愛を強いるのか?
2005/07/132005年 07月 13日
代価を払わずに品物を持っていけば泥棒。
預けたのものを勝手に持っていっても泥棒。
人の犯す罪にはそれぞれの事情が絡んで容易に裁くことは出来ない。たとえ奪われても寛容に接しなければならぬ事も多い。…… 被害者が寛容に成ることを強いられる現実がこの世の中には存在する。
だが明白な事もある。個人の罪を助長するのは大きな悪だ。
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人はそれぞれ己を弁護する。――正義とは所詮は利の公平な分配に過ぎない。だが、弱者に与えずしてこの世に善は成り立たない。…… 屁理屈をいえば「正義」と「善」とは必ずしも両立しない。それを両立させるのが「愛」である。
……では、愛を忘れた間に何が残るだろう? 正義か、善か……悪しき風習か。
社会は悪に優しく、善に厳しい。
理を持って正義を主張しても……
「あなたは(精神的・霊的に)年上なんだから、我慢しなさい!!」
……と、情で押し切られてしまうこの世界。
「他を愛せよ」……そりゃ素晴らしい理想ですな。
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神仏の崇拝、祖先の供養、父母を敬い、弟妹を慈しめ……
どんな飲ンベだって、息も継がせず酒を流し込まれたら喜ぶよりも苦しむだろうに、愛することを強いられる心霊学徒ども。
無理しなければ生きられないのが人生なのか? 本当に? 本当に? 本当に?
もしも、もしも間違いがあるなら、一体どこの誰が間違っているのだろう?