老神心霊研究所

幽明の道標

一霊媒が漏れ聴く話

心を清く保つ PDF プリント メール
作者 老神いさお   
2002/12/07 Saturday 00:00:00 JST

 

Q『執着心、雑念、自負心への対処方法についてお聞きしたい』

 

 誤った努力が原因――争ってはいけない。争うから勝敗があり、そして敗北が待つ。自分の心と戦う事は、容易には決着のつかぬことに飛び込むことである。それは外敵を利するだけだ。そも、自分の総てを人生に注ぎ込むことなく、自己と戦おうとする段階で、既にあなたは負けているのである。

 善き事に執着せよ、工夫を楽しめ、善事を自負せよ。無駄な事、害ある事に心が働くのは、自信を失い、正道を外れ、導きの太陽から顔を背けているのである。執着、雑念、曲がった自負心が悪いのではない。挫けた心が問題なのである。正しい努力が続けられるなら、その努力が人々に認められるなら、そして正しき自己に誇りを抱けるなら、誰が無駄な行いに埋没しよう。恨みや妬みの心も同様である。自ら成功が掴めるのであれば、誰を妬む必要があろうか。

 正道を歩む事をあきらめてはならぬ。邪道は近道に見えてけっして近くない。また、過程を省いて目的地にたどり着く事を望んではならぬ。どんな境涯に安住しようが、道を問われて教えられぬ者は、ただの客人に過ぎぬ。客人は主人の都合で追い出されもするのだ。道を知らずに追い出された者は、途方に呉れる以外に何ができよう。

 正道を歩むのが辛くなったなら、必要なのは近道を求める事ではない。心身を休める事である。無駄な考えは疲労を増しこそすれ安らぎを与える事も無い。間違えば正せ、正せぬなら止まれ、止まれぬ者が動き出せば破滅を待つだけである。良く重荷を運ぶ者は、決して無理をしない、一度に運ばず、繰り返し運ぶ労を惜しまない。悪しき心が働くのは、無理をして、それに気がつかぬ者である。止まれ、破滅に向かって進んではならぬ。

 善き事に向かって勤めよ、そして自覚せよ。限界と責務を秤にかけて、決して自分に無理を強いてはならぬ。無理は総てを台無しにする。人を愛するように自分も労われ。あなたの犠牲による恩恵を負担に思う者は善であり、当たり前に思う者は悪である。悪を働いてはならぬし、悪人のために働いてはならない。ならば、善事は責任を分かち合い、厭きずに前に進む者のみが担える事になる。そして着々と丁寧に人生を生きているなら、くだらぬ悪心が働く、いとまも無い。自己の心の働きに思い煩うのは、あなたが間違った努力を重ねるからである。

 

(2002年12月7日)


 


 
< 前へ   次へ >