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老神心霊研究所

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小ネタ(2008/10) PDF プリント メール
作者 老神いさお   
2008/10/01 Wednesday 23:55:52 JST

 本来は私信への返事だけれど、更新のいとまもなく……個人宛てではもったいなく。

 1,寂しいね、という話題。

 作用には反作用が伴います。つまり、寂しさを知ればこそ、人の温もりの価値が判る。

 ……寂しさを知らなければ、人の温もりを知ることが出来ないのも、充分に寂しいと思いますが。

 が、ね。……古人曰く、「不安を相談相手にするな」――物事が上手く行く確率と、巧く行かない確率とではどちらが多いか。答というのは少ないから貴重なんです。失敗する可能性を論じていては気が滅入るばかり。

 2. 苦しいね、という話題

 もとより、人は霊性向上の修行場として、人生を歩んでいます。――ならば試練はつきもの。その試練の中にあって、課題の真意を見抜けているなら、それは解決の兆し、いわば、希望の光ではありませんか。

 もしも未然に問題のなんたるかに気が付かないのであれば、克服することなく試験を終えることになります。難しくて問題が解けないのも問題ですが、問題を読めずに解答できないのは試験において、大問題ですよ。

 3,何をやっているのだろうね? という問題。

 努力してもしょせん、人には物理的な限界があります。――つまり、判ることは判り、判らぬ事は判りません。皆、右往左往して生きているんです。それだけ人生が難しいということ。もしくは、人なんてその程度ということ。

 もしもあなたが、ああその程度か、と思えるなら、少なくとも死後は、そしておそらく来世はきっと今よりも遙かに幸せでしょう。まあ、何をもって幸せというか、が問題ですが。

 

 4,もう一杯一杯、という話題。

 大変……と、自覚できるのは、魂の成長の証なんです。――良いじゃないですか。泣き言を言うのも心の豊かさの証です。

 心の貧しい人々は、泣き言を言う代わりに、人(他)に責任を擦り付け、自分の大変さを忘れてしまいます。

 ああ。子どもの人生にくちばしを挟みたくなるのも、責任転嫁の一種か……ならば、自分の人生に一杯一杯になれるというのは、なんとまあ、贅沢なことか。

 

 

 

 

 
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