自ら霊性を遠ざける
2005/09/302005年 09月 29日
物事を素直に見ない……おだてられれば嘘でも信じ、正しいことを教わっても、自負心がじゃまをして物事が素直に見えない。
たとえば……他人の長所を認めるよりも、欠点を探して安堵し、困っている人を捜すが、優れている人には気づきもしない… …私利・我欲が真実を妨げているのである。つまり霊性が働いていないのだ。
自らが霊性を遠ざけるのである。
それでいかなる境涯にたどり着くのか、この人生を生きているうちに……そして死後に。
何事についても体験が乏しいから、空理空論を主張する。空理空論をもてあそびて頭を酷使するから体が動かず、物憂いから実践を怠る。実践しないから体験に乏しく、体験に乏しいから空理空論に頼る。
人生は修行の場であるというが、多くは修行を学校の勉強のように捉えている。つまり、教科書を読み、暗記すればよいごとく考え、ひたすら努めれば向上するというのである。だが、多くは堂々巡りを続けているだけの無駄な努力で一生を費やし、死後もそれを繰返す。
試練を与えられて、空理空論が役立たぬ事を気がつかされるまで、同じところをグルグルと回り続けるのである。が、試練さえも…… 試練であることに気がつこうともせず、現実から目をふさぎ、下らぬ議論を続ける。
中には、生きることに努力するよりも、自殺の手段を捜して努力する者もいる。…… 生きるために得た知力を死ぬために使うというのである。これほどひどい矛盾、堂々巡りがあるだろうか?
次のステージに移る準備の出来ていない人は……無意味なことにうつつを抜かしている。
無意味なことにうつつを抜かしている人は……次のステージに移る準備が出来ていない。
自らが霊性向上を遠ざけているのである。