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修行の栞

2006/01/06

2006年 01月 05日


 修行をしたいという申し込みが増えている。しかし、私はいささか前を歩いているかも知れないが、ゴールにたどり着いたわけではない。それもあってか、改まって教えを乞われて戸惑うことがある。ついては「修行の道標」となる事柄を霊達に質問してみた。

Q 「どう修行すべきでしょうか?」

A 「あまり修行、修行とあらたまらぬが良い。人の数だけ修行の形があるのに、下手に修行の知識が広まれば、大勢が形に嵌ろうとして窮屈になっていく。自由闊達に自分を伸ばすのがよいのじゃ」

……なるほどと思ってしばらくこの質問は棚晒しになっていた。ところが、廬氏がこの件につき回答しようといいだした途端、それを遮るように話が広がった。

A 「己の過ちを認め、足らぬものを認め、弱いところを認め、欠点を認めることが、地上の生で学ぶべきことだ。

 霊界では、過ちがあろうとも魂の行き方が鈍ることなく時は過ぎていく。つまり、魂の行いが悪いことは、すなわち地上の人のいうところの妄想となって、ただその妄想が大きく膨らんでいくだけのことだ。正す必然がない世界では間違いを正すのは容易ではない。指導の神々(通信のまま、スピリチュアリズム的には高級霊と呼ぶべきか)が口を酸っぱくして言い諭しても開き直って、ワガママを改めようとしない霊魂の何と多いことか。……実をいえば、地上に再生する魂の中には、妄想をあらためぬ為に、『ならばその信念を地上で試してみよ!』と、送り出される者もいる。

 であるから人は、自らの信念を地上で貫いて自分の正しさを証明するか、心掛けを改め、素直に、そして誠実に生きるようにと勉めるかを選ばなければならない。……であるからこそ、隠しておきたいことがあるのだ。ただ苦労に信念を曲げ、死後は再び、夢幻界でワガママ放題をしようとする安易な霊魂に、抜け駆けの知識を与えたくなかったのである。……まあ良い。わしらもズルを認める気はないでな。」

Q 「素直で誠実に生きる、とは、魂の修行の完結の目的ではなく、人生の修行の完結に関する助言ですね。」

A 「うむ、廬氏の口出しを恐れたのは、氏が自らの努力による魂の完結を目指す方であるからだ。それに対してわしらのやっていることは、いわば、『授業を受けるなら師に敬意を払え』という程度の話で、無論必然もあってのことだ。ただ、情けないことにこの程度の課題さえも解けぬ者の何と多いことか……」

……ああ、たしかに……

A 「そう、心霊を学ぶというのは、素直に生きるということである筈なのに、大多数の者が、 無理を通す為に心霊を学ぼうとする。霊媒も神仏も騙してまで、自分のワガママを通そうとする魂の何と多いことか。その様に先のない行き方をする霊魂と関わらず、己の修行に専念することだ。」


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