‘盧氏’ タグのついている投稿

霊査事例: 2004年8月4日(回答:廬氏)

2004/08/04

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


 今回、二回霊査を取りました。前半は以前の中継霊、後半は廬氏によるものです。

事例1

 子供というのは、かまわないから寂しがるのではなく、親の視線が向けられていないから寂しがります。

 夏休みに遊びに行く事も良い思い出となりましょうが、一緒に家事を行う事も大切な親子のコミュニケーションです。ついつい、子供が手を出すとかえって面倒だと思いがちですが、それも育児だと考えて、努めて手伝わせてください。

事例2

 くどいようですが、良い仕事をするためには努力よりもむしろリラックスする事が大事です。目先の問題だけでなく、全体を見渡さなければなりません。時間軸も今だけでなく、過去と未来との繋がりを考えて把握する事です。

 とにかく、最低三日は、何もしない日を設定してご覧なさい。生活に必要な事だけを最低限にして、あとの事は極力忘れる。

 分かっているけれど出来ないんだよな……というのは、走りながら考えるからです。

事例3

 思い切り大声で笑えているようですね。何よりです。

 あなたの欠点として、論理を組み立てるのに下卑た価値観をあてはめる事です。博打や酒・女遊びなどを生き甲斐として生きる、同僚達に流されぬように。話題をあわせるのも良いのですが、人生を「時間の浪費の場」と勘違いしている人々と同じような思想を持つのはナンセンスです。

 時間を有意義に使いなさい。

事例4

 はつらつとしているし、かつてほど自分をいじめないし、忙しさの中にも楽しみを忘れていませんね。おおむね良し。暑さで旦那様がバテ気味ですが、これまた大過なし。強いていえば、ミョウガやショウガなどの薬味を強めにすると良いでしょう。(おろし生姜は厳禁)

 あなたは雑念を引きずっているようですが、これは独身時代に胸の中で不平不満を隠していたものが結んだ因縁です。幸せな暮らしの中でどんどん解けていきますからあまり心配はいりません。

事例5

 暑さの中、お仕事ご苦労様です。夏の盛りには普段よりもよりくたびれやすいものですが、それは本当に身体が疲れているというよりむしろ気疲れがひどいのです。

 帰宅の際は、自転車など使わず、一駅手前で降りて歩くか、走るかした方がむしろ疲れが取れるはずです。億劫でしょうが、とにかく、夏の疲れには身体を動かすのが何より効きます。ただし、寝る二時間ほど前にはリラックスしておかないと寝苦しくなります。

事例6

 大きなお鍋で、煮物して、煮え切らないまま放置したらどうなりますか?

 心の中も同じ事です。一つ一つはささやかな不信、不満、疑問。これらを放置しておくと、腐るなどという生やさしいものではなく、家が暮らしがたいほどの悪臭を製造してしまいます。

 それでなくても、あなたは説明下手でおなかにため込みすぎる人なのです。せめて深呼吸などして、心の掃除をなさい。


総論(廬)

 暑さに負けるなという。だが、暑さと戦って何になろう? 暑さを楽しみ、楽しみの中にも我を忘れずにいなさい。戦う気持ちでいれば猛暑もまた人生の苦難の一つ。しかし、猛暑を楽しむつもりでいれば、この時だから楽しめる事あり、楽しめる味覚あり。

 苦難に負ければ地獄道、勝ち負けに拘れば修羅の道、苦難を楽しめればこそ天への道。人生には岐路が多々あるが、選ぶべきは右左の区別ではなく、上り坂か下り坂かの判断である。

 辛い道を上り坂というのでなく、向上心を持って進む道が上り坂なのである。無理をすれば下り道を進んでいてもやはり辛い。

事例1

 人生を真剣に考えている。それはよい。子供の未来を真剣に考えている。それもよい。だがなぜ考えるのか? その事に気がつかねばならぬ。せっせと道に進むなら考える事もない。考えるのは行き詰まっているからだ。行き詰まっているから考える。だが、考えても考えても、行き着くのは誰かに救いを求める事ばかりで時間の無駄になっている。

 今できる事を行いなさい。上手だと褒められなくても、無駄な考えよりも何かをしている方がよい。

事例2

 母の事を思う。それはよい。だが、人を思うのは自分を思わざる事への方便か? 人の心配をする事ばかりに忙しくて、自分の人生がおろそかになっているではないか。

 では、死後の審判をむかえて、何を学んだかと問われてなんと答える? 両親・同僚・後輩の世話に忙しくて、自分の修行を怠りましたというのか? そんな一言を漏らそうものなら、あなたはとんだ偽善者、親不孝者となる。

 人の世話をするなら、自分を不幸にしてはならない。自分も人も幸福にしてこそ、あなたは本当の善者となるのである。

事例3

 真理を、心霊を、難しい言葉で考える事で理解しようなどとするな。言葉はすなわち真理を指さす。指を見て真理と思うなかれ。

 かつて一人の禅僧が、月を指さしこういった。我が指は月にあらず。霊媒のいう事も、霊のいう事も、真理ではなく、真理を示すものなのだ。

事例4

 よいよい。それなりに楽しく毎日を暮らしておる。だが工夫が足らない。汝の心は少しく晴れぬ。それは汝が自分の誕生に不信を抱いているからだ。自分がどれほど祝福されて生まれてきたのかを信じ切れていないのである。

 汝は多くの祖先の霊たちに手厚く、手厚くかばわれている。むろん、いくら霊に守られようとも、一人孤独になれば心寂しい事は避けがたいものだが、もっとその事を誇りに思って良い。思えばますます思われるようになるのだから。

事例5

 世の大半は世の中は情という大海に浮かぶ船だと思っている。しかし、実際は、摂理の器に情を満たし、その上に浮かんでいる船のようなものだ。つまり情などは浅はかなものである。

 さて、汝が情(甘え)を嫌うのは良い事である。だが、自分に厳しいからといって正しいとは限らない。たとえ底が浅いとしても情の起こす波風に揺らがぬ事は難しい。無理に波風と戦うよりも、右に押されたら右、左に押されたら左に傾けばよい。それでも船は進むのだ。

 ……「坐忘」なる言葉はそういう事だ。良識の上に座っているから情に押されて揺らぐのである。摂理も情も忘れたら揺らぐ事もないのである。

事例6

 なまじ知恵をつけるから素直になれぬ。

 なまじ間違いと接するから世間の良識に疑いを持つ。

 真実のたった一つでも嘘といってしまえば、その信念の上に立つのはいびつな建物でしかない。心霊思想がおまえを幸せにしたのか? それともただ、人とは毛色の違う話が出来るだけなのか?


冷静に生きる

2004/07/23

Q「冷静さを保つにはどうしたらよいか。」

 死を恐れるように激情を恐れよ。――おおむね人は死を恐れる。そはなにゆえか。人の数だけ、死の受け取り方があるだろう。しかし、死への不安の一番大きなものは、死を自己の損失と見なす事だろう。

 自分を失う事はかくも恐れられるというのに、冷静さを失い、激情に流されて自己を失う事は何故避けがたいものと思われるのか。なるほど死からよみがえる事はまれでも、自失から立ち上がる事は可能だ。しかし、たとえ短くとも、自失の状態が大切な時の浪費であるには変わらぬ。

 まして、激情に流された結果、自らの立場を危うくするのも多々ある事だ。それはあたかも、古代インドの輪廻思想のように、苦悩を永遠に繰り返す姿である。我を取り戻すたびに、より苦悩が増えていくのではなんとも救いがない。

 激情をおそれよ。自失をおそれよ。そは、汝の来世のひな形なのである。地上で悪しかる輪廻の繰り返しに囚われていて、どうして来世が楽になるというのか。激情に流され、自失し、無茶な行いをすればそれが汝の人生を汚し、来世を暗くするのである。ましてや、善友から見放されては、何のために混沌の支配する地上に生まれたというのか。

 なるほど激情は押さえがたい。それは主として、魂よりも肉体的な要素である。いかな怜悧な魂でも、情緒不安定な家系に生を受ければ、やはり衝動や激情に支配されやすい。ましてや、争いごとを好む魂ならば激情を克服しがたいのはいうまでもない。なるほど肉体は御しにくい。しかし、肉体を使いこなしてこそ地上の生を全うできるのである。その意味に於いて肉体を御する段階を経なくては、あなたは人生を生きているとは言い難い。ただ生かされ、流されているだけの事に過ぎぬ。

 そう。激情を押さえよ。自我を手放すなかれ。そは汝にとりて死にも均しき試練である。しかも、人生の初等の課題に過ぎぬ。

Q「かなり厳しいお話ですが」

 肉体こそが我と思うものにとりて、激情にあらがうは独り相撲の世なもの。勝敗は思い過ごしにすぎぬ。真に魂の目覚めを得たものこそが、自分を御する技を求めんとする。つまり激情を押さえるか、否かは、本当に初等の初等の課題なのである。

 むろん、幼少時の家庭環境次第、または、肉体の性質次第によって、穏やかに生きられるものもいれば、喧噪さに付きまとわれる者もいる。しかし、すべては己が選んだ人生である。

 より過酷なコースを選ぶのは、自信があればこその事。また、神仏もむやみに苦労へ人を押し出しはせぬ。

 当人が選んだのである。当人が全うする事こそが大事であり、当人が勝負を投げる前に周囲が助けようとするのは、困難に挑戦する勇気への冒涜である。

 私は激情家に辛辣なのではない。一人一人の努力を尊重するのである。

(2004年7月23日)


霊査事例: 2004年7月5日

2004/07/05

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


事例1

 「穏やかな一日」と見えます。それは昔からあなたの憧れであり、しかし、手に入れても持てあましてしまう幻想的な願望でした。

 しかし、気がつけばあなたはそれを手に入れています。

 ……整体で教える「肩こり解消法」の一つに、思い切り肩を緊張させ……そして弛める、というのがあります。ほぐそうと一生懸命になるとかえって緊張するが、緊張させて放すと緩みやすい。

 あなたは苦労を無駄にしなかったようです。苦労してからホッとする。それがあなたの穏やかさをもたらしたのです。

 さて、話題は変わります。ご両親から同居を求められても、すぐには回答しないこと。いえ、同居はいずれ必要です。でも、あわてるとあなたが報われない苦労をします。

事例2

 あなたはよく頑張っています。努力は困苦を跳ね返す……しかし、物事には終りがつきものです。人生という一本の絵巻には、初めがあり、終りがあります。そして、あなたの欠点を形作る第一は、全体を見失いがちなことです。

 今を大事にする。それは素晴らしく甘美で、しかし、無益です。最後に笑えなければすべてが不幸になる。……必要なのは霊感ではなく配慮です。くれぐれも全体を見失わぬように。そして、行動は常に最終段階を想定して行うことです。

事例3

 壁が見えます。一見柔らかそうに見えて、でも、あなたには飛び込む勇気がない。問題は自信を損失していることです。あなたは決して無能ではありません。ただ、あなたは自分の生かしどころを間違っている。

 我慢すること、努力すること、それが努力だと思っている。違うのです。楽しむことにこそ実力を十二分に発揮する為の秘策が隠れているのです。

事例4

 あなたは一見不遇です。でも、本当に不遇なのは、あなたの理想です。

 家族を守ること、そして、実力を発揮すること。

 あなたの理想はどちらなのでしょうか? 

 その迷いがいつまでもあなたを煮え切らぬ状況に置いています。このような状況は、非常に、そう非常にあなたにとって不幸です。なぜなら、煮え切らぬ思いが思わぬ逆流を遂げるからです。

 こういう時期には災難が多発します。誰が祟るのでもなく、あなた自身の努力と思いが食い違うからです。

事例5

 人を想うことと、人から想われることは別問題です。あなたがよかれと思うことが相手にとって良いとは限りません。あなたも又食い違いから苦しみや悲しみ、そして別離を生み出しつつあります。

 小知を棄てて大知に生きる。つまらぬ自分に押し込めぬ様になさって下さい。

事例6

 真剣に精神統一しているあなたが見えます。いろいろと、一通り試してやはりあなたは精神統一に帰る。何が何でも心霊の勉強をせよなどとは申しません。あの世のことはあの世で学べばよろしい。ただ、今のあなたが、あの世につまらぬ負債を持ち込まぬようにするために必要なこと。それを学ぶことが大切です。

 偏見をせぬ事、期待をせぬ事、ただ、あるがままに。……そして、無理は続かぬ事と覚悟すること。一年、二年はつまらぬように見えても、十年二十年で考えれば報われます。これは心霊学ではなく、音楽や、料理や、その他諸々に当て嵌まること。

 真理とは、すべてに共通する智慧なのです。あなたが人生を楽しめなければ、心霊学も退屈です。

 「不平、不満は、くだらぬからではなく、良さを知らぬから」……あなたの座右に、この言葉を置いて下さい。


霊査事例: 2004年6月2日

2004/06/02

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


短気な総論

 季節柄、皆さん、身体にストレスが溜まっているようです。休みにはよく遊び、風呂で伸びをして、早めに寝る事です。

霊査事例1

 思い切り息を吐きながら、肩を上げ、息が続かなくなったら、とんと離す。 これをに三回繰り返して下さい。それから自分で肩を揉んでみる。

 柔らかくなっているはずです。大分。

 さらにげんこつで自分の頭をぐりぐりとしてみる。堅くなっているのに気がつくはずです。 しわが増えたとか、白髪が見つかった等と考えるよりも、重大なのが、凝りが抜けなくなった、堅さが戻らなくなったという事なのです。

 ここまではよろしいか?

 年寄りだから頭が固いのではなく、頭が固いから老化が早いのです。むろん、心の柔らかさを大切にしても、身体の老化は完全には止まりません。しかし、その努力は、老いてもなお好かれる人と、老いなくても嫌われる人の差なのです。

 老化を恐れるよりも、愛されなくなる事、心の柔軟を失う事の方が大問題と知って下さい。それに気がつけば、私たちがあなたの何を大切にしているかを理解しやすい事と思います。

霊査事例2

 無駄な努力を棄てる。それを達観などといいます。

 疲れ果てれば否応なく達観しますが、あなたは努力と工夫で達観を遅らせたがります。でも、精神統一の修行とは、疲れ果てる前に達観する事を目指しているとは思いませんか。

 あなたの眼前にはなるほど困苦の森林が広がっているかも知れません。でも、あなたが正しい方向に進んでいるなら、きっと力強い助力が得られる。そうは思いませんか?

 あなたにとって、努力とは、守護霊・祖霊の力を借りない事のようです。

霊査事例3

 ネズミが見えます。あなたの部屋の真ん中で、えさをむさぼっている姿。

 それはつまり、ついつい姑息な生き方の中に大義を見いだそうとしているけれど、実は自分の生活の心配をしているだけという事です。

 勝手に生きて良いというのではなく、もっと胸を張って生きて良いのです。たとえネズミであろうとも、神の被造物に違いはないのですから。

霊査事例4

 あなたの心の中にも、まだまだ沢山の、言い訳が潜んでいます。どんな立派な行為をしても、下手な言い訳がすべてを台無しにしてしまう事もあります。反対に、大きな失敗を言い訳もなく受け止めて評価される事もあります。

 たとえ拙くても最善を尽くす。ほら、あなただって我が子にそういっているでしょう。なぜ自分では出来ないのですか。それではいずれ、我が子と目が合わせられなくなりますよ。かわいい子なのに、その目を見つめられないなら寂しいではありませんか。

霊査事例5

 小声で、早口に、コチョコチョいうのは止めましょう。日常でそういう話し方が多いから、あなたの言葉が背後に注目されないのです。あなたは自分の心を表現する事が下手だと自認しています。そして、その練習方法が見つからずにもいます。

 自分の心を表現する事を棚上げして、自分が目にした事実を言葉にする練習を始めたらどうですか。たとえば、霊査事例さんと一緒に目にした物を短く簡潔にそして興味深く表現する事を競うとか。

 良いコミュニケーションになりますよ。

霊査事例6

 肩こりや疲労を肉体だけのものと思ってはなりません。よほど寝不足でもない限り、幾晩も疲れがとれぬほど疲労する事は人間には出来ないのです。

 あなたの肩こりの原因は、疲労というより、明日への緊張がもたらすものです。自分の苦労を良く分析してみる事です。必ず活路は開けます。


お茶を召し上がれ

2004/05/03

 ネット上での交流になんとなく停滞感が漂う昨今。まあ、私も忙しいのでこのぐらいのスピードがちょうど良いのかも知れないと思いつつ、でも、皆が必要としている事があれば逃すことなく伝えたいと考え込んでいた今朝の事です。

 廬氏の気配を感じたと同時に、

『人を褒めず、人を貶さず、ただあるがままを見る事』と聞こえてきました。

 うーんそうだよね、ああ、あの人にも当てはまるし、この人にも当てはまる。で、この話をどうつなげていくのかな……すると再び、

『人を褒めず、人を貶さず、ただあるがままを見る事』と聞こえてきました。

 うん。そこまでは判った。だからなに?……え、まさか?

『お前がそうせねばならない』

 あ……

『怠惰に流れて得るものは言い訳の口実ばかり。といって焦って掴むのはろくでもないものだ。まず、お茶を召し上がれ。』

 ……あ、「名禅百話」という本の中に、入門した僧侶にまずお茶を勧める逸話があったなぁ。

『急いでうまく行かず、焦ってはしくじる。たとえ霊感が鈍くとも、人心に疎くとも、相手が焦っているか、冷静であるか、ぐらいは見抜けるものだ。そういう人にどう接するのか。

 焦るなといって落ち着けるぐらいならば、人の指導など受ける必要もないし、努力しろといわれてがんばれるならば、怠惰になど陥りはしない。

 人に対して何が出来るのか? 冷静な人ならばなすがままにさせておき、焦っている人ならば茶を勧めて冷静さを取り戻させればよい。霊感が無くとも人にしてあげられる事がここにある。』

……たしかに。

『説教臭くなるのは、お前も焦りがあるからだ。焦って何が出来るというのか?』

……まったくだ。

『まずお前もお茶をお上がり。』

……手元にお茶はないけれど、熱いコーヒーを一口飲み込む。

『今までは誰がお茶を飲んでいたのか? お前か、お前の葛藤か?』

 まあ、私が腹の中でかっている豚が呑んでいたんでしょうね。……その辺は気がついていたのだけれど。

 そうか。人にお茶を勧められない状態で、何か言えば説教臭くもなりますね。

(2004年5月2日)


地獄の話

2004/04/21

Q 「『地獄の有無について』質問を受けました。」

廬氏; 無意味である――たとえ地獄があろうと、なかろうと、人に苦しみがあるのは事実である。人が苦しみを逃れられぬなら、地獄の有無に何の意味があるのか? 豊かで穏やかな暮らしの中に、不平不満を抱えて憔悴して生きる者もいる。貧しく忙しい暮らしの中にも生き甲斐を見いだしてはつらつと生きる者もいる。極楽に行こうが苦しむ者は苦しみ、地獄に堕ちようと楽しむ者は楽しむことだろう。地獄はむしろ人の心の中にあり、その外にはない。……自らの心に地獄が有りや否や? それを人に尋ねていかなる答えが得られようか?

Q 「悪事を犯して、死後にそれを責められると不安を抱いているのなら?」

地上での極刑は死刑であろう。だが、死後の世界にいかなる死刑があるのか? 苦しみを恐れるだけなら、地上の方がよほど辛かろう。肉体があればこそ、老病死苦に苦しみ、飢えぬ為に働き、名利を得るために努力を重ねなければならない。そのような苦しみの中で生きてきた者が、死後に何を恐れるというのだろうか? 問題は地獄の有無ではない。希望のないことである。

Q 「だから地獄の話を書くのを止めようとしたのですか。」

魔境という心境はある。地獄という心境もある。また、人を苦しめてでも自分が幸せになろうとする者が大勢集まれば、そこは地獄の様相を見せる。まして、地獄など、死後の世界に求めなくても、地上のそこかしこが地獄である。それでもまだ、地獄の有無を問うのか。

 苦しみが苦しみであると思うのは、それを乗り越える喜びを知らぬ者が考えることである。苦しみを喜びに変える方法を知らぬ事こそ、人を苦しみにつなぎ止めておく元凶である。恐れるべきは地獄ではなく、幸せを得るのに必要な智慧のないことである。


 確かに苦しみがある以上、地獄の有無など問う意味もない。しかし、自分の未来が良くなるものなら、一時の苦悩は必ず報われる。ならば地獄など恐れる必要もない。そして、地上を見渡せば、善き行いの者がどれほど悲惨な境遇にあることか。善行は必ずしも救われぬ。では、悪人の方がましな生き方が出来るといえようか? こそ泥は捕縛され、小悪党は悪党に牛耳られ、大悪党はつけ狙われる。善人も悪人も苦しみを避けることは出来ない。ただ、苦しみを乗り越える喜びを知るものと、知らぬ者とがいるだけである。

 善・悪が人を幸せにするのでなく、人の工夫と努力が人を幸せにするのである。地獄の有無には意味がないが、幸せになるための智慧の有無は切実である。たとえ地獄がなくとも、幸せになれぬのなら、苦しまずにはいられない。苦しみも乗り越えられるなら報われるが、乗り越えなければいつまでも苦しい。……だから問題は希望であり、そして智慧であるのだ。

Q 「そうすると、次の質問は……」

因果はくらませぬ。安易に得た答えを使って得られるのは安易な結果だけである。過ちを悟るのには一瞬で足りても、未熟の克服に掛かる時間は相応に必要なものである。まして答えは自分の心中にあるものだ。自分をしっかりと見つけた者だけが正しい答えを理解できるが、自分が見つけるべきものを人に質問しているようでは、万言を費やしても理解は難しいだろう。ここには書けぬ。

(2004年4月20日)


霊査事例: 2004年2月6日

2004/02/07

以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


廬氏より

あなた方に言葉を送り出すことがこれほど幸せなこととは思わなかった。

あなた方は幸せである。なぜなら、これほどの困難を乗り越えて多くの霊達からメッセージをえているのだから。いずれにせよ、これだけはいえる。思えば思われる。あなた方が思わざれば、我々の思いも消えて無くなる。

霊査事例1

あなたの望みは理解する。是非もないことである。だが問題は、あなたが本当にその気持ちを認められるかということである。

あなたは懸命に誠意を尽くしている。それが報われぬからといって、果たして本当にあなたが悪いのか? 悪人は本来苦労を免れようとして悪事を行うものだが、あなたは苦労を全うしようとしているだけではないか。

霊査事例2

「なぜ、○○してくれないのだろうか?」……そう思うのは止めなさい。あなたはあなた自身のことを思って、そう思うのだろうが、他の人からみれば、所詮、あなたの事など他人事である。誰も皆、自分のみを考えて行動する。これは守護霊にも当てはまるのである。

楽に生きられるのは、自分の為ではなく、人の為に努力する人なのである。いや、これはある意味失言かも知れない。だが、あえていえば、「あなたの為を思って……」と白々しくいえる人が豊かさを掴むのだ。……いや、そんなことは知っているはず。

要するに、皆の利になることを大きな声で主張せよ。そして、自分の理は声を潜めて努力せよ。そうすれば、あなたの望み通りの道が開ける。……それで幸せならばだが。

大丈夫、あなたは決して愚かではない。いずれ真実に沿って幸せになれるだろう。あまり欲深くなれなければ。

霊査事例3

纏まらぬ考えは、あなたにとって楽しくあっても、誰とも共有できるものではない。世の中というのは、なるほど複雑であるが、でも、単純に割り切ることも出来る。

あなたはいつもいろいろ考えるが、たいていの人は自分が思うことを行い、後に理屈を考える。つまり、あなたが考える事は、他人の言い訳を予測しているだけのことである。

実をいえば、あなたが頭を悩ましている人生の命題の答えは簡単である。

「人は自分の望む所を知らない」……つまり、真理というのは理解する人の人生を左右しても、大抵の人は、真理とは全く無関係に生きているのである。

考えよ。人の人生ではなく自分の人生を。それは、自信の持てる回答は得がたいかも知れないが、何よりも納得できる答えであるはずである。

霊査事例4

あなたは益々答えから遠ざかっている。まず考えるべきである。あなたは何を欲するのか。あなたが欲するものをえるのには何が犠牲に出来るのか。……むろんそれは真の回答ではあり得ない。なにせ、現実はあなたを省みることなく動き続けるからだ。

一個人に現実を左右する力などない。ならば、現実の中にこそ活路を見いだすべきである。妥協点ではなく、弱点を見つけるのだ。

あなたがそれほど積極的な人間でないことは、決して悪いことではないが、自体はあなたが善人であろうが、悪人であろうがおかまいなしに移り変わる。そういう相手に必要なのは、事実を覆す力ではなく、自分を休める隙間を見いだす眼力である。これは現実への妥協ではなく、ある意味、真の現実との戦い方なのである。

霊査事例5

あなたは気がついてはおるまい。愚痴が多くなっている。それは、手を出し忘れているということである。

あなたは今停滞期にあるようだ。どうにも体を動かすよりも口を動かすことが多くなっている。すると、拒絶の言葉を多く受けることになる。

体が動かないのに言葉を拒絶されるとどうなるか……大抵不満が育つのである。

じっくりと体を動かすとよい。今の時期、体を動かさなければ脂肪が付きやすい。バタバタするのではなく、ゆっくりと深く息をしながら体を動かしなさい。決して苦痛ではないと感じるはず。

それはつまり、体を使うのがおっくうになっているだけで、体は本当に健康な証である。

霊査事例6

あなたの心には暗雲が立ちこめて久しい。あなたが苦労するのは、実は心の中の暗雲が、つまらぬものとあなたを結びつけてしまうからである。

あなたは元来、日本で退屈をしていた。そう、人一倍行動的であるにも関わらず、人の半分も自分の人生に目的を持てない……実はただ無欲なだけ……それ故に生きる目的がうまく掴めず、わざわざ苦労を背負う所があった。

あなたは自分が思うよりも大人である。ただ、あなたにとって不幸なのは、大人というのがいかなる心構えかを知らぬ事である。それは結局、あなたが周りの人々を喜ばせようと懸命な結果であるが、本来、心が未熟な者は、周りから喜ばせて欲しがるものなのだ。

つまり、喜ばせようとして喜ばせられぬから、あなたは自分が未熟であると思っているが……喜ばせようとするのは大人なのである。心が未熟である人は、どうしたら喜ばせてもらえるかばかりを考えている。すなわち、あなたは価値観を誤っているが故に自分をさげすみ、自分をさげすむから自分が進むべき道を間違えてしまうのである。

そう、正しい道を理解しているのにも関わらず、それを評価しないから、間違った道を選ぼうとしてしまう。でも、自分を卑下し続けていたら、普通に生きても辛いものなのだ。

霊査事例7

あなたの重いメールへの返事が私の口を重くしている点がなくもありません。いえ、あなたを責めているのではありません。

かつて私はあなたにご注意いたしました。どんな苦労を背負わされるかも知れないのだから、余裕を見なさい。苦労をあまり背負わぬようにと……もう一度申し上げますが、あなたを責めているのではありません。血縁者が助けずに、一体誰が、あなたのお母様や、おばさまを助けるというのでしょうか!?

私があなたにご注意したのは、こういう機会に備えてのことです。その助言があまり役に立たなかったのは、残念でもありますが、でも、それさえも問題の本質ではありません。

お優しいあなたのことです。「年寄りはいつか死にます」という言葉は、真実であると知りつつも耳を貸す気にもならぬ悪しき言葉でありましょう。……そうです。これも重要な助言ではありません。

大切なのは、「あなたの業《カルマ》が深いこと」であります。結局、あなたは苦労していないことに罪悪感を感じているかのようです。休むのは、他人が聞いたら同情するより呆れかえるような酷い状況の時のみ。あなたにとって休暇とはバカンスではなく、過酷な状況を克服する為の時間なのです。

虐めるようでごめんなさい。大切なのはこういう事です。

あなたは、見知らぬ誰かの小さな願い事さえ、何とかしてあげたいと思う人です。

そして、あなたのお母様は、小さな事もわざわざ大げさにいう人で、しかも、歳をとって体が動かなくなってからなおのこと、大げさな物言いが身に付いた方です。……すると、あなたのお母様が大げさに困った話をするから、あなたが真剣に大立ち回りをしてしまう……あなたの心労はこういう所からも来ています。実は、あなたとお母様の相性は最悪の筈です。お父様との相性の方がよほどよかった……なぜなら、お父様は何を騒ごうが、ほっといていれば自分で何とかするから。お母様は、騒いだ分だけあなたが頑張らなければどうにもならない人なのです。

自分にも充電や休養が必要なことを、もっと主張なさるべきです。身内の悪口的な事を、私のように他人に明かすよりも、まず、身内に自分の出来ること主張する方がよほど公平な仕打ちだと思うのです。


霊査事例:2004年1月17日

2004/01/18

以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


総論

皆様は何を楽しみに心霊を学ぶのでしょうか? 楽しみ方には数限りありませんが、こう分類してみて下さい。自分の外にある楽しみと、中にある楽しみです。そして、外にある楽しみは容易に失われ、中にある楽しみは人が奪うことは出来ません。

皆様は、奪われぬ楽しみをお持ちでしょうか? それを持たぬ限り、自分が幸せである。人生が楽しい……そんなのは幸運・幻想に過ぎぬのです。

「精神統一は大切だ、それはよく分かる。でも精神統一が何か、それがよく分からない」

自分の中に幸せがあるなら、黙って座っているだけの精神統一の中にも楽しみが見いだせるはず。世の中に貧しさを嘆く人は大勢いますが、そういう人たちはみな、心の豊かさを潜在意識の奥深くにしまい込み、欲望の向こうに押しやって苦しんでいるのです。重要なのは精神統一の意義を見いだせないことではありません。自分の中にある幸せを見つけられずに、自分の外に幸せを追掛けているという事実なのです。それで果たして幸せになれましょうか?

世間や家族などに不平不満を募らせる。これらはみな、自分の幸せを外に求めて、報われないからではありませんか。……そのような生き方がいつか報われると思いますか?

確かに、霊界には無償の奉仕の精神が渦巻いています。しかし、魂同士の連携・感応には共感という必然があります。すなわち、あなたが自分の幸せのために人に奉仕する気持ちがなければ、あなたを助ける霊が働けないのが心霊知識の教える所です。すなわち、あなたがより強く助けられたいなら、まず、あなたの内面を磨く必要があるのです。……いや、助けるとか、助けないとかという表現は誤解受けるかも知れません。

たとえば、親は子供を慈しみ、助け、時には甘やかします。しかし、親には親の思慮があり、子供を無制限に甘やかすことはせず、時には強い口調で叱りもします。叱るのも愛情があればこそ……あなたが自分を正す覚悟をお持ちであればこそ、正しい霊はあなたの為に働ける。反対にあなたが自分を正せぬ人なら、守護霊に叱られイジケて終わってしまうかも知れません。

廬氏より

あなたはまず、冷たい水で顔を冷やし、心身が引き締まることを待つべきである。おもむろに深い精神統一を目指す必要はない。ただ、自分を救わんとする霊達が働きやすいように自我を僅かに横にそらせばよいのである。

ある者は座して救われることに罪悪感を覚え、ある者は自己の悟りを過信する。だが、人一人の力はしょせん僅かなものである。

私は死して知った。生前の私の心身を満たしていた気力は、私の魂の産物ではなく、私の魂を好む者達の力の結集であることを。あなた方は知らない。あなたの人生があなただけのものであるなら、それは世にもみすぼらしい人生に過ぎぬ事を。あなたの生き方が、志を同じくする魂の集いの場となってこそ、あなたの人生は世に輝きをもたらすのである。

あなたは救われるのではなく、また救うのでもない。ただ、共に働くのである。そこに罪悪感の働くべき余地はない。何となれば、あなたは社会に寄与し、そして多くの善意があなたの幸せに寄与するからである。あなたの善意がたとえ不純物を混じらせようと、社会全体の善良なる働きに溶けて一体となっていくなら、あなたは恥じる必要もなく、気負う必要もないのだ。

霊査事例1

あなたは舌足らずなのではない。表現が下手だと己をせめるべきではない。何となれば、世の中に必要とされるのは弁舌ではなく行為である。あなたは生前、行為で人を救うよりも、歌舞や祝詞で人を救わんとしてきた。それは虚飾である。偽善である。あなたは今、本当に必要な方法で世に向けて働くことを求められている。それは制約にも思えるが、あなたの人生の科せられた明白な課題でもある。

納得が行かぬのは、誤っていた前世のやり方を、今生でも用いようとするからである。無心になって必要なことを行え。あなたは必要な力を持って生まれてきたのだから。

霊査事例2

あなたは大変に頭の良い人である。だがなぜ、肝腎な事実が見えぬのか。それはただ、あなたがつまらぬ一個の人間の視点の奴隷になっているからである。

確かにあなたは逼塞《ひっそく》している。それは辛い事実である。だが、なにゆえに逼塞しているのか。そこに会社の持つ限界があり、限界とはすなわち弱点である。そして弱点はつけ込んでこそ勝利が得られるのである。あなたは会社の中にあって不平不満を抱いている。だがそれは、会社の持つ弱点に触れずに居てのことではないか。

会社はあなたよりも大きく強いのだから、あなたが懸命にその弱点をついた所で、会社に押しつぶされるのが落ちであろう。そんなことは分かり切っている。まして、会社がつぶれては意味もない。だが、敵の弱点は勝利の糸口であり、味方の弱点は立身出世の糸口なのである。

あなたは人に使われて働くことの意義を見失っている。誰もが給料分だけ働けば会社はつぶれてしまうのである。会社が発展するのは、みなが給料以上の働きをしてこそなのだ。たとえ平社員でも社長のつもりで会社を思って悪いはずもない。イヤ、そのぐらいのつもりが無ければ、在籍していても素浪人である。

霊査事例3

よい。少々、小姑が出ているが、大したことではない。誰もがあなたのことを少し口うるさいと思っているが、誰もあなたを嫌っていない。しかも、気がつけば困った時にあなたの言葉を反芻している。

もしもあなたの有益さが、みなから感謝されているのならば、その感謝の念であなたの善行はチャラになる。すぐに報酬が得られる仕事は誰にでもやりやすい仕事である。だが、誰もがあなたを必要としているのに、だれもがその事実に気がついていないというのは、あなたはより多くの霊的報酬を受けられるということである。

強いていうなら、あなたも又、雑念の影響を受けやすい人だ。構わぬ事である。

霊査事例4

様々な気持ちが去来する。あなたの人生に多くの後悔がつきまとうことは見て取れる。それを癒す言葉を私は持ち合わせない。だが、これだけは事実である。あなたは多くの人から頼られ、また、多くの人から仲間として認められている。事例3

へのメッセージにもあるように、自然な有益さは他人からはなかなか評価されないが、しかし、これほど人々の心にしみこむ力は他にないものである。

あなたの心は善であり、あなたは善を行おうとしている。あなたにとって辛辣な霊的メッセージも訪れただろうが、それはあなたの魂の品性が招いたことではなく、あなたの迷いが招き寄せた戯言に過ぎない。

とまれ、より強き善はより強き試練を招く。それは、神の心が険しいが故ではなく、より強き魂が、より激しき試練を求めるが故である。挑戦に失敗はつきものだ。だが、一時の失敗はより大きな成功を得るための準備に過ぎない。あなたが不幸と感じるものは、ただ、僅か100年前後の短い期間で物事を判断するからである。

多くの人は、より些細、より単純な理由で不幸を味わう。あなたの苦悩と努力は決して少ないものではないが、より僅かな苦悩と努力で、世をのろい、神仏を恨む人と比べて、あなたはより自分を信じられるだけ幸せではないか。

世に、不幸になるために不幸なものは多い。だが、あなた方は、幸せになるために不幸を得たのである。その不幸は永遠には続かない。共に幸せを掴めなくても、いずれはそれぞれに幸せを得るのである。

霊査事例5

あなたは懸命に人のために生きる。これほど人のために生きられる者は、世の中にそう多くはない。あなたはその事を誇りに思って良い。あなたの霊界にいる家族達は、実際に誇りに思っているのだ。だが、あなたの人生はあなたの為のものである。あなたはまず、自分の人生を達成せねばならない。

あなたがもしも、人の為に努力して、結果、自分の運命を呪うなら、それはあなたの努力が間違っていると神に知らしめるようなものである。顧みよ。人の為に尽くして幸せを感じられぬなら、それは善行を施しているのではなく、己が善行を相手に押し売りしているのだ。

霊査事例6

あなたは今、ささやかな幸せに浸っている。その判断は決して間違えではない。しかし、かつてのあなたならば、今のあなたの幸せを「自己満足」と嘲ったことだろう。

あなたは有能な人である。それ故に周囲の誰もが愚かに見えて仕方がなかった。結局、その周囲を侮蔑する心が、人並みの幸せを得ても己を惨めにしていたのである。

今、ようやくあなたは人並みの幸せを楽しむことを覚え始めた。今までのあなたが、当たり前の人を見てもどかしく思えたことを思い起こせば……あなたは人並みの幸せに不平不満が生じるのはむしろ当たり前と理解できよう。それがすなわち、貧乏神と呼ばれる憑依霊である。己が分よりも多くを求めたら、足りないのは当たり前なのだから。

今のあなたは、あなたにとって認めがたいかも知れないが、しかし、世間一般よりも幸せである。その事実を否定するものは、すべて、その貧乏神の働きである。

決して争わず、しかし、迎合してはならない。

個人指導をお求めの方へ

以前、若さに任せていろいろと行っておりましたが、最近では私も「分別」なるものを身につけてしまい、手を広げることをやめております。

個人指導をどうしても受けたいという方は、遠方で御苦労さまではありますが、せめて年一度成りともオフ会に参加頂きたく思います。

見ず知らずの人を信じて、定期的(結構さぼっておりますが)に霊査をとるのは私にとりてもやはり精神的に負担の大きな事なのです。ですから、それなりに誠意を示して頂きたく思います。


廬氏より


あなたは大切なことを見失っている。それは愛である。ここでいう愛とは、誰があなたを愛しているかということではなく、あなたが誰を愛しているかということだ。あなたは誰も愛さぬのに、誰からも愛されないと嘆いている。あなたの心が世界に開かれていないのに、どうして見ず知らずの人の愛情を、受け入れることが出来ようか。

愛されないのではない。あなたはえり好みをしているのだ。

霊査事例1

あなたの野望に一番足りないのは、配下である。大事には手足となって働く人が欠かせない。あなたを友人と思うものは多いが、あなたを主人と思うものは少ない。残念なるかな。これはあなたの志の低さでも、徳の少なさでもない。現代日本が持っている精神的荒廃の一端である。申し訳ないが、これを救う為の助言を私は持ち合わせていない。なぜなら、このような現象は人々が共生する事の大切さを見失ったあげくの結果だからである。

あなたに強いて助言をすれば、人を救うよりも、己一人が快く生きられる道を探せということである。それが出来なければ(そうであることを願う)あなたの前には苦難が待ち受けている。

霊査事例2

子供の言葉に耳を傾けなさい。子供なりの言葉ではあるが、素直にあなたが見失っているものを語るだろう。むろん、子供はあなたにより多くの時間をもとめる。だが、あなただって、子供と過ごす時間が楽しいはずである。

あなたはなるほど忙しい。だが、その忙しさの大半は決して報われぬ。子供との時間を大切にせよ。無駄に見えるようで居てその時間ほどあなたを癒し、励まし、そして有益な時間はない。あなたが今、関わっている人々の中で、50年後も付合っている相手は、あなたの子だけである。よいか、50年後である。

霊査事例3

言い訳を探してはなるまい。あなたに誠意が足りぬのではなく、あなたの誠意が素直に受け取れぬほど世の中は、そして、人々の心は歪んでいるのである。あなたが言い訳や、または自分の味方を探せば探すほど、あなたの心には惨めさが折り重なる。

あなたはよくやっている。それ以上どうすれば良いというのか。夢のようなことを語るよりも、現実をよくしていこうと強く主張せよ。さもなければ、あなたの好意が結局、後ろめたさに汚れてしまうのだ。

霊査事例4

あなたには求めても得られぬものがある。その事は私にもどうしようもない。そして、それを除いてしまえば、あなたの心は空しい。それも致し方がない。あなたの願いは理解する。だが、それは第一の目的とすべき事ではない。速やかに新しい第一の目標をお作りになることである。

今は多くを語れぬが、あなたの求めるものはあなたのすぐ側に常に控えているのだ。


1月14日

2004/01/10

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


 整体術の大家が若い頃、淺野和三郎氏の心霊実験会に参加して、心霊に幻滅したのだとか。

「確かに不思議だ。でも闇夜をボールが飛び回ったりすることで人が幸せになるのだろうか?」

結局、この方は、ご自分の霊能力(表向きは否定している)を健康法の追求にのみ用いた。

 我が師のお嬢さんなども、米国で精神統一会に参加したけれど、余り長くは通わなかったとのこと。私は指摘しました。「背後にこういう霊がついている、等という霊査ばかりではつまらなくなるのでしょう。」……師も不承不承、頷いていました。

 霊なんて観たって幸せにはなりません。背後にどんな霊がついていようが、自分が変わらなければ幸せにはなりません。

 皆様は何を楽しみに心霊を学ぶのでしょうか? 楽しみ方には数限りありませんが、こう分類してみて下さい。自分の外にある楽しみと、中にある楽しみです。そして、外にある楽しみは容易に失われ、中にある楽しみは人が奪うことは出来ません。

 皆様は、奪われぬ楽しみをお持ちでしょうか? それを持たぬ限り、「幸せで楽しい人生」が、実は奪われぬ間の一種の幻想に過ぎぬ事となります。

「精神統一は大切だ、それはよく分かる。でも精神統一が何か、それがよく分からない」

 自分の中に幸せがあるなら、黙って座っているだけの精神統一の中にも楽しみが見いだせるはず。世の中に貧しさを嘆く人は大勢いますが、そういう人たちはみな、心の豊かさを潜在意識の奥深くにしまい込み、欲望の向こうに押しやって苦しんでいるのです。重要なのは精神統一の意義を見いだせないことではありません。自分の中にある幸せを見つけられずに、自分の外に幸せを追掛けているという事実なのです。それで果たして幸せになれましょうか?

 世の中や、家族などに不平不満を募らせる。これらはみな、自分の幸せを外に求めて、報われないからではありませんか。……そのような生き方がいつか報われると思いますか?

 確かに、霊界には無償の奉仕の精神が渦巻いています。しかし、魂同士の連携・感応には共感という必然があります。すなわち、あなたが自分の幸せのために人に奉仕する気持ちがなければ、あなたを助ける霊が働けないのが心霊知識の教える所です。

 すなわち、あなたがより強く助けられたいなら、まず、あなたの内面を磨く必要があるのです。

廬氏より

 あなたはまず、冷たい水で顔を冷やし、心身が引き締まることを待つべきである。

 おもむろに深い精神統一を目指す必要はない。ただ、自分を救わんとする霊達が働きやすいようにエゴを僅かに横にそらせばよいのである。

 ある者は座して救われることに罪悪感を覚え、ある者は自己の悟りを過信する。だが、人一人の力は所詮僅かである。

 私は死して知った。生前の私の心身を満たしていた気力は、私の魂の産物ではなく、私の魂を好む者達の力の結集であることを。あなた方は知らない。あなたの人生があなただけのものであるなら、それは世にもみすぼらしい人生に過ぎぬ事を。あなたの生き方が、志を同じくする魂の集いの場となってこそ、あなたの人生は世に輝きをもたらすのである。

 あなたは救われるのではなく、また救うのでもない。ただ、共に働くのである。そこに罪悪感の働くべき余地はない。何となれば、あなたは社会に寄与し、そして多くの善意があなたの幸せに寄与するからである。あなたの善意がたとえ不純物を混じらせようと、社会全体の善良なる働きに溶けて一体となっていくなら、あなたは恥じる必要もなく、気負う必要もないのだ。

霊査事例1

 あなたは舌足らずなのではない。表現が下手だと己をせめるべきではない。何となれば、世の中に必要とされるのは弁舌ではなく行為である。あなたは生前、行為で人を救うよりも、歌舞や祝詞で人を救わんとしてきた。それは虚飾である。偽善である。あなたは今、本当に必要な方法で世に向けて働くことを求められている。それは制約にも思えるが、あなたの人生の科せられた明白な課題でもある。

 納得が行かぬのは、誤っていた前世のやり方を、今生でも用いようとするからである。無心になって必要なことを行え。あなたは必要な力を持って生まれてきたのだから。

霊査事例2

 あなたは大変に頭の良い人である。だがなぜ、肝腎な事実が見えぬのか。それはただ、あなたがつまらぬ一個の人間の視点の奴隷になっているからである。

 確かにあなたは逼塞している。それは辛い事実である。だが、なにゆえに逼塞しているのか。そこに会社の持つ限界があり、限界とはすなわち弱点である。そして弱点はつけ込んでこそ勝利が得られるのである。あなたは会社の中にあって不平不満を抱いている。だがそれは、会社の持つ弱点に触れずに居てのことではないか。

 会社はあなたよりも大きく強いのだから、あなたが懸命にその弱点をついた所で、会社に押しつぶされるのが落ちであろう。そんなことは分かり切っている。まして、会社がつぶれては意味もない。だが、敵の弱点は勝利の糸口であり、味方の弱点は立身出世の糸口なのである。

 あなたは人に使われて働くことの意義を見失っている。誰もが給料分だけ働けば会社はつぶれてしまうのである。会社が発展するのは、みなが給料以上の働きをしてこそなのだ。たとえ平社員でも社長のつもりで会社を思って悪いはずもない。イヤ、そのぐらいのつもりが無ければ、在籍していても素浪人である。

霊査事例3

 よい。少々、小姑が出ているが、大したことではない。誰もがあなたのことを少し口うるさいと思っているが、誰もあなたを嫌っていない。しかも、気がつけば困った時にあなたの言葉を反芻している。

 もしもあなたの有益さが、みなから感謝されているのならば、その感謝の念であなたの善行はチャラになる。すぐに報酬が得られる仕事は誰にでもやりやすい仕事である。だが、誰もがあなたを必要としているのに、だれもがその事実に気がついていないというのは、あなたはより多くの霊的報酬を受けられるということである。

 強いていうなら、あなたも又、雑念の影響を受けやすい人だ。構わぬ事である。

霊査事例4

 様々な気持ちが去来する。あなたの人生に多くの後悔がつきまとうことは見て取れる。それをいやす言葉を私は持ち合わせない。だが、これだけは事実である。あなたは多くの人から頼られ、また、多くの人から仲間として認められている。●●(事例3)氏へのメッセージにもあるように、自然な有益さは他人からはなかなか評価されないが、しかし、これほど人々の心にしみこむ力は外にないものである。

 あなたの心は善であり、あなたは善を行おうとしている。あなたにとって辛辣な霊的メッセージも訪れただろうが、それはあなたの魂の品性が招いたことではなく、あなたの迷いが招き寄せた、戯言に過ぎない。

 とまれ、より強き善はより強き試練を招く。それは、神の心が険しいが故ではなく、より強き魂が、より激しき試練を求めるが故である。

 挑戦に失敗はつきものだ。だが、一時の失敗はより大きな成功を得るための準備に過ぎない。あなたが不幸と感じるものは、ただ、僅か100年前後の短い期間で物事を判断するからである。

 多くの人は、より些細、より単純な理由で不幸を味わう。あなたの苦悩と努力は決して少ないものではないが、より僅かな苦悩と努力で、世をのろい、神仏を恨む人と比べて、あなたはより自分を信じられるだけ幸せではないか。

 世に、不幸になるために不幸なものは多い。だが、あなたがたは、幸せになるために不幸を得たのである。その不幸は永遠には続かない。共に幸せを掴めなくても、いずれは互いに幸せを得るのである。

霊査事例5

 あなたは懸命に人のために生きる。これほど人のために生きられる者は、世の中にそう多くはない。あなたはその事を誇りに思って良い。あなたの霊界にいる家族達は、実際に誇りに思っているのだ。

 だが、あなたの人生はあなたの為のものである。 あなたはまず、自分の人生を達成せねばならない。

 あなたがもしも、人の為に努力して、結果、自分の運命を呪うなら、それはあなたの努力が間違っていると神に知らしめるようなものである。顧みよ。人の為に尽くして幸せを感じられぬなら、それは善行を施しているのではなく、己が善行を相手に押し売りしているのだ。

霊査事例6

 あなたは今、ささやかな幸せに浸っている。その判断は決して間違えではない。しかし、かつてのあなたならば、今のあなたの幸せを「自己満足」と嘲ったことだろう。

 あなたは有能な人である。それ故に周囲の誰もが愚かに見えて仕方がなかった。結局、その周囲を侮蔑する心が、人並みの幸せを得ても己を惨めにしていたのである。

 今、ようやくあなたは人並みの幸せを楽しむことを覚え始めた。今までのあなたが、当たり前の人を見てもどかしく思えたことを思い起こせば……あなたは人並みの幸せに不平不満が生じるのはむしろ当たり前と理解できよう。それがすなわち、貧乏神と呼ばれる憑依霊である。己が分よりも多くを求めたら、足りないのは当たり前なのだから。

 今のあなたは、あなたにとって認めがたいかも知れないが、しかし、世間一般よりも幸せである。その事実を否定するものは、すべて、その貧乏神の働きである。

 決して争わず、しかし、迎合してはならない。


12月04日(オンライン)

2003/12/04

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


廬氏より

 幸せになるのは難しいと思われるか。それは勘違いというべきである。その勘違いをまずは自覚して欲しい。

 心霊学徒なる方々は、人に慈愛をもて、慈悲をもて、そして人々に奉仕せよと自分を励まし、短気はいけない、憎んだり、妬んだりしてはいけない、と自分の事を戒めておられるようだ。だが、あなたは、憎めといわれて人を憎めようか、妬めと言われて人を妬めようか。……感情の働きは、誰ぞに命じられて働く事はない。自分が憎もうとしても、妬もうとしても感情はなかなかついては行かない。憎みやすく、妬みやすい人であろうと、言われても、思っても、憎めず、妬めないのである。ならばどうして、言われ・思って人を愛し、尽せるというのか? 愛念も憎悪も、生み出すのではない。生まれてくる物なのである。そこに作為を用意する事は愚かであり罪悪である。

 しかし、人には心がけ、己を返る手段もある。憎しみや妬みの感情の中でも冷静な観察をやめることなく、また、人を哀れみ、情けを抱いたなら、難しい考えはやめて素直にその情に従う事である。

 結果は、そう望ましい事ばかりではあるまいが、少なくとも悪しき事に努めて、または、善き事を躊躇して……後味の悪い思いは減るだろう。それで充分ではないか?

 あなたはまだ、幸せになるのは難しいと思われるか。それはつまり主体と客体の違いを知らぬという事である。

 感情の働きは、誰の意志でも変えられぬ。だが、その働きをより良い方向に向ける事はあなたの努力で出来る事だ。幸せになるというのも、あなたの意志や神仏の意志でもどうにもならぬ事である。だが、あなたを取り巻く様々な力(すなわち因縁やカルマなど)をあなたにとって都合の良いように用いる事は出来るのである。

 私は船乗りの経験は持たぬが、よい船乗りは、帆船を風上に向かって進ます事もするとか。それはある時は右から、ある時は左からと交互に風を受けて行くのだという。このような考えは、ただ真っ直ぐに進みたがるだけの者には容易に発想できないが、ともかく行きたい所があるなら、その方法もあるのだ。このような操船術を知る者にとって、恐れるべきは向かい風ではなく無風なのである。

 あなたはまだ、幸せになるのは難しいと思われるか。――幸せを追掛けるのではない。幸せを得るために何を利用するのか。つまり手段こそがあなた方が決して目を離してはならぬものなのだ。だが、手段を追掛けて目的を見失ってはならない。その二つを同時に見る事が大切である。

 多くの人々は、幸せという目的ばかりを見て、手段を探そうとしない。これは大河の向こう岸を眺めて船を探さぬようなものである。

 反対に、幸せの手段ばかりを探して、幸せの意味、つまり目的を探さぬ者がいる。これは船を見つけて河に流されるようなものである。

 幸せになるのが難しいのではない。あなたの今までの行いが難しいのである。

霊査事例1

 理想は高い。――それはよい事である。が、理想が高い者は、兎角手段を見つけられぬ。

 理想が高くて手段を見つけられぬのを不明という。

 もう少し智慧がある者は理想を下げて手段を探す。これを愚かという。

 智慧ある者は、理想を下げずに頭を下げて手段を探す。

 あなたは、頭を下げては、ふんぞり返る。それは威張っているというのではなく、生神でもしないような難しい生き方を正しい生き方と信じているからである。

 己が人間というような、そういう生き方を素直に受け入れられたら、正しい物の見方が出来る。

 あなたは決して愚かではない。が、愚か者の空論を信じているのである。

霊査事例2

 あなたはどれだけ自分が周囲から愛されているのか、その愛の大きさに気がついていない。なぜなら、あなたにとって愛というのは目的ではなく手段であるからだ。すなわち、あなたが満足するような方法であなたに愛情を示してくれる人が、一人も周りにいないのである。

 極端な表現かも知れぬが、だが、内心頷かずにはいられまい。……そして、それはあなたの不満を和らげはしまいが。

 一人にすべての満足を求めるから、満たされぬのである。しかし、よくよく考えれば、あなたは望むすべてを得ているのではないか? 不足はない。では、なぜ不満なのか。それは一人ですべてを与えられる人が見つからぬから……あなたは、この人にはあれが足りぬ、あの人にはこれが足りぬ、と、無意識にえり好みしている。それはあなたが意地悪なのではなく、それぞれ未熟なりに、または、それぞれ都合があるなりにあなたを愛してくれているのに、その表現方法がどうも得心しないからである。

 端的に言おう。あなたは、子供のころに思い描いた愛情を受け取れずにいる。でも、あなたが思い描いていたのは妄想である。

 幸い、あなたも人々を愛せる人だ。だから、あなたの受け取り方に気むずかしさがあっても、それであなたが孤立する必要は今のところはない。今の状況を楽しみなさい。楽しめば周りはもっとあなたを喜ばせようとするだろう。……思いもかけぬ人まで。

霊査事例3

 不安というのは、自分に対する不満である。自分に対して多くの不満を持つものが、事に当たって不安を抱く。自分に不満が無ければ……それはつまり自信があるという事……なかなかに不安を感じる事がない。

 不安を抱くのは辛かろうが、不安を抱いたならまず考えよ。

『私は自分のどこに不満を抱いているのだろうか』

 原因に気がつけば、克服できよう。イヤ、せめてその弱点を補う方法を考える事が出来よう。

 無知・不明……すなわち、原因に気がつかないという事……は、ただ不安を助長するのではなく、確実にあなたを絶望に誘い込むのである。

 ふむ、なるほどあなたにはもう一つの悩みがある。だが、その原因もまた、自分に対する不満ではなかったか。確かに可哀想な事をした。だが、自分を哀れむものは、その逆境から逃れられぬ。あなたは不安をバネに幸せを捕まれる事である。それが相手に対する何よりの供養となろう。私はそちらにも気を配ろう。

霊査事例4

 あなたは誰よりも自分に厳しい人である。その厳しすぎる自己批判が、おうおうにあなたを現実逃避に向かわせしめる。そして、あなたが苦しむ不幸は、みな、あなたの現実逃避の結果である。

 自分を追いつめてはいけない。あなたは実に理知的で行動力もあるのに、無理をするから思いもつかぬ不幸を手にする。幸せを掴むべきあなたの才能が、変に働いて災難をもたらすのである。

 迷ったら、小技を棄てて誠意に徹せよ。失敗を恐れずに災難を恐れよ。失敗せぬように取り繕うのがあなたの災難の原因のすべてといっても過言ではないのだ。

*** 通信者変わる ***

霊査事例5

 汝、妻のために手を汚して働く事を厭うや否や!?

 社内の人間関係に、不快感を育てているようです。しかし、一人一人が悪いと思うべきではありません。それぞれはみな、守るべきものがあって必死に頑張っているのです。

 あなたが悪いのでも、相手が悪いのでもなく、状況が悪いのです。

 罪を憎んで人を憎まずという言葉もありますが、この経済的苦境を憎んでも、相手を憎んではいけません。難となれば、あなただって同じ状況下にあったら同じ事をしないとは限らないし、何よりも、あなたはこの状況下でもなお、ちゃんと職が確保されているのですから。

 この不況下にあって、職があるだけでも感謝せよ……といわれたら、一生懸命働いているあなたの事、さぞや不快でしょうが、ならばその状況下で、職を追い出された人の気持ちも察して下さい。

 くれぐれも状況を憎んで相手を憎まぬように。憎しみはあなたの身体に害を及ぼします。

霊査事例6

 あなたは本当に表現が下手です。表現が下手な人は一体何から学べるというのでしょうか?

 心霊書よりも、詩集や名言録などの方がどれほどあなたに有益か。いや、ストレッチ法やマッサージ術を学ぶとか……眼前の問題を解けずに、何の勉強をしているのですか!?


‘, ”, 1, 1, 0, 13, ‘2003-12-04 00:00:00’, 63, ”, ‘0000-00-00 00:00:00’, 0, 0, ‘0000-00-00 00:00:00’, ‘2006-04-12 00:13:41’, ‘0000-00-00 00:00:00’, ”, ”, ‘pageclass_sfx=\nback_button=\nitem_title=1\nlink_titles=\nintrotext=1\nsection=0\nsection_link=0\ncategory=0\ncategory_link=0\nrating=\nauthor=\ncreatedate=\nmodifydate=\npdf=\nprint=\nemail=\nkeyref=\ndocbook_type=’, 1, 0, 2, ”, ”, 0, 1070),

お知らせBy老神いさお。

・スマートホン
iPhone/Androidで閲覧時に、最適化したページが表示出来るようになりました。よろしければ、ご感想をお寄せ下さい。

・サイト再構築中
移行途中のデータが時折、トップページに掲載されますが、編集作業の都合ですので、今しばらくご容赦ください。旧作については、本文右上に日付が記載されます。

・ページ更新
 現在:1056㌻
 復旧予定: 残り480㌻位・・・

老研カレンダー
8月 2019
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
9月 2019
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30EC
老研イベントリスト
  • No events.
みにみにぶろぐ
  • ・原発全廃
  • ・その後悔の帳尻が合う生き方をしているか?
  • ・我が国だけが原子力を全廃しても、隣国が原子力発電を推進すれば、危険性は無くならない。
  • ・生きるとは生むことである。
  • ・いろいろなる不平不満はあるだろう。だが人は歩んでいる。
  • ・与えられる事を当たり前に思っている者が飢える。
  • ・なぜ、争うのだろう? 事態はただ現実への妥協を求めているだけなのに。
  • ・ 見せられると信じたくなる
  • ・豊かな者は足りぬものに気が付かず、知りたる者は、知らざることに気が付かぬ。……
  • ・ 心に不満が生じるのは、あなたが焦っている証。もう少しゆっくりと生きなさい。

More »

サイト内検索
アーカイブ
サブ・サイト