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謎の仏像お片付け事件 (3)

2016/01/04

フィールドワーク2日目。

約束の時間ぴったりに、相談者の義母宅に訪れる。・・・早めに来る気は合ったのだけど、種々、生理的欲求を満たしつつの移動はいささか時間が掛かって・・・

すでに相談者も、古物商も来ていて、仏像の鑑定が始まり、隣では相談者が、かの『誓詞』を探し回っている。昨日、「大切なものだから、ここに置く」と言っておいたのに忘れたのだろうか?

・・・まあ、それも無理はない。自分は大病を患って、遺品の片付けは出来ず、自宅に幽霊?は出るし、息子は足を痛める。疑心暗鬼に陥っても不思議ではない、というより、「なるほど!」と、得心する方がむしろ非常識であろうと想う。

そこで私が、「ここにあるはず、」と手を出したところに、「誓詞」が無かったのは、物理的霊現象でも何でも無くて・・・そんなことに霊たちがリソースを割く必然がない。・・・たぶん、相談者が探しているうちに掻き回したのだろう。まあ、私の記憶も怪しいものだが、何より、紙束の中から茶色い紙一枚を探すというのは、難しいということを、再確認した次第。

少々、辺りを探した挙げ句、再度「誓詞」を見つけて、今度は滞りなく、文箱に納めた。

古物商からは、「仏像だけで無く、花器や、水杯などもあったのではないか? セットの方が値をつけられる。」といわれたのだが、今更、ゴミの山の中から探す気も無く、「無い」と答えて、これで精算。その額が、相談者がお子さん達と相談して私への礼金と決めていた金額と同じだったものだから、私も相談者も想わず失笑してしまった。

とりあえず、これで問題解決とばかり、私はこの場を辞した。帰路、人1人やっと通れるような路地を見つけて、思わず探検してみたのは別な話。というか、心霊とは全く関係が無い。たぶん。そういえば、私が初めて滝行に参加した後も、寒さの折、しかも、山陰の山深いところで、濡れた行着を着て山中を徘徊した事があったが、霊的充足感を感じていたから・・・半分、酔っぱらったようになっていたのかも知れない。少なくともこの状態は、気分も良いし、悪い結果も残さなかった。

宿泊先の友人宅に立ち寄り、荷物を回収して、その後、この件で頼った神社を詣で、更に数カ所、初めての訪れる神社を詣でた後、土産物を購入して、帰路についた。

 

後日談。

このフィールドワークについて、2ページをアップロードした後、気がついた。相談者にその後の結果を訊ねる前にホームページに掲載するのはいかがなものだろうか?と。・・・と、思い、ページの公開を取りやめたのだが、忙しさにかまけて、相談者に連絡すること無く、日を過ごしていた。ところが、年末が近づいたある日のこと、車を運転中に、突然、相談者と電話が繋がった。いったい何がどうなっていたのか、ポケットに入れていたスマホがポケット内でこすれたのか電話を発信し、歩行中に二回、私の母を呼び出しているのに気付いて慌てて切ったその後のこと。もう無いだろうと油断していた時に突然繋がったので、一瞬、何が起こったのか理解できなかった。折角なので本件のその後のことを訊ねたところ、私の使っているハンズフリーユニットでは音声が聞き取りにくかったのか、後で電子メールを打つ、とのこと。その夜に受け取ったメールによれば・・・(筆者が箇条書きに変更)

  1. 仏像は、骨董祭にて仏像収集家(?)に転売された。値段はトントンだったとか。
  2. 実家の片付けが急に進み出した。
  3. 自宅の人影が、パッタリ見なくなった。
  4. 自分の活動が巧く行くようになった。(守られているのを感じる)
  5. 片付け時に痛めた膝もいまは大部良くなった。

 

というわけで、まあ、多少の行き違いはあったかも知れないが、大旨、解決に向かったようで何よりと思う。

折角なので、三点ほど解説する。

1.「守られているのを感じる」というのは、ちょっとした霊界のルール、の様なものが働いている。ここで言葉をぼかすのは、ルール/法則というほど大げさでは無いから。

元々、祖霊は、高級祖霊であれ、直近祖霊(私の造語、高級とまでは言えない祖霊に対するコジツケ。)であれ、子孫を幸せにしたい気持ちは多いが、子孫に隠れて、陰から手助けする、というのは、あまり良しとしていない。一つには、「自分は運が良い」と、過信、増長してしまうのを恐れているからで、また、おそらくは、「代償を求めるから」といえば語弊もあるが、祖霊との信頼関係を得た人であれば、緊急時に霊媒を通じて、本件の様な回りくどいやり方をショートカットすることも出来る、というのもありそうで、つまり、祖霊たちがまず、自ら名乗り出るまで援助を控える、という場合も多々あり、私を含めた霊能者等の話を聞いて、「ああ、いろいろな霊が私を守っているのだ!」と感じた人が、「その後、色々不思議な偶然が多数重なり、護られていることを確信する様になった。」と言い出す例を私も多々見てきている・・・まあ、一筋縄には行かないのだけど。だ。・・・実はここが難しい、耳障りの良いことだけ聞いて、後は勉強会などに参加しなくなる人もいて、結局、各々の祖霊は面倒な方法を使い続けるしかなさそうな事例も目にしなくはない・・・結論を急ぐのは間違いの元だろう・・・結局は人の繋がりに関することで、ルールや法則では割り切れないのである。

 

2.「巧く行く様になった」・・・共同作業、わかりやすく喩えると、二人三脚の様な競技を思い浮かべて欲しい。それぞれの行動のタイミングを合わせるには、お互いに声を掛け合うことが大切となる。または、簡単な道でも、自信が無ければ前に進むことが出来ない。

以前、私が師匠と共に静岡県の秋葉神社に向かって車を走らせているとき、静岡の一宮である、「小国神社」に通り掛かったときのこと、とりあえず、駐車場に車を止めて、私が「挨拶してきますが、先生はどうしますか?」と訊ねたとき、高齢で、自分の足腰に自信の無かった我が師は、駐車場内の案内図を一目見て、「坂道が大変そうだから、私は待っている。」と、答えたことがある。そもそも案内図というのは、目的地が図の上、現在地が図の下というのは普通に使われる表現であろうが、我が師は(私も)それを、坂道と誤認したのである。

実のところ、小国神社は、平坦な神域を持っていて、坂道など無かった。その参道を私が1人で歩いているとき、後ろから師がとことこと私を追い越して本殿に向かったのは、何か神霊が降りてきたからだろう・・・

結局、自分でも行ける、と、信じさえすれば、霊魂が憑かる必要すら無い。つまり、「自分を信じること」が必要なのである。自分を信じればこそ巧く行く事も多い。

または、自分が護られていることを信じることが・・・巧く行く、というのは、自分の進む道にレール(巧く行く仕組み)が引かれていると信じることなのだが、この事もあまり普遍的な事では無く、つまり、ルール/法則とは呼びきれない。なにしろ、大抵の人は、正しい道を選ぶよりも往々、正しくあって欲しい(欲望)道を選びがちなのだから。となると、つまり、素直に物事を見る力が大切なのかも知れない。その点でいえば、今回の相談事例は、護られている事を自覚する良い機会だったのかも知れない。

 

3.適切なスピードがある。または、動くものは動くし、動かぬものは動かない。

解決すべき時期でないなら、どんなに努力しても解決しない。解決しないものを解決しようとすると、その努力が内攻して、身体を壊しかねない、という事だ。時期、または、条件が揃えば、水が流れるがごとく、当たり前の様に解決するものなのである。押してだめなら引いてみる。開いてないなら開店するまで待つが良い。

運の良し悪し、というが、もとより、運というのは自分以外の物/者達の都合であるから、自分の都合を押しつけても得られない結果なのです。

 

と は い え。

まさか、紙一枚で家族の営みにストップが掛かる、というのは、私自身、全てを信じる事が未だに出来ない気分ではあります。

「死者が何でこの世にある誓詞に拘るのか? そんなもの、あの世で見繕えばいいじゃ無いか。」というのが本音。でも、まあ、「自分の子孫に手本を見せる。」というのも、それこそ、将来にわたって働き続けるかも知れない大切な作用でしょう。

机上の空論、または、シンプルな法則から離れて、人情物語を見た・・・何より私が(いや当たり前か。)今回のフィールドワークから一番多くを教わったのかも知れません。

謎の仏像お片付け事件 (1)

2015/10/27

ここ数年来、私は個人相談を原則断っていますが、その理由の一端は、私には読んでも趣旨が理解不可能なメールが多くなってきたことにあります。まあ、説明が巧く行かないのは、説明不可能なほどの大きな問題に、押しつぶされそうになっているのだ、と見て取ることも出来ます。・・・他にも感じることがあったとしても、・・・そもそも、メールによるコミュニケーションが成立しない相手では、メール相談、ひいては個人相談が成立しません。

なので、多少なりともコミュニケーションが成立しそうな人には返事を出していますし、勉強会の参加者で、多少なりとも気心が知れれば、かなり不可解な問いかけにも、それなりに答えることをしています。

さて、今回、取り組んだ心霊相談は、盛り沢山ではあったけど、一つ一つの問題は、そう不可解な話ではありません。むしろ、簡単に解決しそうな相談に思えました。

しかし、目に見える問題と真の問題が必ずしも同じとは限りません。特に心霊相談の場合、見えない、または、見えにくいからこそ、霊能者に相談するのであって、問いかけは「氷山の一角」に過ぎないことを、私は知っていたはずでした・・・

 

 

相談内容について

某所での勉強会に、最初から必ず参加して下さっている女性からの相談でした。過去の勉強会でも、ちらっと話題は出たのですが、遠慮があったのか、忙しかったのか、「困っていることがある」というだけで、その先の話がなかなか聞けずにいました。それが今回、10月10日の勉強会で、始めて問題の一端を聞かされたのです。

しかし、翌日の勉強会に備えて、移動とレポートのまとめをしなくてはならず、「今、聞かされても忘れるかも知れませんので(確信)、すいませんが空メールで良いので、長文が扱えるPC用のメールアドレスからメールを一本送っておいて下さい。」と答えておいた。少なくともメールが一本入っていたら、回答しなければいけないことを思い出すだろうし、返事を書くのに細切れにしなくてはならないキャリアメール(携帯用メール)では、霊査を取る前に返事を書くストレスで回答が終わってしまう・・・等という私の心配をよそに、日も変わらぬうちに受け取ったメールは、以下のようなものでした。(筆者が箇条書きに変更)

 

  1. 20年ほど前に夫の父親が、その3年後に義母が亡くなった。義父母の家は空き家になった。
  2. 義母は何でも取っておくタイプの人で荷物が多く、遠方に嫁いだ義姉の物も残っているので、義父母の家の片付けが進んでいない。
  3. 空き家になっている義父母の家のことで近所からのクレームが来ているので早く片付けなければならない。
  4. 1年半ほど前のこと、義母の寝室を片付けている最中、天袋を開けたところ5~6体の仏像を見つけた。
  5. その仏像を見た途端、「何とかしなくては!」という思いで苦しくなったが、どうして良いか判らない。勝手に処分したら身体に障りがあるのでは無いかと心配になった。
  6. 義母は、夫との死別後、どこかの宗教に入れ込んでいたようだった。

 

ということなので・・・では早速、精神統一の上、霊視してみると・・・といけばカッコが良いのだが、まず、義父母様の家がどこだか分からない。義母様の名前も知らない。それで霊視しようとしたところで、脳裏に勝手なイメージを作り上げるのがオチである。そもそも・・・まずは翌日の勉強会を終わってから、と、一端、この問題は棚上げにすることにしました。

 

通信霊

今回の宿から、30分ほどの距離にある勉強会会場に、2時間前に出発した私は、地下鉄に乗って、この地の勉強会の前に必ず立ち寄る某神社にお参りしました。この神社、この地で初めて勉強会を行った、その前日、宿に向かって歩いている途中に、こざっぱりとして、それでいて敷地内に多くの花が咲く、美しい神社の様に好感を抱き、つい立ち寄ってからのご縁です。拝殿前で『明日の勉強会をお守り下さい。』と祈ったところ、『良いことである、私も手伝おう。』との霊声が聞こえました。

この霊声の主が、果たしてご祭神であるのか、そのお使いであるのか、代々の神官の霊であるのか・・・私はそれを確認していません。しかし、木の種類を見るには、花や実を見るに越したことはありません。「名前」や「身分」よりも、「結果」こそが何より大事だと思うからです。・・・まして、その結果なるものは、霊のみの力に非ず、それを表に出す霊媒の実力次第の所もあります。つまるところ『協業』、私がだらしなければ、たとえ力のあるご祭神であっても、霊媒の私共々物笑いのタネになりかねないのですから、相手の氏・素性よりも私との相性が大事といえます。

すると、私との相性が良さそうなので、霊声をかけてくれたのかも知れませんが・・・

それはともかく、「霊能者」と威張ってみても、生きている人間ですから、食べなければならないし、寝なければならない。集中力だってそう長くは続かない。会社勤めもしているし、野暮用だってある。四六時中、心霊のことばかりやっているわけには行きません。ならば、霊界のことは霊界に任せ、私は現世の役に立つことに専念する。・・・「あの世のことはあの世で解決していただき、その結果を伝えるのが霊媒・霊能者(この場合は私)の仕事」だと考えています。

これはつまり、地上に霊能者(霊媒)がいて、人の悩みを聞くのに対して、霊界にも、霊媒との通信が上手な「通信霊」がいて、必要な霊との交信を手助けしている、という形になります。

相談者 ⇔ 霊能者(=霊媒+通信霊のチームのこと)⇔ 対象の霊

そこで、さっさと霊界に丸投げすることとして、まずは私の背後霊(私の支援をしてくれている霊)の1人に調査を依頼しました。彼女なら、相談者の守護霊とコンタクトして詳細を得られるはずです。さらに新興宗教絡みらしいので、荒事に備えて上記神社の霊声の主に協力を求めました。

回答は、たちまち来たのですが、浮き世にある私は、今回の勉強会、夕食、散歩、その後に勉強会のレポートを仕上げてHPにアップロードして・・・回答を聞くのはその後になったのでした。たちまち来た回答を、勉強会絡みの仕事はともかく、娯楽の後にまで待たせに、待たせるのは、現世の常識に照らし合わせるとだいぶ失礼なこととは思いますが、浮き世のしがらみと、霊界の自由さの差ということ、そして、時間の自由さこそが、霊界の問題は霊界に依頼するしか無い理由でもあります。

 

回答について

2日目の勉強会から帰宅した後、改めて霊査をとり、回答を纏め、下記のような内容で、相談者にメールしました。

 

● 通信霊より 「仏像・神像について。」

この仏像・神像は、宗教団体への寄付に対する、謝礼、というか、布教の一環で送られたものです。義母さまはお付き合い以上の関心がなかったが、仏像・神像だけに処分に困って天袋に仕舞ったものです。

 

【補足】

結果からいえば、もらって処分に困った物もあったでしょうが、自分自身で買いそろえた物の方が多かったかもしれません。ただし、この通信の目的は仏像類の出自では無く、「どうでも良い」ということにありました。

 

以下は、主に一般論として

● 仏像・神像が気の毒? (と感じたことについて))

その志が高いかどうかは別として、贈った方にも「想い」がありますし、義母さまにも、残した事への「心配」もあるでしょう。

また、面倒なことに、仏像・神像というのは、たとえ造りが悪く、材料も陳腐な安物であったとしても、「信仰の対象物」というだけで、おろそかに出来ませんし、なにより、他者の前で処分するのも憚られます。

「力(加護)を発揮できずに死蔵された」といういきさつもありますので、扱いに礼を失すると(程度ものですが)暴れる気配もあります。

 

● 対策について。

まず、ご本人が、仏像・神像を見て、「同情」・「感応」してしまった、いきさつもあります。なので、本人が、「代が変わってしまい、自家には別な宗教もありますのでお祀りすることが出来ません。伝えたいことをお持ちでも、私には力もありませんので、専門家にお渡しいたしますのでどうぞ、そちらへお移り下さい。」と、祈念いたしましょう。これは縁切りの為で、ここまでは、他者に頼むことは出来ません。

その後、神社同様、二度柏手を打ちます。これは祈祷ではなく、気分を切り替える為のものです。(引きずらないことが大事です)

上に、「暴れる」といったのは、「人目に触れようと努力する」例えば、「箱に入れて持ち出そうとしたら、落として中身が出た」といった感じです。

なので、仏像・神像は一つずつ、黄色、または、黄色っぽい紙で包み、纏めて段ボールなどに詰めます。ここでのポイントは、「信仰物だから敬意を払う」ということです。黄色い紙もそういう意味で使います。この紙は、さすがに古新聞などは使わず、百円均一で買ったもので良いので模造紙などを使うか、古布などでも大丈夫だと想います。

また、包装と箱詰め、運搬には、息子さんに頼むべきです。

そもそも、霊障に弱いのは、身にやましかったり、なまじ同情心のあつい人なので、この片付けは奥様とは相性が悪い問題です。一方、息子さんは、信仰心に篤くても、言いがかりには断固たる態度が取れる人だから、この問題に耐性があります。

終わった後のみそぎなどは不要ですが、気分を切り替える為、ポンポン、と柏手を二度打って、験を正すのは良いと思います。

または、私が包装し、運んでも良いのですが・・・時期が合えばですが。ただし、霊感が強い=敏感=人より弱い、という意味でもありますが、まあ、その辺の霊にケンカは売りませんが、負ける気もしません。

 

● その他の注意点

  1. 念のため、片付ける前日と、片付け終えた後にメールを下さい。大丈夫だと思うけど、念のため背後霊に安全確認します。
  2. 【私的なことなので掲載を割愛】
  3. 霊障があるか、ないか、というなら、心が乱されただけでも十分に霊障のきっかけとなり得ます。片付けた後は、「言い分は、処分したお寺へどうぞ」とばかり、毅然とした精神的態度を取りましょう。

 

そして暴れた・・・

回答メールへ、相談者からの返信が来た。(筆者が箇条書きに変更)

  1. 仏像について、謎が解けた気がする。
  2. 処分を依頼できる、または、預かり下さるお寺、神社で知っているところは無いか?
  3. 自信が無いので対策を依頼したい。交通費などの実費は負担する。
  4. 仏像・神像に意識を向けないようにしてなら、その家の掃除や細かい修理はしても良いか?
  5. 肝心の息子が、左足のくるぶしのひどい痛みで歩くのも大変なことになっている。
  6. 相談者自身も2日ほど頭痛で困っている。

お寺については知り合いに心当たりがありました。仏像の魂を抜くのに、何体あろうと一式数千円で程度のお布施で良いとのことです。これはかなり良心的だと思います。ちょっとググると、1万数千円以上掛かるようですから。

ただ、解決の為、現地に行くのには抵抗がありました。面倒とかではなく、なるべく金銭的負担を少なく、問題解決を手伝って差し上げたかったからです。現地の友人宅に宿泊するとしても、交通費だけで三万円ほどかかります。とはいえ、疑問なのは相談者の頭痛と、息子さんの足の痛みです。

相談者のメールを読んでいると、『あんな仏像、燃えないゴミで充分なレベル。』と聞こえます。では、頭痛と足の痛みは何故か?・・・振り返れば、ここで気付かない自分の鈍さに呆れもしますが・・・私は、「ご招待である」と感じ、とにかく、現地に向かう覚悟を決めました。

スケジュールの調整でも、多少のグダグダがあったのは、別の問題の解決へと繋がるのですが、ここでは割愛します。また、出発直前に思い立って、簡易祭壇(ただの白紙だが)と祝詞の準備をしたのですが、これについても、付け焼き刃では逆効果なので割愛します。

 

もう一つの問題

出発の前々日、相談者から、追加の質問メールが届きました・・・

—– 引用開始 —–

気になっていることがあります。

夏ごろから、我が家の仏間に時折人影がさっと見えます。

小柄な男性で、ひょこひょこと小走りに仏壇の中に入っていくのです。少し昔の風体です。

私は何度か目の端の方に見えていました。先日、主人が初めて見ました。さっと横切り仏壇の中に入っていったそうです。

なんなのでしょうか?因みに、我が家の仏壇には主人の祖父母、叔父、叔母、父母、のお位牌があります。

—– 引用終了 —–

相談者のご主人は、心霊嫌いの方らしく、そういう人も目撃した、いや、見たものを口に出した、というのは興味深い話なのですが、仕事のことやらで疲れていた私はもう、考える力も無く、「その件はお目に掛かってから」、と回答を避けてしまいました。ただし、後から考えてみると、『とにかく現地に来い!』とばかりに霊たちが私の思考力を抑えに掛かったのかも知れません。

 

・・・続く。

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