‘2011/01’ カテゴリーのアーカイブ

妬み、憎しみ。

2011/01/30

 妬み、憎しみ。

 人が生きる上で、避けがたい内心の敵であり・・・そして、世の中を覆い尽くす「魔」である。

 とはいえ。

 (人々が)焦らなければ、どうということのない相手である。

 

  人は、苦しむために生まれてきた・・・といっても過言ではない。なにしろ、世界は不健全であって、油断は許されないのだから。・・・人が生きるこの世の中は苦しい。・・・それを知らぬことは不幸なことだ。たまたま育った環境が恵まれていたからといって、明日も豊かとは限らないのだから。

 とはいえ、人は豊かに、安楽に生きたがる。・・・それが、夢幻と知っていても。・・・故に人は、己の貧しさを信じようとしない。

信じなければ免れるのか?

免れられないから人は苦しみ、しかも、どうすべきかに気付かない。

人は、己の愚かさ故に苦しむというのに、苦しむ人は己の愚かさに気付かない。

 苦悩を免れる賢さなど、天上天下にありはしない。ただ、速やかに苦しみから逃れる者と、苦しみから逃れがたい者とがいるだけだ。

あなたはそれに気づいているか?

 己を幸せな人と思うのも、己を不幸な人と思うのも、無駄に力が入っている。あるがままに。あるがままに。

 楽しければ楽しいなりに、辛ければ辛いなりに生きれば良いものを。

 他者を見るに決めつけてかかるのは論外。己を思い込むのも苦しみの元で、あるべき姿を知るに知れなくて人が苦しむというなら、人は一体どれほど愚かだというのか。

 あなたは、あなたの努力の分だけ、苦しみの代価を払っているのである。・・・苦しみを嫌うなら、せめて愚かな努力を減らせばよいのに。

 どうして、必要な分だけで我慢できないのか? ・・・努力する以前に、己らしく生きることに苦しんでいる事に気づくべきだ。

 

 本来、当たり前に生きることは苦しいことではなく、むしろ心地よいはず。・・・ただ、他者を見、己の理想に負けるがゆえに、人は争い、知らずに苦しむのである。

 やめられない。・・・にも関わらず、妬み、憎しむのは、別段、かけ離れたこととも言えない。

 人はどこかに、その生命力を費やす。・・・有益なことか、無益なことかに関わらず。

 あなたは、あなたの生きる力を何に費やしているか? 悩みや苦しみを、嘆き悲しむ事に費やしていないか?

まあ、いろいろあるだろうけど

2011/01/27

「愚痴もほどほどにしろ!」と言われて、ハッと気づく人もいれば、怒り出す人も居る。

 気づけば愚痴が止まるとは限らない。当事者にしてみれば心のバランスを取るために愚痴をこぼしていることもままあるから、下手に止めようとすれば心のバランスを崩して、怒り出すのである。・・・いわば生理現象、出物腫れ物所嫌わず。

 とはいえ、愚痴で心のバランスを取るというのは、いささか無様ではないか?

 無様もやむなき事情があるのだろうか? それとも、無様さに気付かぬだけなのか?

 もしくは、愚痴をこぼすのはタダ(代価がない)と思っているのか?

 

 愚痴は、ほぼ、生理現象であるから、人皆、グチをこぼすことに心地良さがある。・・・恥ずかしさを忘れていなければ。

 だが、他者の愚痴を聞いて喜ぶ人は少ない。・・・人の不幸を内心あざ笑う人でもなければ。

 でも・・・愚痴でバランスを取るような心って、ちょっと安くないか?

・・・・・・・

 または。・・・当事者は、心のバランスを取っているだけだから、それを愚痴だとは思わずに居る。

 他者を穢さずにはいられない、その心はいささか汚れてはいないか。・・・いや、それは相手に言わず、ただ、黙って立ち去るがよい。

 なあに、立ち去った結果、多少寂しくなろうとも、それは特殊な事情ではない。どうせあの世でも、人が(無駄に)溢れているのは、偽物の天国と、本物の地獄だけだ。安易な賛同と、真の理解とを混同するのは、とても寂しいことである。・・・つまるところ、人が求めて懸命になるのは、いかなる事であるかを思えばいい。

 あなたは他者の理解を欲して、迎合したり、苦しんだりしていないか?・・・わが道を行くには、別れと努力が当たり前である。

 無駄に人が集うのは、偽物の天国と、本物の地獄だけだ。

・・・・・・・

 人の非が多く見えるのは、まあ、良い。

 だが、人の非を多くいう人は、己の心に気づいているだろうか?

 物質界にどっしり腰を降ろし、その中で世界を見ていることを。

・・・・・・・

 あなたは価値有ることをしているのか。それとも自らを貶めているのか。

 あなたは、どちらを目指して生きているのか。

・・・・・・・

  それぞれ、苦しいのは、まあ、仕方がない。この世は、哀しいかな不自由で、しかも鈍いのだから。でも、あなたが言わんとするそれは同情されれば片付く問題か。または、誰かに八つ当たりすれば解決するか?

 もしくは、第三者が心を傾けるべき価値ある問題か?

 あなたが極、自然に選んだその道は、果たして、あなたが未来に贖える選択か?

 

 

 

 

 ・・・安易に他者に八つ当たりしていないか? あなたは。

念をブロックしたい

2011/01/20

Q 送られてくるネガティブな念をブロックするのに、指環(宝石)を持つのはダメか?

・・・・・・・

 ダメとはいいませんが・・・アクセサリーの類で念をブロック出来るというなら霊能者はもとより失業です。また例えばドアに鍵をつけても、出入りの際に鍵を掛け忘れては意味がありません。持っていれば安心だ、という、いわば偽薬効果を狙うのなら、他者に相談した段階で効果は薄いと思うべきです。・・・さらにいえば、自己暗示は諸刃の剣です。

 そもそも、ご自身の霊感が強い(からこそ、念を感じることを問題視する)なら、問題点は別にあると考えるべきです。

 多くの方が、ご自身の霊感をあてにしないというのは、そもそも設問に問題があることが多いと私は思います。

・・・・・・・

 そもそも、人が悩みながらも答を得られないのは何故か。

 むろん、難しすぎて解答に至れないこともあるでしょうが、多くの場合、とくに、心霊相談を頼る人に見られるのは、予め、自分の心中に結論が決まっていて、それが事実とそぐわない事に悩んでいることが多いのです。ですから、霊能者を引き摺り出さなくても、第三者がみて、答えは明らかであるのに、「私にはわからない」といいます。人に分からないから神仏にまで答(同意)を求めるわけですが、まあ、その結果幸せになったか、はたまた、幸せのふりを続けなければならなくなったかは・・・

 脱線しました。

 ともかく、私が往々感じるのは、質問者には、もう、答が決まっていて、それ以外の選択は嫌で嫌でたまらないから、無意識に、問題を二者択一に絞ったり、三択に絞ったりします。でも、問題を絞ったところで答に至らないなら、そもそも、その選択肢を絞る段階に間違いがあると悟るべきでしょう。

 ですから、二択の答えは三番目にある、と、半場冗談めかして私が言うのですが。


追加: 2011年1月23日 

未知への心構え。

 少なくとも、自身で考える「選択肢」というのは、自分の想像力の限界を超えることが出来ません。そして、問題解決が困難なのは、解決策が、自分自身の想像力を超えているからです。それゆえに、二択の答えは三番目にあり、といい、想像力を超えた部分に霊感があるわけです。

 ところが、自身の想像力を超えたところに答がある、とすると、それぞれの人間性に起因する大きな障害が目に付く事になります。・・・ある人は、未知なることに眼を開かれ、またある人は、未知なることから眼を背けます。・・・つまり、三番目の答を受け入れられる人と、聴くことすら拒絶する人とがいるのです。

 したがって、たとえすべての人に霊感が備わっているにせよ、その霊感を活かせる人と、活かすことの出来ない人がいるし、自身の霊感を活かせない人が、必ずしも他者の霊感を活かせるとは限らないということです。・・・心霊相談が役に立たぬ人も居るのですね。

 ところで、これもまた、ある意味主題からの脱線ですが、私は、この未知への心構えが、実は信仰心と密接につながり、その人に備わる霊性の表れである、と考えます。

・・・・・・・

  言えないこともある。

 さて、質問者は自身の霊感で、「気にするな」と、言われたとのこと。・・・実はここに、大きな落とし穴が潜んでいる。

 私は、声や画像で送られてくる(つまり、送信者を意識する)霊感・霊査をあまり重視しない。重視するのは、交感や共感、すなわち通信相手を意識しない霊感の表れ方である。なぜなら、送信者を意識する、ということは、「立場の違い」や「利害の違い」が、存在するということだからだ。・・・真に受けてはいけない。

 もしかしたら相手は、気遣い、または、真実を告げることがめんどうだからそう言っているのかもしれないからだ。

 たとえば、この事例。「ネガティブな念を受ける」という質問なら、ひょっとして・・・可能性としてだが、

「(なに低級霊と波動を合わせているんだよ! でも、そう叱って、ストレスを与えたら、もっと低級霊と波動を合わせてしまうかもしれないから・・・) そんなに気にしなくていいよ。」と、思ってのことかもしれない。

 立場が違えば、いいたくてもいえない。・・・本当に霊的な支援を求めたいなら、この立場の違いを克服する必要があると、私は思う。

 

・・・・・・・

 その質問は適切なのだろうか?

「失せ物を見つけてくれないか?」という相談があったが、お断りした。そもそも、「どうしたら失せ物が減るか?」・・・ということのほうが、人生においては大切と思うのだが、眼前の問題である、物にこだわっているなら、質問者のそのコダワリの心が邪魔をして、適切な答えができないと思うからである。

 さて。当ページの本題である、「ネガティブな念を受ける」ということにも、同様の不適切な設問を私は感じる。

 例えるなら、いたずら電話を受けない方法より、いたずら電話が掛からなくなる方法の方が大切ではないか?

 または、「なぜ、いたずら電話が掛かってくるのか・・・」のほうが・・・

 『そんなことを気にすることはない、(その問よりも、もっと大切な質問があるのではないか?) 』・・・と、いってはいなかったか?

二者択一の答えは三番目。

 せっかく霊感に恵まれて、ネガティブな念に苦しむだけなら勿体無い。もう少しリラックスしてもう一度、問いかけてみてはいかがか?

 (もしかしたら、続く。)

 

霊査事例: 2011年1月8日 東京オフ会

2011/01/09

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


祈りの大切さをもう一度考えてみましょう。・・・神仏心霊の有無以前に、心の整理に役立つはずです。嫌なことを「嫌だ嫌だ」とわめいていたら、実際は、つまらぬことが、おおげさになってしまうこともよくあります。

事例1

  • おつかれ、というより、気落ちを感じます。
  • 身体の芯にまで疲れがあり、(心に)雑音が出ます。
  • 『やるべき事を整理しましょう。このままでは倒れます。』
  • 『息を上手に吐く、思いつめると人は息を停めます。』・・・ストレスを上手に受け流しましょう。
  • 自然に伸びが出るのは、身体の調整機能の働きです。『よろしい。』
  • 『人生山あり谷あり。つらいことは一時のことです。先を見ましょう。』

事例2

  • (いわゆる)明神がついていて、悩み事を掬い上げている様子が見えます。・・・頑張りすぎてはいませんか?
  • 呼吸を深く、ゆっくりとしましょう。
  • 息が早いのは、貯めこむタイプの人です。
  • 『志の強い人は往々、志に負けて不幸に死にます。あなたは、笑って最後を迎えますように、もっと笑う癖をつけましょう。』

事例3

  • 婦人病にご注意を。
  • 『女らしい生き方を心がけています。とてもよろしい。』
  • 『どんな服装をしている時も心のなかはドレスを来ているつもりでふるまいましょう。 心の装いも大事です。』
  • 『今年は良い年になります。チャンスを逃さぬように、でも、引き返す勇気を忘れぬように。』・・・いろいろなことが起これば、中にはよくないことも含まれます。

事例4

  • 『息苦しいのは、ご先祖が集まるから。心配かけすぎ。』・・・泣き言が多くありませんか?
  • 『普段ならば「腹をくくれ」というが、あなたの場合は、もっと胸のほうに「気」を上げる。』
  • 『ひとつことすな、時には吐き出せ、うるさいと手伝わんぞ。』・・・時々泣き言が出るのは仕方がありませんが、あまり泣き言ばかりだと、お産の(いわゆる)神様が手伝わない、と、お付きの方がいっているようです。
  • 産土様に安産祈願しましたか? 『祖先の霊らはうるさくいうが、本人が祈らぬことを・・・』と聞こえました。

事例5

  • 『心配するところが違うのでは?』
  • 『普段の緊張が足りません。(あえてリラックスしているから)インスピレーションを得られますが、それでは自分を鍛えられません。』
  • 『老後の趣味を準備なさい。人の世は逆算するのも大切です。』・・・これ、趣味が主題なのか、それとも、後何年働くつもりか、というのか・・・
  • 『今年一年、それに取り組んでみましょう。』

事例6

  • 『腹に力を入れて。実行力は充分にあるのですから。』
  • 『目移りしないことです。自分にないものを持つ人に人は憧れますが、安易に人に求めてはいけません。』・・・あてにすると、都合の違いで裏切られたように感じることもあります。
  • 『追いかけるよりも、進んで歩くように。後ろから見てもわからないことが、前に出ると分かります。』
  • 『先に行ってゆっくりするほうが、遅れそうで慌てるよりもあなたにとって幸せです。』

事例7

  • 寝過ぎです。背中がバリバリに凝っていますね。 『良い一年にしましょう。良いというのはよく価値を知る、ということです。』・・・価値がわからないと良いと分からないなら、それは・・・
  • 『仕事に専念しなさい。余計なことに手を出さない。うまくいかない時は何をやってもダメです。』・・・趣味に対してでなく、投資や新規事業に対する事のようです。
  • 『内容の充実に努める年です。今年の努力は三年後に大きく出ます。』・・・今年は謹んでください。また、奥様を大切に。
  • 戦略眼・・・今年一年のことであれこれ思わず、数年、数十年で物事を思いなさい。』

事例8

  • 祖師を敬い、道に励む・・・
  • 『もっと、柔軟に、硬く考えず。あなたは否定から始めます。』
  • 『良縁に合えど、結果に繋がらず。』
  • 『あなたのように為すべきことが明確な人は幸せと思うだろうに、苦しく思えるのは世の中が未熟だからです。』

事例9

  • 無念無想の代わりに、真っ白い壁をイメージしているようです。もっとリラックスしてください。
  • 『人に優しく、自分に厳しく。程々に、でも手を抜かず。』・・・あなたも緊張が苦手な人ですからどうしても自分に甘くなります。
  • 『不幸なほど、記憶に残るものですが、あなたは不幸な人ではありません。自信を持ってもっと可能性に挑戦してください。』
  • 『(寿命が)短いと思うならなおのこと大切に生きてください。あなたは不幸な人ではありません。』

不惑

2011/01/06

 論語に、「四十にして惑わず」・・・とあるが、なかなかそうは行かず、日々あれこれと迷(惑)う・・・まあ、心霊家が孔子を論じるのは波風の元なのだが。

・・・・・・・

 惑いのない人生が面白いのだろうか? 時折、「レールを敷かれた人生は嫌だ」という人が居る。すると世の中には惑いたがっている人も居るようである。

 まあ、私だって、そのレールの先が奈落の底ならば嫌なのは異議がない。が、何不自由のない生活であるなら・・・ねぇ。そういう場合は、環境に文句をいうより、内面を磨くことに集中すれば良いと思うのだが、あいにく私には縁のない(少ない?)選択肢のようである。

 皮肉なことに、惑う必要のない人は惑うことを求め、惑うことが多い人が惑うことを嫌う・・・すると、その他多くの問題と同様に、答えは中庸・中道の大切さに行き着く。

 多すぎるから逃げたいのか、少ないから求めるのか・・・おそらく、求めるべきは不惑ではなく、その手前の何かだ。もしくはさらに手前、つまり、自分のコントロールが出来ずに居るのか。・・・落ち着きがない人が、己の心に不惑を求めるのはナンセンスだからだ。

・・・・・・・

 (とはいえ、これこそ、波風の元なのだが・・・)

 不惑とは、「迷いがないこと」であろうが、かの孔子様は果たして、人生の細々した事柄への対処を、この不惑、という言葉で片付けたのだろうか?

 たとえば、夕飯を何にするとか、休日はどう過ごすとか・・・に対して不惑を求めたのか? ・・・まあ、口に奢らず、余暇があれば勉学に励む、ぐらいは言いそうであるが。(それまた答を暗示するが)

 つまるところ、わざわざ東洋の大聖が、惑わぬ、というからには、それ相応の問題に就いて惑わぬ、という宣言であって、それは大雑把に説明すれば「志を変えぬ」ということであろう。

 これは逆に読んでみると、実は無理のない話で、「志を達成するためには、贅沢も諦め、余暇もそれに費やす。」といえば、何も難しいことはなく、むしろ、不惑を目指す人から見れば、「贅沢したまま、遊び呆けて、それでも志は達成したい!!!」と、いう者がいたら、果たしてどのように感じるかを考えてみて欲しい。

・・・・・・・

 思うのだけど・・・聖人の教えというのは、論理的に難しいというより、情理的に受け入れがたいのであって、分かり切ったことなのに理解しようとしないから、救いようがない=救いが必要、なのであろう。

 そう考えると、変な結論に至る。

 不惑に至れないのは、迷いが多いからだ。

 または、迷うのを辞めないから・・・

 関係の無いことを考えているから・・・

 流されて生きているから・・・

・・・・・・・

 不惑である前に、聖人を目指すのを忘れ、諦めていないか? あなたの志は一体どこに向いているのか?

 行き着く先(絶対進行方向)をまっすぐに観ている人なら、たとえ道がクネっていようが、少ないムダで答に至るものである。

 ところで、40歳で不惑を目指すのは、人格完成のマイルストーン(目安)としてのことの筈? するとそれは最終目標ではないということだ。・・・言い換えると、たとえば試験(ペーパーテスト)の際に、あなたは、解けない問題にいつまでも取り組んでいるだろうか? それを飛ばして、判る問題から解いていかないか?

 本当は、誰もが解けるはずの問題なのに、過去の多くの挫折者の怨念が、あなたを答から遠ざけている・・・

 

 

 

 

お知らせ

2011/01/05
2011年1月8日
10:00to12:00

急なお知らせで申し訳ありません。

1月度東京オフ会を1月8日(土)午前中に行います。

ご都合のつく方はメールなどでお申し込みください。

平成23年元旦

2011/01/01

 あけましておめでとうございます。

 どうぞ、旧年と変わらずお付き合い下さいますよう、よろしくお願いいたします。

 昨年は、私が転職したりで、いろいろと忙しく、ページ更新もままなりませんでしたが、新年は、もう少し更新したいと思います。


  平成23年の運勢(おおよその流れ)は、と見れば、吉凶半々という、まあぱっとしないもののようだ。となると、チャンスがあればそれを逃さず、危機があれば、極力逃れるようにすることが大切だろう。・・・まあ、その辺は毎年変りない事である。

 では、もっと具体的に・・・というと、やはり人それぞれ事情が異なるので、これだけで大丈夫、というのはなかなか無い。

 ただ、 幾つか小言めいた話が、ある。 (まいど小言が好きだな・・・というのは、来年の課題?)

 

 チャンスを掴むには・・・

食わず嫌いは大損。・・・そもそも人は、己が苦手とすることを軽視・蔑視する傾向がある。ところで、もしも自分が努力しても、それなりの結果しか得られないなら、どこに注目すべきだろう? 往々、「そんなの、どうでもいい」と、決めつけたものが、往々、自身のアキレス腱になっていることがある。しかも、自身蔑視しているから、そこが弱点だとは気がつかない。

・・・いや本当はしっかり気づいているのだけど、表面意識が強烈に拒絶することがあって、それゆえ一見簡単な事柄なのにどうしても当事者が気付かないことがある。

・・・簡単なのに相手が理解しないなら、それはもう、どうやっても理解しない、理解したくない理由があるということなのだから、そもそも他者の助言は逆恨みされかねない。

 お気づきだろうか? 助言する人が割が合わないと思うなら、その人が得る助言は、いかなる価値を持つものか?

 これ、実は霊感を欲しがる人の多くにあてはまる。努力してもうまくいかないから強く霊感を欲するのだけど、忠告しても拗れる人だからインスピレーションを与えたがる霊がいないのである。

 ならば反対に・・・

 自分の欠点は、割り切ったほうが良い。嫌なものはいや、それでいいと思う。どれほどたくさんの欠点を持っていても、たとえば守護霊はそれを嫌わない。本当に嫌わないのである。(多分私も) 欠点を知らなければ克服できるはずもない。それゆえに欠点があると、自覚する人のほうが愛されるものである。むしろ嫌うのは、・・・事実を認めないかたくなさである。

 それ故、例えば気に入らない状況で、気に入らない選択肢しか残っていないとしても、とりあえず食べて飲み込め、とまでは言わない。味見するぐらいはしたほうが良いと思う。

 ・・・・・・・とはいえ、『この助言を役立てられる人はいない』 と、背後に聞かされるのは寂しくもある。

 

 人の悪しきは言わない。……「そういう品のないことを言うな!」と、想いを消すのは、良識的かも知れない。が、私から見ればつまらない。霊感だけを論じるなら、心揺れるのは欠点以外の何者でもない。だが、心が揺れるからこそ、己の弱点を知ることが出来るはず。

 あいつは、ろくでもない奴だ・・・それを事前に気がついた人なら、ことさらに相手を批判したりしないもの。そう、犬を見て犬だ、犬だ、といえばむしろ愚かに見えるものである。にも関わらず大騒ぎするのは、相手を見抜けなかった悔しさからだ。・・・おおむね。

 確かに相手が悪い。でも、悪党を見抜けずに浮き世を渡れるか?・・・悪党を見つけても騒いでしまえば、結局のところ自分の負け、大切なことを見落としている証だと思う方が良い。・・・それゆえ、悪口を言うことに逃げた人は、結局、得るものがない。

 

 難を避けるために

 人を助けない ・・・人が親切なのは往々、コンプレックスの裏返し、つまり、自分の優位性を確認するために他者に親切にする場合があるので注意が必要なのだが、恵みを得る方からすれば、相手の動機がどうであろうが、実は大した問題ではない。得たもの勝ちだ。

 だが、与える側からすれば、苦労して与えたモノが、「おまえの自尊心を満たすために、親切されてやる。」と開き直られたら、それこそ虚無感に襲われるだろう。・・・己の利己心を弄ばれればがっくりもくる。 さらには・・・

 少なくとも己の生み出す罪悪ですら本来は償いがたいのであるから、他者まで背負えば、苦労が何倍になるかも判らない。

 もちろん、人には親切にすべきである。だが、親切にすることで己が傷つくなら、それはあなたの果たすべき苦労ではないと言うことだ。

 しゃあないさ・・・己の不幸を殊更に大騒ぎしなければ、いずれは解消に向かうモノだ。実に人が抱える問題の多くは、放っておけば解決する。それゆえ、嫌なことでも放っておけば、たいていは解決するから人の噂も七十五日、というわけである。

 

 とせよ、世の中が不景気になればなおのこと、人の心が満たされないなら是非もなく、人は無駄なあがきをするモノである。・・・無駄なあがきは大抵、利よりも害をもたらすモノだ。詰まるところ、世の中には害をもたらすモノばかりが多いのである。多いのだから、ジタバタせずにチャンスを待つ方がよい。・・・そう思わないか?

 吉凶半場の世の中で生き残るのは、己の災難をチャンスに変える者である。それが果たして難しいか、どうか。実を言えば、体質と絡みがあるようで、上手に振る舞える人とそうでない人とがいるようである。・・・体質は容易には変わらない。それゆえ、幸せになる体質と、不幸になる体質があると言えるわけだが・・・己の弱点を知るものは、上手に克服できる者である。

 あなたがこの事柄から目を背けたなら、あなたは敗者だ。・・・というレベルの、正月にはいささか寂しい話題である。

 

 

 

 

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