| 崖から落ちる夢 |
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| 作者 老神いさお | |
| 2008/10/07 Tuesday 23:10:19 JST | |
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横浜オフ会(2008/10/5)中の指導事例に……人智で足りぬ部分は、「神仏への祈りが大切」ということのようです。……と、ある。これ、私自身も往々、受取る霊査である。つまり、私自身が行き詰まった時に、打開策の代わりに、『今はジタバタするな。助けが来るまで待て。』と、いわれるのである。 神は人に、乗り越えられない試練は与えない、という。然り。とはいえ……真冬に海水浴がしたくなっても、人は夏まで待つのではないか? 我慢が必要でも、やはり、夏まで待つ方が泳ぐのにはよいと思う。 すなわち、神の与える試練の中には、いや、その多くは、たちどころに解決する問題ばかりでは無かろうという事だ。……変化、特に、他(人や時機)の変化は急かしてはいけない。 ・・・・・・・ 友人から、「本当に困っている時にはあなたのHPをなかなか見ない、少し落着いた頃に見ると、答が書いてある。」……と、メールで告げられた。 まあ、人の試練は、他者がとやかくいうことではないしねぇ。自分で考えることも大切では?……と、返事を書きかけて、先方の背後霊から止められた。 ・・・ 『ちょっと行き詰まると、周りを見回す余裕を失う。……あなたには、覚悟が足りません。』 さらに友人のメールには、「ひんぱんに崖から落ちる夢を見た、あまり頻繁なので空を飛ぼうと努力もしてみた」とあったが、それについても…… 『なぜ、一人で対処しようとするのでしょう? どうして、助けようと差し出される手が見えぬのでしょう? 人は一人で生きているようでいて、守護霊と共に人生を歩いているのに。自分一人と思っているから落ちて、落ちて、落ち続けるのです。 『もっと、「助けの手」を思いなさい。一人で抱え込まぬ事です。』 ……という。まあ、霊媒の職務を果たせば、「霊の助け」とは、一般的に非物質的な援助だからその点お間違えなく。まあ、霊達にあえて失礼な言い方をすれば、どう助けられるかが、人にはなかなか判りにくい。 ・・・・・・・ そういえば、先日私が引いた大吉の御神籤には、「災難はあるが、神仏に祈れば大過なし。」とある。……それで本当に大吉か? |
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