‘2005/12’ カテゴリーのアーカイブ

墓相について(家相も含め)

2005/12/11

 05年 12月 10日


Q 「墓地の購入について注意点等があれば教えてください」

 墓相については占術者によって色々意見のあるようですし、石屋さんとタイアップした霊能者の解説本などを見たら、それこそ迷いの元でありましょう。
 私が、自家の墓地を買う際に注意したのは、

  1. 分相応の規模
  2. 清潔感(日当たりなど)
  3. 場所の印象度(訪ねやすさ)

の三点です。

 墓相の良し悪しを心配される方もいるでしょうし、反対に、無神論者や心霊研究の猛者などは、家相や墓相を一笑に付す事もあるようです。ですが私の観察によりますと、家相や墓相が悪くて難が起こるというより、心に歪みのある人が、悪い相の家や墓を建てるようです。

 たとえば患者に作画させる心理検査があるのです。ならば、ある人が何を良しとするか……何を好むかは、その人の心の現われと見ることが出来ます。……つまり、家相や墓相が先と見るから迷信と思えるのであって、逆に、その人の家や墓に対するセンスを見ることで、その人の将来の行動を予測することは決して不可能ではないと思われます。

 ではどういう墓相が良いかとなると、これはやはり専門的にやっていらっしゃる方に相談するのが一番な訳ですが、同時に、誰を信じて良いかが難しいところです。

 ただ、大雑把に言って、以下の点に気をつければ充分であると感じます。

  •  日当たりと清潔感は重要です。……主人の心の健やかさの証です。
  •  場所の印象度……ロケーション的な便利さも、主人の素直さの証でしょう。
  •  墓石の規模、配置、形状、石の種類なども同様にお考え下さい。奇をてらうのも、地味すぎるのも、派手すぎるのも、それを選ぶ心に屈折を感じさせます。

 選ぶのに迷いがあるのも縁起が悪いというより、心根に素直でないものを疑うべきです。反対に、あまりに忙しく決めるのも、軽薄さを感じるかも知れません。……この判断は難しいところです。つまり、祖先の霊が選ばせようとしている場合もあるからです。

 いずれにせよ、悩むよりは素直であるべきでしょう。また、すでに購入した墓の相が悪いなら、こまめな手入れが難を避けさせます。…… 人の目があるところに悪事は起こりにくいからです。


上手な手の抜き方

2005/12/08

大阪オフ会の質疑にて

2005年 12月 07日


一口に几帳面な仕事というが、失敗をおそれるあまり、胃を悪くしては何のための人生か分らなくなる。……かくして、大阪オフ会にて、上手な手の抜き方について質問を受けた。

私も一応職業人だ。手の抜き方ならばそれなりに実績(?)もある。また、私自身が受け取る霊査にも、やはり手の抜き方に関するものが多い。とはいえ、木に竹を接ぐのたとえもあり、私に対する霊査が、この質問者に対する答になるとは限らない。 ……一人一人が違う人生を歩んでいるのだから、一人一人に、それぞれの霊査がある。

・・・・・・・

 最初に、お母様の躾の影響と感じます。(質問者は、むしろ父親の躾が厳しかった、と反論する)……そして霊査として、

『全体を見よ、全体を見れば省けるところが見えてくる。

全部を完璧にこなそうとするから集中力が足りなくなる。まして、人から言われるままに動くから、気ばかり遣って疲れやすい。

(大阪オフ会ではここまでの説明で次の話題に移ってしまった)

 言われたことを従順にこなすのは、美徳な様でいて使う側から見れば面倒なことだ。面倒をこらえて指示をしているのに、しくじられれば腹立ちも大きい。かくして努力するほど怒られやすく、実りが薄い仕事となる。だが、言われる前に行い、気がついたらすぐに済ませておく。……出来ることを印象づけておけば、仕事のアラも隠れて見えない。

仕事への取り組み方に疑いを抱かれれば、どれほど努力しても重箱の隅を突くようにしてミスをほじくり出されてしまう。だが、仕事への取り組みに信頼を勝ち取れば、粗雑な仕事でも、「要点を押さえた仕事」と評価されるだろう。

几帳面な仕事が完璧なのではない。要点を押さえた仕事で充分に完璧なのである。…… 全体というのは仕事全体という狭い範囲のことではない。人生すべてにわたる視野のことだ。

嫌な表現ではあるが、仕事が十分出来ても上役から嫌われれば評価されぬものである。逆に仕事がまるで出来なくとも上役・同僚から好かれれば仕事も評価されてしまう。

これは神の正義の不在ではなく、社会、ひいては、人間の評価の歪みである。』


霊査事例: 2005年12月7日

2005/12/07

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


総論

 大阪オフ会で改めて認識したことが二つあります。
 一つは、「内攻」……物事がうまく行かないとき、その原因を追及するよりも先に自分を虐めてしまっては具合が悪くもなります。
 もう一つは、今回初めて問題視することかも知れませんが、「隠れた欲求」です。内面(深層心理、または、自己の魂)の欲求を適切に理解できない場合、欲求不満が募って、小さな過ちを犯しやすくなります。精神統一には、その隠れた欲求を発散させるガス抜きの働きもあるのですが、オンラインでの精神統一指導では、そのガス抜きがうまく働きません。


霊査事例1

 手掛かりはあるのです。ただ、手掛かりを上手に使わずにいるから背後霊の溜め息が聞こえます。……頑張りましょう。もうすこしです。

霊査事例2

 満足出来得ない事への努力は空しく、空しい努力は迷いを増やします。
 情念は満足させ難く、といって論理はあまりに空虚に思えます。……その中道にこそ生きる道はあるのですが、あなたはまだ見いだせずにいます。というより、見つけたくないのかも知れませんね。

霊査事例3

 人は分かち合わねばなりません。……すると、相手の努力は自分の取り分を奪うことでもあります。単に優しいだけなら相手に奪われるだけ、厳しければ相手から奪うだけ……そのどちらの選択肢も実は正しくありません。

 互いの取り分を増やすための努力こそが本当に大切にすべき努力です。……でも、あなたがそれに気がついただけではどうにもなりません。

 地上は魂の幼稚園。必要なのは世話役であって、幼児でも、幼児を虐める大人げないお兄ちゃんお姉ちゃん方でもないのです。その事はあなたが幼少期に痛いほど良く理解したはずのことです。

霊査事例4

 辛いことを忘れてもいずれは思い出します。辛いものは預けなければならないのに、あなたは生真面目で持てあましています。…… それが出来るのは若さ故の体力なのですよ。

霊査事例5

 心霊に理想を抱けば、理想、ひいては心霊に騙されます。そもそも現実とは見栄えの悪いものなのです。その真相を見抜けぬ人には。

 焦らぬ事です。あなたの誠実さこそが真実・真相であり、価値のあるものだから。あなたはどうも誠実さとは対極にあるものに目を惹かれがちです。

霊査事例6

 あなたの不満のほぼすべては、あなたの遠慮が生んだものです。

 理想があれば乗り越えるべき事、希望があれば耐えられる事が、あなたの遠慮が耐え難くしています。

 目上だと思う相手だからこそ、許せないこともある……許そうとするからかえって苦労するのです。

 許すべきは自分であって、他人ではない……まずご自分と仲良くするべきです。自分を虐めすぎると、何が真実か、何が真理かが分らなくなります。


霊査事例: 2005年12月3日(大阪)

2005/12/03

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


事例1

  •  「心配なし」……あなたのメールを読むと、どうにも心配でたまらなくなります。どうもあなたの表現には不安を強調する癖があるようです。
  •  「評判ではなく、あなたの意見は?」……仕事のことで上役からいろいろ言われてあなたが不安になるのはわかります。でも、大切なのはあなたの意見です。
  •  「やれといわれたことをそのままやろうとするから巧くいかない。」……当事者でないものの指図では、あれこれ不足があるのは当然です。
  •  「仕事に悩みが起こるのは、給料のうちに含まれています。」……そんな悩みばかりでなく、人生をどう生きるかが大切です。
  •  「一生食うには困りません。」……仕事にばかり気をとられず、豊かな人生をおくれるように工夫いたしましょう。

事例2

  •  ものもらいの霊が見えます。どうもあなたは自分に同情しすぎて、良からぬ霊を呼び、追い出せずにいるようです。
  •  霊的にはまだ掃除の段階です。
  • 「あなたは心を働かせすぎます」……風景を見、季節の移り変わりを眺める様な心の働かせ方をなさってください。人の心を見るのに心を働かせては疲れます。なんとなれば、今笑っていても、5分後には怒っているかも知れないのが人間だからです。
  • 「誰にでも欠点はあります。その欠点に振り回されるのは志が低いからです。」……うまく行かないときには、手段を変えることです。目指すべきは光明の世界、小さな事に囚われて、心を暗くしないようにいたしましょう。
  •  考えすぎています。鷹揚に、鷹揚に……(解散後に気がつく:お子さんに対して、言いたいことをいえずに、回りくどいいい方をすると、理解されないどころか事が拗れるかも知れません。素直に言い、くどくないように気をつけてください。

事例3

  •  「幸せは待ってもこない。つかみ所が悪いと壊れやすい。頼れば痛め、頼らなければ縁が遠のく。」
  •  「話しかけるよりも、そっと肩に手を置くだけが、良いときもあります。」
  •  (統一中に)「もっとリラックスなさい」……リラックスするには、呼吸をゆっくりとすると良いでしょう。
  •  色々と願いがありすぎてかえって心が迷っています。……祈りは深く一度だけ。それが2番目に大切なコツです。

事例4

  •  「物事の責任はあなた一人が背負うべきものではありません。」……責任感が強すぎると、愚痴や不平が多くなり、その愚痴や不平が身体を蝕みます。
  •  ご家族の上に星が光っているのが見えます。一族に加護があるぞ、との印だそうです。しかし、いくら加護があってもそれだけではうまくいきません。あなたもその手助けとして「無理せず、あきらめず」ということをご家族に教え導いてください。
  •  何のことかは解りませんが、何かの問いかけを持っていらっしゃいますね、それに対して「出来る!」という大声が聞こえました。
  •  邪気をはく習慣をつけましょう。
  •  死の準備をすることが長生きの秘訣でもあります。枕元にお迎えが来ても相手にする必要はありません。死んだ後にお迎えが来たら、ついて行けばいいのです。

事例5

  •  とても大きな罪悪感を抱いているように見えます。
  •  精神統一中に霊動が出ていました。
  •  「出来ることをやる、悔いなく。すぎたことは恥でも、過ちでもなく、明日の心の糧である。」
  •  「仕事を盗むのは罪にあらず。」
  •  身体に落ち着きが足りません。……「足の裏から息を吸う」……むろん生理的には不可能ですが、呼吸のコツです。
  •  「大切なのは信頼関係です。背後霊が何を言おうが、放っておけばよいのです。本当に大切なことならば、相手は何度でも繰り返し伝えようといたします。そうして信頼関係を結んだ相手の言葉だけを聞けばよいのです。」

事例6

  •  見たところ胃にしこりがあります。あなたは責任感が強いので胃を痛めているようです。
  •  仕事にだけ気をつければよいというわけではありません。
  •  センスを磨くには、広く物事を見ることです。決して自己満足に陥らぬように。
  •  手を大きく振り、大股で歩く。背筋が伸びて格好が良くなります。

事例7

  •  「信仰心も、つまりは思いこみの一種」……思いこみの強い人は手が焼けますね。
  •  「仕事に不満を言うよりも、その面倒な仕事を役に立てよ。」……実際にはやっていらっしゃいますよね。
  •  「角を突き合わせるから角がとがる。とがった角も使えば摩耗する。」……悩みはいつかは消えてなくなります。
  •  「今は不安、転べば不安、どうしたって不安が消えないのであれば、その生き方は間違っている。」
  •  「いちいち考えるな、なるようになる。ならぬようにはならぬ。」

ナンセンス

2005/12/02

2005年 12月 02日


 言葉で、心や感覚を表現するには無理がある。聴き手にセンスが無ければ理解することは難しい…… 仏教では理解でなく悟りを要求するのはそういうことだ。

 私は往々、質問に対してナンセンスという返事を返す。無論失礼な返事ではあるだろうが、礼に拘っては混乱がますます広がるだろう。

・・・・・・

  •  ポジティブシンキングで生きたい。
  •  大宇宙に沿った生き方をしたい。
  •  不惑にでありたい。

 一見よさげな言葉がなぜか実践できず、理想が人生の足手まといとなる。一見簡単そうな理想なのに実現できぬ自分を、卑下してコンプレックスさえも懐く。それもまじめで善良であるが故に。

……どうしたら実現できるのか?

 私はこの手の質問・相談に、相談者の努力や資質の不足を感じたことがない。ただ、これだけは確かだ。設問が間違っていたら正しい答が得られるはずもない。……実現出来ぬ理由を捜すのに、どうして自分の設問に疑問を抱かないのだろうか?
 誰かが長い思索の末に得た答だけを取出して、それを実現しようとするから陥る過ちだ。
 たとえば、明日私は大阪に出かけるが、大阪の地図だけ用意して、途中の乗換えに関する情報を用意しないとしたら、せっかくの大阪地図も役立たぬだろう。それに似ている。

 思うように生きられぬ人が、苦しんだあげくに、どうしたら前向きに生きられるだろうかと質問を寄せることがある。だが、ポジティブもネガティブも手段であり、手段は目的に応じて選ばなければならない。

 たとえば車の運転をするのに、「交差点では飛出す車や歩行者はいない」、「カーブの向うに対向車や駐車車両はいない」と決めつけて良いものだろうか?……注意すべき時には、可能な限り備えた方がよいのだ。

 どうも私の見る限り、ポジティブシンキングにあこがれる人は、注意すべき時に楽天的で、失敗したときに悲観的になる人ばかりだ。これは逆である。単に取組みが間違っているだけでなく、事故を起してしらばっくれようとするようなふてぶてしさが見て取れる。まして考えもなく行動してもうまくいくのがポジティブシンキングであるというなら、それを求めるのは何とも罰当りだ。

 この問題は更に根が深い。設問が悪くて答を得られない人なら抱えている問題が一つだけのはずがない。たくさんの問題を抱えて疲れ果て、一縷の希望にしがみついていることが多いのだ。だから、ポジティブシンキングや、その他の理想の実現方法を求める事の過ちを指摘されても、それでも答を求めようとする。間違った電車に乗っているのに気がついても、疲れていて席を立てないのだ。

 結局、答を求めているのではなく、重荷を預けられる相手を捜している……だからこそ答が得られない。当事者・責任者である自分ですら嫌な苦労を、誰が好んで引受けるというのか? 他人を利用して楽をしようとするのは泥棒と同じ発想ではないか。だから神・仏からも救われない。

 設問が悪いから答が得られず、頼りかたが悪いから助けも得られない。……だから私は、「ナンセンスだ」という。

 必要なのは答ではなく、センスを磨くことだ。


個人鑑定について

2005/12/02

05年 12月 01日


「参加する時間が取れないのですが、個人鑑定をお願いすることは可能ですか?」

とのメールを頂いたが、返事をするのに困ってしまった。

 霊査を取るだけならば面接の必要はない。実際、ここ数年間、「オンライン精神統一会」なるタイトルでメンバー限定のメーリングリストを実施してはいる。しかし、このオンライン精神統一会の継続に意義があるか、否か、私は大いに悩んでいる。

 人はどうも努力なくして得たものを大切にしない所がある。「オンライン精神統一会」の目的は、私自身の実習の機会と捕えているから、参加者が返事を返さなくとも気にも留めない。しかし、それで果たして参加者の向上の役に立つのだろうか?……つまり、私は個人鑑定に応じることが出来るが、それを希望する人は、はたしてその「個人鑑定」に報いて、それを生かすことが出来るのだろうか? 現状のままでは、帰属することに安心感を見出すだけではなかろうか。

 するとこうもいえる。遠隔地だからと優遇することが、結局、修行を求める人の負担を増やしているのかも……つまり、私のやっていることは悪循環を生んでいるのだ。……現システムは破綻している。単に、止めるべき時を探しているに過ぎない。

・・・・・・・

 そもそも霊媒というのは鐘と同じで、ようは撞き方次第で良い音が出たり、詰らぬ音が出る……霊媒に限らず、有益な回答を得るには整理された質問が必要であるといえる。

 ところでこの質問者は、以前に

「わたしは長い間精神世界を渡り歩いてきましたが、なかなかこれだ!というものに出会えません。どうしたら出会えるでしょうか?」

 との問を投げてきた。これはつまり、「よい鐘がないから音が出ない」のか、それとも「良い撞き方が出来ないから音が出ない」のか、どちらなのだろう? もしもこの相談者が、世間には良い鐘がないと考えるなら、きっと私の霊査にも幻滅するに違いない。幸い、この旨をメールにて送ったところ、「問題は撞き方にある」と認めてくれた。つまり、この相談者の質問に答えることは非常にリスキーではあるが、無駄ではないことの暗示ではある。


先祖供養

2005/12/01

2005年 11月 30日


 先祖供養は大切だと思う。……だが、供養とは何だろう?

 供養とは尊敬という意味だ。すると先祖供養とは先祖を尊敬するという意味になるが、尊敬とは何だろう?

 少なくとも尊敬とは、その人の理解力に制約されていることは間違いない。たとえば、犬や猫が、動物病院の医師を尊敬するだろうか? いくら病から救われたとしても、犬も猫も動物病院の医師を嫌い続けるだろう……理解できないが故に。

 だから私は、先祖供養を強いる代りに、私の言葉を聞く人々の心の広さと自由さを求める。先祖供養の大切さを知るその前に、より広く、より多くの者達に対して敬意を抱けるように努力する。


四十にして惑わず

2005/12/01

2005年 11月 30日


「40歳目前なのですが、中々不惑とはまいりません」

とのメールを頂いた。前後の文章も礼儀正しくて教養を感じさせるし、とても真面目で、善良な方なのであろう。友人にして決して損のない方だと感じる。……いや、冷やかす気も、侮辱する気もない。ただし、褒めているのかというと必ずしもそうとはいえない。

 行き詰まったら、方向性を変えてみるべきだ。……なかなか不惑に至らないなら、教養、真面目さ、善良さのどこかを修正すると打開策が見えてくるかも知れない。そういう柔軟さを身につければ、きっと良き友人どころか、こちらが頭を下げても付合って貰えぬような立場となるかも知れない。

 人間、欲気が枯れれば自ずと迷いは減る。孔子様がご存命の頃の平均寿命はいかほどだったのだろうか? 栄養状態の良い現代人と単純に比較することには無理があるはず。実は、40近くになってまだ、迷いがあるのは、その身体機能が枯れていない……老いにまだ間があるということだ。焦る必要もないというより、焦る価値もない。

(この解釈の違いは教養と真面目さと善良さの害であると私は見る)

 大切なのは、「迷わぬ事」ではなく、迷った挙げ句に決めた後の行動力だ。それは、迷うことを嫌わなくなれば、自ずと収束していく結果である。つまり、迷って当たり前なのに迷わぬように努力をするから、その無理と背伸びが行動力を阻害するのである。

・・・・・・・

迷うのはエネルギーが余っているからだ。くたびれていれば迷う余地なく、一番手近な選択肢を選んで終わるだろう。

エネルギー過剰で迷っているのを、迷わぬように努力で押さえ込もうとするのだから何たる無駄か。でもこれを行動力に振り向けたらどうなるのだろう? ……不真面目な私など、すっかり置いてきぼりを食うかも知れぬ。


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