天の加護
2005/06/232005年 06月 23日
(「天」に代えて、神でも仏でもあなたの信仰に当てはまる解釈をしても結構です)
天に祈った問題は、最善の時に最善な形で解決します。……それは必ずしも今のあなたの望む時、望む形と同じではありません。
もしもあなたが、葛藤に苦しみ、また、不運・災難を自らに招くような思考に囚われているとしたら、天の加護は働きません。仮に天の配慮が働くとするなら、思慮浅いあなたの行動と衝突して事態はますます混乱し、強く破滅に向かって進むこととなるでしょう。
加護を求めるなら、まず、あなたが誰かに仕えるところを思い描いてみてください。上司や経営者、先生や先輩に対して、あなたは様々な不満を抱くことでしょう。その不満のいくつかはあなたの独り善がりから来るものかも知れません。同時に不満のいくつかは、上役の指示の不鮮明さや、指示の矛盾、不適切な目標や、同僚・同輩との間の不公平感などから来ます。
誰かの依頼に従って仕事をする……その依頼方法に、不鮮明さ、矛盾、不適切な目標や、不公平な要求があるなら……あなたに依頼された者も、あなたの依頼を受け止めてくれるかどうか。天に祈る時の注意事項も同様です。
鮮明に筋道が通り、無理無駄なく、分相応に配慮するなら、案外と祈りは実現します。
……分相応というと、「それはつまらぬ」とそっぽを向く方が多いのですが、「千里の道も一歩から」、「塵も積もれば山となる」…… という言葉のあることを指摘して止めます。
清貧の豊かさと、強欲の損失とは……情理が強く否定しますが、素直になればとても良く理解できるものです。
懸命に努力する……それはただあなた一人の能力・努力に事態を委ねることです。努力しつつも、「センス」の一つは常に助言を受け入れるために開けておくことが、心霊主義者の生き方のコツです。