2004年 12月 16日
人間関係のトラブルについては時より質問が寄せられますが、私自身も泥沼に足を突っ込んでいたりで、それこそ、「敗軍の将兵を語らず」の心境でいました。私なりにたどり着いたのは、対人トラブルは対人関係のトラブルではない……という実感です。変な言い回しに聞こえるかも知れませんが、原因や問題を取り違えていたら、解決策が見えるはずもないし、解決しようとしてもうまく行くはずがない……対人トラブルがうまく解決しないのは、実は対人関係のようでいて別な問題なのではないか、と、疑い、視点や発想を変えてみることが大切と感じたのです。
そして、私が往々にたどり着く別な結論は……相互の関係のあり方よりも、相手、もしくは自分の、一方的な執着心にあると思うのです。
「私はこんな筈じゃない。私はあなたが思っているような人間ではないし、こんな結果しか出せない人間ではない」その幻想にしがみついている人が、自分の理想と現実のギャップにあせり、自分で自分を信じ切れなくなって、一緒に自分の幻想に付合ってくれる人を求める。いや、求めるなどという生やさしさではなく、火事場の馬鹿力的に必死にしがみつくのです。必死にしがみつくけれど、でもその動機は幻想を維持することだからしがみつく意義も、手を放すべき時機も見えない。ただ、力の続く限りしがみつこうとするばかりで……だから、しがみつく方が苦しいのももちろん、しがみつかれた方も苦しく、お互いに苦しんでも解決策が見えないなどという、馬鹿げた結果になるのでしょう。
更にいえば、これは一部の話であって、現実には、相談相手や友人にしがみつくだけでなく、趣味や仕事や様々なものにしがみついて、対象から離れることに、死以上の恐怖を抱いている人があまりに多い気がします。みな己の幻想・仮面の奴隷になっているのですから、話合おうにも決定権がありません。その人の抱えている限界や執着やトラウマと語り合わなければ答えが得られない。……対人関係に悩む時、答えが見えないのは、大抵の場合、問題が間違えているのではないか。そう思います。