‘2006/09’ カテゴリーのアーカイブ

家移り

2006/09/30

2006年10月20日


家移り……つまり引っ越しの話題が二件ほど出た。

家、というのは、人が日常必要とする最大のハードウエアだろう。だが、ハードウエアは、ソフトウエアを生かすために存在する。つまり、ライフスタイル(ソフトウエア)があって、それを最大限に生かすべく、選ぶのが家である。これは、購入、賃貸を問わずに当て嵌まる。

さて、肝腎な相談事である。

A、ライフスタイルが確立しないうちに、ハードウエア(家)を決めてしまうと、家に合わせて、ライフスタイルを決めることになるが、それでよいのか?……確かに、それも一つの選択肢である。これがたとえば、先方の親が結婚を機に家を建ててくれるなどという場合は。メリットとデメリットとの間のバランスは取れているだろう。なにせ、家は一生物の買い物なのだから。

だが、新婚生活を楽しみたいが為の転居はどうか?……それはそれ、それも一つの選択であると思う。だが気をつけねばならぬのは、

1,生活感の乏しいカップル……いきなり現実に当って、逃げ場がないと破綻の恐れ有り。

2,相手に任せきりのカップル……よく考えた方が地の利をしめる。後で不公平感が湧かないか?

もう一点。

親との同居問題などが、棚上げ中であれば、それを考慮しないと、結局は落ち着かない。つまり、どのみち一時の仮家にしかならない。だから、どうでも良い(また引っ越すのだから)、とみるか、既成事実を作って交渉を有利にする、とみるか。結局これも、ライフスタイル、というか、将来設計にたどり着く。……将来設計を、将来に任せて、今は今の生活だけを考慮するのも一つの解決策であるが……が、残念ながら帳尻は合うだろう。つまり、どちらにせよめんどくさい。引っ越しの回数か、交渉の回数か。楽に見える方がむしろ苦労が多いと思う方がよい。……何となれば、逃げ腰に本気で付合う者はいないのだから。最終的に一人で全部背負い込むことになる。

住居の問題は、つまるところ毎日のことなのである。もしも不具合があれば、その不具合と毎日対立しなければならない。……ではどうするべきか、という知恵もむろん大切ではあるが、もっとも致命傷になりやすいのは、その毎日のことを軽視して安易に決定してしまうことである。

一人暮らしであれば、話は簡単だが、……二人の問題に一方が不満を抱けば……家相の問題が人生に大きな影響を与えるというのは、家の形や方向がもたらす神秘的な力というより、むしろ、日々の生活、その容器である家に、充分な配慮が出来るか、出来ないかを問われているということなのだ。

……なお、プライベートな領域は割愛する。


美の追究と創造力

2006/09/29

2006年09月29日


美の追究

声なき声を正しく聴きとり、姿なき姿を鮮明に見て適切に特徴を把握する。――それが霊媒の使命、目的である。だが、人の言葉が常に正しいか、その見かけは本質を示しているのか?

……有能な霊媒はこのジレンマを抱えている。

このジレンマを解決する回答の一つとして「美の追究」にある。つまり、言葉正しく、姿は素直に美であるように生きることで、声なき声を真に、姿なき姿を鮮明にするのである。

これは何とも妖しい。……私の浅薄な精神史観でいうと、日本の美意識こそが、この美の追究にあると思う。

極端な事例が「能」、分りやすい事例が芝居やドラマにあるのではないか。役者は仕草で複数の人物を表現する。または、その人物の経てきた歴史までも表情や仕草で表現するのである。歌もまた同様、微妙なリズムや声の抑揚で、人は一体どれだけのことを表現し得るのか。

……自ら率先して、正しく語り、正しく在るなら、その存在感は真実と本質とを請求する資格を生じるし、そこには誠意がある。

いかなる道であれ、極めるところには、一つの答がある。

 

創造力

言葉に虚を聴き、有形に嘘を見る、さらには、無言に真実を聴き、無形を描くことを極める審神者(さにわ)の生き方もある。

「色即是空のパロディーか? カッコつけて!」……と思うかも知れないが、卑近な譬えがある。

発明はいかにして行うか?――人々が当たり前に思うことに不便さを感じ、未だ存在しないものを生み出す……創造物は模倣が出来る。模倣できないのは創造物を生み出す「創造力」である。

創造力……生命の息吹に神力を見抜くのが審神者(さにわ)であり、知るためには、自らにも創造力が求められる。……模倣者には勤まらない。

存在あるところに美がある。……存在無くしてどこに美があるのか? では、その存在物はなにゆえ生まれるのか。……これもまた一つの答である。


おめでた(妊娠について)

2006/09/28

2006年09月28日


友人から、「おめでた」のメールが入った。出産予定は五月とのこと。五月に結婚する人有り、出産する人有り。私の周囲に慶事の気配はさらに続く。……返事をしたためるに当って、妊娠について、得たインスピレーションをいくつか気がついたことをまとめる。


つわり

以下はむろん体質の差もあるだろうし、病的原因もあるだろう。参考にしていただければ私としても嬉しいが、くれぐれも依存なさらぬようにお願いしたい。

そもそもケガや病気の痛みというのは、身体が発する警告信号であり、つまり危険の存在を自己主張している。自己主張というのはつまり意識に無視をさせないような形で働くということだ。

(簡単に無視できるようであれば警告の意味をなさないし、危険を無視するようでは子孫を残せないであろう……合理的な仕組なのである)

つわりも同様。女性の身体が、妊娠という特殊な状態に移行しているのである。気持ちもそれに合わせる必要があるだろう。その為の警告信号であるのだから、気持ちを紛らわせようとするのは摂理に反している。

むしろ、つわりがあれば、子供を抱くイメージトレーニングをするなどして、母親になる幸福感を育てる方が良い。

ところで、母親になる幸福感と一括りにするが、最低、二大別すべきと感じる。母となることに歓びを感じている女性は比較的お産が楽で、子供を持つことに歓びを感じている女性はお産で苦労しているみたいである。私が感じ取っている差は、おそらく心身の準備の差なのだろう。表裏の調和がとれた歓びと、表面意識的な歓びの、いわば深・浅に差があるだろうと感じる。

これは霊性云々の問題というより、状況・境遇の影響も大きいだろうし、体質的な問題も大きい。……論理や納得では克服しがたい問題である。

命名について

ハンドルネームや会社の名前についての相談は、採用率が非常に高いが、子供の名前に関しては採用率がゼロである。……相談を持ちかけておいて、と思えなくもないが、当たり前でもある。

ハンドルネームは個人の持ち物である。だが、子供の名前というのは親と子供の共有財産なのだ。いずれは独り立ちし、一個人の物になるとしても、幼少期においては特に、名前への好感が親子の間の好感にも影響するだろう。

親が我が子に責任を持つという意味においても、やはり、名前は親が付けるべきだと思う。……仮に天の政庁においてすでに名前が決まっているとせよ、安易に霊媒にそれを聞き出させるのではなく、夫婦でしっかりと話合って決めるべきだ。その過程で思い描く我が子の未来が、同時に両親からの祝福(霊的・精神的な)でもある。我が子の命名は、人生最初の霊的、精神的な贈り物なのである。つまり、我が子の未来はなるべく多く思い描くべきだろうと思う。その空想を恥じるべきではない。それがわが子を思う気持ちを強く育てるのだから。

が、翻って考えれば、世間では霊性のかけらも感じられない、安易で浅薄な命名が多くはないだろうか。我が子を天からの贈り物と思って、親の好みで名を付ける……それはそれで我が子への好意を育てはするだろうが、名は我が子への贈り物であるという意識がないと、結局、親が煩がられないか? まあ、余計なお節介であろう。何となれば相性などというのは、互いの霊性なりであって、論理では割り切れぬ物だ。命名にいくら気を配ったところで、親子の相性は、成るようにしかならない。


生まれてくる子供の性別

2006年09月29日

生まれてくる子供の性別は霊査してはいけないと昔からいわれている。だが、医学の進歩により、生まれてくる子供の性別はかなり早い時点で判明する。従って、この問題の倫理的責任について、随分と軽減したと思う。

ところで、妊娠中の友人に関して、生まれてくる子供の性別について霊査を取ろうとしたところ……ああ、実をいえば霊媒は皆、霊査はするのである。ただ結果を口にしないだけで……

「男の子!!」 という大声が聞こえた。……どうも夫の母親の意志らしい。

これは生まれてくる子供の性別を表わしているのではなく、期待している性別を表わしているのだ。……ああ、こうも周囲の雑音が多ければ、霊感が適切に働くとも思えない。

いずれ臨月が近づけば、周囲の者達も、「無事に生まれてくれば男の子でも女の子でも構わない」という気になるだろうが、妊娠したとなれば、夫婦の両親、特に気遣って子供の話題を避けてきた祖父母等は勝手なことを口にする。その物言いを聞けば腹も立つだろうし、下手に口を開けば角も立つ。ならばこの話題は笑って誤魔化すが最善であろう。

誰よりも一歩早く、どちらでも良いから無事に生まれてきて……そう思うことが大切だろう。

誕生は争いの種ではなく、祝福の対象なのだから。


つわりの話題 2

2006年09月30日

(水子供養)

妊娠報告のメールでは、まず、最初につわりの話題があった。その後、メールを読み進むと、どうも文体が普段と違うし、なにより語尾の結び方が男言葉、いや報告書風であることが目についた。

……だ。……である。……思う。

どう返事を書くかを思い描きながらメールを読み進むと、どうも男の顔が浮かんでくる。で、ハタ、と気付いた。……つわりで苦しんでいる女性に、女性の霊は懸りにくいのではないか、守護霊などもその被護者に感化しにくいのではないか、ということである。一緒につわりの悪感覚を共有してしまえば、守護霊の仕事が勤まらぬのではないか。

……少なくとも当事者が懸命に冷静さ、平常心を保とうとしているのが感じ取れた。メールではしきりに、きつい表現であることを詫びていたが、きつく感じられたのは、内容ではなく表現であった。

・・・・・・・

「いや、女性にとって妊娠というのは大変なことだな。」

変な感心の仕方かも知れないが、わざわざ守護霊の代行役までが付くのである。それほどの大事なのか、と感心してしまった。いや、詳細を訊ねてみると、単につわりだから守護霊の代役がつくのではなく、情をなだめるよりも、情に流されそうになる時に、感化力に劣る補助霊がつくのだという。

まあ、それはさておき、妊娠は大変なことだ、と思ったとき、ふっと、見覚えのある女性の霊を感じた。

・・・・・・・

『家族・周囲の人々は、赤子が生まれて、初めて実感が湧きます。でも、妊婦(母)にとっては出産前から我が子が現実なのです。一度も抱かなくても我が子が現実。ですから、生まれてくる前に我が子が死んだら、その現実、その変化を受け止めるのがとても難しいのです。

『早世した子供達に、特別な宗教儀式は不用である、というの確かに一つの心霊事実です。でも、残された者、肉体的な束縛のある者が、(内在的?)事実をしっかりと認めるためには、何らかの儀式が有益なのです。ですから、水子供養は、むしろ母親、特に真剣な母親にこそ必要なことなのです。』

むろん、友人の子が早世するという話ではなく、つわり対策の心構えと繋がっている。……生まれる前から我が子として扱え、という。だが、生まれてくる前に早世したらどうなるのか。実体ある物の損失は認めざるを得ないが、感覚的な損失は認めがたい。なんとなれば、信じることに肉体は反応しやすいからだ。

女性が霊的な物を感じやすいというのは、おそらく潜入観念ではないか、と私は考えている。人間の才能に男女差が在るとは思いがたい。だが、才能の有無に関わらず、女性は、見えざる者を見、聞こえぬ声を聞く才能を必須としているのかも知れない。

まず第一は妊娠という形で。育児だってそうであろう、物言えぬ赤子の必要とするところを察して世話をしなければいけないのだから。

・・・・・・・

そうしてみると、幼児の虐待死などは、単に人々の心の荒廃等ではなく、見えざる心、聞こえざる意志を感じる力……本来人間が持ちながら、ただ、数値化が難しいが故にあまり議論されてこない感覚・能力が、退化しつつあることを示しているのかも知れない。

反対に、最近の心霊ブームも、自ら感じ取ることを諦めた人々が増えている証なのかも。


天命はいずこ?

2006/09/26

2006年09月26日


説教臭いのは好きではない。私は本来、真理の信奉者ではなく、摂理に服従する者だ。……たぶん。いやいやどうして、未だに青臭い部分が多分に残っているのも現実ではある。

だが、言って直るものもあれば、言っても直らぬものもある。いや、直る者もあれば、直らぬ者もある。

直らぬには直らぬ事情がある。……それこそが真に究明すべき対象のはずだ。

障害には原因がある。そして、根絶には原因を突き止めなければならない。つまり、根を残したまま、雑草を引き抜いてもたちまち再び伸びるの図である。

なぜ直らぬのか、なぜ直せないのか、……そこで開き直るとはなんたることか。そこで諦めるとはなんたることか。そこから真の向上への道が始まるというのに。

人生とは霊性向上の修行の場……自らが為すべき事を否定して、いったい何の修行があるのか?

目先の利害――正しい結果に至る道ではなく、楽な道を人は選ぶ。だが、未来を生み出すのは今の努力だ。楽な道は往々、悲惨な未来へにつながる道だ。が、苦労のみが良い未来につながるとは限らない、むしろ、忍耐を要求するのは下らぬ未来につながっている。なぜか……素直に受け止めれば解ることだ。良き未来は苦労と結びついているのではなく、正しい努力と結びついているのである。

単に「苦労」への好き嫌いだけで、進むべき未来を選ぶから、人は楽を選んで後に苦労し、苦労を選んで詰まらぬ思いをするのである。……真に正しい道は、手応えを感じて苦労を忘れ、後に多くを得るのである。


PCがON/OFFを繰り返す。

2006/09/23

2006年09月23日


メインに使っているPCが壊れた!!

帰宅後、電源スイッチを入れると、いつもの通り立ち上がり~~停止する。その後は、電源スイッチのパイロットランプが点灯したままになり、ディスクドライブの運転音がして、停まる。運転音がして、停まる。発停、発停、を延々と繰り返し、電源スイッチが切れない。

冷静に電源コードをヌキ、再接続、スイッチオン!! 再び、発停、発停、を繰り返す。

脳裏を最悪のシナリオが駆け回る。予備のノートPCにはMS-ACCESSが入っていないから、今抱えている、マンション管理組合からの委託仕事が出来ない。最近、何度かハムさんと買い物にいった際に自作PCを作る話題が出て、なんとなく気もそぞろになっていたが、まさかこの伏線……では? 電源ユニットの交換で直らないかなぁ……

どのみちメモリーの増設を考慮中だったから、思い切ってカバーを開けてみる。かなり埃が溜まっていたのでついでに掃除。そして電源、キーボード、マウスをつないでカバーを開けたまま電源投入。基板上のLEDが一個光るが、電源スイッチのパイロットランプが点灯しない。動作音もしない。

フッ! と気がついてノートPCのメンテナンス用LANケーブルをつないでみると、見事に作動。組立て直して設置してみると、やはり電源も入らない。で、LANケーブルを交換すると、無事作動。

遠隔でPCの電源を投入する、LANウェイクアップ機能が働いていたらしい。それも、ケーブルの接触不良で……

VISTAが出る前にPCを買い換えるという災難だけは免れたが、これでVISTAが出ていたら、ここぞとばかりにPCを買い換えていたかも知れない。


霊感に憧れる人は多いが、話をしてみると、一体どういう霊感が欲しいのか、と首をかしげることもある。霊視・霊聴……わざわざ誰ぞが出てきて「呪ってやる」というのを待つのは、何とも芝居がかりすぎていないか? 私がTVの心霊番組を嫌う所以である。私自身が芝居音痴であるから、他人の芝居が見ていて痛いのだ。上手ならばともかく。いや、上手な芝居でもあまりベタな題材だとやはり見ていられないが。

今回のPC故障騒ぎでも、ただ、悪いところに目がいく、というだけで充分に事足りた。ついでに掃除、ついでにメモリースロット、ハードディスク増設の可否の点検。……ううう、机の廻りのホコリも点検した。了解、了解。


人間の視線て、クライアントである自我の利にそうものだ。つまり、真実よりも、そうであって欲しい事実を見つようと努力する。……たとえば霊感の強い人も、では隠れた真実を見つけるのに長けているかというと、案外、自分の得意な解釈に至れば、そこで探すのを止めてしまうのは、霊感の巧拙の問題ではなく、人間の本質的な部分の問題なんです。

補足

残念。問題にLANが絡んでいたのは間違いないが、それだけではないらしい。……また出費が。


PCがON/OFFを繰り返す。

2006/09/23

2006年09月23日


メインに使っているPCが壊れた!!

帰宅後、電源スイッチを入れると、いつもの通り立ち上がり~~停止する。その後は、電源スイッチのパイロットランプが点灯したままになり、ディスクドライブの運転音がして、停まる。運転音がして、停まる。発停、発停、を延々と繰り返し、電源スイッチが切れない。

冷静に電源コードをヌキ、再接続、スイッチオン!! 再び、発停、発停、を繰り返す。

脳裏を最悪のシナリオが駆け回る。予備のノートPCにはMS-ACCESSが入っていないから、今抱えている、マンション管理組合からの委託仕事が出来ない。最近、何度かハムさんと買い物にいった際に自作PCを作る話題が出て、なんとなく気もそぞろになっていたが、まさかこの伏線……では? 電源ユニットの交換で直らないかなぁ……

どのみちメモリーの増設を考慮中だったから、思い切ってカバーを開けてみる。かなり埃が溜まっていたのでついでに掃除。そして電源、キーボード、マウスをつないでカバーを開けたまま電源投入。基板上のLEDが一個光るが、電源スイッチのパイロットランプが点灯しない。動作音もしない。

フッ! と気がついてノートPCのメンテナンス用LANケーブルをつないでみると、見事に作動。組立て直して設置してみると、やはり電源も入らない。で、LANケーブルを交換すると、無事作動。

遠隔でPCの電源を投入する、LANウェイクアップ機能が働いていたらしい。それも、ケーブルの接触不良で……

VISTAが出る前にPCを買い換えるという災難だけは免れたが、これでVISTAが出ていたら、ここぞとばかりにPCを買い換えていたかも知れない。


霊感に憧れる人は多いが、話をしてみると、一体どういう霊感が欲しいのか、と首をかしげることもある。霊視・霊聴……わざわざ誰ぞが出てきて「呪ってやる」というのを待つのは、何とも芝居がかりすぎていないか? 私がTVの心霊番組を嫌う所以である。私自身が芝居音痴であるから、他人の芝居が見ていて痛いのだ。上手ならばともかく。いや、上手な芝居でもあまりベタな題材だとやはり見ていられないが。

今回のPC故障騒ぎでも、ただ、悪いところに目がいく、というだけで充分に事足りた。ついでに掃除、ついでにメモリースロット、ハードディスク増設の可否の点検。……ううう、机の廻りのホコリも点検した。了解、了解。


人間の視線て、クライアントである自我の利にそうものだ。つまり、真実よりも、そうであって欲しい事実を見つようと努力する。……たとえば霊感の強い人も、では隠れた真実を見つけるのに長けているかというと、案外、自分の得意な解釈に至れば、そこで探すのを止めてしまうのは、霊感の巧拙の問題ではなく、人間の本質的な部分の問題なんです。

補足

残念。問題にLANが絡んでいたのは間違いないが、それだけではないらしい。……また出費が。


思うようにいかない

2006年09月27日

自宅のPCが故障し、忙しくて修理もままならず、新しいPCを買うのももったいないと、悩める落胆している私の霊耳に、

『情けない。道具の奴隷となっていることに気がつかぬか。物に頼らず生きてこその自由、自立無くして何の向上か。』

と聞こえた。……確かにその通りだ。通信だけならサブノートもあるし、予備用の自作機(多すぎ?)もある。ただ、主機が壊れていると作業効率が悪いだけだ。まあ、修理するにも手順がある。悪い部品を特定しても代替品を購入しなければならないし、今出来ることはもうないから、とりあえず寝よう……が、翌日に気がついた。

私は、ゲームやショッピングが出来なくて騒いでいるわけではない。……仕事・金儲けで壊れたのであれば、むろんそれは大変なことではあるが、諸経費として事務的に処理していくべき事だ。

が、壊れたPCの主な使用目的は、心霊関係のHP作成と、現在苦労させられている、管理組合関係の管理システム作成ではないか。……どちらもボランティア、無報酬である。特に管理組合の仕事など、自転車の整理も出来ないワガママ住民への対策として、皆がやらない、または出来ないことを肩代わりしているだけのことだ。……朝起きたばかりだというのに、がっくりと疲れてしまった。何のことはない。貧乏くじを引いた挙げ句に行き詰まり、行き詰まりを嘆いていると、貧乏くじを引かせた連中が説教するというのだ。随分とバカにした話である。

むろん、ボランティアであろうと、特に心霊の仕事であろうと、災難に遭わぬ事はない。他のために働いているのだから特別な加護が与えられるべきと思うのは、慢心というより思い違いである。まして形ある物には寿命がある。……私はそれを恨んでいるのではない。

管理組合の仕事を早く終わらせなければ、他の仕事が片付かない。私の手持ちの時間は限られている――今、なによりも惜しいのは時間なのである。忙しい最中に、前に進めぬ事を嘆いているのだ。

休むべき時には休むべきだ。―― むろん、むろん。だから早めに床についた。まあ、早めといっても色々と立て込んだ結果として普段よりも遅くはなっていたが……が、プログラム作成は間があくと、以前の作業過程を忘れている。おそらくプロであれば、その辺をフローチャートやメモ類などでカバーするのだろうが、こちらは行き当たりばったりの素人である。

たくさん間が明いた。そして、今までの過程の大部分を忘れてしまった。

たかが道具、されど道具である。――現代人はなるほど、金や物に支配されているかも知れない。だが、金も物も持たぬ人が本当に自由なのか。……分かり切ったことではないか。より自由になるために人は金を発明し、様々な道具をこさえてきたのだ。それを否定してどうなるというのか? 積み重ねてきた文明の成果をただ僻んでいるだけではないか。……批判だけなら誰にでも出来る。

金、道具……どう使うかだけでなく、金や道具に使われないだけの精神性も現代人は要求されているのである。

……つまらない霊言に丸め込まれた自分がつまらなく思えた。

まあ、焦ったところで、解決すべき時が来なければどうにもならぬのである。そして、時至り、これをしたためる。振り返ってみれば、メーカーに返送修理を依頼するよりも、早く、安く片付いた。


人にもよるのだろうが、努力忍耐我慢工夫が必要である、という答は概ねの人々を説得しやすい。だが、耐え難いのに忍耐や我慢、これ以上は無理があるのに努力と工夫を要求されても何が出来るというのだろう? ―― そこに無理がある。そして、無理を強いるのが果たして適切な回答であるのか?

事例。(というより不真面目な冗談)

『あなたの願いを叶えるためには、金星の石が必要です。それがなければあなたの願いは永遠に叶えられないでしょう』

……事例はあまりに露骨であるが、実現不能な代案を提示する助言は世の中にとても多い。

正直にいえば、私のサイトの中にも頻繁にちりばめられている。ただ、私の意図は、読者を混乱させたり、私の私的な利益に誘導することにはなく、単に読者の問題提起力を喚起するところにあるのだが……皆、大丈夫だろうか?


収支が合わない。

2006/09/23

2006年09月23日


天界の門。

かれこれ、20年以上も温めている心霊問題がある。

当時は、好景気が風船に例えられていた。永遠にふくらみ続けるのか、それともいつかは破裂するのか。――いわゆるバブル景気である。

さて、師などから、心霊を学び始めると幸運が得られると教わった。と同時に、シルバーバーチの霊訓などでは因果律の原則を教わった。一体、心霊を学んだ結果得られる幸運とは、誰が蒔いた種であるのだろう? これについては二通りの答を聞くことになった。

1, 祖先の霊の加護

一見、因果律に反するように見えるが、よくよく学ぶとそうではない。自分一人の収支だけで因果律を解釈すれば、なるほど祖先霊の加護はズルくも見えるが、一家全体で考えると収支は合うというのである。逆に言えば、一家・一族の器を越えた幸運を期待することは無理ともいえる。

2, 効率の増進

一見、幸運に思えることは、実は本来、正当な自分の取り分であって、ただ、自分自身に受け入れる準備が出来ていなくて滞っていたのだ、という。これまた因果律に反していない。

……だが、と思う。豊かさは人間の努力だけでは成り立たない。むしろ使える資源のどれだけ多いかに束縛されている。これから先々、人口は増え、資源は減り、相乗効果で一人当たりが自由に使える土地、資源、エネルギーは減っていくだろう。すると、人間を支配している因果律というのは何を持って精算可能なのか。他の生物を追いやって土地や空間を獲得し、限られた資源を浪費し、湯水の如く使われるエネルギーを、一体、人がどうやって補償するというのだろう?

心霊の教える因果律なんて、子供達がおやつを仲良く分け合う、なんていう可愛い図《イメージ》ではなく、むしろ、盗賊達が盗品を山分けするの図ではないか。――仏教では、 善因善果というが、得た結果が実は盗品であるなら、得たのは果たして善因の結果なのか?

まあ、これが考えすぎである事を、実は私も把握している。今は思いつかなくてもいずれは解決する問題を、今あれこれと思い悩んでも仕方がない。……だがここでは、「総量は超えられない。再利用不能な資源もある」という、物質世界では実に当たり前の現実を再認識して貰いたいだけだ。

よろしい。本題に移ろう。

豊かさには限りがあるが、消費量は人類総和が生み出している価値に見合うものなのだろうか? 子孫に負債を押しつけていないか?

仮に子孫に負債を押しつけても、まあ、知ったことではないとする。だが、押しつけられた子孫は、その事に不平等感を感じたりしないか? たとえば現・日本の年金制度である。高齢化社会を迎えて、以前の世代は比較的低負担で、比較的好待遇を受け、以後の世代は高負担で低待遇に甘んじなければいけない。だが、将来の日本を支えるべき世代(多数のニートを輩出している世代を思い描いていただきたい)、果たしてこの年金制度を必要と思ってくれるだろうか? (年金が純粋に年金であれば私も異を唱えないが、役人の浪費を知った今となっては……)

国家の約束は、世代交代に関わらずに継続されるべきである。だが、その原則を守るのもまた、以後の世代なのである。信頼、もしくは期待をせざるを得ないが、何の保証もない。なにより、自分の生活費も稼がぬ者がどうして赤の他人の年寄りの面倒を見るというのだろう? それを期待する方が間違っている、そうは思えないか?

回りくどくて申し訳ないが、それなりの事情があって二十数年も温め続けている疑問なのである。

人が得ている幸運は、子孫に負担を先送りしているのではないか? であれば、その不平等感は、いずれ拒否されるのではないか? 私たちは私たちの行為に見合う幸福感で満足しているのだろうか? 働く以上に給料を貰うのは嬉しくはあっても、会社が倒産し、年金どころか退職金も受け取れぬなら、私たちが神と信じるその存在は、きっと悪魔に違いない。

・・・・・・・

地球の資源には限りがある。が、資源は地球の中にだけあるのではない。

もしも現状のアンバランス(収支の破綻)への解決策が、多の星への進出、もしくは、多の星からの援助を期待、というのであれば、ここで私は再び、先のイメージを繰り返さなければいけない。

人は果たして、おやつを分け合う幼子なのか。それとも盗品を分け合う盗賊なのか。

・・・・・・・

ところで、なぜにかくも人々は、幸運を求め、御利益を求め、うまい汁を吸いたがり、責任を忌避するのだろうか? パワースポットだ、エナジーストーンだ、占いだ、オーラ鑑定だ……なぜ、真心だけで幸せになれると人々はいわぬのか?

私が仮に、他の星から訪れた調査官、もしくは異星文化研究者であるなら、ここで声を大に叫ぶであろう。

「ここにいるのは盗賊ばかりだ!!」……と。


霊障も必然の結果

2006/09/22

2006年09月22日


同僚が盛んに具合が悪いとこぼしている。医者に診せてもたいしたことがないといわれるのにちっとも治らないのだそうだ。……それはさておき、今日も、私が事務所の観葉植物の世話をしていると、その脇をすーっと通り過ぎる。彼は手伝ったことがない。

自分が困るときは大騒ぎするが、周囲のために積極的に働くことをしない……観ていて、なるほどなぁー、と思う。廻りに何人かの霊が佇んでいる。思わずそれらの霊に目配せしてしまった。

『自分の事しか考えない奴じゃ、助けられないよねぇ。でも、それ、迷惑だから野放ししないでね。』

・・・・・・・

若かりし頃、霊的因縁は、見える者が黙って解決してやるべきでは……と、覚悟を決めていた事もあった。だが、年齢を重ねて気が付くこともある。

水は高きから、低きに流れるのが自然なのだ。それを堰き止めたらどうなるか。……永遠に支え続けられるはずもない。いずれは放水せざるを得ないのである。霊障も同様、霊的因縁もまた同様である。

必然があるから事が生じる。心がけや日常の態度に絡むものがあって、周囲に淀みが生じる。……不平不満を心にためて笑顔の裏で世を恨むから、同様の低級霊が集ってくる……いや、霊視的には集ってくるように見えてるが、実態は、湿地に穴を掘れば水が湧出すようなものではないか?

それぞれが解決し、乗越えるべき問題、それぞれの責任において克服すべき問題を棚上げし……死後の世界は想念の世界である。もしも自分の想念を、清く保つ事が出来ぬなら、その人は死後にどの様な場所/境涯で暮すことになるのだろう?

すこやかで、さわやかな死後の生活を欲するなら、心をすこやかに、さわやかに保つ必要がある。それは、一個の魂として必須の技術である。少なくとも他の世話を掛けずにいるためには。

穴を掘って水が出るなら、排水が必要なのである。心に不満を抱くだけで低級霊が集ってくるなら、心中の掃除が必要なのである。……低級霊を取除いても、霊媒の自己満足でしかない。その人の霊的境涯が上がらぬからだ。

自宅に大量のハエやゴキブリが出たら……必要なのは殺虫剤よりもむしろ、片付け忘れたゴミの処分なのである。だが、虫さえいなくなれば、後は殺虫剤漬のゴミを抱えていても、さわやかに暮せるというのだろうか?

ああなるほど……除霊の後は神仏や守護霊を信仰する……ゴミの放つ悪臭を、抹香・芳香剤で誤魔化すという手もあるか。忙しい家庭では当り前に見られる風景ではあるが、いつまでそのような不健全な生活を続けるのだろう?

殺虫剤と芳香剤……除霊と御利益信仰……どちらも生活に必要であるが、必要になるのは不健全な暮しの結果だ。つまり、日常的に頼るのは不自然である。


明日がある。

2006/09/21

2006年09月21日


そうかー!……と思う。

「明日に希望を抱く!!」……太く、太い希望。明るい希望。いや、まぶしい希望。

彼は、明るい未来を知って希望を抱くのではない。

彼は、明日のあることを知って希望を抱くのだ。

明日があるから、良い明日を作れる。……良い明日があるから希望があるのではなく、明日があるから明日を良くしようと思うのだ。

楽天的ではなく、向上心があるのだ。

なるほど!……と思う。

良い明日に希望があると思う者は、思い通りの明日が来なければ挫折する。

だが、明日があると思うものは、たとえ良い明日が来なくても、次の明日に希望を抱ける。

ああ。この子は強いんだ。……と思う。

……友人の子供を霊査して感じたこと、いや学んだこと。

いや待てよ。……と思う。

あの子だけじゃない。生まれたばかりの子供は皆、明日があることに希望を抱いている。

ならば、人はいつ、希望を忘れるのだろう?

『そんなに巧くいくはずがない……』と、自分に言い聞かせて。希望を棄てたんじゃない。自分の明日を棄てたのだ。……その違いも分らぬうちに希望を省みない大人になっていく。


つぶやきを聞く

2006/09/21

2006年09月21日


小さなつぶやきが聞こえる……


「どうしてなんだろう? 物事が巧くいかない。」

結局のところ、小さな事態ですら、自分はコントロールできていない。巧くいってる時とは、自分と状況とがたまたま一つ方向を向いている時だけだ。

状況が思わしくなくて……焦る。焦れる。

そして腹を立て……昂奮するからますます巧くいかない。

挫折感を味わう……いや、挫折感が待ち受けている未来を恐れる。

不安・恐怖。……誰が始めた争いではない。一人相撲の結果としての挫折。挫折を恐れる不安。

誰が危害を加える訳じゃない。ただ、自分が思い上がり、思い知って、出も間違いを認めたくない気持ち。

膝を屈しても正道に戻りたいのに、挫折感を騙すのに忙しくて脇道で佇むばかり。

「はぁ~~」

…… 夜更けに溜め息を一つ。

そして、明日の朝を迎え、自分を殺した日常を繰り返す。


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