| 我を折るべきか? |
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| 作者 老神いさお | |
| 2008/05/26 Monday 00:16:56 JST | |
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『おまえももう少し我を折れば楽なのに……』と、霊耳に聞こえて、つい考え込んでしまった。 確かに私にも負けず嫌いの部分はある。頑固さだって皆無ではない。だが、争いを好んでいるわけでもない。むしろ、人と争うよりも自分の研鑽に努めたいし、その方が楽しくもあるし、またその必要もよく知っている。 そう、私は他者に我を押しつけているつもりはない。他者よりも勝ちたい相手がいるから。 たとえば…… 「そんなこと、私には出来ないが、他の連中だって出来ないじゃないか!」 ……そんな連中が多いこの世の中で、なにゆえ、言訳を繰り返して生きねばならないのか? 自分に勝つことを忘れて、問題をすり替え、下らぬ揉め事を起す人々。 無用なトラブルを避けるために、一時、我を折れ、というなら、決して愉快な選択でないにせよ、出来ない相談ではない。 だが、問題のすり替えに付合うことにいかなるメリットが伴うのか? いずれ行き詰まるのに……なんのことはない。問題の先送りにしかならぬではないか? そして、行き詰まり、どうにもならなくなれば、次はどのような問題のすり替えに付合わされるのか? 我なんて折っても楽にはならない。時間稼ぎしたところで、利子が付くばかり。 まったく、気が付けば、下らぬことをいう霊もいるものだ。 ・・・・・・・ 自分の立場を再認識して、話しは終わった……と思ったが、 「いったい何なのだ、先ほどの霊は?」 と疑問を抱いた。 自分に勝つことを忘れて、責任転嫁という枝葉末節に命を無駄にすり減らし、得ること少なく死んだ霊……自分が上級霊界に上がれぬからと、他人の足を引きに来た霊か? 最近、すっかり忘れていた。――悪事には報いがあるが、善行は妬みを呼ぶのだということを。 自分の悪行をおそれて、妬まれることの危険性を軽視していたかも知れない。 |
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