悩める者に悩まされる。
2005/10/08「まったく、なんだって、どいつもこいつも自分を苦しめる方向にばかり努力するんだろう!!」
巻き込まれた対人トラブルについて、要約すればこの一言で済むだろう。何のことはない。それぞれが近視眼的に身勝手を主張するから、第三者に利を持って行かれる……つまり当事者が多くを失うのだ。
――すると、こう教えられた。
『為すべき事を知る者は愚痴などこぼさない。為すべきことを為すだけだ。それがたとえば助言や助力を求めるのだとしても、愚痴などこぼさない。愚痴をこぼすのは、為すべき事を知らず、為さねばならぬ事を知らぬ者だ。……つまり、もうお手上げだという代わりに愚痴をこぼしているのである』
『物事を拗《こじ》らす……それは一見、思慮浅い行為にも思えよう。だが実体は違う。出来もしないことを引っかき回しているのである。それは間違いであり、愚かというべきなのだ。この差はとても大きい。……単に思慮が浅ければ、教え、諭《さと》して導くことが出来るだろう。だが愚か者は導かれても従わず、諭されても理解しない。』
……ゲッ! 相談に乗った私も愚かであるということか。
『間違いを信じている愚か者は、自分の愚かさに気がつくまで、自分の信ずる道を歩んで、事態を悪くし続ける。彼らは正しき智慧を求めているのではなく、自分の信じたいものを選んでいるだけだ。つまり、誰が事態を悪くしているのか、それを理解しない、理解できない者なのである……だからこその愚者なのだ。』
『見よ、愚痴をこぼし、助けを求めるが、知恵を貸しても言い訳ばかり、手を差し出せばすべてを任せて自分は逃げ出す。そんな浅ましい者が、人の善意を利用して一つ二つの問題を解決しても、解決するより多くの問題を次々に引き起こす。……それはまだ良い。業《カルマ》の深さは各自の問題なのだから。だが、思慮浅く、困っている者を助けようとして救いがたい者を背負った者はどうなるのか?』
……悲鳴を飲み込む。
『自らの善良さを過信して、救いを与えぬ神を恨む愚者と化すか、余計な苦労を背負って、そこから僅かな人生の教訓を得て良しとするか、はたまた、人間に絶望して山にでも籠るのか……無思慮な善意者が愚者に変る切っ掛けとなるやも知れぬ。』
『愚者を見抜けぬのは、愚者であるからだ。』
……ケッ! しょげても仕方がないので、とりあえず開き直ってみる。
2005-10-08