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老神心霊研究所

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どこが違う?
作者 老神いさお   
2008/10/06 Monday 22:56:10 JST

「それ、違うんじゃない?」と、言われた後の対応には、言われた人の運勢(運命というほど大げさではなく)に関するヒントがある、と思う。

 まずは自己肯定……「どこが違うか?」ということが気になる人、または、攻撃……「違う」といわれたことに腹を立てる人。

 こういう選択を、気質や性格の違い、と、いうべきだろうか?……霊媒としての私は、他者に自分の価値観を押し付けぬように心がけている。右にいくも、左にいくも、後ずさり、または、しばし立ち止まるのも、相手の自由であろう。……それが道であるなら。

 ここでいう道とは、真理であるとか、神道や仏法などという大げさなものではなく、開けた選択、行き止まりではない選択を意味する。……もしも行き止まりの道を選んだ人があれば、たとえ当人が自殺願望の持ち主であれ、「行き詰る」ことを一声かけるべきではないか、と思うのだ。

 その上で思うのである。

「それ、違うんじゃない?」と、言われたなら、「では、何が正しいのか?」……ということに目を向けるべきだと思うのだ。自己肯定も、防御も攻撃も……人間関係を敵味方で分ける必要もない。自身の能力・才能は、現実の分析と、対応にこそ傾けるべきだ。

 でも、現実よりも批判されること、ひいては味方がいない、少ないということが気になるとしたら、その人はだいぶ追い詰められているのだろう。さもなくば、ただ好戦的であるだけか。

 その程度の気分の浮き沈みは普通ではないか、と思う人もいるだろう。だが私は、損な性格であろうと思う。


補足。

 たとえば、フリーマーケットでは、動かぬテレビやラジオをインテリアやジャンクとして売るのは、売り手の自由だと思うのだ。だが、動かぬのに、使用が可能なように思わせるような売り方はいけないと思うし、もしも可動品だと思って買おうとする人がいるなら、お節介といわれようが、「それ動きませんよ」と、注意すべきだと思うのである。

 が……人の思いこみというのは、その人の精神バランス上の必然から生まれているから、思いこみを正されると、気分を害する人が決して少なくないのです。
 

最終更新日 ( 2008/10/07 Tuesday 22:39:50 JST )
 
横浜オフ会 10月05日
作者 老神いさお   
2008/10/05 Sunday 22:27:34 JST

事例1

  • 考えすぎで、頭がのぼせています。……あなたは、答を出すより、考えることに意義を見出す人です。
  • 『聞き役の大切さよ。』――考えすぎ、気を廻しすぎるあなたは、まず、人の話を聞くことを大切になさって下さい。
  • 『背筋を伸ばし、アゴを引く。』……あなたの普段の姿勢では、胃がだらしなくなります。
  • 『自分の事からは逃げてはいけません。ただ、他人の業からは逃げても良い、というより、関わらぬ事です。』――味噌糞一緒。ご自分に降りかかる苦難の全てを、自分の業《カルマ》と誤解していませんか? 多くはあなたにとって無用なものです。
  • 『真理とは芋づる式に得られるものではない。人に見えるのは事実の一部に過ぎないのだから。』――少ない証拠から順繰りに真理を導き出そうとしないことです。
  • 『花咲いて、実、実る。――苦労の実を追い掛けず、花を咲かせて、実を得なさい。その苦労は必ず報われます。』――苦労がそのまま結実するのではなく、あなたが才能を花咲かせて、良い結果を得るのです。

 

事例2

  • 考え方に偏りがあるから、変に肩が凝ります。――『もっと、素直に。』
  • 地に足のついていない人ではないのに、『しっかりしなさい』と、細かな注意を受けてきた人です。そんなあなたが嫌う言葉でしょうが、「地に足のついた、小さな事から、コツコツと実行しましょう」
  • 50歳台から自由に発想できるようになります。
  • 『もっと人生を丁寧に生きましょう。たとえば、テーブルにクロスを引くだけでなく、ランチョンマットを引いたり、花を一輪、夜ならキャンドルに火を灯すように。』
  • 『豊かさというのは、力強く収入があることをいうのではなく、収入を大切にすることを言うのです。』……いくら稼いでも、収入がそのまま支出に回っていては豊かとは言えるでしょうか?
  • 『見えぬ、と思うな。見ておらぬのだ。――想いは通ず。それを知っているではないか。』

事例3

  • 今まで、正論を通すのに頑張ってこられましたね。
  • 『世を憂えても、我が目は逸らさず。』――人は往々、自分の欠点から目を背けるために、世の中の欠点が気になります。
  • 『眼を開いても、そっぽを向いていては、大切な物を見落とします。たとえ目が見えなくても、心を澄ませればいろいろと感じることが出来ます。』――霊感に振り回されないでください。
  • 『(車の)始業点検で大切なのは、アクセルよりもブレーキの効き具合です。……安全第一、明日があれば希望も生まれます。』
  • 霊動――が出ています。この事に関しては、今は解釈を控えます。


事例4

  • 『達観しても、ひらめきが見えず。』とはいえ、あなたが親身に考えても、「若造が何をいう」という目で見られてしまいます。
  • 『座布団に尻を打ち付ける。』……それぐらいの気概で精神統一してください。
  • 『仏法は尊し、方便はいらず、良く読み、良く学べ。』――あなたには心霊の勉強よりもやることがあるようです。
  • 『不毛な人生に必要なのは「縁」である。』――砂漠が見えます。どちらに行けばいいのか、と見回しても、砂漠が広がるばかり。もっと手前でよく考えるべきだったかも知れません。
  • 『砂漠にあれば、タネを蒔いて緑を増やそうという気概は良い。』――とはいえ、本当に伝えたかったのは、人智で足りぬ部分は、「神仏への祈りが大切」ということのようです。
 
焦りの意味
作者 老神いさお   
2008/10/05 Sunday 00:02:12 JST

『人は多分に焦りに苦しんでいる。――「なぜ、焦るのか?」――その理由を考えようともせず。

『焦りから逃れるために、努力し、工夫し、疲れ果てて……癒しを求め、癒しを得るために努力し、工夫する。

『なんという悪循環。動物は本来、疲労すればひたすら静養に勉めるというのに、疲れればなお、努力せざるを得ないのは、いかなることか? ネズミどもの本能の如く。

『非合理的な行動に支配され、苦しみを増す人々がいる。……何に飢えているのかに気が付かぬまま、ただ、心に餓えだけを感じ、ただ餓えだけを満たそうとする。……がむしゃらに。

「幸せになるにはもっと良い方法がある……」とは言わぬ。いや、言えぬ。

『焦っていては、決して手が届かぬ方法であるから。……待てぬから人は、非合理な手段に走るのである。

『これは人(間)に関する真理に属する。つまり、多分に応用の効く叡智である。

『不幸になるべき人はいない。ただ、幸せになる努力を続けられずに、不幸な道を選ぶ者があまりに多いのである。

『堕落、だらく、堕落。――人が堕落するのに誘惑があると思うのは大いなる間違いである。誘惑によって堕落が生じると信じる人が、その誘惑の源としての悪魔を想像するのである。

『正しい道を歩むことに疲れた人々が、心の中に作り出すいいわけが、すなわち悪心であり、誘惑なのである。

『気をつけなければいけない。……他者のいう嘘は見抜けるかも知れない。だが、心中に生まれる言訳は、あなた自身が、あなたを騙すために生み出すのである。あなた自身がそれを見抜くことは、あなたが自分の心の悪を自覚するということである。……これはなかなかに困難だ。

『……多くの人にとっては不可能とも言える。己の悪を認めるより、他人を悪者に仕立てようとするだろう。まして、心中に悪を抱いているなら、どうして真の神と向き合えようか?

『外に悪魔を探すより、己の中の過ちを見いだせ、神の助けを求める前に、自身の悪と決別せよ。……そして、努力と工夫の方向を誤るな。

『己に足りぬものを知らずに、どうして、己が満ちるというのか。』

 
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