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悩める者は救われぬ!?

2005/09/04

05年 09月 03日

 友人が、そのまた悩める友人に、霊媒を紹介しようとしていた……興味深いことに(?)、霊媒を紹介しようとしているが、私を紹介しようとはしていない。有難いことである。

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 部屋にお化けでも出るというのならばいざ知らず……そもそも、占い師だ、霊媒だ、という超常的な相談相手を頼るのは、「無理を承知で解決したい」と思っているだ。

 そして、無理が生じても、解決が諦められないのは、問題を正しく認識していない……というより、自分に対して嘘があるからだろう。つまり、問題の少なくとも一部に、自ら眼をつぶっている場所がある。

 だが、自分に嘘をつけば、何が真実かが分からなくなる。……これでは問題の真因が見極められず、当然、解決法が見つからず、従って、超常的な相談を思わないはずがない。だが、誰を頼れば解決するのだろう?

 そもそも、思うようにならないのが人生であるのに、その原因・理由を他人に求めても、不平不満が高じるばかりだ。…… 人生が努力で成り立っているにせよ、往々、困難は人の努力を超えているのだから。

 でも無理を通したい、無理を通したいが、その方法が見えなければそれこそ人は神に縋るだろうが、「不自然な神」というのは矛盾である。祈って不自然な超常現象が起こるのであれば、科学はとっくに神を認知しているだろう。

 無理があるのに、無理を通そうとする……端的にいえば、その生き方は不自然だ。すべての働きは理《ことわり》に従い、自然に沿って動こうとするのに、わざわざ人は無理をする。だが無理は、維持するのにも無理が生じる。これでは人は疲れ、疲れて、しかも、不毛だ。

 人の幸せは、理に沿った、つまり自然なあり方の中にある。……不自然な中にある幸せは、長続きしないか、疲れてどうしようもないからだ。

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……等というと、無理でも何でも、私は○○をしたいのだ!……という人が現れる。それは極端な事例だろうが、ついでに考えて欲しい。不自然な努力は長続きしない。だが、一人では支えきれなくても大勢で支えればどうか? いくらかは長続きするだろう。しかし、不自然は辛い。長く続けばなお辛い。いつかは手放したくなるが、手を放せば、残った者から恨まれる。

 苦痛に耐えて不自然を支え、その結果はどうなるのか? 不毛だ。ただ、苦痛を長引かせるだけなのだから。

 何で皆、不自然な努力を続けるのだろう? 人に助けを求めてまで。

 そこには、「無理な問題」があるのではなく、一つの問題を、無理な考えにしてしまう自分がいるのだ。つまり、矛盾は自分の中にある。そして矛盾が自分の中にある限り、どんな神でも救いようはないだろう。……可能性はただ、反省の中にある。

 占い師や霊媒を訪ねて、反省が出来たならば救いもあるだろう。だが、何件も相談相手をハシゴするようであれば、たとえ百件ハシゴしても救われまい。その現実に立ち戻るには、もしかすると、サイフが空になる必要があるのかも知れない。

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 幸せが欲しいなら、追い掛けていては手遅れだ。幸せが飛び込んでくるように生きることである。……その為には何が必要か?

 少なくとも不自然な生き方の中には見いだせまい。


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