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口先だけで行動の伴わない人を誰が尊敬するだろう? 反対に、不言実行……黙って行う人のなんと好ましいことか。 ・・・・・・・ ところで、霊媒というのは……ひいては霊というのは、まあ、典型的な口先だけの存在にも見える。極端な話し、霊達が不言実行を心掛けているのであれば、言葉を中継ぎする霊媒の存在意義はない。 それを逆に考えれば、わざわざ、霊達が霊媒を通じて言葉を伝えるとき、その大雑把な内容も予測が出来よう、少なくとも、事態は相談者の思い通りにならぬ、ということだ。……少なくとも、座して事態が好転することはない。 してみると、霊媒の助言というのは果たして有益なものかどうか。 ・・・・・・・ いろいろな人の相談に乗ってきた。……その数を自慢したいわけではない。ただ、振り返って思うのが、逆の立場、つまり相談者の立場で考えれば、霊媒からのどのような解答が一番好ましいものだろうか?……私なら、「良く祈っておきます。」ではないか、と思う。 うまく行くなら相談する価値も薄い。うまく行かぬのであれば、ただ不安を増すだけだ。……そうなると結局、霊媒に相談して、相談者は何を求めているのであろうか? 安心? 事実は必ずしも安心に結びつかないし、生来は不安だらけではないか。――少なくとも、老いたり、病んだり、しないのは死者だけであろうし、死も恐怖の対象で、しかも、死なぬ人はいない。 どうせ、不幸のタネが尽きぬのであれば、せめて、自分に同情的な人がいてくれると嬉しい。……そうは思わないか? ・・・・・・・ 先週の日曜日、我が師から突然電話があり、いろいろと話したが……その後、胃が痛くて仕方がなかった。……表現、て、あると思うんですが。 なるほど、私が進もうとしている、この道は危ういと。――実は先立つこと数日前、某神社の御神籤に、まさにその通りのことが書いてあった。さらに先立つこと数日前、そういう霊感を自ら得てもいた。 だが、失念した。このまま進むのとどちらがより危ういのかを聞きそびれたのだ。――が、あほらしくて、わざわざ電話して尋ねるのを辞めた。……ダメだ、ではなく、大変だ、というのであろう? そんなことは今に始まったことではないし、楽できた試しも無い。結局、文句をいうな、と釘を刺したいだけではないか? 右に行こうが、左に行こうが、果たして金貨(チャンス)が落ちていようか? 拾うべきチャンスが落ちているなら、それはきっと誰かが落としたものに違いない。……落とし物をネコババしても良いものか? それ以前に、誰かがチャンスを落としてくれているのかどうか? 結局、実力相応の結果しか得られないのが現実であるなら。まあ。なんというか。そう。……なぜか私は、苦労を背負い込みそうである。別に、前世で人を泣かせてきたからだと、自虐的になる気はない。ただ、それが早道のようにも思えるのだ。 ・・・・・・・ 心霊相談にいろいろ乗っている我が身を振り返って思う。本当に辛いのは、答が得られないことではない。むしろ、なまじ答を得ると返って腹が立つ。 本当に幸せなのは、無事を祈る者のいることだ。……それに勝る祝福はない。 祈りにどれだけの力があるか、等と、私は疑問を抱かない。……だって、幸福を祈る人がいないという事は、一体どれだけ、敵が多いか、ということではないか! |