・原発全廃

2012/08/12

私は原発全廃の賛成派ではあるけれど、性急な全廃には疑問がある。

原発が発電をやめても核燃料・核廃棄物は放射線を出し続け、核燃料は他国に転売出来ても、原発の解体に伴って出るだろう大量の核廃棄物をどうするか・・・物理的にどうするか、だけでなく、経済的・財政的にどうするのか・・・収入がなく、支出ばかりが増える。それは必要な支出であるとして、日本国民は十分支持を続けることが出来るだろうか?

さらには、今までの核事故を振り返ってみると、常に「隠蔽」が付きまとうのは、原発の運転を続けたいからに他あるまい。で、原発の運転が止まってしまったら、隠蔽は無くなるか? ・・・事故が起これば管理会社の信用が落ちる、か、さもなくば、「こんな危険な仕事をしているのだからもっと金をよこせ、いやなら辞める!」と、ならないか?

または、原発解体工事というビジネスチャンスを、利益優先(安全軽視)の企業が荒らしはしないか?

旧日本軍が、中国本土に置き去りにした化学兵器の処分事業も、いろいろ問題があるようである。核廃棄物の行き先だってどうなることやら。

安全に原発を処理できるなら、多少(あくまでも多少)電気代が上がっても、それは容認できると思う。が、金銭的な裏付けがないまま、政治家が原発全廃を推進したら、ことによると、「国民の安心」のために「安全を犠牲」にしないだろうか?

原発がなくなって安心、でも核廃棄物はずさんな管理・・・となったら、それを安全と呼べるのか?

臭いものに蓋さえすれば問題解決すると勘違いしている人が多ければ、安全を追求するつもりが、安全がおろそかになりかねない。

国策によって原発を止めることは、まあ、電力会社の負担で続けられなくもないだろう。だが、原発を解体し、核廃棄物をすべて処分するのにどれだけお金がかかるだろう?

それが、ものすごーく金銭的な負担が大きいことを覚悟している人がどれだけいるだろう?

さらには、原発の解体という難工事をどれだけ繰り返さなければならないのか? それは事故のリスクを増やしはしないか?

安全対策を追加しつつ原発を運転しつつ、ゆっくり原発を減らしていくことこそが、金銭・財政的にも、安全面でもリスク最小の選択と思えるのだが。。。

 

・その後悔の帳尻が合う生き方をしているか?

2012/04/02

……嫌なことから逃げてしまうと、後悔が増える。時として逃げることも仕方がないとしても……その後悔の帳尻が合う生き方をしているか?

 

2007年04月03日: 人生の意義/生き甲斐

・我が国だけが原子力を全廃しても、隣国が原子力発電を推進すれば、危険性は無くならない。

2012/04/02

我が国だけが原子力を全廃しても、隣国が原子力発電を推進すれば、危険性は無くならない。つまりグローバルな視点で原子力を論じなければならないわけだが、他者に「豊かさを追い掛けるな」と価値観を押しつけることが道義的に出来るのだろうか? ……太平洋戦争での侵略者である我が国が?

2007年04月01日: 業で身がすくむ

・生きるとは生むことである。

2012/04/02

生きるとは生むことである。充分に生み出していれば、大きな不足に悩むこともない。苦しむ者は、消費するばかりだから不足に苦しむのだ。

2007年03月25日: 不満

・いろいろなる不平不満はあるだろう。だが人は歩んでいる。

2012/04/02

個々それぞれに、いろいろなる不平不満はあるだろう。だが人は歩んでいる。歩み去った後に不満が何になるのか。

2007年03月25日: 不満

・与えられる事を当たり前に思っている者が飢える。

2012/04/02

与えられる事を当たり前に思っている者が飢える。…… 一方で、与える者から見れば、この苦労を誰が判ってくれるのか、と不平を募らせている。与える側も、与えられる側も、不足を感じて苦しんでいる。

2007年03月24日: 餓鬼の心と救い方

・なぜ、争うのだろう? 事態はただ現実への妥協を求めているだけなのに。

2012/04/01

なぜ、争うのだろう? 事態はただ現実への妥協を求めているだけなのに。

人の思うとおりに環境は変わらない。もしもあなたがより良い未来を求めるのであれば、環境と争うことなく、むしろ利用するつもりで行かねばならぬというのに。物言わぬ、いや、物言えぬ環境と争って人は力をすりつぶす。

本当の、本当の敵は自分であるのに、自分と争うことを嫌って変わるはずのない境遇や環境の変化を願っている。だが、本当に自分と争うのは悪いことなのか、辛いことなのか? ――なぜ、達成感を楽しもうとしないのだろう?

 

2007年3月20日: 失敗を恐れるな。

・ 見せられると信じたくなる

2012/04/01

『見ると信じる、見ないと信じない。人間の霊性は眼球に宿るというのか? それもまた、その人の有り様である。切っ掛けは人それぞれであるが、いつまでも眼球に信・不信の判断を任せているのは、つまらぬ事である。

『事は、善悪の問題ではない。うわべの良さに手を伸ばして、ガッカリすることの繰り返し。その経験から学ぶことがなければ人生は労多くして実り少ないことになる。

『何かを為すためには人生はあまりに短いという人は多いが、効率よく生きようと心掛けている人はあまりに少ない。そして、無駄を惜しまず不平が余計な者はあまりに多い。だが、自らが疎かにしているものを、誰が与えてくれるのか? 無駄があなたの人生を蝕んでいるに。

『結局は、自分を疎かにするということなのだ、安易に信じ、安易に疑うことは。

『もっと真剣に生きるべきだ。見たものを信じるというのは、あまりに感覚的、反射的な生き方である。』

 

2007年3月17日: 見ると信じたくなる

・豊かな者は足りぬものに気が付かず、知りたる者は、知らざることに気が付かぬ。……

2012/04/01

豊かな者は足りぬものに気が付かず、知りたる者は、知らざることに気が付かぬ。……惨めな人よ、その惨めさこそが、あなたが一番に誇りに思うべき事なのだ。

2007年3月15日: 不足という祝福

・ 心に不満が生じるのは、あなたが焦っている証。もう少しゆっくりと生きなさい。

2012/04/01

『真剣に生きるから、真面目に努力するから、あなたは周囲とぶつかり腹が立つ。車だって、自転車だって、歩行中だって……前の人よりも速く進めばぶつかることに気がつきそうなもの。

『心に不満が生じるのは、あなたが焦っている証。もう少しゆっくりと生きなさい。……それでもなお、気が焦るなら、何か他のことを始めなさい。』

2007年03月13日 : 忙中小言あり

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