最初の案山子


田んぼの案山子

 「今の貴方の姿は、田の中に立つ一本足の案山子のようです。風雨のあたりが強いけれど、何の為に立っているのかを良く考えて、心霊を学び、人の幸せを守りなさい。
 
 案山子は、きれいな衣装を着せてもらえるわけでは無いけれど、ただ、稲を守る為に風雨の中に立っているのです。稲を守るがごとく。そして廻りの方々に惑わされない事。驕り高ぶらない事。
 
 人の気持ちは変りませんから、本人が変らなければ何も変る事はありません。ですから無理に人の心を引っ張ったりしない事。」
 
 と言われました。すると、い所に霊査を受けていたある人が、『そうそう、わたしも田んぼの案山子が見えて・・・』(^^;
 
 その時、私の頬に、狐(霊)が肉球を押し当てます。(肉球パンチ)・・・そうか、お稲荷さんのお使い狐は、田を荒らす害獣駆除のシンボルなのですね。 案山子と呼ばれた私も、いわば稲荷の使いか・・・案山子なら狐とは同僚に当たりますから、仲が良いはずです。(^^;
 
 実は霊査中に、私の心中に『個人で(心霊相談を)行うのは辛かろうに、寂しかろうに』という声が聞こえたのですが、「(背後霊の層の薄さから)辛いし、切ないけれど、個人だからこそできることもありますから・・・」と、お返事しました。
 
 この時、一緒に霊査を受けていた別な方は『貴方は先払いの役なんだからがんばって・・・』、また、別な1人は、『立派な背後様が付いていらっしゃるのだから・・・ 』それを聞いて思います。「ああ、皆さん大変ですね。」と、私は、良い霊査を受けた方々の、その後ろで・・・ボーっと案山子を努めています。
 
 力仕事はお姉様がたの仕事。 (^ー^)V
 
 ホテルを出た後、下田で歴史資料館に入りました。各地のお祭り風景の資料に続いて、黒船関連のエリアの前の事です。アメリカ船に密航を目論み牢に入れられた、吉田松蔭の入牢風景の実物大模型が目にとまりました。
 
 以前、先生と山口に滝行に行った時に、吉田松蔭を祭った松蔭神社にお参りしたことがありますが・・・私は松蔭には、ぜんぜん関心が無かったのです。そして目にとまったのは、松陰が獄中で戯れに書いたという、掛け軸です。もとは草書ですので多少間違っているかもしれません。
世の人はよしあしごともいわばいへ
賤が誠は神ぞ知るらん
 
  訳すと、「世人は、人の善悪をうわさするものですが、私(賤=1人称)の誠意は神様がご存知です」となりましょうか。
 
 ふだんはどんな簡易な草書であろうと読もうとなどしない、(素直に認めれば読めない)私も、この時ばかりはしっかりとメモを取りつつ、自傷的な笑いを口元に浮かべて、先生 に声を掛けました。
 
 『先生! 吉田松蔭もこうなれば案山子ですね。』(すでにこの時、わが師は案山子についての霊査は忘れていた・・・(^^;)
 
 案山子は稲を守って立ち尽くす。――志を持って、手足を出すな・・・て、こういうことか・・・・霊界通信という黒船に取り組む、私は吉田松蔭をお手本にせねばならないのかもしれませんね。
 
 実は、予定では伊豆高原に一泊する昨日のうちに下田に行くはずだったのです。それが思わぬハプニングで、翌日のスケジュールを圧迫したのは、霊査の後だからこそ、価値の分かる一首があればこそなのですね。
 
 ・・・という事は、私の事をわざわざ、『案山子』と揶揄する為に霊界は下田行きを遅らせたのでしょうか・・・また、姉弟子達に苛められる種が増えてしまいました。(^^;
 
 帰路、霊界に示され、そして、景色のよさから選んだ、伊豆スカイラインをひた走る車中、ハンドルを握る私の背後で聞こえるのは、先生を筆頭とする合唱です。
 
 『田んぼのなぁーかの一本足の案山子・・・・天気も良いのに蓑笠つけて・・・』
 
 先生と旅行する時には雨具が一切不要なのは伝説となっていますが、この日、メンバー中で雨傘を持っていたのは私だけでした・・・。
 
 ああ、黙って稲を守りなさいか・・・そうですね。すずめを追いかけて田んぼを留守には出来ませんからね。

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