寓話
2006/05/292011年9月20日
ある時のこと。私はとある人の言動に腹を立てた。とはいえ、「腹がたったから小言をいう」というのも大人気ないし、多少の小言でなにかが変わるとも思えなかった。ならばいっそ、私の胸中を寓話の形で表現すれば、誰かの役に立つかもしれないと思い、纏めてみた。
夢の橋
2006年05月29日
慎重な人が、渡る前に棒で「夢」という名の石橋を叩いた。
「いや、まだ安心できない」
ハンマーを持ち出したが、石橋は壊れない。
「この程度で安心して渡れるものか」
とうとう爆薬まで持ち出して橋を壊してしまった。
「ほらやっぱり壊れたじゃない。だからこんな橋は信用できないというのよ。渡らないで良かった」……と嘲笑った。
・・・・・・
橋の営繕係がいた。傷んでいる橋、壊れている橋を直し、人通りが多い木の橋を石の橋に作り替える仕事をしている。
その営繕係が橋を巡回していると、対岸に橋を壊している人がいた。
「なんとまあ、乱暴なことを。でも待てよ。そういえば、今まであの橋を渡る人を見たことがない。……そうか、いらないなら、あの橋の資材で別なところに橋を造ろう。きっと多くの人に喜んで貰える」
旅の薬売り
2006年05月29日
旅の薬売りが山道を急いでいた。
「やれやれ、すっかり遅くなってしまった。これでは山中で野宿だな」
そんな独り言をしているうちに、一軒の小屋が見えたので宿を請うた。
娘が出てきて叫ぶ……
「今は、父が病気で大変なんです。どうぞ我が家には関わらないで!!」
仕方なしに薬売りは、すっかり日の暮れた山道を先に進むことにした。
「やれやれ、なんの病気かは知らないが、もしかしたら私の薬が役立ったかも知れないのに」
・・・・
帰り道、麓の村で噂を聞いた。山中の小屋に住む者が病の果てに亡くなり、それを嘆き悲しんだ娘の喉に、とうとうでき物が出来たとか……その話を聞いた薬売りは、急いでこの山を越えた。
「やれやれ、嘆きの涙で潰れた喉に、効く薬何ぞもってはいない。偽薬だなどと叱られてもつまらんから、先を急ぐに限る」
幸福の木
2006年05月29日
災難続きの者が、 幸福の実がなる木の噂を聞きつけ、幸せにして貰おうと山越え、谷越え、やっとの思いで仙人を訪ねた。
仙人は、『種を蒔かねば芽が出ない。幸福という実りが欲しくば、まず幸福の種を蒔け』と、一つぶの種を与えた。
帰宅して早速、種を植木鉢に蒔いた。
「なんとまあ、幸運なことに仙人に会えて、幸運の種まで貰った。これから一生懸命に幸福の木を育てるぞ!」
毎日水を遣り、飽きることなく植木鉢を眺めた。
3日たち、1週間たち……ようやく芽が出た。
一月たち、二月たち……芽はすくすくと伸びたが、いつまでも実が成る様子は見えない。
とうとう飽きて植木鉢をほっぽり出した。
「ああ~努力するなんて、バカバカしい、どこかに幸福の実が落ちていないものかなぁ」
・・・・・
隣の住人が、棄てられた植木鉢を見て、顔をしかめた。
「なんとまあ乱暴な。何でこんなところに植木鉢を棄てるのだか。おや、しかも木が植えてあるのに。枯れるのも可哀想だからうちで植えるか。」
植木鉢のままでは根が窮屈そうだったので、庭に植え替えて水を遣った。
二年たち、三年たち、とうとう幸福の実が成った。
「なんとまあ。これが珍しい幸福の木か。どうやったら手にはいるのかと思っていたら、人が棄てるのを待っていれば良かったのだな」
実ったのを買えば?
2006年05月29日
仙人から、幸福の木の種を貰ったと喜んでいる男に、隣人が言った。
「そんな種を蒔いたところで、実が食べられるようになるのに何年かかるんですか! ほら、あそこの仙人さんなら、種じゃなくて、実を売ってくれますよ。しかも食べやすい、種なしの幸福の実です。大体、その種は本当に幸福の木なんですか。ちゃんと実がなるかどうか、怪しいものですよ。」
ちょっと悔しげに男はこういった。
「買ってきた幸福の実は、食べたらまた買わなければなりませんが、種から育てた幸福の木は、季節毎に実りを与えてくれます。今の幸福も大切ですが、明日の実りのために種を蒔くのも大切ですよ」
なるほどと思った隣人は、別の仙人から種を貰って庭中に蒔いた。すると庭がイバラで覆われた。