‘2010/03’ カテゴリーのアーカイブ

文字が欠けても敬意は伝わる

2010/03/29

私事多忙で、メールの返事が遅れがちになる。一応、優先順位をつけて、悩み事関連のメールはなるべく早く返事をするようにしてはいるが・・・・・・

礼状メールが来て・・・・・・礼状ならば返事は無用か、と思っていたら、私(老神)の名前を呼び捨てにしていた、からと詫び状が届いた。

詫び状には速やかに返事を書かねば、相手を心配させてしまうだろう、と思いつつも、家を開ける用事があってしばらく返事が出来なかった。

まあ、私からの返事を推敲する時間はたっぷりあるわけで、色々考えていたら、背後から助け舟が出た。

『文字が欠けても敬意は伝わるが、侮蔑は文字が多いほどよく伝わる。』

敬意あってのメールならば文字が多少かけても読み手は勝手に、それこそ脳内補正をしてきちんと意味が伝わります。 反対に、悪口メールや非難メールであれば、文字が欠けると相手にきちんと伝わらないかもしれません。それこそ欠けている部分に脳内補正をして相手に都合よく解釈されてしまうかもしれません。

・・・・・・ いやべつに、正しい非難メールを送って欲しいわけではありませんが。

強さと伝わりやすさは違う。

2010/03/28

 これは再三繰り返している言葉。

 過ぎたるは及ばざるが如し――「強く願えば叶う」というのは真理というより心理、願望というべきではないか。……なにより、「適宜」を知らぬなら無様だ。と、いうのは個人的視点であり、周囲に目を配るなら迷惑だ。極論に走るのは机上の空論家のなす事、と言うのは果たして言い過ぎか。

 そもそも、心霊家……少なくとも実践を疎かにしない心霊家であるなら……霊たちとの協力関係を疎かにすべきでない。で、協力するとは、大声を上げることだろうか?

 ……なぜ、大声(強く願う)を上げるのか。

 霊達よりの返事が無い……少なくともそれを感じ取れなかったからだろうとは思う。だが、返事が聞こえないなら、為すべきことはクドクドと話しかけることであろうか。……質問者は果たして、心静かに耳を傾けているのだろうか、と。


 ところで、聞くことが下手な人に、果たして「聞くことの大切さ」が、伝わるだろうか? まあ、いつかは、誰かに伝わるかもしれない。……べつに、冗談でも、嫌味のつもりもない。だが、良く考えてみてもらいたい。

人の話を聞かない人に、いかなる助言が可能であろうか、と。

 返事がもらえるまで強く念じ続ける……というのは、それだけを見れば些細な問題である。だが、どうしてそのような選択をしたのか、といことまで思いを巡らせれば、とても大きな問題であることに気付く。

 であるから私は、精神統一を大切にする。祈るためではなく、聞くために。

 

 しかし往々、聞く人は騙される。あげく、聞くことを辞める人がいるのはいささか不思議である。信じることの大切さをいかに考えているのだろうか?

 

 

嗚呼悩ましい

2010/03/25

 自分の霊感がアテにならなくて。……という人が多い。尋ねられたことはないが、「どうしたら克服出来るのだろうか。」と考えているのだろう。が、気を付けるべきは、設問を間違うと良い答えには至らぬということである。

 誰もが経験するであろうことだが、行きたいところと行かねばならぬところは往々異なる。行きたいところにこだわっている限り、人は、行くべきところに着くのが遅れる。

 故に思う。あなたの霊感がアテにならないのだろうか? それとも、質問が不適切であるのか。

 むろん、質問の出来が悪いのもあなたの責任であろう。だが、その二つは、解決策の違いでもある。霊感がアテにならなければ霊感を磨く修行が必要であろうし、質問が不適切であるなら、自分が何のために生まれてきたのかを内観する必要がある。もしくは、発想の転換が。

 ところで私も判断に迷うことがある。これは果たして私の霊感がアテにならないのか、それとも私の質問が不適切なのか?……まあ、いいじゃないか、と私は思っている。慌てて答えを出さなくても、その時に近づけばまたヒントを得るし。なにより、悩むことも大切であろう。悩めば悩むほど、自分で結果を得たかのように錯覚出来るではないか。

 結局の所、人生にはどれほどたくさんの選択肢があろうとも、至る所は同じで、ただ、進んで行うか、背中を押されて行うかの違いしか無い(かのように見える)のだから。

 

 

 

霊査事例: 2010年3月20日

2010/03/20

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


事例1

  • 『しっかりと根をおろして流されぬように。良い時もあれば、悪い時もある。景気に左右されないように生きることです。』
  • 『(整体をするには) もっと体重を生かしましょう。』
  • 『頭で考えて身体を動かそうとすると、手だけ、足だけが動く。(何をなすかは)手に考えさせなさい。』
  • 『全にして一、一にして全、世のすべては連関して、(一つに見えても)一つだけで成り立つものはなし。故に人もすべてと共にあれ。』

 

事例2

  • 『信じて裏切られたのではなく、アテが外れに終わっただけです。腹をたてるのは筋違いです。』
  • 『限られた条件での最善。感謝が足りません。(不愉快なことでも)無視はするな。』……あなたは嫌なことに取り合わないところがあって、それは美徳ですが、だからといって環化してはいけない場合もあります。不幸に思えることでも、良く顧みれば、この程度ですんでよかったと思えるはずです。
  • 『良い。』
  • 『親を送り出して(お葬式)こそ、成人。』……あなたの努力を認めている、ということのようです。

 

事例3

  • 『人事を尽くして天命を待つ、というのに、(努力を忘れて)天に甘えすぎです。』
  • 『たとえ回り道に思えても、神の曳きし道のりを感謝して歩む。選べるなかの最善の道、(他)人のの道は易く見えようとも、その道が茨でないとどうして言えよう?』
  • 『言い訳が出るのは流されているから。』……言い訳が通って誰かが得をするわけもなく、一方、言い訳をしたところで困るのはあなたなのです。すると、この場合の言い訳は、咳が出たり、熱が出たり、といった病状と同様、あなたの境遇を蝕む病と見なせます。病なら治すべきです。治すためにはまず、原因を明らかにすることです。言い訳で済まそうとする原因は何か? ……まあ、忙しくて失念、ということになるのでしょうが。

 

事例4

  • 『「世の中が不完全」とは、そういうことだ。皆がお互いに腹を立てる。』
  • 『考えるよりも見ること(図示の技術)。』……工夫が必要です。
  • 『良い具合に頭が動いています。ただ(アイデアに)加工するには材料(情報)不足のようです。』
  • 『(風邪がうつらぬようにと身構えているから) もっとご自分の免疫を信じなさい。病気を貰うのは、頭に血が上って身体が疎かになっている時です。』……緊張は長続きしません。構えず、でも油断せず、で行きましょう。

 

事例5

  • 『夢が叶う様に努力していますね。』
  • 『仙骨枯れず』と聞こえました。まあ、若いということです。
  • 『腹で考えよ。』……あなたは良い具合に頭を空っぽに出来ていました。が、ここで考えてみて下さい。お腹がすいてグウグウ鳴っている時にきちんと精神統一出来るものでしょうか? お腹が気になって精神統一が困難になりますよね。 それを考えると、例えば頭から雑念が離れないなら、食事をするとかでお腹に気持ちを集めることで、頭を空っぽに出来ましょう。 自分の生かすべき部位に自在に念を集められるように工夫しましょう。
  • 『心に仏を抱かぬと天狗になるぞ。』……一人で精神統一しているのではなく、背後と共に精神統一しているのです。

祈る相手は絞れ

2010/03/15

だいぶ以前のこと、気難しい老紳士の説に異を唱えて失敗したことがあるのを、ひょんな事で思い出した。

わが師は、祈る相手は絞るべきという。私も同意見なのは、素直な弟子だから、というより、『人によって方法論は異なり、船頭多くして船山のぼる。』……というのを、見聞きしたからである。

ところが老紳士いわく、『神様仏様と呼ばれるような方々なら、よろしく協力して力をあわせて結果を出してくれれば良いのに。』……そりゃそうだ。が。それをいうなら、神様仏様と呼ばれるような方なら、お願いしなくたって、何とかしてくれれば良い。いちいち祈らなければ判らぬ神仏なんて滑稽であろう。

といえば論争は不毛に陥る。だいぶ以前のこととはいえ……まあ私もそれほど成長はしていない。

 

残るのは哀しみだけか。

2010/03/14

2010年3月14日


「誤った努力をする人は、あとに哀しみしか残さない。」……という言葉があるとする。

さて、この人(誤った努力をする人)は、誰の心に哀しみを残すのだろう?

・・・・・・・

 つらいことが長く続けば、人は誰かを恨まずにはいられない。それが例えば自業自得と気づいていても、人は苦しみに耐えるために誰かを恨まずにはいられない。……それが人間だといえば、その通り。だが、誰かを恨んで、それで問題が解決するのか。……気休めに浸りながらも事態はどんどん悪化して行くなら、自傷行為であろうに。

 もしもそれが「仕方の無いこと」であるなら、おそらく、あなたが不幸になるのも仕方の無いことで、さらにいえば、努力をしても無駄なことであろう。

 そうであってはならず。――時として災難に遭うことは、人として生きて避けがたいことかもしれない。だが、自分で自分を苦しめるようなことは、努めて避けるべきであろう。……当然のことだ。

 幸せになろうと努め、いやせめて、不幸になるまいと努力していても……独りではない。家族の中に自傷する人がいれば苦労するし、油断する人がいれば一切の警戒が意味を為さない。

 幸せになるために、努力し、工夫をしたところで、意味をなさぬなら……人はただ不幸になるために生まれてきたというのか。

・・・・・・・

 懸命に生きる。せめて大切に生きることが、つまるところ、家族の義務であり、ひいては社会の義務であるけれど、多くの人は、自分の義務を考えずに、自分の不幸を嘆いている。自分の不幸ばかりを大げさに思い、姑息な事をするから結局、皆の(例えば家族の、さらには社会の)負担が増えて行く。

 世の中、上手く行くのを当たり前に思って、上手く行かずにいる自分の境遇を憐れむ人は少なくないが、注意せずに行うなら、上手くいかないのが当たり前であるのに。どうしてこうも、思慮の薄いひとが多いのだろう。

 ……途中で過ちに気づいた人も、年老いて今更改められず、結局のところ、生まれ変わって来世で正しく、もしくは適切な方法で生きると誓うのみ。……だが死後に財産を持っていけぬように、死後に負債も持ち越せない。結局、地上に苦労だけが残される。 


 誰かの生き方を指して、「悪」と非難したいわけではない。いや、私にその気持が全く無いとはいわないが、ただの非難は無意味であろうと思っている。

 その上で考えるのだ。人が、些細なことと思える過ち、失敗の、または手抜きの結果、その損失額は果たしてどれほどのものだろうと。

 人はもっと自分の人生を大切に生きるべきだと思う。その「大切」とは、嫌なことをせず、楽しいことばかりをしていきるというのではなく、無駄にせぬ、無駄を作らぬ、良いことを為す、ことにあろう。


心霊体の食い違い

2010/03/06

還元水

 私事、母が脳梗塞で入院中である。幸い倒れる前に病院に行くことが出来て、症状は軽く、いまでは上げ膳据え膳の病院生活を楽しんでいる節さえある(私は振り回されて大変であるが)。どうも神様は、私になかなか楽な道を歩ませてくれないが、最悪な事態だけはギリギリ避けてくださっているようだ。 ……まあそれも、実は長く苦しめるためにやっていることではないか、と疑心暗鬼になりそうなレベルで、であるが、状況に振り回されて自分の霊格を貶めぬことが大切なのは常に自戒するところである。

・・・・・・・

 さて、もう少し説明する。

 事情により一人暮らししている母が、朝起きたとき腰が立たない、と感じて知人の整体師を呼んだ。が、母のろれつの回っていないのを見た整体師が、気がついて病院に連れていってくれたとのこと。

 ありがたい話である。……人によっては「私が治してやる!!」と意気込んだ挙句に、症状を拗らせたり、手遅れにさせたりという話を聞くだけに、良識的な対応をしてくれたこの整体師に感謝せずにはいられない。……が。

 田舎から出てきた伯母とともに見舞いに行ったとき、たまたま、この整体師も見舞いに来てくれた。そしてペットボトルに詰めた「還元水(水素水?)」を母に勧め、おそらくは伯母たちに聞かせたかったのであろうが……

「血液がサラサラになるからいっぱい飲みなさい、血栓がみるみる溶けて行くんだから。」という。 ヘェーっと感心して、なんだか伯母もその気になっている。

『……でもその水、あなたに勧められて、母は脳梗塞で入院する前から毎日飲んでいたんですが。』とは、我が心の声である。

・・・・・・・

 別にこの整体師が悪意の所有者であるとか、母を騙そうとしているなどとは思わないが、健康機器の販売会社に騙されているのでは……と思いつつ、でもそれを指摘するのは慎重でなくては、と自分を戒めている。

 なにしろ、生活の糧を得る根幹部分であろうから。

癒しの原因は?

 まあ、私は整体などにかからぬから、これまた母を通じて得た体験であるが、ある評判の整体師が、より良い治療を目指して機械をいろいろ導入したところ、客(患者)が減ったとか……これまた当の整体家にはなかなか言えない事ではあるが、果たして、今までの治療器具・治療法に効果があって客の評判が良かったのか、それとも、誰かに心配されること、誰かに思われること、もしくは実際に手でカラダに触れて、いたわられることが嬉しくて、健康(というより元気)を取り戻していったのか……つまり機械が良かったのか、人(整体師)が良かったのか、果たしてどちらであろうか?  

…… うちの母の場合、料金が高くて通い切れなくなったらしいが。

 え? 整体師ばかりが悪いのかって? そりゃそうだ、だいたい心霊相談だって、愚痴の聞き役がいるから悩みが解決した、という面が少なくないのも確か。それじゃちっとも心霊研究の役に立たないわけで……

健康機器

 何人もの整体師と知り合いになるぐらいだから、母も所得相応(おそらくは所得以上)に健康機器や健康食品に関心を示すが、果たしてその効果の程は、還元水の話題だけでも知れようものだ。まあ、その散財のおかげで今もまあ、なんとかほどほどに……つまりは寝たきりにならない程度に元気にいられるのかもしれないが。

 とはいえ、私が忙しくて顔も出せないような時程、IP電話と契約したりと、事件を起こすのだけは本当に困る。まるで、子どもが親の気を引くためにグズるのに似ている。自覚が無いだけに治る見込みも無い。そういえば、良く同じ時期に揉め事を起こす相談者もいたっけ。

 ところで母の入院直後、師匠の出迎えに姉弟子等と集まったのだが、母より年下の参加者は私だけなのに、みな元気なんだよね。さすがにほとんど皆、食が細くなって、せっかくの「うな重」を大半の人が残していたけれど。 ……まあ、時代はエコだし、仮に地球温暖化がデマであっても、異常気象と人口増大で食糧難が起こりそうなのは確かだし。……適応?

 まあ、血統よりも霊統の方が親しみを感じてしまうのは決して家庭環境だけの問題ではないと思うが。……これ、重大な話題だけど関心を持つ人がどれだけいるだろう?

 

 下世話な追記

 読み返して表現に難があったのを直したついでに、少々下世話な追記を行う。

 昨年冬の大阪オフ会でも話題になったが、Twitter の人気でも判るとおり、人々は誰かに繋がっていないのだろうと思う。

 繋がっていたい……露骨にいえば「寂しい」ともいえようが……それは決して子どもっぽい感情でも恥ずかしいものでもないはずで、そもそも、人の目を気にするからこそ、人はなおのこと善良に生きようとするのと同様、他者の視点を気にしないというのは立派というより、むしろその人がいかなる道徳性を身につけているのか、気になるところである。……寂しくないと言いながらも、支配欲が強い人のなんと多いことか。

 実のところ、「寂しい」と素直に言える人の方が、姑息なことをしない分だけ、まだ、救われていると思える。

 それゆえに、老いれば人は尚の事、人との繋がりに大きな価値を見いだすように私には見える。

 若い頃には、世話を焼かれることが迷惑に感じて、反抗したりもするのに。……でも、寂しいと素直に言えない人が……もしくは、寂しいというべき相手のいない人は、 一体その思いをどこに向けるのだろう?

 医師や看護師……いたわってくれる相手に老人が群がるのは、若者(?)が、Twitterや携帯サイトに群がるのとどう違うのだろう?

 繰り返すが、寂しいと思うのは恥ずかしいことではなく、むしろ当たり前のことだ、と私も思う。だが、その表現方法、寂しさを癒す方法の中には、いささか恥ずかしい、いや、それどころか極めて悪しき方法があると私は思う。

 とはいえ、問題は、善し悪しではない。……あなたは良い家族、良い友人を持っているか? それこそが大切だと思う。残念ながら家族は選べないが、友人は選ばねばならぬのである。あなたは良い友人を持っているか?……あなたが良いと思う友人の有無をいうのではない。あなたの運命を好転させる友人を持っているのか、というのである。

 

 

お知らせBy老神いさお。

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