‘2012/06/07’ カテゴリーのアーカイブ

それは自滅の道だけど・・・あなたの人生なのだから。

2012/06/07

つい先日、「霊能者に頼むのは怖いので・・・」という、質問?/相談?メールが来たが、・・・私は、霊能者ではなかったかな?・・・時折、返事をしても、返事をしなくても叱られそうなメールが私の元に届く。 (どうせ怒られるなら手間を惜しんで返事をしない。相談は断っているし・・・)

とはいえ、一般の人が霊能者という、わけのわからない者に期待するのは、自分の代わりにカサブタを剥がす・・・様な、汚れ仕事かもしれない。自分の心の闇と向き合う前のワンクッションというか・・・

私の経験上、一般的な相談者が「霊能者」に求めるものは、的中率であって、問題解決力ではない。

原因を確認後に・・・つまり、返信を読んでから、解決策の提案と考えていたら、「ありがとうございました!」と、相談をやめてしまう人がかなり多かった。おそらく、「深入りすること」の危険、または、不快を感じてのことなのだろう。・・・これは相談者側の都合。

回答者(霊能者)側にしてみれば、体調・都合・仕組みを無視して無理強いをされた揚句、せっかくの努力が開花・結実まえに手折られるようなものである。

・・・別に、霊媒・霊能者であることの愚痴をこぼしたいのではない。

霊能者が、相談者の問題を見る、言い当てるには、体調・都合・仕組みといった制約があることを、まずは確認したかったのだ。

相談者は、霊能者の苦労も知らずに回答を求めるが、霊能者にとって、無理や矛盾には回答しにくい。体調の悪いこともあるし、取り急ぎの返事を誤解されることもある。または、時事問題に振り回されて判断を誤ることもある。条件が万全な時でさえ、霊能者に過ちがないとは言えない。

特に、主観に属する回答の成否は、相談者の気分(霊能者の気分にも)にさえも左右されるのである。さらには、相談者の主観的な問題を、霊能者が断定すると相談者を追い込むことにもなる。

間違えるのは仕方がない。・・・人間だもの。

また、時にはあいまいに答えざるを得ない時がある。・・・相手だって人間だもの。

ここまでが、いまだ前提。

霊能者・霊媒・または、霊感を持っている人が、断言してはずれ、引っ込みがつかなくなるとどうなるか?

思慮のある人なら、断言する価値のない事柄、断言すべきでない問題には深入りもしないし、断言もしない。・・・傍目には小賢しく見えても、それが人生の智慧である。まして、霊能者が、当てることにこだわりすぎると、相談者に付け込まれる。世間話や、一般的な相談のフリをして実は懸賞狙いだった、なんてこともある。霊能者にとって、知らんぷりを決め込むことは身を守る重要な術である。

ところが反対に、負けず嫌いであったり、変な具合に訂正できなかった言葉があったっとしたら・・・

・・・引っ込みがつかない。

ムキになっている人には、到底受け入れがたいことだけれど、古今東西、私などが及びもつかない大霊能者が、引っ込みがつかないことを言って訂正できず、破滅していった。

例えは悪いが、集団自殺や、大量殺人を犯すに陥ったカルトも同様である。そのカルトの指導者が、引っ込みがつかなくなった結果として、自虐・自滅的な行動に出て、大事件が起こるのである。

むろん、大言壮語が常に誤っているとは限らない。・・・が。敬虔なノアと、空気が読めない現代人とではその判断の重みが違う。

ご親切に、誰が何を言おうが、申し訳ないが私は全く、津波や大洪水への対策を、いまさらする気がない。(すでにしているかもしれないが)

つまりは、警告は人を見てするべきであって、無差別にするものがいるとしたら、お門違いということだ。ああ。箱舟を作ったノアは偉大であったのだろう。

・・・・

窮鼠猫を噛むという。・・・ただ、愛情あふれる人が救いの手を差し伸べたとしても、追い詰められたネズミは、その手を噛むであろう。だからおびえる者に私は手を差し出したくない。私の手には、自らの生活がかかっているからなおのこと。

・・・・

ところで、引っ込みがつかなくなって、一転、玉の輿に乗った人を何人か知っている。・・・人間て逞しい。その逞しさを知っているがゆえに、「人々を憐れむ人」に同意する気に全くならない。かつての言葉を訂正するより、価値ある行い(?)をしたほうが、建設的であると思うから。

いや、言葉や論理よりも行為そのものにこそ、価値があると思うから。

 

うーん。玉の輿という解決方法(だって、しょうがないじゃない! この人が好きになっちゃったんだから! 主義主張の多少の変更は仕方がないわよ!)は、いかにも負けず嫌い的な行動で、なおかつ、ちょっとずるい気もするけれど、そもそも心霊って、解決の過程よりも結果を重視するところがあるので、とりあえず、「結果、羨ましい」ということにして、話を終える。

というか、責任を持つべきは自身の人生なのだから、他人を評価しても始まらない。または、他人の破滅を心待ちにする人がいるとすれば、そういう人と話したくもない。

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