精神統一会への参加
2005/12/2005年 12月 19日
Q 「東京・横浜オフ会参加が難しいのだが、修行の方法はないか?」
ここ数ヶ月、同様の相談を何件かいただいております。その打開の一環として大阪でのオフ会開催となったのですが、外国在住者相手では私が出向いてのオフ会開催には難があります。
●たとえば通信霊査(オンライン・精神統一)
当サイト開催当初から、「オンライン・精神統一会」と称して、オフ会に参加できない人宛に霊査を取り、メーリングリストで配信するということをやっております。……が、現在募集はしておりませんし、来年2月中(2006年2月・既に休業)に無期休業の予定でおります。
霊査を取ること自体は、面接せずとも大丈夫なのですが、いかんせん、人間は感情の動物で、発信と受信との間にタイムラグが存在するメールでの交流は、まるで針を箸でつまんで縫い物をするのに似た気遣いを要求されるので、非常にやりにくい部分があります。……むろん、私はこのオンライン精神統一会で様々なノウハウを得たわけで、いずれは整理の上、別な形で活用したいとは思いますが、今すぐ何かを始める予定はありません。
さらに根本問題として、霊査を得ても活用できなければ意味がないわけで、ここに一番の問題があります。いわば、目の付け所が大切なわけですが、そういう指導は、同じものを見ているときにこそ大きなチャンスがあるわけで、同じ時間、同じ環境にない人と視点についての話題を論じることには困難があります。
●道は複数あるが
頂上へと続く山道が一つに限らぬように、修行の道にも複数あることに疑問の余地はありません。しかし、オフ会の意義は指導役がいることです。
山道に例えるなら、案内役が必要な道は、すなわち困難な道であり、敢て困難な道を選ぶことは、つまりそれだけの価値があるということです。
霊的にいうなら、前世に持ち、今生では忘れているものを、取り戻す為には僅かな切っ掛けだけで済みます。…… ですからメールでヒントを差し上げるだけでも意義があるでしょう。でも前世で持たなかったものを、今生で得るには相応の努力が必要で、ここにも収支のバランスが厳然としてあります。……つまり、結果を得るには相応の代償が必要だということです。
●根本的な問題
具体的な質問に答えることはメールでも容易です。しかし全般的な指導となると話は別です。
霊感で千里・万里を超えて指導せよ……というのは、何とも良いアイデアに思えましょうが、人は往々、眼前の者の注意にすら無視し、反発し、素直に受けようとしないものなのです。すなわち、正しく聞き耳を持っている人でなければ、通信指導は意味がなく、正しく聞く耳を持つ人なら、霊媒に頼らなくても、自身の霊覚だけで、相応に向上が出来るはずだからです。