矛盾した祈りが招くもの
2005/07/272005年 07月 27日
どうして私は愛に恵まれないのだろう……
どうして私は優しさに恵まれないのだろう……
金や権力を欲しがっている訳じゃないのだから、神様が叶えてくれても良さそうなものだ。
……という質問をしたくても恥ずかしくて出来ない人が多々いる。
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問題は需要と供給の関係である。――自分が与えられる以上のものを要求する人ばかりだから、世の中、優しさや愛情が品薄になってしまうのだ。
いや実態はもっと酷い。……人々が愛し合い、また、慈しみ合い、そのバランスが取れているのならば皆幸せになれるだろうに、多くの人は愛されても愛さず、慈しまれても慈しもうとしない。……愛されたいのに、棄てられることを恐れ、優しくされたいのに、依存心を見透かされることを恐れている。
愛される準備が出来ている人が愛を求めるのではなく、愛される事を恐れる人が愛を求めているのであるから、その欲求はそれこそ神でなければ満たせまい。しかし、そんな矛盾、摂理に反した行為をする神などどこにいるというのだろう?
神でしかできないが、神ならばやらぬ事を望む人々……そんな矛盾した祈りを捧げられたら、それこそ神は死んでしまう。神が死んだ現代に宗教がいかなる役割を果たすのか、金、色、権力……問題は需要と供給の関係である。
摂理に反したものを要求するから、成就ではなく破滅がその祈りに呼び出されるのだ。