自分に騙される
2005/09/292005年 09月 28日
一口に「悩み事」といっても、その内容は二分別すべきでしょう。一つは具体的な助力の要請、もう一つは、問題意識の整理です。
具体的な助力の要請に応えることはある意味簡単です。出来ることをやり、出来なければ他に回すか、断るしかないのですから。難しいのは「問題整理」です。なぜなら、相談者は、不平不満を抱いているだけで、何が問題であるのかさえ気がついていない、というより気がつきたくなくているのですから。
ところが不平不満の解消に関する相談回答は非常に困難です。相談者・当人は、足りないことが問題であると考えるわけですが、論理的に分析してみると、その原因は、不足を感じる心の貧しさに見出すことが出来ます。
たとえば、寂しいから買い物に走り、無駄遣いするから金が不足し、金が不足するから買い物が出来ず、買い物が出来ないから寂しさが騙せない……「寂しさ」という原因に対して、無駄遣いという間違った対処をするから、経済的破綻という別な問題まで生じて苦しみが増えているのです。これでは地獄だし、このような人に金銭を恵んでも真の問題解決になりません。解決にならぬどころか金銭感覚が麻痺して無駄遣いがエスカレートしていくことでしょう。
この手の話はいくらでもあります。
自信が無いから虚勢を張り、虚勢があって他人と折り合えず、ケンカとなる。しかし、ケンカに常に勝てるとは限らず、負ければ、ますます自分が情けなくなってしまう。
劣等感を安易に癒そうとして、自分を高めるよりも有名人と知り合い、付合うことで、虎の威を借る狐を演じようとする……でも、そうして知り合った人が言うことを聞いてくれるとは限らず、かえって惨めさを味わってしまう。
……等々、自分が抱える不平不満の原因を突き詰めることなく、安易でズレた解決策を採用してますます苦しみの深みにはまる人の何と多いことでしょう。
これがせめて、ズレた解決策をとる以前であれば、解決はさして痛みを伴いません。ところが、寂しさを癒すために莫大な借金を背負ったり、自信の無さから敵を大勢作ったり、劣等感から恥をかきすぎ、いたたまれなくなったりしたら真の問題の解決以前に、安易な努力の代償を払わなければなりません。むろんその間は、真の問題は手つかずのままです。
人は人生を選んで産れてきます。 (親が子を選ぶのではありません。なにしろ、子供が霊界から親を選んでくるのです。もっと良い親を選びたかったって? 良い環境は競争率が激しいのですよ)……であれば、わざわざ乗り越えられない困苦のある親元に、生まれてくることはしません。でも、わざわざ人生の重荷を増やしていれば、乗り越えられる困難も乗り越えられなくなるでしょう。
自分に嘘をつく、自分を騙す……その弊害は壊滅的なのです。