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拗れたら手を離せ。

2012/02/23

以下を、曖昧な文章と見るか、はたまた、助長な文章と見るかは人次第。私としては、安易な解釈で第三者から批判されるのはバカバカしく、それを避けたくてわざと話を長くしているつもり。


努力する前から諦めてしまえば、簡単なことだって実現しない。・・・のはそのとおり。

一方、冷静さを失ったり、感情移入しすぎては、うまく行かない事柄も多い。・・・例えば霊能者も、おそらくは占い師も、そうだろう。すると、解決困難な問題は、さっさと手放すことが肝要ではないか? 難問を抱え込んでも、問題を拗らせてしまうだろう。

拗れてしまえば、相談者との間の信頼関係が揺らぐから、さらに解決が難しくなる。 そうなる前に、一度、断るなどして問題を遠ざけ、改めて冷静な目で見るべきだろうと思う。

つまり、

  1. 適切な助言はできるが、取り組み方をしくじり、仕切りなおしが必要な問題。
  2. いろいろな意味で手に余る問題。

の、いずれであるかを改めて判断すべきだろう。拗れたからといって逃げるだけなら、助言を与える側も成長がないし、いやそれどころか、逃げるたびに人間性が劣化してしまう。反対に、出来もしないことをいつまでも抱えているのは修行ならぬ自殺、いや、相談者との無理心中であろう。・・・無理心中は相談者に対する犯罪に等しい。故に、拗れたなら、己の恥を忘れて手を引くべきである。それこそ、大難を小難に転じる、である。


手に余る問題は決して少なくない。

例として、私はもともと恋愛相談は原則断っているのだが、以前、ある人が、うれしそうな顔をして、「自分を、見てくれ! なにか気づかないか?」と問われて、「何も見えない。」と答えたことがある。

すると相手は、「そんなはずない。よく見てくれ。私はもうすぐ結婚するんだ。」というが、「申し訳ないけど、私には結婚式の様子は見えない。」と、私の感じるありのままを返答した。

しばらくして、その人からメールが来て、破談したという。そして、しばらくの間、連日、悲痛なメールが届き、私はいい加減、うんざりしてしまった。

同じようなメールに返事をするのが、嫌になった、というのは、実は結果論である。本当にうんざりしたのは、「しつこい不平不満の当然の帰結」に行き着いたからだ。

対人関係(相手にも意思があるなら)、どこかであきらめないと行き着く末は「呪い」、・・・古来、人を呪わば穴二つ、という・・・・まあ、今風に言うなら、相手を支配しようとしだすのである。出来はしないけど・・・出来ないからますます精神的に追い詰められ、墓穴を掘る。・・・・そんなことに手を貸すだけ馬鹿らしい。


むろん、うまく行かないからとはいえ、相手を支配しようとする相談者ばかりではない。

以下は私のではなく、我が師の事例である。その相談者はたまたま私と縁の遠く無い方だったので、立ち会うことの出来た事例である。こういう機会があれば、私の見たものとしの見たものを比べて、いろいろ気づき、また、自信を深めることも出来る。得難い体験だった。

その御婦人の相談事は、私とあまり年齢の変わらぬ、息子さんの家出だった。・・・一帆の方が霊能者に期待するのは、霊能力で居場所を当てることかもしれない。だが、我が師は「探してはいけません。」と答えた。

「耐え難いから逃げたのです。連れ戻せば逃げられないと思い込み、自殺を選ぶかもしれません。今は、元気でいると信じて、分かり合える日を待ちましょう。」

・・・・下線部は、私が思い至らなかった部分だ。そして、仮に私が師と一言一句違わないことをこの御婦人に伝えたとしたら、御婦人の苦しみを無くすとはいわないが、減らすことが出来ただろうか?

おそらく、「皆で息子の肩を持って、私を悪くいう!」と思ったのではなかろうか?

母親としての自責の念に駆られるがゆえに、夫=父親をおいて、霊能者を訪ねるのでは?

・・・私は黙っていることが良く、内容ではなく、年齢・立場的に吾が師がいうが正しい。

相談者と年齢や立場に近い我が師であるからこそ、おそらく御婦人は、現状を受け入れ、その結果に耐えたと思う。


ところで、こんな思い出話を書き始めたのは、実はとあるニュースが切っ掛けである。

べつに、一枚噛みたい訳ではないが、占い師とか、洗脳とか、洗脳とか、洗脳とか・・・なにやら、不穏な言葉が踊っている。

私も過去に、「洗脳」というより、おそらく「支配」という言葉で表現すべき事例を扱ったことはある。要するに不安にさせて相手を言いなりにしようとする・・・いわゆる霊感商法とか、その類似事例である。・・・無論、私が誰かを支配しようとした訳ではない。まあ、私の言葉で不安になった人が全くいないとは言えないだろうが、少なくとも私は、自ら進んでメールを送ったりはしないように心がけている(無自覚無な支配を避けている)。

で、何が不穏と感じるかというと・・・

洗脳というのは、第三者から「目を覚ませ」と言われるだけで覚めるものか?

そもそも、洗脳というのは簡単に覚めるものか、または、簡単に洗脳というのが出来るものか?

または・・・・・

今の姿が、仮に・・・仮に、別人のように見えたとする。でも、それが果たして洗脳の結果か?・・・洗脳というのはそんなに簡単なものか? 簡単に洗脳できるのであれば、被害者がもっと大勢いそうなものなのに・・・・と思うのである。

または、我が身に置き換えて考えてほしい。「お前は誰かに洗脳されている!!」といわれたとする。もしもそれが正しければ、あなたが、正しいと信じていることが間違いだと言われるに等しい。つまり、「お前は誰かに洗脳されている!!」というセリフは、わかりやすくいえば「お前は間違っている!!」だ。

違うだろうか?

いや、たしかにニュースを見ていると、洗脳されているかもしれない誰かは、社会的に見て間違った行動をしているように見える。

それにしても、今の姿が、仮に・・・仮に、別人のように見えたとする。でも、それが果たして洗脳の結果なのだろうか? もしかしたら、その人の本当の姿なのではないか? つまり、よそ行きの顔、作り笑顔を取り去った、苦しい努力を諦めた、そう、今の姿こそが本来の、素の姿なのではないか?

引き篭もりってそんなに珍しいか? 引き篭もりの言い訳がそんなに珍しいか?

まあ、私は色々あった末に、自分と折り合いを付けられるようになって、面倒事の中にあっても、それなりに悠々と生きられるようにはなったけれど、本来人間て、思い通りにならぬ周囲と、理想とかけ離れた自分の姿の二重苦に押しつぶされそうになっているものではないか?

さもなくば、他者に迷惑をかけていることに気づかずにいるか、無様な自分をかっこ良く誤解しているとか・・・・

まあ、いわゆる、洗脳されているらしい誰かの行動は、私の目から見ても非常識に見える。がそれは果たして洗脳の結果だろうか? むしろ、周囲に理解者がいないことへの葛藤が表に出ているのではないか? ・・・・それを判断するのは心理学の専門家に委ねるべきだと私は思うが・・・つまりは、その当事者の周囲の人が「洗脳」と断言して良いことなのだろうか?

または、「洗脳」・・・つまりは相手の今を否定することで、相手をさらに追い詰めてはいないか? 相手と、その信頼している理解者の両方を。

 

「洗脳」ねぇ? 私の浅はかな知識では、相手を閉じ込めるかして自由を奪ってからするものだと思うのだけど、出入り自由な状態で洗脳なんてされるものだろうか? もしも高度な洗脳(能力/才能)者であれば、もっと大勢の信者を利用/活用しているはずじゃないか?


例えば、酒癖の悪い人から、酒を取り上げたとする。すると、果たして健常さを取り戻すだろうか? アルコール以外の薬物に手を出しはしないか?

無理強いされているなら、それを取り上げれば快方に向かうことは私も疑念がない。でも、自ら進んで手を伸ばしているなら、取り上げて解決するだろうか? 別なものに手を伸ばし、それこそ拗れるのではないか?

あまりに大きな変わり様で、第三者からは、「洗脳」とでも考えないと理解出来ないかもしれないが、実は意味もよくわからぬ「洗脳」という言葉で、相手との間に線を引くことで、苦しむ相手を拒絶してはいないか?

本当に洗脳されているか? または、本当に洗脳されているのは、誰なのだろう?

 

 

 

人の悩み、人の心の闇を利用して稼ぐ手合いが決して少なくないことを私は否定するわけじゃない。でも、他人の悩みに真剣に付き合う人、付き合ってくれる人は殆どいないし、他人の悩みを否定して、問題ないふりして生きることを常識と思っている人も案外少なくないと感じる。

というか、本当に洗脳なんていう、怪しげな理由だけで問題が拗れているのか? 皆、もう少し、常識に帰るべきではないか? そうすれば、解決策が見えてくると思うのだけど。

苦しんでいる相手の、その苦しみの真因に、同情しているのは誰なんだろう? ・・・だからこういう問題は無くならない。霊能者や占い師が一人もいなくなっても、別な誰かが現れるだろう。

霊査事例: 2012年2月11日 横浜オフ会

2012/02/12


以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


事例1

  • 『仕事に(気が)乗らなくても(職場で)気持ちを鎮める。』・・・その時、仕事に気が乗らなくても、その日一日、気が乗らないとは限りません。直感、つまり、そのまま仕事をしているのはよくない暗示(霊感)があってのことかもしれませんが、ならばこそ、それを確認する努力が必要です。
  • 『行動するに当たり理屈を付けない。当たり前に身体を動かせないのは悪い癖です。』
  • 『もうちょっと(顧客に)受けを狙っても良いのでは?』・・・『やりたいことを追いかけるのは現実逃避です。(難事は)出来る人に擦り寄ってくるものですから。』・・・あなたが何をさておいてもやりたいと願うことは、自ずと、あなたがやるべきこととなっています。だから、追いかける必要はないのです。
  • 『多少の苦難はあってしかるべき。明日を信じる。』・・・辛いからといって、未来を疑うべきではありません。大きな夢には大きな代償が必要なものです。

事例2

  • 『今日明日の不足に目を奪われない。』・・・どうせ、急にどうにかなるでなし、むしろ、先が見えなくなりませんか? というのは、危険なアドバイスか。
  • 『普段、気配るべきを信じることで済ませ、信じるべきを、心配するから見落としが多い。』・・・あれこれと、最善を尽くして計画を立てる一方で、考えてもどうにもならないこと、考えなくてもどうにかなることを混同してはいませんか?
  • 『まあ、大騒ぎするほどでなし。』・・・穏やかに。
  • 『金も人(手)も手持ち(の中で)なんとかする。』・・・不平は往々、己の無能さの表れと見做されがちです。

事例3

  • 『何事に接するにも身体の力を抜き、右にも、左にも動けるようにする。』・・・身体が硬いと、決まった動きしかできません。
  • 『心配してもキリがない。誰かが何とかするのが会社組織です。』・・・むろん、それぞれが己の義務を果たすべきなのはいうまでもありません。とはいえ、誰もが常に、十分に働けるわけではないから、組織があるのです。
  • 『締めるところは締める。貫くべきを貫くためには、まず、姿勢を正す事から始める。』・・・逃げてもいいのです。貫くべきを貫けるのであれば。
  • 『良い。』・・・良い覚悟です。

事例4

  • 『子育てを楽しんでいる内は大過なし。』・・・世の中、禍福は糾える縄の如し。とはいえ、お子さんに愛情を注いでいらっしゃる内は、何事もバラ色に見えるのでしょう。何もあえて汚れたものを見る必要はありません。
  • 『骨盤を締めましょう。長く出産する(つもり)なら。』・・・次の出産が少しでも楽になるように。
  • 『過ぎたことは引きずらない。未来(幼子)と共に生きていることを常に心がけましょう。』・・・今を生きるのと、未来を生きるのとでは、気配りを変える必要があります。
  • 『(無念無想の代わりに)(不動の)壁をイメージするのではなく、例えば、風吹く草原の、変化の中の静けさをイメージして。』・・・人は不変の永続、つまり永遠を求めがちですが、変化なき未来はありません。変化の中にあっても守る芯があってこそ、永遠を得られるのではありますまいか?

事例5

  • 『視野が狭い。「ダメかも」ではなく、挑戦してみれば?』・・・違う分野で成功する、というのではなく、いくつかステップを踏んで自分に合うものを選べ、のニュアンスです。
  • 『かっこいい、と思ったら挑戦してみる。(それを実現)出来る自分をイメージしつつ。』・・・自己改革を続けましょう。
  • 『二段、三段のゆとりを持つ。忙しい時は重なります。』・・・全力を出さずにゆとりを持つことを忘れないように。
  • 『気負わず、自然体で。』・・・本来の持ち味を生かせるようにしましょう。

事例6

  • 『心を鎮(鎮)めるのではなく、清める。』・・・あなたも霊感の強い人ですが、霊感=お叱り、と勘違いしていませんか? ついつい反省、ひいては、身勝手な低級霊の言い分に耳を貸しているのでは?
  • 『ちょっと時間は掛かるかもしれないが、悠々と過ごせる老後を得られます。』
  • 『「霊」は忙しいのを好みません。インスピレーション(交霊)のチャンスが減るからです。身体を動かしても心静かに。』
  • 『なるようになる。とは、つまり、収まるところに収まるということです。』・・・思うより結果は良さそうです。

事例7

  • 『焼け太り? 思うより(状況は)良いのでは?』・・・一見、不幸な状況を逆手にとって焼け太ろうとする人がいるのでは? そのおこぼれが有りそうに思います。
  • 『戦場で大切なのは勝つより負けぬこと。(最終的な)頭数も大切です。』・・・本来は、倒す敵の数よりも、生き残る味方の数が大切だ、だったのですが。
  • 『仕事に誠意を尽くしてくれて、ありがとう。』・・・オフ会時には気づかなかったのですが。上述と合わせ、実現する前に先に謝意を述べるのは、奥義、もしくは強意の要請を暗示すると気づきました。つまり、「頭数も大事」、「ありがとう」をあわせて、「なるべく大勢残れるように努力せよ」の意と感じました。その立場にあらず、と思われるでしょうが、なにか、見落とし、つまり、できることがあるのでは?
  • 『(資産は)一年ほど寝かすか、(別な用途に)生かすが良い。』・・・焦って売ろうとすると、値切られます。

事例8

  • 『人間であることを受け入れた上で、最善をつくす。』・・・建前が多すぎませんか、? それともひょっとして、その目は節穴?
  • 『堅実に』・・・何に関して堅実であれ、といのか、逆に尋ねたのですが、ただ「堅実に」と伝えよ、と言われました。
  • 『人の世話を焼けば自分の問題が見えてくる。』
  • 『引っ込み思案は損です。』・・・折角のチャンスが眼中に無いかも。

事例9

  • 『(寒さ?で)身体が硬くなっている。怪我に注意』
  • 『薄着をするから寒い。よく注意せよ。』・・・具体的には、地震などの災害で電車が止まった時一泊できる用意をしておけ、とのことです。
  • 『生き延びねば、どんなチャンスも役に立たぬ。』
  • 『自分だけは大丈夫、と思うのは若さ故です。』

事例10

  • 『あまり息子を構わない。』
  • 『自ら言い出すまで待て。先に言われると身構えて、うまく行くものもダメになります。』
  • やっていらっしゃると思いますが・・・『物事がうまくいくようにするのは、小さな気配りを欠かさぬだけで済みます。』・・・それが、案外大きいのですよね。
  • 『晩御飯の支度のようには片付かないが、着実に変化はあります。大丈夫。』

事例11

  • 『勉強するが吉』・・・余計なことに首を突っ込むと、長い目で見て利を失います。
  • 武士の姿ば見え、腰に差した刀を抜いてこう言います。・・・『大事に当たる前には、得物(刃物)の体を行う。たとえ身一つならば、身を清めずにどうする?』・・・私も風邪を引きながらこういうのは心苦しいのですが、大事に当たる前に風邪をひくのは何たることか、と。つまりは、ヤル気があるのか、と問うています。
  • 『知った気になって知らず、やった気になってやらず。』・・・四方が敵のつもりで目を光らせること。』・・・長く誠意を尽くしてくれた部下でも、失敗すればあなたも連座することになります。大事を心がけるのであれば、部下の失敗を防ぐ覚悟で目を見開きましょう。
  • 『第三者になって誰が、どう動いているか見極めましょう。信じるばかりではダメです。』・・・疑え、とか、意地悪になれ、というのでは、もちろんありません。ただ、人は誤り、しくじり、油断するものです。それを乗り越えてこそ本物、つまり、失敗は財産です。

どちらへ行きますか?

2012/02/02

関連ページ: ご予定は?


たとえば、上り坂を嫌い、下り坂を選んで歩いたとする。それでも目的地にたどり着いたとせよ、帰りは上り坂を避けることは出来ない。・・・このつまらぬ比喩で、「好き嫌いばかりだと地獄に堕ちる」と脅すつもりはない。

ただ、私が時々残念に思うのは、多くの人が、不快な出来事を避けるためだけに未来を知りたがり、一方で、為さねばならぬこと、避けてはならぬ事柄の有無について、無関心、むしろ嫌悪している人が多いことである。つまりは・・・、

当初は大変でも、後で素晴らしい幸福が待っているかもしれないのに・・・それでも労を惜しむのか?

今は楽でも、たちまち状況が変わって、あとは抜け出すことのできない苦労が待っているのに、それでも安逸を貪るか?

まあ、大抵の場合、当事者の好きにすれば良いことである。それを自業(自らの業・行いを)自得(自ら得る)という。いや失礼、動いているものを見て、短時間でその行き先を判断するのは難しいものである。ゆえに、焦るものは結果を失いやすい。

また、逃げるのにも、逃げる方向が大切だ。

以前、テレビで富士山登山中に遭った一時間にも渡る落石事故から生還した家族のことを見た。彼らは、物陰に隠れたのでも(隠れるところはなかった)、一目散に下山したのでもなく、落石の来る方向を向いて家族で一列に並び、先頭の合図と共に、左右に落石を避け続けたのだという。

危機を見据えているが故に避け続けることが出来た。おそらく、そして、他の被害者の失敗談を慮るに、一目散に逃げた者は、迫り来る危機を見ることが出来ずに、避けることが出来ないのである。・・・少なくとも長時間に渡る落石事故であればなおのこと、疲労による中断を避けるためにも、最小限の移動で難を避けるには、後ろを向いてはならぬと判る。

危機が来ると知れば、その代償や責任の有無も考えず、ただ逃げていて果たしてリスクは減るのか? 何が来るか、どう来るかも考えず、ただ逃げていて果たしてリスクは減るのか?

現実から逃げたいのか? リスクを減らしたいのか? または、責任から逃げたいのか?

私もリスクを減らしたいとは思う。その為には多少の犠牲を負う覚悟はある。・・・好ましからざるすべてから、逃げたいのが本音としても。

おそらくは、全てを守れるなら知恵も技術もいらない。犠牲無くしてはいられないから、大切なものの中から、更に大切な物を選ぶことが大切になる。・・・または・・・

古今東西の霊界通信はいう。「人生とは魂の修業の場である」と。それはおそらく、大切な物をすべて大切と思う事をいうのではなく、大切な物の中から、特に大切な物を選び出す作業なのではないか? ・・・精錬。そう、「魂の修行」というより、「魂の精錬」といってくれればわかりやすかったかもしれない。

仮にそうであるなら、大切な物をすべて守り続けることの出来る幸せな人よりも、切なさを堪えつつも、大切な物を秤にかけ続ける人が、よりよい人生を歩んでいるのかもしれない。


(さらに…)

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