2005-11-27
Q 「神棚を掃除中に、飾ってあった白蛇の置物をうっかり壊してしまいました。祖父母の代から神棚にお祭りしていた古い置物で、何度も割れたりヒビが入ったのをボンドでくっつけていたので少しの衝撃でも割れてしまったらしいのです。ただの置物とはいえ長年ご神体として拝んできたものを壊してしまって、少しビビっていたとこへもってきて、昨日転んで頭に怪我をしてしまい不安になりました。壊れたモノをどうしたらいいでしょう?」
置物をただの置物として扱うなら、やはりただの置物に過ぎません。しかし、ご神体として扱うと、その置物は「通信の中継点」となり、価値が変ってきます。これがいわゆる「神・仏が宿る」という状態です。
ここで注意すべきは、勝手に神仏が宿るのではなく、わざわざ招き寄せているということです。招き、呼びながら疎かに扱うことは、非常な無礼な行為です。その無礼によって神仏が祟る……などとは考えないことです。神仏にすら無礼を行う人が、いかなる態度を自分の人生にとるのか、それこそが重要です。
神仏とは、強力な神霊と見なすよりも、自分の心を写す鏡と見る方が実体に沿うのです。
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さて縁起物には「有効期限」があり、ヒビが入るのは有効期限切れの合図です。期限が切れた縁起物はすみやかに新しいものと交換しなくてはいけません。先祖伝来の物で棄てがたければ、神職・僧侶・行者に頼んでリフレッシュする必要があります。そういった事柄を欠いて無思慮に祀っていると運が去ります。または疫病神が住み着くといいます。
……神仏は不浄を嫌いますが、人間の祈りには、生活の必要性から生じた様々な欲望が含まれています。祈祷の対象、いわゆるご神体も、人の祈りを向けられていれば霊的に汚れますので、どうしても定期的に清めなければ神仏が懸ることが出来ません。ご神体を不浄にしておけば、神仏が去って疫病神が住み着くというわけです。
さて、転んで頭を打ったとのことですが、つまり、「早くお返ししろ」とのご先祖からの合図です。いつまでも放置しておくとさすがのご先祖も庇いきれなくなります。労を惜しめば得るよりも失うものが多くなります。 年に一度は交換するか、ちゃんとお祀りしないと、縁起物は悪霊の住処に変ります。
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補足: 古いお札などはどこの神社仏閣でも引き取ってくれますが、環境問題の影響で縁起物を引き取ってくれる先を見出すのは難しいですね。最悪の場合、御魂抜きをして不燃ゴミに出すことも出来ますが、その場合は別途ご相談下さい。
補足:「縁起物の返納について」
縁起物(含むお守り・お札など)を得ることは、いわゆる「御利益信仰」とはちょっと違う意味づけがありますが、いずれにせよ、数多く持ったり、貰うばかりで放置したりするのは低級霊を集めやすい隙を暗示しますのでご注意を。
破損した縁起物は(故意にでなければ)、御魂が去ったと考えて差し支えありません。ですから「今までありがとうございました」の念を込めた上でお返ししましょう。
お祀りしきれなくなった縁起物の返納は注意が必要です。その時点ですでに無礼があるのですから、よくよく謝罪した上で返納すべきです。こういう礼節への気遣いのない人は、守護霊などが助けがたく、悪霊から狙われやすいと考えて差し支えがありません。……いずれにせよ、『こいつは躾が必要だな』と思われたら、心霊知識の薄い人なら祟りと勘違いするほど酷い目に遭いかねません。まあ、相手にされないかも知れませんが。
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縁起物(含むお守り・お札など)については、原則、いただいた神社仏閣への返納が良いでしょう。お返しに行けぬ場所で頂くのは極力避けましょう。
お土産として貰った縁起物などはあまり気にする必要はありませんが、神霊を学んだ者は、滅多なことでお土産に縁起もを買い求めるのは止めましょう。神霊に対して失礼が生じますし、みだりに頼るよりも、敢て無礼を行う方がつまらぬ事になるからです。
下手な鉄砲も数打ちゃ当たる的に、縁起物を集めるのは、むしろ「船頭多くして船山に上る」に成ると考えるべきです。一つ以上の神社仏閣から縁起物を頂くのは全部が無駄になると考えるべきです。
特に霊感の強い人がやたらと縁起物を欲しがるのは、低級霊のおもちゃになっている事を疑うべきです。神は外でなく、内にいる…… 実際の位置関係ではありません。心の持ち方の問題なのです。
Q 「もらいっぱなしのお守りや御札の処分も必要ですね?」
一般に、御札、お守は毎年交換しなさいと神職に言われます。実際、私も新車購入時にお祓いを受けたのですが、なるほど購入から一年間は良く守っていただきましたが、その後には小庇がいくつか付いてしまいました。特にタイヤのパンクなどは、お祓い代金と遠い氏神詣での経費を差引いてもおつりが来るぐらいで、己に降りかかった災難ではありますが、思わず吹出してしまいました。
ですが、すべての御札、お守を毎年処分すべきかというとそうとは限りません。
遠隔の地の神社を訪ねて、折角だからとお祓いを受けた時に頂いた御札の大部分は、なかなかその神社にお返しにも行けずにいたのですが、次善の策として、近くの神社にお返しに行こうと思い立ったとき、ふっと聞えたのが、「そなたの祈り、未だ成就せず、今しばらく留めおけ」との言葉でした。――というわけで、古いお札のいくつかが未だに我家にあります。
ちなみに神社での願文は「神恩感謝」としてありますが、神前で私が祈願したのは、「心霊の仕事に一意専念できる環境を得られますように」でありました。別に専業霊媒になりたいというのではなく、心霊のことをやっているときにじゃまをされたくないという程度の話です。
白蛇の御利益
2005年 11月 28日
心霊相談「壊れた縁起物の扱い」について、夢の中で補足的なレクチャーを受けた。
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白蛇は金運・金儲けのご神体として扱わるるが、本来、蛇は執着・嫉妬の象徴である。それを綺麗に保て、という意味でただの蛇ではなく、白蛇を用いるのである。
白蛇に祈って御霊が宿れば、そのご神体が何より嫌うのは、執着・嫉妬であり、執着がらみ、嫉妬がらみの祈り事をして、相手にされなければ幸運、相手にされたら、他人に仇を為すなとばかり、バチが当てられるものと思わなければならない。
ゆめゆめ安易に縁起物に念を込めるなかれ。仕組に沿って生きるものが易く生けらるるのがこの世の中で、無理を通そうとすると、自分の無理に苦しむのが世の仕組なのだから。
そもそも個人のお奉りに応じる霊はさほど霊覚は高くない。そのような霊に、個人の分を超えた祈願、矛盾した祈願、悪しき祈願などしては、堪忍袋の緒がすぐに切れてしまう。きちんとしたお奉りが出来ぬ家では、神棚もお返しした方がよい。