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	<title>老神心霊研究所 &#187; 先祖供養 先祖供養</title>
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	<description>人は死んでも終わらない</description>
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		<title>余計な事をするな</title>
		<link>http://www.oigami.com/archives/1009</link>
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		<pubDate>Thu, 13 Apr 2006 02:47:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>OIGAMI Isao</dc:creator>
				<category><![CDATA[心霊相談（事例）]]></category>
		<category><![CDATA[先祖供養 先祖供養]]></category>

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		<description><![CDATA[
    　悩み多き人は、悩み多きが故に悩むことを止められない。なにしろ、あまりにも片付けるべき問題が多くて途方に暮れる。……だからこそ、他に救いを求めるわけだが、面倒を嫌うのは人の常である。


    　だが、問題解決力のある人は、全てを一度に片付けようとはしない。一つずつ順番に片付けていくのである。


    「千里の道も一歩から」……一歩ずつ進んでいけばいずれは千里の道程も走破する。だが、足を踏み出す前から「千里」の道程の遠いことを恐れ悩めば、前に進むことは出来ない。


    　人が悩むべきは、その一歩を踏み出すか、出さぬかであって、千里行くか、万里行くかは、その後の話なのである。


    　というわけで、どんな多くの悩みに苦しんでいる人であっても、コツコツと問題を一つずつ片付けていくなら、いずれは全てを解決して幸せを掴むことが出来る……というのは机上の空論である。


    　実際的には、一つ一つの問題に横着（または横柄）に接しているから、片付いたようで片付かず、気がつけば問題の真ん中で身動きが取れなくなってしまうのだ。千里の道を駆け足で……たちまち息切れをするどころか、足を折って歩けなくなるなどという話はざらにある。


    　問題を拗らせるのは、問題が難しいから……そういう事例も確かにある。だが多くは、横着者が問題を拗らせているのだ。だから、多くの場合、面倒な相談事は解決しない。問題が面倒だから解決しないのではなく、相談者が横着（または横柄）だから解決しないのである。



    　ところで、私の師ならば、こういう問題を実に手際よく解決する。それも一見、実に不条理な方法で解決するのである。


    「先祖供養をなさい」……具体的な方法についての指示もあるが、個人宛の処方箋を真似ても意味はない。……で、当事者が先祖供養にいそしんでいる間に状況が好転していくのだから、面白いというか、不条理というか。この結果だけを見聞きすれば、先祖供養をしてみようかという気持ちにもなるだろう。だがそうは問屋が卸さない。御利益目当てで祖先にゴマをすってもダメだというわけだ。（素人解釈では）


    　念のために明記するが、私はそれほど大袈裟な先祖供養などはしていないが、墓参はかなりの回数出掛ける。先祖供養万能論者ではないが、先祖供養無用論者ではない。……ただし、師匠が先祖供養を勧めて良い結果が出た事例を見ても、それはご先祖が供養に応えた結果であるとは思わない。何しろ私の見回す限り、先祖供養にいそしんでも必ずしも良い結果が出るとは限らないからだ。師が介在した事例だけが、突出して先祖供養が好結果をもたらしているのである。


    　今小耳に挟んだのは、『偽薬効果も大きい』という霊言だが、それもあるだろう。にしても、先祖供養が幸運への直接効果を持っていると考えるのはやはり怪しい。


    　そもそも祖霊等は、子孫からの供養の有無に関わらずに、子孫の繁栄のために努力しているのだ。むろん、恩知らずを大切にすれば世間に申し訳ない、といった、道理の上での条件が多々あるが、決定的な要因は、先祖供養そのものではなく、当事者が小細工を止めることだ……と、感じている。ただ、「小細工を止めよ！」といっても、ヒマになればついつい余計なことを仕勝ちなのが人間であるから、先祖供養に努めさせ、余計な考えを持たないようにし向けているのである。


    ……いや、先祖供養は大切だと思うし、実際、先祖供養に努めている人を見るとそのオーラが明るく、時折祖先の霊とおぼしきものの笑顔が見えたりして好ましいものである。が、先祖供養を過大評価するのも、過小評価するのも、いわば短絡的な発想と思う。手段というのは、目的を達成するためにあるのだから。なにより、人は論理よりも情理や心理に強く影響を受けがちであることを理解すべきだろう。


   [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
    　悩み多き人は、悩み多きが故に悩むことを止められない。なにしろ、あまりにも片付けるべき問題が多くて途方に暮れる。……だからこそ、他に救いを求めるわけだが、面倒を嫌うのは人の常である。
</p>
<p>
    　だが、問題解決力のある人は、全てを一度に片付けようとはしない。一つずつ順番に片付けていくのである。
</p>
<p>
    「千里の道も一歩から」……一歩ずつ進んでいけばいずれは千里の道程も走破する。だが、足を踏み出す前から「千里」の道程の遠いことを恐れ悩めば、前に進むことは出来ない。
</p>
<p>
    　人が悩むべきは、その一歩を踏み出すか、出さぬかであって、千里行くか、万里行くかは、その後の話なのである。
</p>
<p>
    　というわけで、どんな多くの悩みに苦しんでいる人であっても、コツコツと問題を一つずつ片付けていくなら、いずれは全てを解決して幸せを掴むことが出来る……というのは机上の空論である。
</p>
<p>
    　実際的には、一つ一つの問題に横着（または横柄）に接しているから、片付いたようで片付かず、気がつけば問題の真ん中で身動きが取れなくなってしまうのだ。千里の道を駆け足で……たちまち息切れをするどころか、足を折って歩けなくなるなどという話はざらにある。
</p>
<p>
    　問題を拗らせるのは、問題が難しいから……そういう事例も確かにある。だが多くは、横着者が問題を拗らせているのだ。だから、多くの場合、面倒な相談事は解決しない。問題が面倒だから解決しないのではなく、相談者が横着（または横柄）だから解決しないのである。
</p>
<hr />
<p>
    　ところで、私の師ならば、こういう問題を実に手際よく解決する。それも一見、実に不条理な方法で解決するのである。
</p>
<p>
    <strong>「先祖供養をなさい」</strong>……具体的な方法についての指示もあるが、個人宛の処方箋を真似ても意味はない。……で、当事者が先祖供養にいそしんでいる間に状況が好転していくのだから、面白いというか、不条理というか。この結果だけを見聞きすれば、先祖供養をしてみようかという気持ちにもなるだろう。だがそうは問屋が卸さない。御利益目当てで祖先にゴマをすってもダメだというわけだ。（素人解釈では）
</p>
<p>
    　念のために明記するが、私はそれほど大袈裟な先祖供養などはしていないが、墓参はかなりの回数出掛ける。先祖供養万能論者ではないが、先祖供養無用論者ではない。……ただし、師匠が先祖供養を勧めて良い結果が出た事例を見ても、それはご先祖が供養に応えた結果であるとは思わない。何しろ私の見回す限り、先祖供養にいそしんでも必ずしも良い結果が出るとは限らないからだ。師が介在した事例だけが、突出して先祖供養が好結果をもたらしているのである。
</p>
<p>
    　今小耳に挟んだのは、『偽薬効果も大きい』という霊言だが、それもあるだろう。にしても、先祖供養が幸運への直接効果を持っていると考えるのはやはり怪しい。
</p>
<p>
    　そもそも祖霊等は、子孫からの供養の有無に関わらずに、子孫の繁栄のために努力しているのだ。むろん、恩知らずを大切にすれば世間に申し訳ない、といった、道理の上での条件が多々あるが、決定的な要因は、先祖供養そのものではなく、当事者が小細工を止めることだ……と、感じている。ただ、「小細工を止めよ！」といっても、ヒマになればついつい余計なことを仕勝ちなのが人間であるから、先祖供養に努めさせ、余計な考えを持たないようにし向けているのである。
</p>
<p>
    ……いや、先祖供養は大切だと思うし、実際、先祖供養に努めている人を見るとそのオーラが明るく、時折祖先の霊とおぼしきものの笑顔が見えたりして好ましいものである。が、先祖供養を過大評価するのも、過小評価するのも、いわば短絡的な発想と思う。手段というのは、目的を達成するためにあるのだから。なにより、人は論理よりも情理や心理に強く影響を受けがちであることを理解すべきだろう。
</p>
<p>
    　先祖供養はささやかな直接効果しかもたらさないが、上手に使えば効果は増大するのである。
</p>
<hr />
<p align="right">
    2006-04-13</p>
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		<item>
		<title>忙しい先祖供養</title>
		<link>http://www.oigami.com/archives/81</link>
		<comments>http://www.oigami.com/archives/81#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 13 Oct 2004 03:46:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>OIGAMI Isao</dc:creator>
				<category><![CDATA[異界の窓]]></category>
		<category><![CDATA[先祖供養 先祖供養]]></category>

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		<description><![CDATA[
    　数年前に亡くなった叔母から頻繁に墓参りの催促がある。出歩くのは嫌いでないので、都合さえ折り合えば私も割合にマメに墓参に出掛けるが、花を供え、線香に火を灯すと、それでもう用は済んでしまう。お墓にたどり着くまでは、なにやら気を揉む雰囲気が伝わり、おちおちトイレやコンビニにも寄れないのに、終わりはとても味気ない。わざわざ呼び出しておいておきながら妙に淡泊なのだ。


    　まあ別段、叔母さんコンプレックスを抱いているわけで無し、墓参の後はそれなりに足を伸ばす先もあるので叔母が淡泊なのは構わないのだが、妙に引っかかる。たいした用事もないのに、何で頻繁に声がかかるのだろう？　


    ……等と突然疑問に思ったのは、何のことはない。そろそろ寝ようかと思った頃、叔母から線香の催促があったのだ。まあ、線香の香りが決して嫌いではないので、一本火を灯して就寝前の気分を整えてみた。で、その時、ぽっと叔母がいったのだ。


    『全くこちらと来たら、日常の用事が無くて、退屈でしょうがない。何日たったのかさえもさっぱり判らなくなる。何か特別の出来事があるわけで無し、何をして良いやら手持ちぶさたでしょうがない。』


    ……あぁ！？


    　催促に応じて墓参しているのに淡泊なわけだ。きっと叔母は、『ああ～退屈。誰か墓参りにでも来ないかなぁ？』ぐらいにしか考えていなかったのだから。


    　そっと、私の守護霊に問いかけてみる。


    『叔母が退屈そうにしているけど、修行は、はかどっているのかな？』


    すると守護霊がこう笑った。


    『精神統一が出来なければ次の課程には進めんし、精神統一ばかりやっていたら退屈でしょうがなかろう。ハァハハハ……。』


    『いや、ほらさ、遠いご先祖様達がたまには遊びに連れて行くとか？』


    笑うというより、ちょっと陽気な貌で守護霊がこう返す。


    『それは気配りが足らんかったな。現役・霊媒の親族ということで見物処にはそれなりにコネもある。どれ、時折、物見遊山にでも連れて行って貰えるように稟議しておくか。』


   [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
    　数年前に亡くなった叔母から頻繁に墓参りの催促がある。出歩くのは嫌いでないので、都合さえ折り合えば私も割合にマメに墓参に出掛けるが、花を供え、線香に火を灯すと、それでもう用は済んでしまう。お墓にたどり着くまでは、なにやら気を揉む雰囲気が伝わり、おちおちトイレやコンビニにも寄れないのに、終わりはとても味気ない。わざわざ呼び出しておいておきながら妙に淡泊なのだ。
</p>
<p>
    　まあ別段、叔母さんコンプレックスを抱いているわけで無し、墓参の後はそれなりに足を伸ばす先もあるので叔母が淡泊なのは構わないのだが、妙に引っかかる。たいした用事もないのに、何で頻繁に声がかかるのだろう？　
</p>
<p>
    ……等と突然疑問に思ったのは、何のことはない。そろそろ寝ようかと思った頃、叔母から線香の催促があったのだ。まあ、線香の香りが決して嫌いではないので、一本火を灯して就寝前の気分を整えてみた。で、その時、ぽっと叔母がいったのだ。
</p>
<p>
    <strong>『全くこちらと来たら、日常の用事が無くて、退屈でしょうがない。何日たったのかさえもさっぱり判らなくなる。何か特別の出来事があるわけで無し、何をして良いやら手持ちぶさたでしょうがない。』</strong>
</p>
<p align="center">
    <font size="5">……あぁ！？</font>
</p>
<p align="left">
    　催促に応じて墓参しているのに淡泊なわけだ。きっと叔母は、『ああ～退屈。誰か墓参りにでも来ないかなぁ？』ぐらいにしか考えていなかったのだから。
</p>
<p align="left">
    　そっと、私の守護霊に問いかけてみる。
</p>
<p align="left">
    『叔母が退屈そうにしているけど、修行は、はかどっているのかな？』
</p>
<p align="left">
    すると守護霊がこう笑った。
</p>
<p align="left">
    『精神統一が出来なければ次の課程には進めんし、精神統一ばかりやっていたら退屈でしょうがなかろう。ハァハハハ……。』
</p>
<p align="left">
    『いや、ほらさ、遠いご先祖様達がたまには遊びに連れて行くとか？』
</p>
<p align="left">
    笑うというより、ちょっと陽気な貌で守護霊がこう返す。
</p>
<p align="left">
    『それは気配りが足らんかったな。現役・霊媒の親族ということで見物処にはそれなりにコネもある。どれ、時折、物見遊山にでも連れて行って貰えるように稟議しておくか。』
</p>
<p align="left">
    そして真面目な顔でこう続ける。
</p>
<p align="left">
    『もう気がついておろうが……』
</p>
<p align="left">
    うん気がついた。
</p>
<p align="left">
    『昔の人らは、朝晩にご先祖にもご飯を供えたものだが、お前はまあ、出社ギリギリまで寝ているは、翌日に差し支えるほど遅くまで起きているはで、褒められた生活態度でない。自分の生活にメリハリがないから、自ずと祈りも不定期になり、それが近親・祖先が退屈して、祖先の退屈に振り回されるのだ。どうする？』
</p>
<p align="left">
    『どうするといわれたって……手が足りないのだから』
</p>
<p align="left">
    『まあな、先祖供養というのは、大部尾ひれがついていることにようやく気がついただろう？　別段大したことを要求しているわけではないが、毎日のちょっとした気配だけでもずいぶんと喜ばれるものなのだ。』
</p>
<p align="center">
    <strong>……ふへぇ。</strong>
</p>
<p align="left">
    　別に叔母が迷惑なのではなく、いろいろなものに振り回されている自分を不憫に思う。
</p>
<p align="left">
    『まあ、ボチボチといけ。』……と守護霊が去る。
</p>
<p align="left">
    　……の筈が、どこからか擬声が聞こえてきた。
</p>
<p align="center">
    <strong>『コケ・コッコー』</strong>
</p>
<p align="left">
    <strong>まあ、楽屋オチなのだが</strong>……時を知らせるニワトリ役になれとか？　やれやれ。先祖供養は案外、肩の力を抜いても良いらしい。</p>
]]></content:encoded>
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