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霊査事例: 2005年10月15日(東京オフ会)

2005/10/15

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


前言

会場に向かう途中、「船頭多くして船山に上る」~~と聞こえました。

『自分が為すべき事を自覚しているのであれば、それに向かって努力すればいい。だが、為すべき事を見失ってしまったなら、背後の霊たちの導きに我が身をゆだねるべきだ。そして、せっかく背後の霊たちが導こうと努力しているそのときに、あれこれと知恵を巡らせ、ジタバタとするなら、船頭が二人いる船のように、自分の運命が当事者の予期せぬ方向に流れてしまうではないか。……しっかりと行動するか、助けを求めるならジタバタするな。』

事例1

  •  コンプレックスが多いのは、あなたが敏感だからです。……あなたが特別恥ずかしい人であったわけではありません。あなたは当たり前な若者だったのです。年齢相応の。他の人が気がつかない自分の欠点に自ら気がつき、ちゃんと反省できる人であったということです。

 『もっと自分を評価して良いのです。若い頃とは違うのですから』……あなたはどうもご自分を過小評価していますが、それは若い頃に調子に乗りすぎて失敗し、慎重になったからですね。でも、若さというのは大げさなものです。

 とはいえ、優しさだけは若い頃から変わりませんね。

  •  『もっと楽しく座って下さい』……たとえるなら、酒を飲まなくても飲んだ気分で楽しめるような形で精神統一をなさることです。…… その気分に応じて懸かる霊が異なるのですから。

 修行は良い自分を作るためにするものです。そして良い自分とは、過去・現在・未来の自分が幸せになることを指します。

 また、過去の自分が幸せになるとは、つまり、振り返ってみれば苦労のようで居て良い未来の礎であることに気がつくことです。

Q 「最近、どうも物忘れがひどくて……」

『忘れることにしがみつかず、感づかぬ事をおそれることです』……必要な時に必要なことに気がつく人なら、何も覚えている必要はありません。つまり、人々が忘れることを恐れるのは、必要な時に必要なことを感ずく力がないからです。つまり、本当に恐れるべきは忘れることではなく、必要なインスピレーションが得られないことなのです!

Q  「先日、悲観的な考えにとらわれたとき、ふっとシグナルを感じて、ああ、これが低級霊に憑依されるということなのだ、と気がつきました」

 そうあなたはちゃんと気がつく人なのです。ただ、今まではそれを信じていないだけ。少しずつ訓練を重ねていきましょう。もっともっと伸びていきます。

……守護霊の導きがいくら正しくても、「私は信じない!」といわれたらどうにも救いがたくなります。間違いに気がつくことはとても大切なのです。その意味で、重要なシグナルに気がつくのは人生に必須の能力なのです。

 たとえば、信号の色が見分けられぬ人なら交通法規を守ることが難しくなるでしょう? 違反をして「いえ私は気がつきませんでした」… …などというわけには参りません。つまり自分に必要なシグナルに気がつく力というのは人生において最低限必要な力のはずなのです。その最低限のレベルに達することもなく人々は突然の災難に不平不満を漏らすのみです。

  •  『(運命に)捕まったらジタバタしないことです』……犬や猫を動物病院に連れて行くとき飼い主は手荒い抵抗を受けます。犬猫には飼い主の思慮が理解できないからです。背後霊とその庇護者の関係にもこれが当てはまります。人はその運命の中にある自分を導く意志のいかなるところにあるかを理解できません。だからあらがい、あらがうことが物事を拗らせもいたします。

事例2

  •  「おらが、おらが」という念が蚊柱のようにあなたの頭上にうごめいています。これは自尊心の強い低級霊があなたを誘惑しようとしている暗示です。惑わされないでください。また、こういう霊を無視すると周囲の人間にその対象を移して、意地悪されることがあります。周囲の人々にも注意を払ってください。
  •  物事がうまくいっているからと浮かれてしまい、次のテーマのヒントを見落とさないようになさって下さい。
  •  お腹にストレスを感じます。しかし、そのことを自覚なさっていないようです。……何が原因であるのか、ご自分で見つけてください。
  •  ストレスの原因を考えていらしたのでしょうが、そのときは正しい精神統一になっていません。『原因を頭で考えるのではなく、その時々の感を自覚なさるようにして下さい』……頭で考えるから、解ったつもりで誤解するのです。
  •  『大いなる流れに寄り添うのです。』……あなたは幸せになるために生まれてきて、幸せになる流れの中に身を置いています。ただ、自分が幸せに向かう流れにあることに気がつかず、頭で考えて、あれがよい、これがよい、と興味を奪われて異なった努力をし、せっかくの流れを乱して人生を無為にしがちです。自分を導く流れから外れそうになったときにこそ努力が必要であって、それ以外は力を抜き、流れに身を任せていくことです。

事例3

  •  「なしのまま」~~自分を導く力をもっと信じることです。
  •  しっかり見ようとするから壁ばかりが目に見えて、その裡にある裏にある仕組みが見えてきません。だから悩んでも解決策が見いだせないのです。
  •  (南北朝の)南朝側の霊が何人もあなたの家の背後霊としてついていらっしゃいます。それが証拠に皆さん頑固ですよね。
  •  正義が世界を回しているのではありません。人々の生の営みの中に正義があるのです。つまり正義とは力ではなく、人々の生きる力を整えるのが正義の働きなのです。……正義に大きな期待をしないことです。支配しているのはそれぞれの生、いわば、生きるための欲求がぶつかり合って生じる流れなのですから。理想論は机上の空論の中でしか生存し得ないのです。

某支配霊からのメッセージ

  • 『すべてが良きように計らっているのだ』……世の中に悪人・罪人と思える人々があっても、その人々の幸福までも神々は守ろうと努力しています。ライバルや裏切り者さえも神の加護を受けているのです。それを念頭に置いて、物事に取り組んでください。強く加護を受けるというのは敵を討ち果たしてくれるという意味ではなく、敵のたくらみさえも、自分たちの幸せにつながっていくという意味なのですから。

事例4

  •  『寄り添ってこそ幸せ、寄り添うことにこそ自分の居場所があります』…… 自分の力を試したくてうずうずしているのは目に見えております。ところが人が己の力だけを頼みにするから、自分の活動のリズムと社会の動きのリズムが合わなくて、思わぬ失敗をすることになりがちです。自分が高調期に入れば自分が主導権を握り、自分が低調期に入れば配偶者に任せて……といったように、互いに助け合い、補い合えてこそ、一人よりも夫婦であることが大きな力となるのです。……互いに主導権を争えば、互いが足手まといになってしまいます。…… どちらが主でどちらが従なのはなく、互いに寄り添う姿こそが目指すべきものなのです。
  •  インテリアの勉強、色彩や音韻の使い方の勉強をなさることです。ちょっとした工夫がどれほど自分を強くするか。ただし、深い勉強をすればかえって応用が下手になります。と同時に、すべてが、ほほえみの持つ力には叶わぬ事をわきまえて下さい。

  •  ○○さんに不信感を抱いているようですが、私はそれに疑問を感じます。……事情を聴く……あなたの言い分ももっともです。ですが、相談もなく勝手に物事を決めるというのは、あなたが相談相手として評価されていないと言うことでもあります。つまり、あなたはこの提案を前向きに考えてみるべきでしょう。
  •  お子様について……頭を押さえなければ大丈夫です。せっかくインスピレーションに恵まれていらっしゃるのに、それを叱ったりするから、インスピレーションを得ることに罪悪感を抱くようになります。ましていっても信じてくれないと思うから、赤の他人にインスピレーションを話して親をあわてさせたりもします。あなたがちゃんと受け止め、それを適切な形で実現することを約束することが大切です。
     

事例5

  • 『感がよいのに、言われたことが解らない。……その原因は?』
  • 『信仰心にしがみつけば、信仰対象とともにおぼれます』
  • 『身辺整理……必要なものは驚くほど少ない』
  • ……目の前にヒントがあるにも関わらず、なかなかそれが生かせません。……なぜ生かせないのか、もっとご自分を研究なさることです。

米が欲しくば、稲を植えよ。

2005/10/15

  芯なき努力は無駄


 「ソバを植えても米は実らぬ。――米が欲しくば、稲を植えよ。」

 現状と望む未来とが、一筋につながらなければ努力しても結果が伴わぬ。

 たとえ現状と未来がつながっていても、貫徹の意志が弱くて、折れ、曲り、切れては役に立たぬ。

 現状と望む未来とをつなぐ強い絆、それを「芯」と呼び、「良き未来を得るには芯をもて」「芯なき努力は無駄である」と説く。


2005年 10月 26日

心を止める

2005/10/15

Q 「心を止めるのにはどうしたらよいか?」

まず行うことである――心を止めよ、といわれて、すかさず「どう止めるのだろう?」と考える。では、人はどう歩き始めて、どう立ち止まるのか?……足先の動きなどに意識を向けぬ。ただ、歩き、止るだけである。一体あなたは何年人間をしているのか?

 心を止めること……為すべき事に意識を向けず、次々と疑問を生み出す。行わずに考えるから、頭が忙しくて理解が遠くなる。

・・・・・・・・・

 心を止めることは決して難しくはない。たとえば人は驚くと時が止ることを自覚する。難しいのは、止め続けることである。人が息を止め続けることが難しいように、生きている限り心を止め続けることは出来ない。だが、止めようという努力なくして無駄な心の働きをなくすことも出来ない。

試してから考える――疑問を持つことの正しさを信じて、疑問を持つことに忙しく、真実を見ることが難しくなっている。それでは人から教わっても身に付かぬ。ただ自分が生み出す疑問に押しつぶされてしまうだけだ。

 行えばこそ無駄な考えも休むのに、無駄な考えに手一杯で行えぬ……それでは、永遠に暗愚の中にとどまらなければならない。

 その無駄な思考がどれほど人生に悪影響を及しているのか、その事実に慄然とせずにいられるならなんと危うい幸せな人生だろう。…… 頭が納得する幸せは、絵に描いた餅に等しい。見ている内は幸せでも食べたときに現実に戻るのだから。


2005年 10月 25日

謎を見る視点

2005/10/15

謎を見る視点

2005年 10月 14日

  霊達の指導を受ける以前の私には沢山の謎があった。……心の中でその謎をひねくり回して楽しんでさえもいた。しかし、霊達の指導を受けてしばらくたつと、謎に囚われることが減っていった。

 ……すべてを理解したのではない。また、必要な時に教えられるからでもない。

 人間の理解力には限りがある。そして理解が及ばぬから謎があるのだ。……むろん隠れた事実が解明の障害になる場合もあるだろう。だが、それならばなおのこと、考えたところで解明できるわけではない。

……すべての思索が無駄だというのではない。

 ただ、気がついたのだ。謎だから解けぬのではなく、 自分が至らぬから解けぬ問題が多いことを。

 思索は大切だ。自ら考え、真実に近づいていくのは大いなる歓びだ! だが、プールで上手に泳げたからと言って、荒海でも泳げるとは限らない。でも、荒海で溺れたからと言ってプールで泳げるとは限らない。……

 だからこそ……

 考えて答が得られるものならば私は懸命に考える。

 だが、考えて答が得られぬものなら……私の智力で解けぬ問題であれば、私は他者の助けを求める。その助言主の一つが霊達である。

・・・・・・・

 そもそも霊というのは不可知な存在の代名詞だ。つまり理解力が及ばぬ働きのすべてが霊の所為にされていた時代もあった。…… 私たちの先輩達がようやく乗り越えてきたその迷い道に私たちは再び迷い込まぬようにしなければ成るまい。


人の数だけ理解の形がある

2005年 10月 14日

 宗教の分類として一神教と多神教に別けることがあるが、これは何やら解剖学的分類に思える。人間の精神を支える宗教を分類するのだから、注目すべきはその信仰対象ではなく、なにゆえそれを信仰するのか、という点に注目すべきだと思う。

 その上で私は、信仰対象が主で、信仰心が従である……「教会先導型の宗教」と、信仰心が主で信仰対象が従となる…… 「民衆主導型宗教」があると考える。そして、前者はイデオロギーが先行して硬直的であり大抵は一神教の形態を取り、後者は迷信的ともいえる柔軟さを持って、大抵の場合は信仰対象が増殖していき、多神教の形態を取る。

 さて、スピリチュアリズムは一体どちらに属すのだろう? ……スピリチュアリスト達は、その時々の通信霊の中から最善のものを選ぶ… …それは信仰心を主として、その尊崇の念を向ける対象には柔軟に対応するということだ。浅野和三郎氏がスピリチュアリズムに出会って、これを欧米版の神道と見たのは慧眼と言うべきだろう。

 だが日本におけるスピリチュアリズムは、どうも教会先導型…… 一部の先鋭者が個人的イデオロギーをさしてスピリチュアリズムであると主張しているかのようだ。まあ、人の数だけ理解の形がある。ならば教会先導型スピリチュアリズムも一つの答ではあろう。

 そもそも意見の違いはたいした問題とはなり得ない。……何しろ人の数だけ理解の形があるのだ。人はより素直に物事を見るようになって真実に近づいていく。正しい向上に必要なのは他人の思想ではなく、自分自身の素直さなのだ。

 だからこそ、すべてを置いて、まず自分自身を見つめることが大切になる。


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