‘2007/02’ カテゴリーのアーカイブ

酩酊の生む自信

2007/02/05

2007年02月05日


俺は優れている、俺は人とは違う……という気持ばかりが溢れている。だが「何所が?」と問われると返答に詰る。……その自信が論理的な自信ではなく、ただ、肉体的な若さが心にもたらす高揚であることに気が付いていない。

その自信には裏付けがないから容易に傷つく。ただ現実を見せつけられるだけで、浮ついた心は傷つく。つま先立てば危ういという言葉の通りに。そう、酔っぱらいが容易に転ぶように、高揚した心も容易にひっくり返るのだ。

具えた才能・能力と、自己認識との間のバランスが取れるのはいつのことか。

老いて高揚が薄れた先に……若さと力が漲る時季に、若さに酩酊し、高揚して日々を過す。その酔いが覚めた後に残るものは何か? 夢の中だけの、現実には通用しない「偉大な自分」の思い出。

酔いが深いほど、覚めたときの現実が辛い。


なぜ慌てるのか?

2007/02/04

2007年02月04日


熟して自ずから落ちた果実がなにより甘美である。未だ落ちぬ実は未だ熟さず、地に落ちている果実は熟れすぎている。

欲するなら、時機至りて自ずと手に飛び込んでくるのを待つのがよい。……時機が至らぬものは未だ熟さず、時機の過ぎたものは熟れすぎている。

だが人々は、待てずに欲しがる。未熟でも、熟れすぎでも良いというのか? 土壇場で慌てても、ちょうど良い物がそろうはずもなく、手配の悪さを反省もせずに人の分まで欲しがる。

なぜいつも慌てるのか? 事前に判ることも多いというのに。……結局は手配の悪さの尻ぬぐい。己のやりくりの下手さを取り繕うのに他を急かして、反省もないのか。

自ら責任を取らずにいるのに、誰が面倒を見るというのか? 露骨に努めを放り出して、それでも権利が通ると思うのか? そんな子供じみた欲求が人として未だ熟さぬ証。……大事を為せぬ人なら、多くを与える必要もない。

欲しがる人を厚遇するのは決して正義ではない。――本当に必要な人に、本当に必要な物がそろう。そうであってこそ、神の下の正義といえる。

得るべく努力をせずに、得られないと嘆く。それこそがあなたが飢える理由である。


業が深い

2007/02/02

2007年02月02日


人は不平不満をいっているうちにチャンスを逃し、悲しみや寂しさを癒そうとして余計な苦労を背負込む。

もしも人としての幸せが、境遇・物質的環境ではなく、心の在り方・境涯にあると信じるなら、目を向けるべきは「天」にあるだろうに、わざわざチャンスを逃し、苦労を背負込む人は、いったいどこに「天」があると思っているのだろう?


誰かを、幸せにしたいと思う……いわゆる母性や父性の表れ……は、大変に結構なことだ。それが現実逃避の手段でなければ。

内心のドロドロとした欲求のはけ口に、愛だ、恋だと綺麗なラベルを付けて自らを誤魔化す……決して少ない事例ではない。むしろ、大なり小なり、というべきだ。

私は、恋愛を否定しない。だが、恋愛という名の現実逃避で、辛く悲しい思いをしている人を数多く見てきた。

恋をして美しくなる人と醜くなる人。……好きな人の前で醜くなって嫌われる。追い掛けて嫌われ、嫌われるから追い掛けてますます醜くなる人。


何のために努力するのか? 努力しなくてはいけないのか?……努力が結果に結びつく人ならば疑問にも思わぬだろうに、「その方法」に疑問を持たずに「努力」に疑問を持つ人々。設問を間違えば、正しい答が得られるはずもないのに。


世間知らずの癖に、隙あれば他を利用してのし上がるつもりでいる。……テレビドラマ、しょせんは娯楽向け、一般向けのドラマから、楽しんで人生の処世術を学んだつもりで、生かすチャンスがないとくすぶる人。

「事実は小説より奇なり」というのに。

世間知らずならばなおのこと、誠実に生きれば、味方も現われるだろうに、あからさまにずるいから敵ばかり増えて、味方が去っていく。

利用価値があるうちだけ愛されるというのに、自分の価値を高めようとせず、姑息に生きて侮蔑される。


方法を間違う人は、どこまでも間違う。……無思慮な行為(業)が苦を生み出していく。まったく人は業《カルマ》が深い。

……が、業が深いといわれると、霊媒でなければ気づき得ない不可思議な因縁を思い浮かべて、今の自分の悪癖がどれほど大きな害をもたらしているかを無視してしまう。

縁の浅い悪霊よりも、縁の断てない自分の無思慮さの方がどれほど重大で危険であるのか。……まったく人の業は深い。


いわゆる地縛

2007/02/01

2007年02月01日


たとえ、死後の個性存続を信じていない人でも、

「金はあの世に持っていけない」等という。

そして、死後の個性存続を信じている人でも気が付いていないことがある。

「負目はこの世に置いていけない」事である。

死んでしまえば金や物を返すのはまず無理で、いろいろと償うのも難しい。

持って行けない金を増やしても死ですべてを手放し、持ちきれないほどの負目を増やして死ですべてを背負込む。

たとえ死後の個性存続を信じない人でも、不運が重なれば祟りを思い浮べる。だれもが、この世に未練を残した亡者を恐ろしく感じるのに、この世に未練を残すような生き方を恐れる人はとても少ない。

神の愛を論じる以前に、人には慎むべき事があり、努力すべき事がある。……一部の人々は、手の届く物をおろそかにし、手の届かない物を大切にするが、欲しがりながら追いやるやり方が、人の苦しみの原動力であり、その矛盾が天に昇ることを妨げていることにいつ気が付くだろう?


不器用だから

2007/02/01

2007年02月01日


不器用だから、困ったことに陥る……

無自覚だから、陥るまで気が付かず……

陥っているから、自力が生かせず、ただ諦めるか、救われるかの両極端の中にいる。

何度苦境に陥っても、そこから抜出す方法を学べず、ただ自信だけが失われていく。

・・・・・・・

自分を信じることは大切だ。なんとなれば、自分以外の誰を信じるべきなのか?

だが、信じるためには先ず知るべきだ。……不器用な自分を知ればこそ、早めに手を打つなり、練習するなり、回避するなりの手も選べようものを。

己を盲信することを自信と勘違いしているから、避けられる痛みを、更に痛くして、痛くてたまらないのに、痛くないフリをして生きなければならない。

苦しんだ挙句に、「神も仏もないものだ」とうそぶく……それが、己の盲信の結果とも気が付かずに、天を恨む。

神仏が居ないのではなく、信仰心が歪んでいると気が付かない。……不器用だから、信仰心まで歪む。


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  • ・生きるとは生むことである。
  • ・いろいろなる不平不満はあるだろう。だが人は歩んでいる。
  • ・与えられる事を当たり前に思っている者が飢える。
  • ・なぜ、争うのだろう? 事態はただ現実への妥協を求めているだけなのに。
  • ・ 見せられると信じたくなる
  • ・豊かな者は足りぬものに気が付かず、知りたる者は、知らざることに気が付かぬ。……
  • ・ 心に不満が生じるのは、あなたが焦っている証。もう少しゆっくりと生きなさい。
  • ・不平不満が生じるから醜いというのではない。不満を溜めたままでいるから醜いというのだ

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