老神心霊研究所

心霊研究

― 霊媒による心霊研究 ―

守護霊とのコミュニケーション PDF プリント メール
作者 老神いさお   
2006/07/07 Friday 18:48:00 JST

Q 「この世が修行の場であるならば、なぜ指導霊や守護霊が、直接指導してくるのでしょうか? その必要性がわかりません。声がきこえたり、ビジョンが見えたりするということは、あまりにも過保護な行き過ぎた導きで、本人のためにはならないのではないでしょうか?」

 過保護であるか、どうかは、その指導の内容によって判断されるべきです。また、守護霊の指導の目的は、必ずしもその被護者の向上にはありません。指導霊の場合は特にそうです。彼らもまた、自らの向上のために努力しているのです。


Q 「また、ある程度波動の高い指導霊たちから、直接指導されるということは、その人自身の波動もそれに合ったものではなくてはならないし、またそうであるならば、よけい、霊能力は必要ないような気がするのです。」

 いわゆる「同波動の法則」……つまり、霊媒がコミュニケーション出来るのは、似たような霊格の相手だけである、というのは、決して嘘ではありませんが、一面の真理でしかありません。この法則はむしろ、「友人とは同じような霊格の相手」と解釈すべきです。たとえば、大学教授は小学生向けに専門的な話をかみ砕くことも出来るでしょうが、小学生が大学教授とその専門分野で同等の議論が出来ることはないでしょう。

 つまり、上級の者が下層に降りてくるのは可能だが、下層の者が上層を訪ねるのは無理があるのです。従って、波動の高い指導霊から指導を受けることは不可能ではありません。ただ、その障害になっているのは霊能力の有無ではないのです。

 そもそも、人が肉体を纏った霊魂であることを前提に考えてみてください。……霊魂が他の霊魂とコミュニケーション出来るからこそ、死後の世界が成立します。つまり、誰もが霊能力を持っているのです。ですから世間一般で「霊能力がない」というのは、自身の霊魂の感覚と、肉体意識・表面意識との間の連絡のない人を指します。つまり、霊感が表面意識に登ることを霊能力と呼び、表面意識に登らないのを霊感がない、と表現しているのです。


Q 「霊能力は、それを使って、他の人を助ける使命がある人のみ、指導霊によって与えられるのでしょうか? それとも、人間にはだれしも、多かれ、少なかれ、低級霊がついていて、それによって霊能力が発揮されるのでしょうか?」

 霊能者になる、ならぬの違いについていえば、使命というのはちょっと違う気がいたします。職業適性というのは当人の使命感よりもむしろ、肉体的・感覚的な才能が重要な位置を占めます。極端な話、いくら使命感が強くても霊的感覚が鈍い人では霊能者として大成しないでしょう。ただ、才能が同じレベルであれば、使命感の強い人の方が良い結果を得られるだろう事は容易に想像が付きます。

 また、霊能力の発現条件について、私は良く、電話を引合いに出して説明します。

  1. 電話機を持っていても、故障していたり、未契約・料金滞納などで使用できない場合があります。(肉体的要因)
  2. 電話が通じても、周囲がうるさければ聞取ることが出来ません。(霊環境的要因)
  3. 何より、話す相手がいなければ、電話が役に立ちません。(因縁的要因)

 つまり、霊感を得る、得ないは、必ずしも霊能力の有無が問題ではなく、様々な要因が存在し得るのです。

最終更新日 ( 2006/07/17 Monday 19:48:46 JST )
 
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