持って生まれた勤め
2006/01/272006年 01月 26日
人には持って生まれた勤めがある。
……というと、反発する人もいる。
「一体誰が決めたんだ、俺はそんなことを認めた覚えはない!!」
しかし、適切な問題提起がなければ、真の答にたどり着くことはない。そして、自分を縛り上げる様々な問題点を解いてこそ、人は真に主体を獲得し、幸せになることが出来る。そして、多くの人の過ちは、背負った勤めを、何物かの意志の結果と考えることだ。
自分の重荷を、誰かの意志と見なして、抗議し、懇願し、解決する代りに何とか逃れようとする。
だがその重荷はあなたの行為の結果なのである。
だから、「逃げれば追い掛けてくる」とも表現されるのだ。
どう生きるべきか。何が最善であるのか。そして、何が出来るのか。それさえも理解せず、途方に暮れるだけの人に、試練を明白にしてくれる人が現れるとしたら、何とありがたいことか。つまり、問題提起が適切であればこそ、真の解答と向かい合えるのである。……多くの人は悩んでなお、真の問題を理解せずにいるというのに、それでどうして真の答を得られるのか。
問題提起を手伝ってくれる存在には、自由意志があり、同情心も富んでいることだろう。……だから、つい甘えてしまうのだろが……それでは、せっかくの味方から見放されてしまう。
苦しみの最中にある人は、苦痛に疲れ果てて、洞察力と忍耐に欠け、往々、すべてを憎み、当たり散らしたりもする。だが、相手を間違って苦しむのは己自身なのである。
自分の問題にしっかり取り組めばこそ解決に向かうが、第三者を巻き込めば困難を増やすばかり…… さらには、問題解決に何ら繋がらない責任回避の努力など、時間の無駄だ。
永遠に時間があるならいざ知らず、人は老いるのだ。今に困難があるように、明日には明日の試練がある。それを、今日の困難を明日に回せば、明日の困難はいつ取り組むのか? いや、今日解決できない困難が、明日なら解決できるのか?
たとえ人に救いがあっても、時間だけは巻き戻せない。失われた若さは取り戻せないのだ。