‘2006/04/12’ カテゴリーのアーカイブ

――忘我――

2006/04/12

 我を忘れて物事に打ち込む。幸せなことである。どんな困苦が待ちかまえていようが、我を忘れて努めている限り、その苦しみが心身を痛めることはない。傷つくべき「我」をもたぬからである。

 が、痛み、苦しみ、悲しむ人は、『なぜ私(我)が……、どうして私(我)が……』と、「我」ばかりを問題にする。傷つくのは「我」であり、その「我」を置き去れぬことが苦しみなのに。

『「我」を置き去って、自分はどこにある? 我を充たすことが満足ではないか、満足が合ってこそ幸せではないか!!』……そういう人が何を目指すのか?――悦楽に我を忘れて過ごすことではないか。

 人の心に「我」が持ち上がるのは、泣き言、不平、不満を心に貯めた時だけである。「我」とは即ち、「思うようにならぬ悪因縁」のようなものであり、「疫病神の手先」とも見なせよう。――自らの「我」がいかに悪しき存在であり、己を間違いに導く元凶であるかを認めがたいなら、周囲を見回してみればよい。我の強い人がいかに迷惑を及ぼし、また、独善的な幸福感に縛られていることか。……彼・彼女らがいう「幸せ」とは、果たしてあなたがうらやむべきものであろうか?

 憑依も誘惑も「我」が有ればこそのものだ。なるほど「我」を捨て去るのは難しかろう。だが、己を不幸にし、誤った道に誘い込もうとする意識である、「我」を大切にすることの愚かさを知れば、幸せへの道が開けてくるのである。

2006-04-12


霊能力

2006/04/12

 時折、霊能力の開発法を尋ねられます。

 私は、「善良に、そして奉仕と共に生きることだ」と答えます。


 どんなに素晴らしい道具をもっていても、怠け者では仕事が進まないし、いざという時に道具を撰んでいる暇などありません。果たして、道具がなければ出来ない……と、ぐずぐずしている人がいざという時に役に立ちましょうか?

 有益なのは、今ある手段でやり抜こうとする意思であって、あなたが決意を抱けば、手段や道具は自然と集まってくるものです。

「ああ、私に霊能力があれば、人々のために懸命に働くのだけど」

 ……霊能力が無くても、世のため、人のために懸命に働く人は大勢います。そして……この世に霊能者は十分足りているのです。ただ、人々の甘えた心や虫のよい願望を満たすほどには足りないだけで。


 先日、「あんたなんかで心霊相談が勤まるの」と、先生に聞かれました。

「私じゃだめみたいだけど、先方(相談者)の背後様が頑張っていらっしゃるようです」

 と返事すると、先生は笑っていました。先生の守護霊も見守っています。……叱られなかったところを見ると、どうやら、今の私の努力は及第点を戴けたようです。


2006-04-12

苦手意識

2006/04/12

2006年 04月 12日


得手不得手があるから、人は助け合う・・・

苦手があることは、恥じるべき事ではありません。

恥じるべきは、苦手があることを隠そうとすることです。


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