| 人の深み |
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| 作者 老神いさお | |
| 2008/11/05 Wednesday 23:55:02 JST | |
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「霊能者の孤独はどれほど深いことか。」という、メールを頂いた。その返事をせぬままHPで取り上げることで、相手に疑心暗鬼を起させる意図はない。ただ、返事を書く気力に掛けるだけである。 (変な話しかも知れない) なるほど私も孤独感を感じなくもない。大変だよなぁ~、と、自分に同情したりもする。だが、他者から同情されるほど孤独か。いや、そもそも同情するぐらいであるなら、あなたが良き理解者になれば良さそうなものだけど……相手も霊感の強い人だから、なおのこと、そう思ったのかも知れない。 (疑心暗鬼に注意) そもそも、人は往々、自分が欲する者を相手に先に与えることがある。たとえば、 申し訳ない。昨今の私にはそれだけの余力がない。……ただ、返事を書こうと、文案を練っている際に、我が守護霊からこういわれたのである。 『判りやすい性格なら、なるほど理解者は多いかも知れない。……少なくともそう錯覚できるであろう。だが、その様な生き方はあまりに薄くはないか? 『他から理解されない、それを孤独と表現するのも間違いでは無かろう。だが、(人間性に)深みがある、という表現もあるのではないか? 『理解出来る、出来ないは、相手のいることであって、己が努力できる余地は少ない。……ならばそれは、意識することの大切さがあまりないということでもある。 (それゆえ、孤独は避けがたい) 『大切なのは、相手を理解しようと努力することである。くれぐれも、相手を自分のレベルで判断するようなことをすべきではない。……判らない、と認めることは決して難しいことではない。ただ、判ったふりをする方が遙かに楽なだけなのだ。そして人は、判らないことを侮ることで自滅の道を歩むのである。 『孤独がそれほど耐え難いことだろうか? ……人々が孤独に逆らうのに、無駄なことを繰り返すだけ、という、滑稽さを目にしてもなお?』 |
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| 最終更新日 ( 2008/11/05 Wednesday 23:57:32 JST ) |
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