霊査事例: 2005年6月16日(ML)
2005/06/16以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。
事例1
上手に説明できるかどうか……
特に人間の機能は、使いすぎれば壊れ、使わなければ畏縮してしまいます。程々のところで使わなければなりませんし、それこそ5日働いて2日目一杯休むよりも、7日間程々に働く方が体調がよいのが現実です。 また、同じ働かせるにも、楽しみながら働けば大変な仕事でも疲れず、嫌々働けばささやかな仕事でも健康を害しかねません。これはすなわち、人間の成せる仕事は、体力だけではなく、気力も大切な要素だということです。
何を持って、程々とするか、また、どうすれば気力が奮い起こされるのか……これらは人それぞれによって答が異なり、これで充分という便利な回答を私は知りません。
これから大人になるべき子供には躾が必要ですが、これからますます衰えていく、お年寄りにあれこれと強いぬ事です。と同時に、自分にもあまり多くを科さず、もっと、ゆったりとした気持ちを楽しむようになさってください。……冗談にはなりませんよ。それこそ、過労で入院したら、ゆったりとした気分以外に楽しむもの無く、そこで気が焦ればあるのはますます重い病なのですから。
さぼるのではなく、効率を追求するのです。
事例2
『祈りは、一度で充分です。強く祈っても、又、くどくどと祈っても、事情が成就を妨げているのであれば、祈りになんの効果も現れません。深く、静かに、そしてただ一度祈り、後は耳を貸すことです。――つまり、正すべき事情があるなら、強く祈るよりも、いち早く正す方があなたはより幸運を素早く掴むことが出来るのです』
補
あなたの人生にまつわる、すべてのものは連関しています。つまり、一つの事象を見て、それだけに取り組んでいるわけには参りません。現実というのは事情が交錯した網のようなもので、それ故に、ちょっとしたヒントや、大抵の予言・予知を得たぐらいでは、ただその順序や多少の日時が変わるだけで、結局、同じ結果がもたらされるものです。
大きく変えたいのならば、事情や将来を変えるよりも、人生の一番基本的な部分である、自分自身を変えるより手がありません。
事例3
今までのやりとりを振り返って思うのですが、『よい子でないと棄てられる』という恐怖感が、心中の奥深くであなたを縛り上げているようです。 恐怖でよい子にさせられているから、無理をしてよい子を演じてしまう。だから、よい子であることが苦しくて、悲鳴をあげたり、意地悪になったりもしてしまう。
確かに、大抵の人間は、道理よりも自分の都合で善し悪しの判定を下します。だから、大抵の他人から善い人と思われるのは大変な努力を必要とします。
事例4
善い精神統一が出来ていると感じます。これは、ちゃんと精神統一行をしていると言うより、むしろ、焦らず、悩まず、インスピレーションを大切にして無理、無駄のない思考を心がけていらっしゃるのでしょう。
大過はありませんが、ただ、周囲があなたの存在に不思議がっているようです。「何でこんなに落ち着いているのだろう?」…… 大人であるのが恥ずかしいのが現代なのですから、なんとまあ、やりにくいことでしょう。
事例5
職場で、あなたの存在を不思議がっているようです。「何でこんなに人に譲れるんだろう?」…… 大人であるのが恥ずかしいのが現代なのですから、なんとまあ、やりにくいことでしょう。
サルを相手にするにはサルのやり方、犬を相手にするには犬のやり方が必要なのですが……これは差別的発言ですね。
あなたに充分な徳があれば、周囲も皆、あなたを真似て大人ぶって静かになっていくものを、大人ぶる人を気味悪がるのだから救いようがありません。
仕方がない。ゴミが多いときには、時間を掛けて掃除することです。焦ればかえって散らかりますよ。
事例6
すっかり姿が見えませんが、お元気ですか? なんとなく伝わってくるのは、腹立たしさ。誰に、とか、何に、という感覚まで伝わってきませんが、特に原因が無いまま怒りっぽくなっている感じがします。……もっとも、霊媒も見え難いときには余計に気を回すから、そう思えるのかも知れません。
スカを掴みやすくなるのが遠隔の辛さです。