた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<hr>
<p>&nbsp;</p>
<p>ここで、霊媒にとってもう一つ重要な相談相手がいる。この問題について背後霊達に質問した所、こういう答を得た。</p>
<p align="center">
<strong>『基礎の足りない人間に智慧を与えても生かせはしないのだ』</strong></p>
<p align="left">
つまり、心霊相談に応じることこそがナンセンスだというのである。……<strong>しかし、目の前に悩める人がいて誰がそれを見捨てておけるというのだろう！？</strong>……かつての私はそう考えた。しかし、現実に揉まれて気がついたのである。</p>
<p align="center"><strong>目の前の悩める人々を誰が救えるというのだろうか？</strong></p>
<p align="left">
……当人の自助努力だけが当人を救える。つまり、見捨てるか見捨てないかは二の次なのだ。従って、現実的な問題として、人を助けるのにまず第一に必要なのは霊能力ではない。相手の自助努力を促せる指導力であり、その中には断り方も含まれているのだろう。</p>
<p align="left">
相談を受けるのは簡単だ。なにしろ、溺れる者は藁をも掴むのだから。相談を持ちかけられていい気になるのはナンセンスだ。相手は私のことを藁ぐらいにしか思っていないかも知れないし、（笑《わら》♪）、無意識にそう明言する人もいる。……『藁にもすがる気持ちで……』……藁かよ！？　</p>
<p align="left">で、その藁の使い道といったら、ただ引っ張るだけの人も多いのだ。</p>
<p align="left">&nbsp;</p>
<hr>
<p>&nbsp;</p>
<p align="left">
相談に応じるよりも断る方が難しい。では、相談を選べば良さそうなものだが、返事をしないで無視を決め込むのもなかなか難しい。相談の断り方、またはえり好みの仕方。それについて未だ悩み続けているのである。</p>
<p align="left">
リスクを負うが故に得るメリットもある。また、その程度のリスクは無視しろというのも一理はある。一理はあるが私はそれを斟酌出来ない。なぜなら、私の心霊研究の目的は心霊相談にはなく、その先にあるのだから。ならば要するに相談を止めるべきなのである。……その選択は、こと私自身の損得や人生の命題にあてはめて考える限り、他と比較出来ないほど抜きんでている。</p>
<p align="left">
……目的には叶うが、でもそれが正しい選択だろうか？　中途半端は良くない。だが何もしないよりは良いともいえる。結局、すべては受取手の良識次第なのである。私が黙って差し出せるもので満足出来る人は幸せで、私の持ち物すべてをむしり取らなければ気が澄まない人は、いつまでも騒ぎ続けるのだろう。するとそこに答えがあるのだろうか？</p>
<p align="left">実はあると私は気がついている。ただ、それを公言することを憚っているだけなのだ。</p>]]>
      
    </content>
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    <title>正義は負ける？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.oigami.com/sub/kakashi/archives/000915.shtml" />
    <modified>2004-09-08T13:10:12Z</modified>
    <issued>2004-09-08T22:10:12+09:00</issued>
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    <created>2004-09-08T13:10:12Z</created>
    <summary type="text/plain">　私もかつては男の子。「正義の味方が悪を撃つ！！」的な、ヒーロー活劇は今でも決して嫌いではない。さすがに心霊を学んでしまうと、楽しんでも変身ヒーローにあこがれたりはしない。 　まず第一に、自分に何かを追加するという幻想を抱かなくなった。持って生まれたものを上手に使う事こそが大事、自分の才能は抛りっぱなしで、他人の才能にあこがれるなどというのは、魔境の最たるものだと思う。……そしてなにより、代々の伝来の口伝がある。 　血気盛んな頃――といっても、悲しいかな未だ私も仙骨枯れ切らずにいるが、それをなだめるかのように、師が私にこう諭した。 『これは私も先生から言われた事だけど、善と悪が対等の力で戦ったら、必ず、悪が勝ちます。なぜなら、狡猾な悪は神様のやり方を真似ているからです。そして、神様のやり方と争えば、勝っても負けても神様を汚す事になります。そんな悪と争えば神様と戦うようなもので、どちらが勝っても正義を汚す事になりますし、悪を滅ぼしても善も一緒に滅びてしまいます。だから、悪と退治する時は自分で勝とうとせずにひたすら神様に祈る事です。』 　仏教説話にも、「獅子身中の虫」なる言葉があり、百獣の王も寄生虫には叶わず、さすがの仏も弟子の悪行には勝ちがたい、というわけですが、心霊主義やスピリチュアリズムにだってこれは当て嵌まります。 　功名心や自尊心の塊的な人が、利己心を満足させるために真理を用いる。そういう人と争えば、外部の人から見れば、「なんだ、心霊家といっても互いに相争うばかりではないか。くだらない」とばかりに、有益なる智慧まで否定されてしまいます。……現実にこのような話を耳にもするし、その責任の一端すらも私にはないなどと言い張るつもりはありませんが、何度も同じ過ちを繰り返さぬだけの分別も持っています。（要するに勧善懲悪などというのは本来そう区別のたやすいものではない） 　同じ道を志しても相争えば、他者を潤すだけ……我が師にしてみれば、私の様な若輩者が、心霊の大切さを解く事の有益さよりも、つまらぬ相手とケンカをして、良識ある人々から嫌悪される事の有害さこそが心配の種だったのかも知れません。 　では、真理界の武者修行者（つまり神の道をケンカのネタに使う奴）と対峙した場合にどうすればよいのか……我が背後はこう囁きます。 「善人にとって真理は目的であるが、悪にとって真理は道具、目的は欲望だ。争う相手がいればこそ真理を武器に争うが、争う相手が無くなればただ欲望の充足に向かってまっしぐらに突き進む。争うからお互いに傷つくのだ、抛っておけば悪は自ずと馬脚を著すし、自滅もする。そう、戦うから勝てぬのであって、戦わなければ自滅するのが悪である。いや、敵が無くても反映するなら未熟であっても悪ではない。」 　……そんな悠長なやり方では、騙され迷う人もいるだろうになぁ～と、否定的な私に、背後は笑みながらこう付け加えます。 『手に入りやすい贋作《にせもの》を好んで買う者に、真作を与えても大切にすまいよ。不都合な真実よりも都合の良い嘘を好む者もいる。押し売りはせぬ事だ。少なくとも忙しいうちは。』 　うん、まあ、田んぼから離れては良い案山子とはいえないものなぁ～～。...</summary>
    <author>
      <name>isao</name>
      <url>http://oigami.x0.com/blog/</url>
      <email>oigami@i-ml.com</email>
    </author>
    <dc:subject>一般相手</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.oigami.com/sub/kakashi/">
      <![CDATA[　<p>私もかつては男の子。「正義の味方が悪を撃つ！！」的な、ヒーロー活劇は今でも決して嫌いではない。さすがに心霊を学んでしまうと、楽しんでも変身ヒーローにあこがれたりはしない。</p>
<p>　まず第一に、自分に何かを追加するという幻想を抱かなくなった。持って生まれたものを上手に使う事こそが大事、自分の才能は抛りっぱなしで、他人の才能にあこがれるなどというのは、魔境の最たるものだと思う。……そしてなにより、代々の伝来の口伝がある。</p>
<hr>
<p>　血気盛んな頃――といっても、悲しいかな未だ私も仙骨枯れ切らずにいるが、それをなだめるかのように、師が私にこう諭した。</p>
<p>『これは私も先生から言われた事だけど、善と悪が対等の力で戦ったら、必ず、悪が勝ちます。なぜなら、狡猾な悪は神様のやり方を真似ているからです。そして、神様のやり方と争えば、勝っても負けても神様を汚す事になります。そんな悪と争えば神様と戦うようなもので、どちらが勝っても正義を汚す事になりますし、悪を滅ぼしても善も一緒に滅びてしまいます。だから、悪と退治する時は自分で勝とうとせずにひたすら神様に祈る事です。』</p>
<p>　仏教説話にも、「獅子身中の虫」なる言葉があり、百獣の王も寄生虫には叶わず、さすがの仏も弟子の悪行には勝ちがたい、というわけですが、心霊主義やスピリチュアリズムにだってこれは当て嵌まります。</p>
<p>　功名心や自尊心の塊的な人が、利己心を満足させるために真理を用いる。そういう人と争えば、外部の人から見れば、「なんだ、心霊家といっても互いに相争うばかりではないか。くだらない」とばかりに、有益なる智慧まで否定されてしまいます。……現実にこのような話を耳にもするし、その責任の一端すらも私にはないなどと言い張るつもりはありませんが、何度も同じ過ちを繰り返さぬだけの分別も持っています。（要するに勧善懲悪などというのは本来そう区別のたやすいものではない）</p>
<p>　同じ道を志しても相争えば、他者を潤すだけ……我が師にしてみれば、私の様な若輩者が、心霊の大切さを解く事の有益さよりも、つまらぬ相手とケンカをして、良識ある人々から嫌悪される事の有害さこそが心配の種だったのかも知れません。</p>
<p>　では、真理界の武者修行者（つまり神の道をケンカのネタに使う奴）と対峙した場合にどうすればよいのか……我が背後はこう囁きます。</p>
<p>「善人にとって真理は目的であるが、悪にとって真理は道具、目的は欲望だ。争う相手がいればこそ真理を武器に争うが、争う相手が無くなればただ欲望の充足に向かってまっしぐらに突き進む。争うからお互いに傷つくのだ、抛っておけば悪は自ずと馬脚を著すし、自滅もする。そう、戦うから勝てぬのであって、戦わなければ自滅するのが悪である。いや、敵が無くても反映するなら未熟であっても悪ではない。」</p>
<p>　……そんな悠長なやり方では、騙され迷う人もいるだろうになぁ～と、否定的な私に、背後は笑みながらこう付け加えます。</p>
<p>『手に入りやすい贋作《にせもの》を好んで買う者に、真作を与えても大切にすまいよ。不都合な真実よりも都合の良い嘘を好む者もいる。押し売りはせぬ事だ。少なくとも忙しいうちは。』</p>
<p>　うん、まあ、田んぼから離れては良い案山子とはいえないものなぁ～～。</p>

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    <title>霊能者の善し悪し？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.oigami.com/sub/kakashi/archives/000912.shtml" />
    <modified>2002-03-02T11:57:33Z</modified>
    <issued>2002-03-02T20:57:33+09:00</issued>
    <id>tag:www.oigami.com,2002:/sub/kakashi//16.912</id>
    <created>2002-03-02T11:57:33Z</created>
    <summary type="text/plain"><![CDATA[　テレビに出てくる他の霊能者の霊査などを見ていて思うのですが、答えが無いのを無理に答えようとして、品位を落としている場合を多々見受けます。 &nbsp; 　料金を取りながら、「見えません」とは言えないから、愚にもつかないことをいう物で、それゆえに霊感の持ち主は、霊感の感度を上げることで、コンスタントに霊感を受信できるように努力します。ところが、無線機などの場合、感度を上げるとノイズばかり拾ってしまうので、むしろ感度を落として、余計な電波を拾わないようにするものなのです。 &nbsp; 　感度を上げるほど、不要なノイズを拾いやすくなる・・・結局、霊感の信頼性が落ちてしまうわけです。 &nbsp; 　特にちゃんと訓練を受けていない、我流の霊媒は、ちゃんと霊感がある人でも、「人に認められたい」という無意識な衝動に駆られて、見えない、聞こえない時ほど、「霊感（？）が冴え」ぺらぺらと、誰でも思いつきそうな、自分の思い付きを口にしてしまいがちです。これが後々、嘘つき呼ばわりされる原因になります。 &nbsp; 　心霊サイトでは、「良い霊能者の見分け方」という記事がお約束のようにあるものですが、私もそういう記事を書きかけたことがあります。ですが、そもそも人のやることにけちをつけるよりも、自分を律する事が大切と考えます。ですから、「私ならこうします」という、文章を用意したのです。でも結局、アップロードしませんでした。肝心な事に気がついたからです。 &nbsp; 　　「良い霊能者は相談者を選ぶ」 &nbsp; 　そしてもうひとつ、「因果」が大切です。　善因善果、悪因悪果。　良い原因は良い結果を生み、悪い原因は悪い結果を生む、この法則は決してくらませる事が出来ません。そして、植物の種子が、土や水や温度という適切な状況を得てによって発芽を始めるように因が果をもたらすには、引き金になる作用、または触媒・・・縁・・・が大切なのです。 &nbsp; 　困難が大きいほど、乗り越えた時の達成感も大きいものですし、霊性の自覚は人生の完結には不可欠な要因ですから、むしろ霊的な加護の強い人ほど強い霊障を受けやすくもあるのです。 &nbsp; 　ただ、良い因縁を持っている人は、縁を受けて、ただちに結果が好転するのに対して、良い因縁を持たない人は、縁を受けてもなかなか結果に反映されない・・・何よりも、誰がどう評価をしようと、相手の善し悪しを選ぶのは最後には自分であり、自分の価値観にあった霊能者を頼るのが普通です。 &nbsp; 　そこでたとえば、金で解決しようとする相談者と、金さえ払えばなんでも良いという回答者が会った場合・・・「料金は除霊という儀式に対して払われた代金であり、結果に対する代金ではない」なんて、言い訳で済まされたりするわけですね。 &nbsp; 　つまり「相談者は自分の因縁なりの霊能者を選ぶ」となるわけです。 &nbsp; 　少なくとも、霊能者本人にとって、霊能者がどうあるべきか・・・という志は大切だけど、相談者にとっては自分に都合の良い霊能者が、良い霊能者なんです。他人がとやかく言ったって、成る様にしかならないのです。　...]]></summary>
    <author>
      <name>isao</name>
      <url>http://oigami.x0.com/blog/</url>
      <email>oigami@i-ml.com</email>
    </author>
    <dc:subject>霊媒相手</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.oigami.com/sub/kakashi/">
      <![CDATA[<DIV>　テレビに出てくる他の霊能者の霊査などを見ていて思うのですが、答えが無いのを無理に答えようとして、品位を落としている場合を多々見受けます。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　料金を取りながら、「見えません」とは言えないから、愚にもつかないことをいう物で、それゆえに霊感の持ち主は、霊感の感度を上げることで、コンスタントに霊感を受信できるように努力します。ところが、無線機などの場合、感度を上げるとノイズばかり拾ってしまうので、むしろ感度を落として、余計な電波を拾わないようにするものなのです。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　感度を上げるほど、不要なノイズを拾いやすくなる・・・結局、霊感の信頼性が落ちてしまうわけです。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　特にちゃんと訓練を受けていない、我流の霊媒は、ちゃんと霊感がある人でも、「人に認められたい」という無意識な衝動に駆られて、見えない、聞こえない時ほど、「霊感（？）が冴え」ぺらぺらと、誰でも思いつきそうな、自分の思い付きを口にしてしまいがちです。これが後々、嘘つき呼ばわりされる原因になります。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　心霊サイトでは、「良い霊能者の見分け方」という記事がお約束のようにあるものですが、私もそういう記事を書きかけたことがあります。ですが、そもそも人のやることにけちをつけるよりも、自分を律する事が大切と考えます。ですから、「私ならこうします」という、文章を用意したのです。でも結局、アップロードしませんでした。肝心な事に気がついたからです。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　　「良い霊能者は相談者を選ぶ」</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　そしてもうひとつ、「因果」が大切です。<BR>　善因善果、悪因悪果。<BR>　良い原因は良い結果を生み、悪い原因は悪い結果を生む、この法則は決してくらませる事が出来ません。そして、植物の種子が、土や水や温度という適切な状況を得てによって発芽を始めるように因が果をもたらすには、引き金になる作用、または触媒・・・縁・・・が大切なのです。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　困難が大きいほど、乗り越えた時の達成感も大きいものですし、霊性の自覚は人生の完結には不可欠な要因ですから、むしろ霊的な加護の強い人ほど強い霊障を受けやすくもあるのです。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　ただ、良い因縁を持っている人は、縁を受けて、ただちに結果が好転するのに対して、良い因縁を持たない人は、縁を受けてもなかなか結果に反映されない・・・何よりも、誰がどう評価をしようと、相手の善し悪しを選ぶのは最後には自分であり、自分の価値観にあった霊能者を頼るのが普通です。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　そこでたとえば、金で解決しようとする相談者と、金さえ払えばなんでも良いという回答者が会った場合・・・「料金は除霊という儀式に対して払われた代金であり、結果に対する代金ではない」なんて、言い訳で済まされたりするわけですね。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　つまり「相談者は自分の因縁なりの霊能者を選ぶ」となるわけです。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　少なくとも、霊能者本人にとって、霊能者がどうあるべきか・・・という志は大切だけど、相談者にとっては自分に都合の良い霊能者が、良い霊能者なんです。他人がとやかく言ったって、成る様にしかならないのです。<BR>　</DIV>]]>
      
    </content>
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  <entry>
    <title>だいぶ変だぞ霊能者</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.oigami.com/sub/kakashi/archives/000911.shtml" />
    <modified>2002-03-01T11:22:43Z</modified>
    <issued>2002-03-01T20:22:43+09:00</issued>
    <id>tag:www.oigami.com,2002:/sub/kakashi//16.911</id>
    <created>2002-03-01T11:22:43Z</created>
    <summary type="text/plain"><![CDATA[霊能者でも命を奪われたかもしれない強い悪霊？ &nbsp; 　心霊とは、科学的な測定手段を持ち込めない世界です。霊を見ても、物差しで測る事が出来ません。強い悪霊だとか、単なる低級霊という表現がありますが、誰かが強いと思っても、霊力に自信のある霊媒絡みたら、たいした霊でない場合もありそうですよね。 &nbsp; 　むかし、私が師匠に、「霊の強さってどう測るんですか？」と尋ねたことがあります。すると・・・きっと、私を睨んで、『それが口伝じゃないの、あんたは何を聞いてきたの！』 &nbsp; ・・・え～っと。なんだっけ・・・ &nbsp; 　ただ、「策士策に溺れる」という言葉があるように、力の強い者は自滅の道を走りやすいものです。正しき者はいつまでも残り、悪しき者は自滅する。そういう仕組みがあるのは確かです。歴史の上では、平和を愛する国が野蛮な国家に滅ぼされる事例は多いけれど、それはある意味自分たちだけの幸せを追いかけた国が滅びるといえなくもありません。 &nbsp; 　強いか弱いか、なんて、たいした問題ではないのです。誠意は必ず天に通じる。おごれる者は自ら滅びる。だからこそ、勝つことより自らの誠意を失わないことこそ大切だ・・・全くその通りです。ただ、心霊研究上は出来たら物差しを持ち込みたいだけで。 &nbsp; 　もちろん、引き下がらずを得ません。 &nbsp; 　ところで、オカルト関連の話聞いていると、「あれ！？」と思う話に出くわします。 &nbsp; 　悪霊の強さを表現するのに、「霊能者でも命を奪われたかもしれない強い悪霊」などという話を聞きます。ですが・・・ &nbsp; 　霊能者というのは霊に対する感応力が強い人がなります。一方、霊を感じない人というのは、霊に対する感応力が弱いわけです。（・・・当たり前ですよね！？） &nbsp; 　だとしたら、悪霊の影響を受けやすいのは、霊能者か、一般者か？、一体どちらでしょう？ &nbsp; 　霊の影響で大騒ぎするのは、感応力の強い人に限られます。そして、人間が耐えうる外圧というのは誰でも似たようなものですから、敏感な人は普通の人よりも先に限界に達するのが普通です。そして、普通よりも敏感で、普通以上に忍耐力がある人なら、周囲の人々を脅かすような、じたばたと見苦しい行為はしないものです。 &nbsp; 　「霊能者でも命を奪われたかもしれない強い悪霊？」、それをいうなら、霊能者なら命を奪われたかもしれない悪霊ではありませんかねぇ。...]]></summary>
    <author>
      <name>isao</name>
      <url>http://oigami.x0.com/blog/</url>
      <email>oigami@i-ml.com</email>
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    <dc:subject>霊媒相手</dc:subject>
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      <![CDATA[<H3>霊能者でも命を奪われたかもしれない強い悪霊？</H3>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　心霊とは、科学的な測定手段を持ち込めない世界です。霊を見ても、物差しで測る事が出来ません。強い悪霊だとか、単なる低級霊という表現がありますが、誰かが強いと思っても、霊力に自信のある霊媒絡みたら、たいした霊でない場合もありそうですよね。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　むかし、私が師匠に、「霊の強さってどう測るんですか？」と尋ねたことがあります。すると・・・きっと、私を睨んで、『それが口伝じゃないの、あんたは何を聞いてきたの！』</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>・・・え～っと。なんだっけ・・・</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　ただ、「策士策に溺れる」という言葉があるように、力の強い者は自滅の道を走りやすいものです。正しき者はいつまでも残り、悪しき者は自滅する。そういう仕組みがあるのは確かです。歴史の上では、平和を愛する国が野蛮な国家に滅ぼされる事例は多いけれど、それはある意味自分たちだけの幸せを追いかけた国が滅びるといえなくもありません。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　強いか弱いか、なんて、たいした問題ではないのです。誠意は必ず天に通じる。おごれる者は自ら滅びる。だからこそ、勝つことより自らの誠意を失わないことこそ大切だ・・・全くその通りです。ただ、心霊研究上は出来たら物差しを持ち込みたいだけで。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　もちろん、引き下がらずを得ません。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　ところで、オカルト関連の話聞いていると、「あれ！？」と思う話に出くわします。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　悪霊の強さを表現するのに、「霊能者でも命を奪われたかもしれない強い悪霊」などという話を聞きます。ですが・・・</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　霊能者というのは霊に対する感応力が強い人がなります。一方、霊を感じない人というのは、霊に対する感応力が弱いわけです。（・・・当たり前ですよね！？）</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　だとしたら、悪霊の影響を受けやすいのは、霊能者か、一般者か？、一体どちらでしょう？</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　霊の影響で大騒ぎするのは、感応力の強い人に限られます。そして、人間が耐えうる外圧というのは誰でも似たようなものですから、敏感な人は普通の人よりも先に限界に達するのが普通です。そして、普通よりも敏感で、普通以上に忍耐力がある人なら、周囲の人々を脅かすような、じたばたと見苦しい行為はしないものです。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　<STRONG>「霊能者でも命を奪われたかもしれない強い悪霊？」</STRONG>、それをいうなら、<STRONG>霊能者なら命を奪われたかもしれない悪霊</STRONG>ではありませんかねぇ。</DIV>]]>
      
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    <title>カラス</title>
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    <modified>2002-02-02T11:21:55Z</modified>
    <issued>2002-02-02T20:21:55+09:00</issued>
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    <created>2002-02-02T11:21:55Z</created>
    <summary type="text/plain"><![CDATA[　意見の違いがあるから人々は語り合うことも出来るのに、自分の意見を押し付けることばかりに汲々とする人たち。 &nbsp; 　至らぬ点があるからこそ、助け合うこともできるはずなのに、虚勢を張って孤立する人たち。 &nbsp; 　もしも、誰もが完璧であるなら互いに助け合うことも無く、挨拶以上に語り合う必然も無いことでしょう。 &nbsp; 　弱者が群れるのではなく、それぞれの得意を持ち寄ることで人々は強い力を発揮できるのに、世の中には、人の欠点を見つけては、相手を傷つける人がなんと多いことでしょう。至らない人こそ手助けが必要なのに。そして助け合うことで人の絆は深まるのに。 &nbsp; 　人を侮蔑することで、自意識を保つ人がいる。嘘をつき、虚構の中で生きることで自意識を保つ人がいる。しかし、相手を傷つけたがる人もまた、手助けを必要とする至らない人なら、それを非難することは何の解決にもなりませんよね。 &nbsp; 　目先の言い逃れや嘘つきも嫌なものですが、嘘つきに「あんたは嘘つきだ」と言っても、何の救いにもならないのですから。...]]></summary>
    <author>
      <name>isao</name>
      <url>http://oigami.x0.com/blog/</url>
      <email>oigami@i-ml.com</email>
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    <dc:subject>一般相手</dc:subject>
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      <![CDATA[<DIV>　意見の違いがあるから人々は語り合うことも出来るのに、自分の意見を押し付けることばかりに汲々とする人たち。</DIV>
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<DIV>　至らぬ点があるからこそ、助け合うこともできるはずなのに、虚勢を張って孤立する人たち。</DIV>
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<DIV>　もしも、誰もが完璧であるなら互いに助け合うことも無く、挨拶以上に語り合う必然も無いことでしょう。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　弱者が群れるのではなく、それぞれの得意を持ち寄ることで人々は強い力を発揮できるのに、世の中には、人の欠点を見つけては、相手を傷つける人がなんと多いことでしょう。至らない人こそ手助けが必要なのに。そして助け合うことで人の絆は深まるのに。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　人を侮蔑することで、自意識を保つ人がいる。嘘をつき、虚構の中で生きることで自意識を保つ人がいる。しかし、相手を傷つけたがる人もまた、手助けを必要とする至らない人なら、それを非難することは何の解決にもなりませんよね。</DIV>
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<DIV>　目先の言い逃れや嘘つきも嫌なものですが、嘘つきに「あんたは嘘つきだ」と言っても、何の救いにもならないのですから。</DIV>]]>
      
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    <title>すずめ</title>
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    <modified>2002-02-01T11:19:54Z</modified>
    <issued>2002-02-01T20:19:54+09:00</issued>
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    <summary type="text/plain"><![CDATA[　スズメはある時期、虫を取ってくれる益鳥ですが、稲が穂をつけはじめると、雑食であるスズメは害虫よりもむしろ稲穂をついばんでしまいます。だから、稲が穂をつけ始めた時、豊作の祈りを込めて案山子を立てるのです。 &nbsp; 　世間にも、スズメの様な人はたくさんいます。苦しみに泣き喚く人には、懸命に世話をしても、自分を乗り越えて行こうとすると途端に意地悪になっていく・・・スズメに捕まると、苦も無く、価値も無い人生を歩む事になります。たとえ楽しくあっても。 &nbsp; 　自らの人生を全うする。――それは決して楽な道程ではありません。その中で助け合える友人を得る事は何と幸せな事でしょうか。しかし、互いの人生の全うこそが友人の真価であり、相手に振り回されては自分の人生がおろそかになってしまいます。...]]></summary>
    <author>
      <name>isao</name>
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    <dc:subject>一般相手</dc:subject>
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      <![CDATA[　スズメはある時期、虫を取ってくれる益鳥ですが、稲が穂をつけはじめると、雑食であるスズメは害虫よりもむしろ稲穂をついばんでしまいます。だから、稲が穂をつけ始めた時、豊作の祈りを込めて案山子を立てるのです。
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　世間にも、スズメの様な人はたくさんいます。苦しみに泣き喚く人には、懸命に世話をしても、自分を乗り越えて行こうとすると途端に意地悪になっていく・・・スズメに捕まると、苦も無く、価値も無い人生を歩む事になります。たとえ楽しくあっても。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　自らの人生を全うする。――それは決して楽な道程ではありません。その中で助け合える友人を得る事は何と幸せな事でしょうか。しかし、互いの人生の全うこそが友人の真価であり、相手に振り回されては自分の人生がおろそかになってしまいます。</DIV>]]>
      
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    <title>最初の案山子</title>
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    <modified>2002-01-02T11:12:06Z</modified>
    <issued>2002-01-02T20:12:06+09:00</issued>
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    <created>2002-01-02T11:12:06Z</created>
    <summary type="text/plain"><![CDATA[田んぼの案山子 　「今の貴方の姿は、田の中に立つ一本足の案山子のようです。風雨のあたりが強いけれど、何の為に立っているのかを良く考えて、心霊を学び、人の幸せを守りなさい。 &nbsp; 　案山子は、きれいな衣装を着せてもらえるわけでは無いけれど、ただ、稲を守る為に風雨の中に立っているのです。稲を守るがごとく。そして廻りの方々に惑わされない事。驕り高ぶらない事。 &nbsp; 　人の気持ちは変りませんから、本人が変らなければ何も変る事はありません。ですから無理に人の心を引っ張ったりしない事。」 &nbsp; 　と言われました。すると、い所に霊査を受けていたある人が、『そうそう、わたしも田んぼの案山子が見えて・・・』（＾＾； &nbsp; 　その時、私の頬に、狐（霊）が肉球を押し当てます。(肉球パンチ)・・・そうか、お稲荷さんのお使い狐は、田を荒らす害獣駆除のシンボルなのですね。 案山子と呼ばれた私も、いわば稲荷の使いか・・・案山子なら狐とは同僚に当たりますから、仲が良いはずです。（＾＾； &nbsp; 　実は霊査中に、私の心中に『個人で(心霊相談を）行うのは辛かろうに、寂しかろうに』という声が聞こえたのですが、「(背後霊の層の薄さから）辛いし、切ないけれど、個人だからこそできることもありますから・・・」と、お返事しました。 &nbsp; 　この時、一緒に霊査を受けていた別な方は『貴方は先払いの役なんだからがんばって・・・』、また、別な１人は、『立派な背後様が付いていらっしゃるのだから・・・ 』それを聞いて思います。「ああ、皆さん大変ですね。」と、私は、良い霊査を受けた方々の、その後ろで・・・ボーっと案山子を努めています。 &nbsp; 　力仕事はお姉様がたの仕事。　(^ー^)Ｖ &nbsp; 　ホテルを出た後、下田で歴史資料館に入りました。各地のお祭り風景の資料に続いて、黒船関連のエリアの前の事です。アメリカ船に密航を目論み牢に入れられた、吉田松蔭の入牢風景の実物大模型が目にとまりました。 &nbsp; 　以前、先生と山口に滝行に行った時に、吉田松蔭を祭った松蔭神社にお参りしたことがありますが・・・私は松蔭には、ぜんぜん関心が無かったのです。そして目にとまったのは、松陰が獄中で戯れに書いたという、掛け軸です。もとは草書ですので多少間違っているかもしれません。 世の人はよしあしごともいわばいへ 賤が誠は神ぞ知るらん &nbsp; 　　訳すと、「世人は、人の善悪をうわさするものですが、私（賤＝１人称）の誠意は神様がご存知です」となりましょうか。 &nbsp; 　ふだんはどんな簡易な草書であろうと読もうとなどしない、(素直に認めれば読めない）私も、この時ばかりはしっかりとメモを取りつつ、自傷的な笑いを口元に浮かべて、先生 に声を掛けました。 &nbsp; 　『先生！　吉田松蔭もこうなれば案山子ですね。』（すでにこの時、わが師は案山子についての霊査は忘れていた・・・(^^;) &nbsp; 　案山子は稲を守って立ち尽くす。――志を持って、手足を出すな・・・て、こういうことか・・・・霊界通信という黒船に取り組む、私は吉田松蔭をお手本にせねばならないのかもしれませんね。 &nbsp; 　実は、予定では伊豆高原に一泊する昨日のうちに下田に行くはずだったのです。それが思わぬハプニングで、翌日のスケジュールを圧迫したのは、霊査の後だからこそ、価値の分かる一首があればこそなのですね。 &nbsp; 　・・・という事は、私の事をわざわざ、『案山子』と揶揄する為に霊界は下田行きを遅らせたのでしょうか・・・また、姉弟子達に苛められる種が増えてしまいました。（＾＾； &nbsp; 　帰路、霊界に示され、そして、景色のよさから選んだ、伊豆スカイラインをひた走る車中、ハンドルを握る私の背後で聞こえるのは、先生を筆頭とする合唱です。 &nbsp;...]]></summary>
    <author>
      <name>isao</name>
      <url>http://oigami.x0.com/blog/</url>
      <email>oigami@i-ml.com</email>
    </author>
    <dc:subject>前口上</dc:subject>
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      <![CDATA[<H3>田んぼの案山子</H3>
<DIV>　「今の貴方の姿は、田の中に立つ一本足の案山子のようです。風雨のあたりが強いけれど、何の為に立っているのかを良く考えて、心霊を学び、人の幸せを守りなさい。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　案山子は、きれいな衣装を着せてもらえるわけでは無いけれど、ただ、稲を守る為に風雨の中に立っているのです。稲を守るがごとく。そして廻りの方々に惑わされない事。驕り高ぶらない事。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　人の気持ちは変りませんから、本人が変らなければ何も変る事はありません。ですから無理に人の心を引っ張ったりしない事。」</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　と言われました。すると、い所に霊査を受けていたある人が、『そうそう、わたしも田んぼの案山子が見えて・・・』（＾＾；</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　その時、私の頬に、狐（霊）が肉球を押し当てます。(肉球パンチ)・・・そうか、お稲荷さんのお使い狐は、田を荒らす害獣駆除のシンボルなのですね。 案山子と呼ばれた私も、いわば稲荷の使いか・・・案山子なら狐とは同僚に当たりますから、仲が良いはずです。（＾＾；</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　実は霊査中に、私の心中に『個人で(心霊相談を）行うのは辛かろうに、寂しかろうに』という声が聞こえたのですが、「(背後霊の層の薄さから）辛いし、切ないけれど、個人だからこそできることもありますから・・・」と、お返事しました。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　この時、一緒に霊査を受けていた別な方は『貴方は先払いの役なんだからがんばって・・・』、また、別な１人は、『立派な背後様が付いていらっしゃるのだから・・・ 』それを聞いて思います。「ああ、皆さん大変ですね。」と、私は、良い霊査を受けた方々の、その後ろで・・・ボーっと案山子を努めています。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　力仕事はお姉様がたの仕事。　(^ー^)Ｖ</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　ホテルを出た後、下田で歴史資料館に入りました。各地のお祭り風景の資料に続いて、黒船関連のエリアの前の事です。アメリカ船に密航を目論み牢に入れられた、吉田松蔭の入牢風景の実物大模型が目にとまりました。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　以前、先生と山口に滝行に行った時に、吉田松蔭を祭った松蔭神社にお参りしたことがありますが・・・私は松蔭には、ぜんぜん関心が無かったのです。そして目にとまったのは、松陰が獄中で戯れに書いたという、掛け軸です。もとは草書ですので多少間違っているかもしれません。</DIV>
<DIV align=left><FONT face=ＤＨＰ行書体 size=5>世の人はよしあしごともいわばいへ</FONT></DIV>
<DIV align=right><FONT face=ＤＨＰ行書体 size=5>賤が誠は神ぞ知るらん</FONT></DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　　訳すと、「世人は、人の善悪をうわさするものですが、私（賤＝１人称）の誠意は神様がご存知です」となりましょうか。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　ふだんはどんな簡易な草書であろうと読もうとなどしない、(素直に認めれば読めない）私も、この時ばかりはしっかりとメモを取りつつ、自傷的な笑いを口元に浮かべて、先生 に声を掛けました。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　『先生！　吉田松蔭もこうなれば案山子ですね。』（すでにこの時、わが師は案山子についての霊査は忘れていた・・・(^^;)</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　案山子は稲を守って立ち尽くす。――志を持って、手足を出すな・・・て、こういうことか・・・・霊界通信という黒船に取り組む、私は吉田松蔭をお手本にせねばならないのかもしれませんね。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　実は、予定では伊豆高原に一泊する昨日のうちに下田に行くはずだったのです。それが思わぬハプニングで、翌日のスケジュールを圧迫したのは、霊査の後だからこそ、価値の分かる一首があればこそなのですね。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　・・・という事は、私の事をわざわざ、『案山子』と揶揄する為に霊界は下田行きを遅らせたのでしょうか・・・また、姉弟子達に苛められる種が増えてしまいました。（＾＾；</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　帰路、霊界に示され、そして、景色のよさから選んだ、伊豆スカイラインをひた走る車中、ハンドルを握る私の背後で聞こえるのは、先生を筆頭とする合唱です。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　『田んぼのなぁーかの一本足の案山子・・・・天気も良いのに蓑笠つけて・・・』</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　先生と旅行する時には雨具が一切不要なのは伝説となっていますが、この日、メンバー中で雨傘を持っていたのは私だけでした・・・。</DIV>
<DIV>&nbsp;</DIV>
<DIV>　ああ、黙って稲を守りなさいか・・・そうですね。すずめを追いかけて田んぼを留守には出来ませんからね。</DIV>]]>
      
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    <title>案山子の視点</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.oigami.com/sub/kakashi/archives/000906.shtml" />
    <modified>2002-01-01T11:06:11Z</modified>
    <issued>2002-01-01T20:06:11+09:00</issued>
    <id>tag:www.oigami.com,2002:/sub/kakashi//16.906</id>
    <created>2002-01-01T11:06:11Z</created>
    <summary type="text/plain"><![CDATA[　結果が出なければ分からない人に言っても無駄。　結果が出ても分からない人を相手にしても無駄。 &nbsp; 　あんたは田の中の案山子、 &nbsp; カラスやスズメの後を追いかけず、 &nbsp; 稲を守りなさい。 &nbsp; 　・・・先日、師匠が受けて下さった霊査です。 &nbsp; 　私が守るべくは、まじめに心霊を学ぶ人で、心霊に興味の無い人を案じている暇はありません。心霊を当て物、占いの類と一緒に思っている人も私の興味の外です。 &nbsp; しかし！ &nbsp; 　日照りの中でも、雨の中でも、田んぼの中に立っているのが仕事としても、案山子にだって言い分はある。そんなわけで、掲示板の人気者を、野狐さんの毛皮と二分する、案山子さんの「俺にも言わせろ！」的、『案山子の視点』です。...]]></summary>
    <author>
      <name>isao</name>
      <url>http://oigami.x0.com/blog/</url>
      <email>oigami@i-ml.com</email>
    </author>
    <dc:subject>前口上</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.oigami.com/sub/kakashi/">
      <![CDATA[<DIV align=center><STRONG>　結果が出なければ分からない人に言っても無駄。<BR>　結果が出ても分からない人を相手にしても無駄。</STRONG></DIV>
<DIV align=center><STRONG></STRONG>&nbsp;</DIV>
<DIV align=center><STRONG>　あんたは田の中の案山子、</STRONG></DIV>
<DIV align=center><STRONG></STRONG>&nbsp;</DIV>
<DIV align=center><STRONG>カラスやスズメの後を追いかけず、</STRONG></DIV>
<DIV align=center><STRONG></STRONG>&nbsp;</DIV>
<DIV align=center><STRONG>稲を守りなさい。</STRONG></DIV>
<DIV align=center>&nbsp;</DIV>
<DIV align=center>　・・・先日、師匠が受けて下さった霊査です。</DIV>
<DIV align=center>&nbsp;</DIV>
<DIV align=center><BR>　私が守るべくは、まじめに心霊を学ぶ人で、心霊に興味の無い人を案じている暇はありません。心霊を当て物、占いの類と一緒に思っている人も私の興味の外です。</DIV>
<DIV align=center>&nbsp;</DIV>
<DIV align=center><STRONG>しかし！</STRONG></DIV>
<DIV align=center>&nbsp;</DIV>
<DIV align=center>　日照りの中でも、雨の中でも、田んぼの中に立っているのが仕事としても、案山子にだって言い分はある。そんなわけで、掲示板の人気者を、野狐さんの毛皮と二分する、案山子さんの「俺にも言わせろ！」的、『案山子の視点』です。</DIV>]]>
      
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