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Q 「夫がこの頃よくケガをします。占いでいうと今年は大殺界に入ったのですが。……何か手立てはあるでしょうか。それとも心配し過ぎかとも思うのですが。」 回答に躊躇する事情 間に人が入る「間接相談」は回答に難があります。仮にどんなに素晴しい答を用意したところで、質問者が適切に理解できなければ意味をなさないわけで、場合によっては真実よりも、嘘も方便的な回答の方が適切な事もあります。つまり、当事者に相応しい回答こそが適切な回答と呼びえるわけです。では、いかなる回答が適切であるのか、それを判断する上で、当事者自身の言葉で質問を受けることがとても重要になります。 また、なによりも当人の自覚が必要な問題の場合は、やはり、当事者本人からの質問が大切です。 さらに私が回答に躊躇するのは二点です。 まず、ケガをしやすい人には負けず嫌いが多いこと。当事者が助言を素直に聞くと考えることには無理があります。むしろ、逆効果になることが多いものです。 つぎに、霊査をとったときに眼前に立った霊が女性であり、恐らく質問者の守護霊であろうと思われること。するとどうも、助言というより、意見になるのではないか、そうなるとなおさら当事者が素直に受入れるだろうか、と思えるわけです。 さらにいえば、この件に関する一般的な回答そのものが、女性からいわれたくない言葉を含んでいることも躊躇の理由に挙げるべきかも知れません。まあ、そこまで書けば回答したのと同じでしょうが。 ……まあ、私も一緒になって心配しすぎても話が進みません。 ケガをしやすい人 ケガが多くなるのは、むろん、無理をしているときに多く見られますが、むしろ注意すべきは、身体感覚の異常……自分の身体の大きさを適切に把握していないためにくぐれると思って入り口に頭をぶつけたり、当らないつもりで手や足を打ったりということが多いかと思います。これはたとえば車をぶつけたり、こすったりというのにも当てはまります。車両(の大きさ)感覚が適切であれば避けるように運転するのに、避けたつもりでこすったりするのは、認識している車両の大きさと、実際の運動との間に差があるからです。 こういう時には、まず身体感覚の再認識が必要であって、焦っても、心配しても意味がありません。そのほか、イメージトレーニングや目をつぶって壁にぶつかるまで歩く、といった練習法が考えられるでしょう。 もう一点、人間、22歳程度が身体発達のピークで、それまでは特別な工夫をしなくても体力の衰えを感じないのに対し、以後は努力を怠ればどんどん体力が落ちるのを感じるようになるという生理的な問題があります。……考えてみれば当たり前なことなのですが、その事情が気に入らなければ、適切な対応が出来なくなってしまいます。 ……まあ、この辺は常識的ではありますが、だからといって、誰もが特定の年代にケガをするとは限りません。 ・・・・・・・ 危機に際した時、またはストレスを感じた時、ぎゅっと手を握るタイプ(集注型)の人と、ぱっと手を放すタイプ(うっ散型)の人の二種類に大別できますが、恐らく御主人は後者で、危険を感じると過剰的な行動をとりがちなのだと感じます。しかもストレスを溜め込んでいて身体感覚にずれが生じているのではないか、と思われます。 つまり、ご主人は、気質・体質的に過剰な行動をとりやすく、よくいえば頑張りや、悪くいえば負けず嫌い的性格から、身体感覚・運動能力と、自覚の間にズレが生じやすい人なのだろうと感じます。すると結論的にケガをしやすい人であろうと思われるわけです。 大殺界 私は新聞の四コマ漫画を見る程度にしか、占いに興味が無く、「大殺界」なるものを聞いたことはあっても詳しく知る者ではありませんが、私が教えられてきたのは、人には外に向かって盛んに勢力を伸ばす時期と、表に出るのを慎み内容の充実に努めるべき時期がある、ということで、例えるなら、晴れた日に家で勉強していたら所得は寂しくなるし、風雨の強い日に仕事に出ては、稼ぎも少なく、ケガや病気をしやすく、益よりも害が多いであろう、ということです。 つまり、占いで大凶が出ても恐れることはなく、ただ、考えるべき事があるとすれば、自分が外・内のどちらに向かって努力すべきかという判断でしょう。 外に向かって枝葉を伸ばすばかりであれば、人としての内容が薄くなりますし、内に向かって掘り下げるばかりでは、内容が濃くても社会的な意義を持ち得ません。……占いでいう吉凶とは、そのまま吉凶なのではなく、吉凶の時機の利用法こそが真の吉凶だと思います。 凶といわれたら家で勉強三昧、吉といわれたらせっせと外出して新たなチャンスを掴むべきなのです。 Q「昔、ある霊能者の方に、旦那が事故を起こしやすいからお払いをといわれても、本気にしなかったのですが……」 昔から、「(いきなり無事は虫が良いから)大難は小難、小難は無事に……」と祈れ、といったものです。 「大難が無事に」という、虫の良い祈祷を望めば、開運業界の方々に良いカモにされてしまうでしょう。 その祈祷が偽物であると思う根拠もありませんし、一方で、私も、あってもいないご主人ですが、「気質・体質的に事故を起しやすい人」と感じているのですから、その霊能者さんを偽物とは思いませんが、そもそも神は騙せず、因果は眩ませず……祈祷が効いて事故に遭わなくても、大病するなど、金銭抜きで因縁的な帳尻が合うだろうな、とは思います。 お祓いよりも大切なのは、ご自分の気質をよく把握して、日常では無理をせず、ストレスを溜めず、安全なストレス発散法を身につけて、これからも年齢相応に自分らしく生きられるようにすることがより効果的だとおもいます。 そもそも、奇道とは、たまにやるから効果的なのであって、日常、正道を歩まない人が奇道を選べばかえって害が生じます。……不安だからと安全祈願の祈祷をするよりも、危険を感じる都度に、行動を反省し、自分なりに改善案を立てることの方が効果的でしょう。そして実際に実施する段になって、初めて加護を祈るのが本来の神頼みなのです。 |