|
[ 霊媒相手]
霊能者の善し悪し? テレビに出てくる他の霊能者の霊査などを見ていて思うのですが、答えが無いのを無理に答えようとして、品位を落としている場合を多々見受けます。
料金を取りながら、「見えません」とは言えないから、愚にもつかないことをいう物で、それゆえに霊感の持ち主は、霊感の感度を上げることで、コンスタントに霊感を受信できるように努力します。ところが、無線機などの場合、感度を上げるとノイズばかり拾ってしまうので、むしろ感度を落として、余計な電波を拾わないようにするものなのです。
感度を上げるほど、不要なノイズを拾いやすくなる・・・結局、霊感の信頼性が落ちてしまうわけです。
特にちゃんと訓練を受けていない、我流の霊媒は、ちゃんと霊感がある人でも、「人に認められたい」という無意識な衝動に駆られて、見えない、聞こえない時ほど、「霊感(?)が冴え」ぺらぺらと、誰でも思いつきそうな、自分の思い付きを口にしてしまいがちです。これが後々、嘘つき呼ばわりされる原因になります。
心霊サイトでは、「良い霊能者の見分け方」という記事がお約束のようにあるものですが、私もそういう記事を書きかけたことがあります。ですが、そもそも人のやることにけちをつけるよりも、自分を律する事が大切と考えます。ですから、「私ならこうします」という、文章を用意したのです。でも結局、アップロードしませんでした。肝心な事に気がついたからです。
「良い霊能者は相談者を選ぶ」
そしてもうひとつ、「因果」が大切です。
善因善果、悪因悪果。 良い原因は良い結果を生み、悪い原因は悪い結果を生む、この法則は決してくらませる事が出来ません。そして、植物の種子が、土や水や温度という適切な状況を得てによって発芽を始めるように因が果をもたらすには、引き金になる作用、または触媒・・・縁・・・が大切なのです。 困難が大きいほど、乗り越えた時の達成感も大きいものですし、霊性の自覚は人生の完結には不可欠な要因ですから、むしろ霊的な加護の強い人ほど強い霊障を受けやすくもあるのです。
ただ、良い因縁を持っている人は、縁を受けて、ただちに結果が好転するのに対して、良い因縁を持たない人は、縁を受けてもなかなか結果に反映されない・・・何よりも、誰がどう評価をしようと、相手の善し悪しを選ぶのは最後には自分であり、自分の価値観にあった霊能者を頼るのが普通です。
そこでたとえば、金で解決しようとする相談者と、金さえ払えばなんでも良いという回答者が会った場合・・・「料金は除霊という儀式に対して払われた代金であり、結果に対する代金ではない」なんて、言い訳で済まされたりするわけですね。
つまり「相談者は自分の因縁なりの霊能者を選ぶ」となるわけです。
少なくとも、霊能者本人にとって、霊能者がどうあるべきか・・・という志は大切だけど、相談者にとっては自分に都合の良い霊能者が、良い霊能者なんです。他人がとやかく言ったって、成る様にしかならないのです。
|