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作者 老神いさお
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2008/09/07 Sunday 15:29:10 JST |
事例1- 『出来・不出来は一時のこと、負けても次の打つ手を忘れるな。』――結果が気に入らないからと、ふて腐れば、次のチャンスも失いかねません。巧く行かない時、失敗した時、そういう時にこそ、人の本性が現われます。辛い時ほど、正しい自分を見失わないように。
- 『天知る、地知る、我知る。』――あなたの裏面は、あなたしか知らない、のではありません。天も地も、そしてあなた自身も知っています。
- 『誠意を尽くすとは、人を欺かない、というのではなく、自分を偽らないということだ。――背伸びをするな。』――無理をして善良ぶって、報われなくて後で悪態を吐くようなことでは意味がありません。
- 子どもが欲しい、との質問に対して――『まず、妻の信頼を得ること。(心)のゆとりを持つこと、一緒にいられる時間があればすぐに遊びに行くようではダメ。』――別に、身体に問題があるとか、因縁があるということでは無いようです。
- 『思うがままに動き、為すべきことを忘れる。』――行動が早いのは結構ですが、目的を見失いがちです。…… 一連の霊査から見ると、結果が出る前に一喜一憂し、途中で投げ出すから良い結果が出ないのだ、といわれているようです。子どものことに関しても、まだ生まれていない、というだけで、絶対に生まれない、という状態ではないはず。そんなことに心が揺らぐようでは、果たして子育てが勤まりますか?……ひいては、親になる準備が出来ていない、とまで、いわんとしているように私には感じられます。すると、今のあなたは子どもが出来ていないことで苦しい想いをしているのでしょうが、子どもが出来ればさらに辛い思いをする、という暗示でもあります。
事例2- ご自分に霊障があるか、どうか、との質問に対して。 『自己防衛』――霊障が原因というより、ふさぎ込んだ心に対して、低級霊が集まってきているようです。
- 『なまなかでは救われまい。戦場は(身体の)外より(心の)中にある。』――苦しみからは容易には抜け出せません。が、かつてあなたが他から苦しめられていたとしても、今のあなたには心の中にこそ克服すべき問題があるでしょう。
- 『売られたケンカを一々買うな。』……ケンカを買うな、というのは暴力で解決するな、という意味ではありません。敵意に対して敵意や害意を抱くな、ということです。人生の旅の途中で出会う様々な傷害に一々腹を立てていたら、旅は一体どうなるのです? 時には、身を守り、時には相手にせず、まず自分の旅を、つまりはゴールを大切に考えることです。
- 『一体、人(他)に何を期待するのか? 誰も彼も自分のために働く。それが当たり前だ。』――他者は思い通りにならないものです。それを期待するから、ただ時間だけが過ぎていきます。得られるもの(または押しつけられるものと)と欲しいものとの間には常にギャップがあります。それゆえ、現実との間に折り合いをつけなければ、自分の不平不満に押し潰されます。――自滅。自滅を否定するために外敵、例えば、霊障の存在を心の中に生み出しては、救われるどころかますます苦しみが増します。
- 今までとは別な霊から――『汝、魔道にあって、今、光を見出す。かの神は誰ぞ、と問うな。魔とはヒガミ(の心)、神とは感謝の心を目として見えるものなり。すなわち汝の心に今、感謝が蘇りしことなり。』――感謝の心は大切です。しかし一体、感謝の心とはいかなる心のことなのか。苦労を知る者こそが、より大きな感謝の心に目覚めます。
- 『感謝の安売りはするな。』
事例3- 『泰然自若』――非常に良く座っていらっしゃいます。むろん、精神統一の練習中なのですから結構なんですが……全てを受け止めた上での泰然自若こそが大切で、不都合なことをすっかり忘却した上での泰然自若は意味が違うと思います。
- 『寂しいと感じているのに、静かでよい、と、自分に向かって言訳をするな。強がると現実となるから気をつけよ。』――強がりが相手の勘気に触れたり、無意識に相手を拒絶したりと、あなたの本音やあなたの利益に反する現象が起こりますよ。
- 男性の声で『汝が妻の健康への祈り、聞き届ける。』
- 女性の声で『妻の健康よりも、子育ての苦労が減ることこそが大切では?』――何度、治ってもまた具合が悪くなるのでは困りますよね。
事例4- 『実のあることをせよ。今のままでは公家の商法。』……実のある努力か、不安を消すための努力か? あなたの場合、後者は無茶な行動へと続きます。
- 『眼に見える縁ばかりを大切にして、見えざる縁を欲する。――甘い。』――眼に見える縁とは、人との縁。見えざる縁とは、生来(可能性)や、霊達との縁です。あなたは、生来への種まきを充分にはしていません。
事例5- 『ネズミ一匹をいつまで追うか?――元は取れぬぞ?』……実のある努力か、不安を消すための努力か? 後者は、あなたの場合、病気への近道です。
事例6
- 『口は慎め、居候。』
- 『汝が「言わなきゃ判らない」と感じたことは、言ってもわからぬ。』……想いを伝えるのに言葉に頼りすぎ、いやそもそも、言葉で伝えようとしているのは、相手にとって大切なことですか? ただ、あなたにとって都合の良いことだけを伝えようとしていませんか。――もしくは、あなた自身にゆとりがないことを忘れて、焦ってはいませんか?
- そこに不都合があるなら、あなた自身にとっての変革のチャンスです。が、相手の不都合を詰るだけで、あなたは自己変革を忘れてはいませんか?……いかに不公平感があり、家庭を抱えて忙しくあろうとも。結局の所、自分が成長過程でおざなりにしてきたことにあなたは苦しんでいる。解決への目の付け所を間違っています。妥協の仕方も。
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作者 老神いさお
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2008/09/05 Friday 00:09:41 JST |
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行き詰まった人はどうするか? 手段を選ばずサバイバルを狙う者あり。 ここぞとばかり、破滅を恐れず、正論を通す者有り。 私は……正しく生きたい。むろん、日々に逡巡は決して少なくない。 逡巡するのは当然、より良く生きよう、より多くを得ようと思っているからだ。 でも、行き詰まり、何の起死回生策も思い浮かばないなら……それこそ魂が試されているだと覚悟しよう。行き詰まった時こそ、普段、自分が正しいと信じることを試されているのだと思う。 きれい事を言うばかりで、ここぞという時に卑怯な態度を取るのは……しょせん、それが人間のありようかも知れない。でも、人間のあるべき姿と思えないのだ。
人生は、霊性向上の修行の場、であるなら。 試すための試練は必ず訪れる。――それがいつ来るか。どのような形で現われるか。 私は、行き詰まった時こそ(つまり援助が得られない)が、その時だと思う。 |
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作者 老神いさお
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2008/09/02 Tuesday 23:04:44 JST |
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ここで、災難を天災と人災に分ける。 字義はともかく、ここでいう天災は人災とは、災難の被害者が一部であれ原因と関わりがある場合……つまり、被害者の努力では防げない災難と、努力で防げる災難とを別けて考える。ならばまあ、他災と自災とに分けるべきか。ただし、新しい言葉を生み出すのは私の意図するところではない。
上述の定義のように、天災は努力では避けがたい。原因が被害者の手に届かぬ所にあるのだから。では、人災は避けやすいと言えようか? 無思慮、無頓着、油断に甘え。判ったつもりで、反省が足りない場合もある。 まして、自身の原因を極力回避しようと努力しても、身内や友人関係をひっかぶる事もある。――それもまた避けがたい。 妬み、ヒガミ、八つ当たりに責任転嫁。――全てを捨てて逃げるわけにも行かず、愚者のフリをするのも不幸と思うならどうすればいいか。 割り切るか、割り切れるか。そして……仮に全ての人災を避け得たとして、その人生は果たして幸せか。苦難の中でこそ得られるものがあるとしたら。……その価値あるものに気が付くためには苦難を恐れぬ覚悟が必要であろう。とはいえ、人は往々、疲労に負ける。災難の苦痛にも負ける。なにより、押しつけられた災難の不公平感はとてもとても重く感じる。 自らを幸せにする努力。自らを不幸にしない努力。さらには、他を不幸にしない努力。……そして、幸せを分かち合う喜び、と、苦労を分かち合う喜び。 ……転じて、幸せを独り占めされる寂しさ、苦労を分かち合えぬ寂しさ。孤独な境遇からの妬みではなく、一人ではないのに感じる孤独の話し。 |
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