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霊査事例: 2006年08月28日 夢中

2006/08/30

夢中の統一会


以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。

2006年08月30日


私はヒマがあると、内省して自分の抱えている諸事について背後の意見を求める。又は、問題がないことを確認したりする。ところが最近は忙しいせいか、私の日常中の精神統一が減っている。

そのためか、精神統一会を行う夢を見た。――というより、夢の中で精神統一会を行っていた。20名近くの知人が夢に出てきて、黒塗りの大黒柱のある古い屋敷に各々座を占め精神統一をしている。……所詮は夢の中での参集のせいか、あらかたの人は始って間ももなく消えて無くなる。また、各々への霊査も一時的な気の持ちように関することばかりであまり記憶にも残っていない。……ただ一人だけが最後まで座に残っていて、霊査もハッキリと記憶していた。

まあ、私に慣れない人から見れば冗談みたいな話かも知れない。でも、この霊査が参考になる人もいると思う……だからこそ、記憶に残っていたのだろうから。

 

霊査事例1

「仕事が巧くいかない、行き詰っている」とあなたの声を感じました。又、あなたは神頼みが嫌いな方ですね。でも、行き詰っている時だからこそ、自分の守護霊に祈るべきです。

『一意専念』と、聞えます。……人間、一生懸命に努力しても、努力しているうちについ脱線したり、目的を見失って、努力が無駄になることも多いもの。だから、気の利いた人は昔から、目標を掲げて神仏に祈り、祈ることで「一意」を明確にし、貫徹に専心・専念するのです。

助けてもらうために祈るというより、自分の目的を明白・明確にする為の承認として、守護霊に祈る事をお勧めします。

霊査事例2

(こちらは改めて霊査を取直したもの)

問題解決の下手な人、悩みのつきない人は、どうも、あれもこれもと手を広げすぎて、気が散ります。「一つ一つ解決していくべきです」……とはいえ、そんなことはあなたは充分に御存じの筈。でもできない、なぜ出来ないかというと、今まであまりにもあれこれを我慢しすぎて、不満がパンパンにふくれあがっているから、まず最初にガス抜きが必要なのです。とはいえ、慌ててガスを抜こうとすると爆発と代りがありません。

ゆっくりガス抜きをするなら、まず心の中に蟠っている問題点を箇条書にすることです。それである程度気楽になったら、優先順位をつけ、難易度を判定し、優先的な問題から……もしくは、簡単に解決できる問題から、一つ一つ解決していくと良いでしょう。

簡単にできる問題を先に片付けると、達成感が後押しをしてくれて解決が早まることもありますから、必ずしも優先順位に拘る必要はありません。


職業毎の心構え

2006/08/30

2006年08月30日


何度も紹介している話ですが、「群盲象を撫でる」という仏教説話があります。目の不自由な人々がそれぞれに象を撫で、耳を撫でた人は象とはザル(箕)の様だといい、鼻に触った人は蛇の様だといい、腹に触った人は樽の様といい、足に触った人は丸太の様だという……物事の一部だけを取り出して、全体を推測する事の愚かしさを譬える言葉です。

・・・・・・

Q 「不幸を商売のネタにする人の仕事対する心構えについて」

質問者は、事例として、火事がなければ腕が振るえない消防士、事件が起らなければ腕が振るえない弁護士を上げています。

・・・・・・

現実に「マッチ・ポンプ」なる言葉があります。消防士が自ら放火して、消火し、成績を上げることを指したものです。または、法の番人の筈の警察官が犯罪を犯せば、「ミイラ取りがミイラになる」などといわれます。私にとって笑えない事例としては、自称・霊能者の心霊詐欺などが上げられましょう。

ですが、特別な心構えが必要とは思えません。

上記事例でいえば、消防士の大多数は誠実に職務を果たしていらっしゃるでしょうし、放火犯の大多数は消防士以外の人でしょう。警察官だって同様でしょうし、心霊詐欺を働くのに霊感は必要ありません。

・・・・・・

荘子の言葉に、

「馬車作りの大工は、人が金持ちになるように願い、棺桶屋は、人が死ぬのを願っている。これは馬車大工が善人で、棺桶屋が冷酷な人間ということではない。景気がよくならないと、馬車が売れないし、人が死なないと、棺桶屋は商売にならないからだ。」

とあります。

いくら馬車大工が人が金持ちになるのを待っているにしても、人に金を与えようとはしないでしょうし、いくら棺桶屋が人が死ぬのを待っていても自ら人を殺そうとまではしないでしょう。

人の心が、職業に影響されるとしても、人は職業に流される必要はありませんし、職業の善し悪しで、人が犯罪を犯すわけでもないでしょう。……従って、特別な心構えなるものが存在するとは思えません。

むしろ……

ある人が老僧に向かって、「仏教徒は何ぞや?」と質問したところ、老僧の答は「善い行いをし、悪い行いをしないことだ」と答えたそうです。

「そんなことは3歳の子供でも知っている」と笑うと、老僧は

「だが、70歳の老人でもなかなか出来ない」と返事したとか。

ようするに人なのです。……善悪は、その人の職業に主体があるのではなく、その人そのものの在り方なのです。

・・・・・・

この質問を敢えて愚問とはいいませんが、恣意的なものを感じます。いえ、真の相談内容を秘匿したくて、無理に例を作り出しているのは理解しています。ですが、同時に結論まで強要している意図を強く感じるのです。

「悪いのはあなたではなく、職業です」……といわれたいのでしょう。

でも、私がそう返事をしたところで、気休め以外の何か良い結果が生じるでしょうか?

あなたは明らかに論理的袋小路に入り込んでいて、問題はもう心霊相談の回答では解決しません。心理的なカウンセリングや、法律相談などをご利用なさる方が直接の解決に結びつきやすいはずです。次の一歩を踏み出すのに勇気が足りないとしても、今のあなたに一番不足しているのは時間の筈です。


心配性

2006/08/26

2006年08月26日


心配性……というより、心配病の友人がいる。……頭がよいから事前に問題点を見つけることが出来て、それが心配の種となる。だが、心配することで問題が解決することはない。

どうせ頭を使うなら、心配することに浪費する代りに、実際に問題と対面したときに解決のために頭を使う方が良い。実際に、今までもなるほど苦労はしただろうけれど、何とかなってきたではないか。……といえば、彼女はこう答えた。

「振り返ってみれば、大変だったかも知れないけれど、努力しているときには苦しかったとは思わない。でも、心配しているのはとても辛い。」

……そう、人間にとって活動しているのが自然な状態であって、停止しているのは不自然で、苦痛なのだ。だから、状況がどれほど悪かろうが、打つべき手がある内は、人はそうそう苦痛を感じない。人が心底苦痛に感じるのは、問題があるのに何も出来ず、ただ黙って指をくわえている状況なのだ。

だから私は指摘する。「こういうことは辞めよう、ああいうことは真似しないようにしよう」と、自分にブレーキを掛けるのはなるべく避けるだ。人にとって停止するのは不自然なことで、不自然なことに努力しても報われることは難しい。欠点を停止するために努力するのではなく、長所を生かす方向に努力するのがよいのだ。

人に出来ることには限界があるのだから、長所を生かすように努力していれば、人は短所を働かせて失敗するヒマが無くなるだろう。不自然なブレーキよりも自然なアクセルの方が難を逃れるのには有益なのだ。


小細工

2006/08/25

2006年08月25日


疲れている時には小細工を弄しても拗れるだけ。

結局、小細工というのは観賞用か、姑息な相手向きのあまり使い道のないワザかも知れない。


迷子

2006/08/23

2006年08月23日


 どんなに楽しくても無意義なことには飽きがくる。退屈に思えても有意義なことには陰助もあれば、結果という報償も得られる。その時々の情感に流されずに心の奥底に感じ取れる感覚を大切にしていれば、後々の後悔は少なく、後々の充実感は大きい。

・・・・・・

 一体、心の奥底で人が感じることとは、守護霊や祖霊といった温かき霊達の声援である。

 その導きに従って歩めば、先々に困難や敵意があろうともだんだんに穏やかで豊かな暮しが待っている。だが、人は往々、守護霊の手を振払って、自分の楽しみを追いかけてしまう。……わずか数分の逸脱であっても、電車に乗遅れれば、次の電車を待たねばならない。利用客の多い路線では数分で次の電車が来るだろうが、個性的、という、利用客の少ない路線では次の電車(チャンス)はなかなか来ない。……利己的な楽しみは未来を浪費する。

 何より、手を引かれてもなお、迷子になるなら、一体、どこに行けるというのだろう?……迷子癖のある子は、捜すのが容易な近場で遊ばせるのだと、相場が決っている。

 導きの手を……放す。同時に未来も手放している。


悪霊の手口

2006/08/22

2006年08月22日


人は自分が被害を受けるのには神経質だが、他人に禍害を与えることには比較的無神経だ

災難が続けば悪霊の祟りを恐れる人も、他人に禍害を与えることには比較的無神経である。いや、自分の災難に過敏で、他の不幸などかえりみるヒマもない人も多いのかも知れない。

だが、直接禍害を与えるような霊を指して悪霊と呼ぶのはいささか芸が無いと私は思う。この世でもそうだが、大悪党はやはりよく人の心の機微を把握しているものだ。つまり……

目をつけた相手に悪事をさせ、後悔の念で相手の行動を縛ってから、おもむろにとどめを刺すのである。ようするに袋に追い込んでからヒモを縛るわけだ。

霊媒などをやっていると、そういう手口を往々目にするわけだが、なんとまあ、多くの人は行き詰まっても、反省するより妄想して戻ってこようとしない。仮に悪霊が袋小路の出口を塞がなくても……人生が時間切れで詰らぬものになるのではないか?

除霊も大切だし、加護が厚くなるような生き方も大切だが、自分の幸運、もしくは悪運に対する免疫・耐久力を生かすのは、やはり、正しい反省の在り方だろう。


ちなみに、私は常々、「謝罪は不用」と明言している。というと、「格好をつけて……」等と批判を受けるが、何も私は誰かが批判するように、自分の寛容さを自慢したくて「謝罪は無用」というのではない。勘違いであれば、解ってくれればいい。悪意があるなら……謝罪に何の意味があろうか? まして未熟の結果であれば……謝罪しても過ちを繰り返すだろう。

謝罪は不用――出てこなければ、悪霊に口を塞がれるか、塞がれなくても時間切れになるぞ、等と思うのだ。相手には言わないが。なぜなら、未熟の結果の過ちであれば、未熟さを克服するまでに何度も過ちを繰り返すことだろう。私は頼まれもしないのに、そんな過ちに長々と付合いたくはない。自分のカルマだけで充分に重いのだから。


大切にしないから不足する

2006/08/20

2006年08月20日


人が使える時間や資源、エネルギーには限りがある。それぞれに。

不足を感じているのは果たして自分だけか?

人は手持ちの中で、工夫し、活用して、用を足さねばならない。

子供ならばいざ知らず、あれが欲しい、これが欲しいと泣き喚いて、誰が助けてくれるというのか。いや、その有様を惨めに思わないか?

いや、そんな惨めな思いを繰り返して、報われた誰かがいるというのだろうか?

多くの人々が、死ぬまでぬぐい去れぬ惨めさにつきまとわれ、死んでからも惨めさに押しつぶされている。

・・・・・・・

自分を否定する――安易で無益である。

つまらなくても、だらしなくても、汚くても、愚かでも……人はその手持ちを工夫し、活用するべきだ。

バカとハサミは使いよう……使いこなせなければ不自由なままだ。

・・・・・・・

……誰もが余裕を持っているわけではない。

ただ、大切にし、無駄にしない人だけが、大きな不足を感じずに済んでいる。大切に、大切にしている人生のゆとりを、自分の人生の使い道もよく知らない者が妬み、欲しがり、台無しにしようとしている。……救われないと不平をいうが、誰かを害しているという自覚を持たない。――それこそが救われない。


心配性の人

2006/08/18

 

2006年08月18日

参照: 負けず嫌いな人


 

心配性の知人からメールが届いた。大雑把な返事を書いて、最後には精神統一が必要であると結んだ。当方の腹積もりでは、再会時に相手の精神統一を行う気でいたのだが……

・・・・・・・

あなたの声で「よらば大樹の陰」と聞こえました。確かに。ですが、大樹に寄り添えばそれで安心ですか? 日陰、風除け、雨宿り……人生に寄るべき大樹は大切ですが、大樹に寄るだけで生きられるほど人生は単純ではありません。

「そんなことは百も承知」、あなたはきっとそう思うでしょう。確かに。ですが、問題にしていることは、生活上の技巧ではないのです。あなたの癖、無意識の選択、当たり前すぎて気がつかない自分の弱点に気がつき、難を取り除くことが大切なのです。

でも、今のあなたは何を取り除く事に関心を持っていません。ただ、心配しすぎてとても疲れるから、誰かに頼りたくて仕方がない。と同時に、頼りがいのない人が苦手で苦手でどうしようもない。

だから、よらば大樹の陰、とばかりに、大樹ばかりを目で追い掛けて、大樹に頼らなければいけない自分の弱さを直視していません。

・・・・・・・

あなたはとても心配性です。どれほど心配性かというと、心配事が的中したときに思わず安堵してしまうほどです。……

「ああ!! この程度で済んで、本当によかった!!」

むしろ心配事が的中しないと、かえって不安になります。

「ああ!! これを逃れても今度はもっと悪いことがあるのではないか!?」

……このような発想は、あなたの性格といえば性格、ですが、あなたの性質がたどり着いた一つの生き方なのです。

その大本にあるのは、端的にいえば負けず嫌い。負けず嫌いにも、絶対に勝ちたい負けず嫌いと、絶対に負けたくない負けず嫌いの二種類があって、あなたは後者です。むろん、どうせなら勝ちたいのですが、本音は負けたくない人だから、物事の先を読んで、とにかく、失敗の可能性を可能な限り列挙してしまいます。

ところが、負けないための努力というのは、勝つための努力とはイコールになりません。良くて引き分け……ある意味、負けないための努力とは勝たないための努力といえるのです。だから、残念なことに負け癖がついています。

これは大変に不合理なことです。頭が良くて努力家なのに、努力に足を引かれて勝てない。……勝つための方法が解らなくなるから、勝つことを諦め、でも負けたくないと頑張ってしまって、それが又、自分から勝利を遠ざけてしまう。

それだけならまだしも、負け癖がついているけれど、自分が負ける事には自信のあるあなたは、失敗すると予測したことが、仮に上手くいってしまうと、パニックに陥ってしまい、下手をすると上手くいったのに投げ出して、失敗させてしまうところがあります。

・・・・・・・

失敗には無限の可能性があっても、成功への可能性はごくわずかなのです。……だから、負けたくない人も、勝つための努力に集注すべきなのです。相手を攻めて力及ばなければ、そのまま逃げ出すことが出来ます。ところが、負けまいとして防衛戦をするから、負けると逃げ出すことも出来なくなる。

それに気がつけば、負けないために努力すべき事は、戦わないか、さもなくば、徹底的に攻めるかの二者択一に落ち着きます。

つまり……人生とは、前に進むか、後ろから押されるかの二者択一だ。……ということなのです。

ちょっと脱線しますが、あなたが負けるために負けないための努力をするのは、人生最初のライバルが絶対に戦ってはいけない人だったからでしょう。つまり、あなたは親をライバル視してしまったのだと私は感じます。……だから、負けるはずが勝ってしまうと、パニックを起してしまう……話を元に戻して……

あなたが心配性なのは、負け癖がついているからです。

負け癖がついたのは、人生の初期に勝てない相手と争ったからでしょう。

それでも競争心が収まらないのは、あなたが負けず嫌い……つまり、あなたの行動特性が、直進に強く、カーブに弱く、ブレーキは、無いに等しいからなのです。……負けるのに競争を止められないのは、正にカーブに弱く、ブレーキが無いに等しいからです。

ならば、あなたが得意な分野で自分を行かした方が良い。

相手が、ごちゃごちゃ抜かしたら、相手の分まで仕事を片付ける。

行過ぎたら、「後で片付けておきます」といって、まずやりかけの仕事を片付ける。

どうせ止まれないから、緩やかにカーブを描くように行動する(?)――注意・警告を受けたなら、聞く振りをして心の中で棚上げ、落ち着いてから思い出して反省する。

負けず嫌いな人というのは、目的と条件の提示を受けて、後は任されるととても上手に素早く、安く、問題を解決する力を持っているのです。それを分らぬバカには、心の中で舌を出して付合っていればよいのです。

当然、あなた自身が、一番に自分の能力の生かし方を理解していなければいけません。誰かがゴチョゴチョと文句をいっても、立ち止まって耳を傾けようとしてはいけません。……急ブレーキは事故の元。

あなたは私に打ち明けようとしませんが……、あなたが対人トラブルを起すのは、行動中ではなく、あなたが立ち止まろう、相手に歩み寄ろうと努力したときばかりではありませんか?

将来に色々と不安な種子が見えているのでしょうが、心配するのはナンセンスではありませんか? だって、今あなたが思い悩んでいる可能性の全部は、今まであなたが乗り越えてきた様々なトラブルと比べて、どれほど難易度が高いというのでしょうか? ハンドル捌きやブレーキングが苦手なのに、コチョコチョと避けて回ることを考えるより、アクセルを踏んで乗り越した方が早いですよ。

もちろん、長い人生、あなたが乗り越えられない障害が前方に立ちふさがることもあるでしょう。それは、心配が得意なあなたのこと……早め、早めに気がつけば、大きく迂回するなり、ゆっくりとスピードを落としてからブレーキを踏むなり、何とでも対処が可能な筈です。……違いますか?


心配性の人というのは、負け癖がついているのに競争が止められない人なんです。……上手くやろうという欲を棄てられたら、心配する必要もない。

でも、競争が止められないなら、無理に競争を止めるのではなく、負け癖を勝ち癖に転じていかねば希望はありません。途は一つなんです。


靖国神社参拝問題

2006/08/15

2006年8月15日 終戦記念日にて


小泉首相が靖国神社を参拝して、また騒動が起っている。

NHKの討論番組を見ていても、議論がどこかおかしい。……いや、それぞれの意見を批判・非難するほど私はこの問題には詳しくはないし、それどころか、とても興味深く聞かせていただいている。ただ、参加者は中国・韓国の批判に遠慮がありすぎるのではないか。

そもそも中国・韓国は一体何を非難しているのだろうか?……

日本の神道系一宗教法人の存在か?

それとも、中・韓国政府の指示に、日本の小泉首相が従わないことであるのか?

……本当の問題は、日本による過去の侵略であって、靖国神社の存在や、首相の宗教的嗜好ではないはずだ。

ならば、靖国参拝の理由を言い訳がましく記者の前で語るのではなく、内外のマスコミを呼び、その前に、大臣をずらりと並べて土下座でもさせて、過去の侵略について詫びると同時に、国際問題の解決に武力をもちいないことを改めて全世界に誓うべきだ。

いや、単に武力的解決を行わない、というだけでなく、国際問題の武力的解決に対して、反対していくことを誓うべきであろう。

そもそも第二次世界大戦/太平洋戦争後、他国と戦争をしていない国は非常に数少なく、日本はその中の一つである。中国はチベットに侵攻し、ベトナムにも武力制裁を行って……敗退している。韓国も竹島を武力制圧しているではないか。いまだに侵略している国から、過去の侵略を非難されているのが靖国問題であるなら、日本国元首の靖国参拝の是非は真の問題ではないはず。

日本は、過去の侵略行為を大いに謝罪し、現在、そして未来の侵略行為に反対していくべきなのである。

日本人として生まれた私たちは、過去の侵略を償う義務を持っている。だが同時に……今、そして未来において平和で幸せに生きる権利を持っている。……中・韓国民も日本国民も基本的人権を有しているには変わりない。……だからこそ、私たちは、過去の侵略を謝罪すべきであり、そして今と未来の侵略に反対すべきなのである。その謝罪と反対とは、中国・韓国にだけすべき事ではなく、全世界に向けて為すべき事であろう。

必要ならば全日本国民にその義務を課しても良いだろう。私は喜んで土下座し、全世界に許しを請うと共に戦争反対の声を上げるだろう。身勝手な国に侵略されて命乞いをするよりも、過去の行為に謝罪し、将来の平和に賛成する方が間違いなく誇り高い行為に思える。

侵略行為という国家の犯罪に動員され、不名誉な行為を強いられた挙げ句に尊い命を亡くされた戦没者に対し、国家元首が弔意を示すことはむしろ当然である。問題は、過去の侵略についていまだに非難を受けていることである。それを靖国神社の存在意義にすり替えるとは、なんということだろう! ……私は決して小泉首相を支持するものではないが、小泉首相の靖国神社参拝に、安易に反対する各政党首脳を見てガッカリとしてしまった。……事なかれ主義は一番卑怯だ。


我が家に入った泥棒に気がつき、捕まえようとしたら開き直った。

「お前の父親も私の家に泥棒に入ったぞ。お前は謝罪しろ!」

それはそれ、これはこれだ。まして、日本の戦犯は不平等といわれる東京裁判で裁かれている。チベットの問題も竹島問題も、国際司法に委ねられたことはない。


負けず嫌いな人

2006/08/14

2006年08月14日


負けず嫌いと表現してしまえば、身も蓋もない。――たとえ結果として見れば、まごう事なき「負けず嫌い」でも。


多くの心霊家によって、肉体は魂の乗り物に例えられる。だが、乗り物というのは素直な存在であろうか? 大量生産で乗りやすさを工夫された自動車と、肉体とを無意識に同一視しては……誤る。

肉体には癖がある。一人、一人、大きな差がある。……多くの者は人生に不平をいうが、果たしてそれぞれの癖を適切に補正しているのだろうか。

急ハンドル、急ブレーキが苦手な身体であれば、周囲があれこれと指示するのを嫌うだろう。

あれをして! これをして!!……急にハンドルを切れと強いる。

あれをするな! これをするな!……急ブレーキを踏ませようとする。

言うことを聞く、聞かない、ではない。身体の癖・特性に合わない行動はとりようがないのである。ところが周囲は、言うことを聞かなければ昂奮(怒る)する。特に、この癖の持ち主が幼い子供の頃に、親が無理を強いるだろう。

特性に合わないことを強いればどうなるか? 出来ないのである。やろうとすれば苦痛を感じる。そして苦痛を強いられ続ければ、後は怒り、憎むか……開き直るか、であろう。

急ハンドル、急ブレーキが苦手な相手であれば、早め早めに指示すればよいのだ。例え行過ぎても、回りまわって戻ってくればいい。

そうするのが適切な身体なのである。ならば適した運転を心掛ければよい。……だが、親は我が子に不適切な運転を強いる。いや、適切な運転をさせようとしない。その躾けに飽きた子供は、だからといって、適切な運転法を身につけるとも限らない。大抵はただ得意なアクセルを踏みたいだけ踏んで後で後悔する。場合によっては、右といわれれば左に曲がり、止まれといわれればそのまま進む。ならばといって右を左といえばその時ばかりは右に回り、行けと言われてそのまま進む。

「小回りが効かない」という欠点を補ってあまりある行動力が備わっているのに、行動力は評価せずに融通が利かないとなじる。その挙げ句に、拗《》ねた相手に小細工を弄するからかえって拗《こじ》れる……問題は、その身体に適した対処法があるのに、皆(当人も含めて)それに反して行動させようとすることから生じる問題だ。

明白な目的と、期限や予算といった条件を与えた後は、任せてしまえば上手にやるのが、いわゆる「負けず嫌い」なのである。……長所を殺すから、その人を生かせない。


あなたは負けず嫌いだ!

2006年08月26日

遠慮が出来る

最近、負けず嫌いについて、色々と書いているが、一つ確認すべき事がある。

個性とは、他と異なるから存在し得る。異質は概ね対立を生み出す。協調や調和が大切であるといわれるのはそもそも自他が異質、または対立しているから生じる必然だ。もしも周囲に埋没すれば個性は表われない。その埋没した個性はただの風景でしかないだろう。

従属や埋没を嫌うからこそ個性が確立するのだ。……つまり、自己を持つということは、他から見れば(特に服従を強いたがる人から見れば)、負けず嫌い的な行動であろう。

何のことはない、「負けず嫌い」といわれて当てはまらない人はいないのだ。いや、こう言う方が適切かも知れない。

世の中には、自分が負けず嫌いであることに、遠慮のある人と、遠慮のない人がいる。

さて、ここでもう一つあきらかにすべき事があるだろう。私のサイトを見て、反省しきりな人は、つまり負けず嫌いであることに遠慮のある人だ。……くれぐれも自分を虐めすぎず、かといって、遠慮のない人を相手に堪忍袋の緒が切る事の無いようにしていただきたい。

遠慮――あなたは「遠くを慮《おもんばか》」れる人なのである。

遠慮のない――足下さえ見えない人を相手に、遠慮を失っては躓《つまづ》きの元だ。

い先のことを心配()出来る人だからこそ、遠慮する。その事に誇りを持ち、遠慮どころか、「近慮」もできない人に従属・埋没しないでいただきたい。

 

生命はエネルギーの表われ

最近、しみじみと、生命とはエネルギーなのだと痛感する。

……まあ、それは背後霊が哲学的な思索を促しているのだが、生憎と日々の生活が忙しくて……

人はそもそもエネルギーの奔流なのである。つまり、上から下に流れるのが自然……と同時にあまりに自然すぎて、存在に意義がない。時代を導く人は、不自然にも下から上に流そうと努力している。

ところが、同じ自然に反するのであっても、大多数、いや、普遍的な人々は、往々、流れをせき止めようとして努力する。

是非考えてみて欲しい。……動かぬのは死体だけだ、ということを。これは簡単に実験できるはずだ。たったの15分で良いから、身動きせずジッとして見て欲しい。むろん、心臓や呼吸器系統、瞬きまで禁止はしない。むろん横たわっても良いが、寝返りはいけない。

とても辛いことに気がつくはずである。……人は動くように出来ている。寝ていても寝返りという形で時々刻々と活動しているのである。

・・・・・・・

私が指摘したいのは、生物は、生きている限り、動作することが自然であり、停止することが不自然であるということだ。ところが、人は躾《しつけ》と称して、子供に「動くな!」、と命じる。

いや、動作することが自然であるのだから、それでも敢えて動作しないことは、とても高度で有益な訓練ではある。問題なのは、果たして人は、その難易度を理解した上で、停止を求めているのか?

落ち着きのない子、言うことを聞かない子……子供であれば、生命力に溢れて、なおかつ、制御力に欠けているのだから、落ち着きが無くて当たり前、言うことを聞けなくて当たり前なのである。当たり前ではないこと、不自然なことを、子供に強いるに足りる覚悟はあるのだろうか?

……あるはずがない。

子供の有り様を、静かに見守ることも出来ず、落ち着き無く、口うるさく叱る親ども……心を静めて子供を見守ることの出来ない親が、自分の血を引き、似た体癖を持ち、しかも未熟な子供相手に、適切な態度が取れるはずがない。

もしもあり得ないはずの覚悟を、持っていると自認する親がいるなら、遠慮の無さを反省すべきであろう。

・・・・・・・

皆、不自然なことを身につけようとして努力し、身に付かないで、フリだけしている。……その程度の嘘、しかも自分相手の嘘を指摘して、あなたを非難しようという気はないが、だが、その意味するところを共に考えようと提案せずにはいられない。

素直なようでいて、人は沢山の嘘を自分についている。……善良なあなたには、耐え難いことかも知れないが……嘘は減らすべきである。たとえ被害者は自分一人であろうとも。


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