‘2010/05/09’ カテゴリーのアーカイブ

進むべき道

2010/05/09

 なぜに人は、善事を言い訳に使おうとするか。

 善き事は、素直に行うが故に汝を救うというのに。

 悪事を行うのも人。そして、善事を行う人も利己の亡者。

 ならば世の中は誰が救うというのか。

 あなたは利己心で人が救えると想うか。本当に救えると想うのか。

 僅かな経験から・・・ああ、人は僅か百年ほども生きるのが難しいというのに。・・・安易に正義を見下して。

・・・・・・・

 苦しければこそ、人は正しく生きずして、その魂が何処に行くというのか。

 当たり前のことを、当たり前に行うために、助けが、賛同者が、必要なのが人間・・・

 心寂しく、悪魔に求められずとも進んで魂を差し出す亡者が人間。

・・・・・・・

 隷属すべき悪魔を探すその前に・・・有りもしない恐れに焦り、必要のない争いのその前に降伏しようとする人々よ。正しく生きよ。

 

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行き止まり。

2010/05/09

 人々は懸命に想う・・・己の行いの言い訳を。自己への虚飾を。もしくは、相手を丸め込むための嘘を。

 私はそれを責めない。だが、その想いを共有しようとも思わないし、共有出来るはずも無い。・・・あなたは誰かの言いなりに生きたいと思うか? 迷った時には指示を心待ちにするのに。

・・・・・・・

 誰とも共有出来ない想いを抱く人は多い。そのような想いを抱く人は、一体どのような境涯か。

 忙しく心を動かして・・・まるで、一人であるのを忘れようとするかのように。・・・袋小路に向かって急ぐ人々。

 何度も、何度も、なんども、なんども繰り返してきたその行き詰まり。・・・その循環、その輪廻。逃れ得ない鎖、が、実は単なる自縛。 自暴自縛の日々に苦悩する人々。

 その苦しみから逃れたくて、心霊を選び、学んでもなお、言い訳と、虚飾と、そのための嘘を止めない人々。

 火宅とも呼ばれる、苦しみ絶えないこの世界に安らぎを見出すのはいかなる人々か。

・・・・・・・

 救いを求めるなら、せめてその悪魔(焦り)の手(苦悩)を放せば良さそうなものを。

 いや、その手(苦)を放せば、あえて神の救いなど必要としないものを。

 

 

 

 人々は、己が心を救う、正しき道を求めずにいる。 どんどん苦悩の深みに嵌り込みながら。

 達成感をもたらしてくれる障害を厭い、ささやかな障害を厭い、僅かな障害を厭い、達成感のない状況を退屈と厭う。

 

 陳腐な助言は腐るほどある。が、大抵は言い訳を得るまで足踏し、言い訳を得て道を誤る。

 一人で生きることをやめようとせずにいる過ち。

 

 

 自ら邪魔をしなければ、どれほどのことが出来ただろうと、省みることもなく。

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