針の穴にラクダを通す。(願望のダイエット)
2005/09/282005年 09月 28日
困難な悩み……というより、解決困難な不平不満の解決に、それこそ、針の穴ほどのチャンスでも良いから助言をくれ、という人は多い。私もそれに同情する、いや、した。可能性がわずかでもあるなら、努力すべきが人間ではないか!
ところが、心霊と接して人生を過していると、その理想に不都合があることを感じる。そもそも人生は、霊達の援助があって成立っている。従って、自分だけが熱くなっても背後が動かなければ実力が出ない。ところが霊達の援助がいかなる形で決るかは下手をすると結果を見ないとわからないところがある。五感を通じてのみ外界を知りうる人間と比べ、彼らの見通せる範囲はとても広く、多くの情報を元に行動を決めるのだから人間サイドで協力の有無を予測するのは難しいのである。
だが、もう一つの要素は十分に予測可能である。
そもそも人間には、困難を不可能にする要素がある。つまり自らの可能性を塞ぐ働きが人間の性質に潜んでいるのである。と同時にその要素は、人を困難に立ち向わせる働きも持っている。また、場合によっては同じ要素が人をこんなに陥らせるのだ。…… プライドである。
人はプライドを守ろうとして他と争い、争うから困難に陥る。そして、プライドを捨て難いが為に困難に立ち向うが、プライドがあるが為になりふり構わぬ手段がとれない。格好をつけて苦しみ、格好をつけて勝機を逃してしまうのだ。
努力で困難を克服する事例は歴史を振返れば枚挙のいとまもないだろう。だから、針の穴にラクダを通すぐらいの困難事だからといって諦めるべきでは無かろう……希望的観測かもしれないが、失敗を重ねてもなお私ならばそうする。
だが、針の穴を通すなら痩せたラクダにすべきだ。プライドで太ったラクダを通すのは諦めた方がよいと思う。
悩める人よ、針の穴をくぐりたいなら、くぐる努力だけでなく、願望のダイエットも行うべきだ。