老神心霊研究所

幽明の道標

一霊媒が漏れ聴く話

耐える。負けぬ為に。 PDF プリント メール
作者 老神いさお   
2008/08/19 Tuesday 22:45:40 JST

 ページ更新は5日ぶり。といって、ネタ切れというわけではない。むしろ多くて困っている位だ。ただ、ただの思い付きか、意義あるインスピレーションかを判断する時間がない。そして、文章をまとめる時間も足りない。

・・・・・・

 ここ数日、胸騒ぎに苦しんでいた。……むろん、病気などではない。少なくとも、胸騒ぎが始まったり、止ったりのタイミングがあまりにも良すぎる。原因は……職場で逆恨みを受けてのこと。少なくとも正式な制裁処置は行われず、ただ、意地悪を受けている。
 「こりゃたまらん!」と、思うわけだが、霊査をとろうと精神統一をしてみても、何も得られない。 ……霊感が得られないことの寂しさを痛切に思い知った。大袈裟な胸騒ぎで心が落着かぬ状況が続くなら、いっそ叱られていた方が楽とも思える。

 では、この状況を自業自得と受け止めて、会社を辞めるなり、なんなり……と考えると、途端に「ストップ」との声が掛かる。つまりは、霊感を失ったのではなく、なんら助言のできない状況にあるということらしい。……おそらくは、そういう霊信は送られているのだろうが、打開策を求めている私は感応できずにいるのだろう。「ダメ、といっても聞かないから、沈黙で応じる」……ということか。まあ、そういう可能性もある。

 ところが、それは穿った見方らしい。

「流動的だから、様子を見ている」……のだ、そうだ。ならばそういえよ、とも想う。

 疑心暗鬼、というべきか。その中にあって私もいろいろ思うわけだが、それらは突き詰めれば、私を守護している霊達への不平不満と、言い掛かりをつけている相手への憎しみ、というところか。それではつまらない。試練、という言葉に強い不快感を抱く私であるが、無駄な足掻きを慎むぐらいの知識も覚悟もある。……たぶん。

 人は行き詰まると、悪妄想しやすい。対抗手段がないと、敵を憎むよりも、味方のふがいなさを憎むこともある。己に負けた、といわれる状況だ。

 では、ただ待てばよいか? それもまた時間の無駄に思えるし、耐えるだけならばなおのこと悪妄想しないか? 出来ることからコツコツと……打開に向けての努力が出来なければ、せめてこの時期、スキルアップのための勉強に適しているかも知れない。強い緊張感が集中力を高めてはくれぬか?

……以上は、まあ、私の愚痴、か。

 それを無理に教訓らしきものを纏めるなら……

  1. 打開策があるとは限らない。ただ、耐えるしかない時もある。
  2. そういう時にはジタバタするな。(おそらく拗れる)
  3. 助言がないからと味方(背後霊)を恨むな。敵につけいられる。
  4. いっそ、自己研鑽のチャンスとして活用できぬか?

……というわけで、自己研鑽するとどうしても、ページ更新が二の次になる。


我が守護霊からの補足。

 耐えるべき時にはただ耐える。――それをして失うものが少ないのは、ただ、己の過ちに気付いた時に、直ちに正す勇気の持ち主である。己の過ちを認めようとしない者は、耐えることでかえって拗らせる。――それは、周囲の霊達が味方するからではなく、争いが霊性に反する行為であるからだ。

 それゆえ、心霊家足るもの、勝つために戦うな。ただ、負けぬ努力だけでよい。さすれば、相手は己に負けて姿を消す。勝てばしつこく恨みを買うが、負けなければ相手から避けられるようになる。負けず嫌いな相手がいかに憎まれ口を叩こうとも、しょせんは負け惜しみで終わる。なによりも、第三者がどう見るか? 勝者に誰がすり寄るか? 敗者に誰が哀れみを掛けるか? 負けなかった者が、誰の友好を勝ち取るか。……おまえが求めるのは勝利か、価値か?

 闘争や競争とがついて回るなら、魂の永遠性とは、つまり果てしなき苦しみを意味する。……売られたケンカに我を見失うな。勝利の為に人としての道を見失うな。

 苦しまねばいられぬ人と、一時期、同道させられる苦痛は良くわかる。だが、そうなるゆえんは、善悪や因縁だけとは限らない。それこそ、濡れることを恐れる人が、どうして外出する事が出来ようか? 時として雨も降れば、水は撥ねる。 ただ、守護霊として切ないのは、雨が降っても傘を差し掛けてやれぬ事である。……ならば私も共に雨に濡れよう。それが人の道なのである。

 一人で苦しんでいるわけではない。それを、心霊を学ぶおまえは知っているが、多くの人々は知らない。……己の苦しみを、復讐で癒そうとする人の多さを見るにつけ、心霊知識の普及が大切であることを思う。

 

 
< 前へ   次へ >