‘2011/05’ カテゴリーのアーカイブ

霊査事例: 2011年5月22日

2011/05/22

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


事例1

  • 『自分の生かし方をもっと上手に。』
  • 『力をいれる前に足場を固めよ。』・・・足場が悪いのに力をいれれば、自分が引き寄せられてしまいます。
  • 『人を知ることを恐れていないか?』・・・「あの人はこういう人」という具合に、(おそらくすべての)他者を決めつけているところがあります。
  • 『(他者に)認められたいのは誰も同じです。でも、他を認められる人が、必要とされるのです。』
  • 『人生、様々な体験をせずには(手を出さずには)、先に進めません。

事例2

  • 『程々で手を打つ。』
  • たしかに・・・『のんびりしていると決まるものも決まらない。』・・・でも、あなたも計画をたてるのが充分に遅すぎたのでは?
  • 結局のところ、『(それをするのに)良い時期ではないのです。』
  • 『結果として、いつも折り合いを付けているのです。今回も同様です。』・・・これらがあなたにとって分相応の選択肢とはいいません、でも、時期のことなどを考えると、やはり最良を追求するのは難しい。

事例3

  • 『言いたいことは上手に表現しましょう。』・・・黙ったままで不平を募らせないように。
  • 「なにかが違う」と感じているようですが、あなたの納得のいくものはこの世にありません。
  • 『自分を拡張しましょう。子どもの数に見合った父親であるように。』
  • 『あなたは、勘の良い人ですが、(あなたの判断する)良し悪しは、(あなた)個人の価値観だと気づきましょう。』・・・ひょっとして・・・ただの好き嫌いを、良し悪しと表現してはいませんよね?

事例4

  • リラックスしましょう。
  • 気が散り、巧く統一が出来ていませんね。
  • 時間に余裕が出来たのでしょうか? 『忙しい人だからゆっくりするのが苦手。梅のはちみつ漬けでも作れば?』・・・夏の暑さ対策に今から準備するのもよいでしょう。
  • なにか、今は言えない悩み事があるのでしょうか? 黒い箱を見せられて、『見方(見る方向・角度)を変えれば(解決の)糸口に気づく。』と聞こえました。・・・これは、昼食時に聞かされた、「嫌な雰囲気」に関することかも。
  • (上の続き)『上から見下ろす。すると、仕方が無いと思えます。』

事例5

  • 『自意識を表に出すから余計に傷つきます。(己の)傍観者になって。』
  • お腹が冷えています。その理由を問うと、『考えすぎて、腹を冷やす。』・・・考えすぎて熱くなるのですね。
  • 『内省から生まれるものもあります。』・・・自分イジメに走らぬように。
  • (あなたも)『今までの価値基準は、あなたが高揚していた時のものです。』・・・折り合い、つまり、自分の平均値(の様なもの)を把握しましょう。

 

事例6

  • 『理想が壁になっています。もっと気楽に。』
  • 『外に出よう!』・・・ライフスタイルをちょっとはみ出してみませんか。
  • 『それが本当の自分です。』・・・今までのあなたは、若さが生み出される過剰なバイタリティーに振り回されていたところがあります。
  • 『今のあなたのほうが、良く人が見えます。自信を持って。』

事例7

  • 準備万端整えている光景が見えます。『神に任す。』・・・自分の力だけで充分と思わず、神様の力をいただいて12分に実力を発揮いたしましょう。
  • よく統一なさっています。(ご自分で神様と通じているような様子です。)
  • 一歩進んで・・・『手足に気を配る。』・・・例えるなら自動車の始業点検のようなものです。右足、左足、右手、左手、と、気持ちを集めて自身の点検を行いましょう。
  • 『大丈夫です。』

事例8

  • いろいろ工夫なさっているようですが・・・『作為が増えると、キレが無くなる。』・・・荒削りでも面白いのでは?
  • 冷たいもので身体を冷やさぬように。
  • 『(あなたが取り組んでいる物について、)どんどんやってもかまいません。それは人生の重荷となりません。』
  • 内臓に疲れが出ているようです。

事例9

  • 一仕事終えられて、お疲れ様です。ただ、締めに油断があるようです。『小さな油断も重なると大事。』・・・とはいえ、それほど大きな災難があるというのではなさそうです。
  • 『(例えば子供に) やんちゃさせるのも親の甲斐性です。』・・・人は様々な経験を積まねばならず、それを許すのも親の責任かもしれませんね。
  • 『(なにか、お考えだった事柄につき) それが「出来る」ということです。』
  • 『強いて言えば「神への感謝を」』・・・信仰の自由もありますから、信仰心を強いるわけではありません。ただ、瞑想というのは、祈りを捧げる対象・相手または、目標のようなものがないと、気が沈んでしまいがちです。

事例10

  • 『もっと明るく。』・・・お疲れになっているようなので、仕方のない部分もありますが。
  • 繰り返しますが『もっと明るく。』・・・ご自分一人で精神統一なさらぬように。神が宿るためには明るくある必要があります。
  • 『最後まで結果はわかりません。』・・・現状で、未来を決め付けぬことです。
  • 『もっと気楽に・・・』

事例11

  • 『だいじょうぶです。』・・・心配しても始まりません。
  • 色々心配事もありましょうが・・・『なんとかなる。でんと構えよ。』・・・ご家族を不安にさせぬよう。
  • 『男なら腹を括れ!』
  • 『頭の使い過ぎです』・・・どうにもならない時にいくら考えても、出てくるのは言い訳と、愚痴だけです。無駄なことに力を注げば、別なところにしわ寄せが来ます。

事例12

  • 健康問題以前に・・・『もっと自信を持って。』・・・病弱というより、早め早めに身体を治しているのです。
  • 『人生を楽しむことです。しょぼくれた老人はいりません。』
  • 『反省を自分イジメにしないことです。』・・・失敗もまた、今の自分の礎ですし。
  • 『心清く、こだわらず(とどまらず?)、小川のせせらぎのように生きましょう。(小川も)大海に近づけば自ずと大河と成るように、(あなたも)人生(時)と共に、大きくなっていきます。』

事例13

  • ご自身を犠牲にして家族に尽くしてこられました。『(でも)むくわれましたね。』
  • 『趣味を持ち、それを文章に纏める。』・・・趣味を楽しんで終わらせず、それを随筆に纏めるなど、手や頭を使い、楽しみましょう。
  • 『不器用でも良いから、手を動かすことが大事です。』
  • おもに消化器系に異常を感じたら、迷わず病院に行きましょう。小さな病気を恐れず、お医者さんと仲良くすることで、大病を避けることが出来ます。

事例14

  • 周囲にはいろいろと要望があるようですが・・・『あなたはそのままで良い。』・・・自分らしさは大切に。
  • 『ひとつだけ、大きな夢が叶います。』・・・頭と気持ちを整理しましょう。
  • 良い答えを得るには・・・『質問が大事です。』・・・最初は思いつきをどんどん書留、それを整理していけばよいでしょう。
  • 忠告というよりうわさ話的に・・・『あなたは本当に頭が硬いのだから・・・』・・・柔軟な発想ができない、というより、自分を縛って、結局、夢が果たせない、という感じです。

事例15

  • 『暇になると足元を救われます。』・・・暇になると周囲に気を配る人もいるかも知れませんが、あなたは油断するタイプと思います。
  • 『(伴侶の方が)ちょっと浮ついているようです。』・・・だから叱る、とかではなく、共に生きる事の大切さを思い出してもらう必要があります。
  • 『時にはひもを緩めてやれば、逃げ出さなくなります。』・・・こんなことを書いてよかったのかどうか。

諍《いさかい》

2011/05/12

 好きになれ、とはいいません。でも、嫌いにならないことです。

 なにしろ、嫌いなものとは、一緒にいるだけで苦しいもの。 嫌いなものと離れられぬだけで、自分が苦しむのです。
 
 あなたが嫌えば、あなたの負けです。

・・・・・・・

 目的は、問題から離れることですよね?

 たとえ相手に嫌われ、憎まれたとしても、自分は嫌わず、憎まぬことです。

 朝夕、明るく挨拶して、普段は礼儀正しく、たとえ抗議し、叱らねばならぬ時は、さらに礼を尽くす。

・・・不仲の相手が、あなたの誠意に打たれて居住まいを正すようであれば、不仲の原因は、今までのあなたの傲りでしょう。 礼儀正しくするあなたを、侮るような相手なら、相手は傲りから破滅していくでしょう。

 相手が道理に反しても、なお、自分は道理を通す。・・・その諍いを、周囲の人々も見ているのです。一人で戦っているわけではない・・・その事を忘れないように。

 諍いや、争いごとは、引き際が大切です。

 破滅していく人の道連れとならないように。・・・取っ組み合って相手の破滅に付き合うよりも、頭をさげる方がよほどうまい手です。・・・不幸を軽く見ないように。傲りが招く不幸は、一度では終わらぬものだから。

(さらに…)

子供の育て方を思う。

2011/05/04

「私は霊感を持っていない」という人がいるが、心霊家、または、私にとって、霊感を持たぬ人はいない。というのは、つまり心霊家は、『発想の源』を霊感と見做すからだ。大雑把にいえば、いわゆる霊感の持ち主は、アイデアを贈り物と見做し、そうでない人は自らの才能と見做す。

 それ故、必要なアイデアが得られないとき、霊感の持ち主はリラックスしようとし、才能と思う人は、努力して自分を追い込む。・・・答えが見つからずに身体を壊す人は決して少なくない。

 ところで、アイデアを贈り物と思うか、才能と思うか・・・その差には、もう一つ、視点の差があることに注意していただきたい。――視点の差とは、つまり贈り物には他者の視点がつきまとい、それゆえ、アイデアを与えられたことを「幸い」と思い、名もなき送り主(往々、人々はそれを神に例える)感謝する。・・・ 一方、才能と思う人には、受けて当たり前と思うがゆえに、得られない時にはなお苦しく思う。

 それは例えば、「いわゆる霊感を欲しがる人が、実は与えられるだけでは満足しない」・・・必要な答えは立処に欲しがる短気な人だろう・・・ということも暗示している。いや、これは真理とはいえない、私の経験則である。

 そして、「私は、霊感を持っているようだけど、巧く使いこなせない・・・」という人によく見られるのは、視点の移動を、無意識に拒絶していることだ。――「霊を感じた」、という時には大抵(私の知る限り)、褒められている。・・・ただ、私は思うのだが、「なぜ、自身の選択に肯定を求めるのだろう?」・・・自分を信じていないのか? もしくは、安易に自分を信じているのではないか?

 失敗も大切な経験であるし、屈辱は、向上のための大きな原動力になる。

 または、「怒られ慣れていない=失敗できない・失敗が怖い」――等ということは無いか?

 (私の)ボキャブラリーが貧困で申し訳ないが、大航海(帆船)時代、船乗りたちが恐れたのは逆風ではなく、無風であったという。たとえ逆風でも船が動けば、目的地に近づくことができるが、無風であれば、それも叶わない。もしくは、交通機関や自身の車が渋滞で身動きできないことをイメージしてみて欲しい。・・・たとえ反対方向でも動けるならどれほど気楽なことか。

 つまるところ、良き助言者というのは、耳に痛いことでも言ってくれる相手であろう。・・・過ちから目を逸らし、被害を増やすに任せる相手ではなかろう。

 そう、私が相手の霊感の有無、または、巧拙を見るに、相手・当事者の利害から自由であるかを見る。なにしろ、人は追い詰められばヒステリーを起こすこともあるのである。――過ちをおかせない人が、追い詰められて、ヒステリーを起こし、それを霊感というのは・・・だいぶ、痛い。

 そのような人に霊感がないというのではない。ただ、その人の(いわゆる)霊感には、面白みがない――創造性に欠ける。面白みがないというのは、(少なくとも)縛るものが多い、つまりは、低級霊界(もしくはエゴまみれ・・・当事者の境涯が低い)と思わざるをえない。

 または(どちらにせよ)・・・、聞くに値しない。

 結局のところ、霊感というのは聴き手(持ち主)の霊格を超えない。いや、実は超える実例は数多くあるのだが、それは私の知る限り、例外なく(つまり私は例外を知らない)・・・他者の事は良く見えても、自分のことは見えないという。――それゆえ、利はあっても幸せにつながらないことが多い。

・・・・・・・

 さて、本題。 これは真理ではなく、私の経験則・・・

 人の生きる正しい道は、中道・中庸などというが、あえて難しい言葉を使わなくても判るはず。腹が減っても、食べ過ぎても苦しむのが人だ。

・・・だが一方で、執着は絶対にいけないとか、愛情はいくらあっても良い・・・などという人もいる。(個々の意見の揚げ足を取りたいわけではない)――これはさて、どうであろう? 当事者(与える者)はそれで満足でも、与えられる側は果たしてどうか? 例えば、相手が迷惑していても、付き纏う人は、おそらく、「この程度のことで」と思うだろう。愛情を注がれた相手も、果たしてそれを喜ぶか、過干渉と嫌うかどうか。

 特に、反抗期前の、可愛いさかりの子どもを持つ親。又は、手塩にかけた子供(年齢的にはオトナ)に反抗されて傷つく親・・・へ。

 近親者が可愛がらずに、一体、どこの誰が可愛がってくれるというのか?・・・私は、「親バカ結構(上等)」と思う。とはいえ、それは、第三者的な考えだ。当事者、すなわち子どもにとってはどうか?

 人は、難事・試練が多くても、己の人生を不幸と思うが、難事・試練が少なくとも、生きがいがなくつまらないと思うものだ。――または、親の可愛がる気持ちに、子どもが答えて(相手をして)くれない時に、親が寂しいと思うのと同様・・・すなわち、子供らが、『少なすぎず、多すぎない、人生の試練が良いな・・・』と思っているのに、親が自らの我を表に出して、『(子供の)試練』を取り上げていないか・・・子どもの喧嘩に親が出て・・・

 

 比喩の視点を変える。

 温室育ちを、真冬に外に出すのと、屋外育ちを、真冬に温室に入れるのでは、一体、どちらの鉢植えが長持ちするだろう?

・・・・・・・・

 親が、子を可愛がるのに、私は口出しをしたくない。(まあ、それは親の自由であろう。)

 ただ、思うのだけど・・・子供の時に甘やかせて、親の目の届かぬ、成人後に苦労させるのと、子供の頃に厳しくして、成人後に(それなりに)それなりの生き方をさせるのでは、一体どちらが、愛すべき子供の為であるか?

 おそらく(まあ、確信があるが)、人が一生にこなすべき苦労は(多分)定められている。それ故、幼少児に難が少ないことは、親の目の届かぬところでの愛児の苦労を増すのではなかろうか?

 一方・または・・・子供の頃に、あまりに苦労した人は、保身に走って、苦労を先延ばしして、結果、人生をおろそかにするようだ。

 では、一体、どの道筋が、一番、愛児のためになるのかどうか?

・・・・・・・・

 可愛がるのは良いと思う。・・・近親者が可愛がらずに誰が可愛がるのか?

 ではあるが、愛情もまた、ほどほど――やはり、中道・中庸が良いのだろうと、私は憶測するのである。 

 ・・・または。

 その親は、愛児に背中を見せて、導いているだろうか? ・・・と、私は危ぶむ。

  苦労している姿(背中)を見せずに、作り物の表ばかりを子供に見せて育てる。・・・意地を見せるのも、それはそれで、親の心意気かも知れないが、生身の人(背中)を見ず、つまりは、他者の生身を知らずに育った人は、果たして、己自身の醜さ(生身)に、打ち勝っていけるのだろうか?

・・・・・・・・

 自分の、心の惨めさ(背中の貧弱さ)を隠してきた者が、溺愛という形で、因縁(己の弱点)を、愛児に押し付けていないか?

 年に一度の子供の日(5月5日)。あなたは、子供等を祝福できようか? ・・・無意識に己が悪因縁を押し付けていないか?

 (親の)眼の届く限りの(子供の)幸せを追求して・・・つまりは、愛という名の、苦しみを押し付けていないか?

 または、深みのない愛情表現に満足してはいないか?・・・つまらない親になっていないか。

 

 子供の日。・・・あなたの愛念の清らかさを、確認する良き時期ではなかろうか・・・・・・・

東京オフ会のお知らせ

2011/05/01
2011年5月22日
10:00
2011年6月12日
10:00
5月度、6月度の東京オフ会の予定を下記の通り、お知らせします。
今回は日曜日の開催となります。ご注意下さい。また5月度については、急の開催と成りましたことをお詫びいたします。(日程の変更あり)
 
  • 5月度
    
      2011年5月22日  日曜日
  • 6月度
    

     2011年6月12日  日曜日
参加ご希望の方は、メールフォームなどで、ご連絡下さい。
お知らせBy老神いさお。

・スマートホン
iPhone/Androidで閲覧時に、最適化したページが表示出来るようになりました。よろしければ、ご感想をお寄せ下さい。

・サイト再構築中
移行途中のデータが時折、トップページに掲載されますが、編集作業の都合ですので、今しばらくご容赦ください。旧作については、本文右上に日付が記載されます。

・ページ更新
 現在:1056㌻
 復旧予定: 残り480㌻位・・・

老研カレンダー
老研イベントリスト
みにみにぶろぐ
  • ・原発全廃
  • ・その後悔の帳尻が合う生き方をしているか?
  • ・我が国だけが原子力を全廃しても、隣国が原子力発電を推進すれば、危険性は無くならない。
  • ・生きるとは生むことである。
  • ・いろいろなる不平不満はあるだろう。だが人は歩んでいる。
  • ・与えられる事を当たり前に思っている者が飢える。
  • ・なぜ、争うのだろう? 事態はただ現実への妥協を求めているだけなのに。
  • ・ 見せられると信じたくなる
  • ・豊かな者は足りぬものに気が付かず、知りたる者は、知らざることに気が付かぬ。……
  • ・ 心に不満が生じるのは、あなたが焦っている証。もう少しゆっくりと生きなさい。

More »

サイト内検索
アーカイブ
サブ・サイト