読書を鍵に開かれる世界
2005/05/06交霊黄金期の頃の書物を読んでいると、固有名詞のあたりで、ピン!と光を感じることがある。読者の興味に対して、霊達たちも好奇心を抱いたのだろうと思う。
読書というのは必ずしも一方的な情報受信ではなく、描写される世界に浸ることでインスピレーションを受けやすい精神状態を作りもする。やはり良書を選ぶことは大切なことだ。
さて、幸い私はチョット霊感が敏感で、その敏感さを活かすだけの心霊知識もある。で、ここで感じた霊が果して本物であるのか、または、ただの便乗浮遊霊であるのか、ということにも充分に興味はあるのだが、疑うばかりでは判断の材料も乏しいのは自明のこと。執着することは先方にも迷惑を掛けるし、相手の迷惑に頓着せず我儘を言おうとすれば思わぬ敵を招きがちではあるが、たまたま、「機」が合えば質問をしてみることにしている。
以下はその質疑だ。
Q「なぜ、霊界からの働きかけが穏やかになったのだろう?(降霊黄金期が終わった理由について)」
A『まあ、色々あるのだけど、』……チョット声を潜めて、
A『心霊否定論者こそ、心を開いて欲しいのに、証拠を突きつければ突きつけるほど、ますます頑なになってしまうのだもの。これでは生死の間の断絶が深まるばかりじゃないか、という話になったのさ。』
……自分の主義主張を相手に強要される道具として、自分たちの仕事が利用されるとしたら、確かに立場上まずいことになるだろうな。
A『それほど深刻ではないが、効果に見合わぬ事業から手を引くのも知性の表れだろう? 人々に、愚かなことは速やかにやめよ、と時ながら、自分たちが無駄なことを繰返してはいられない。まあ、人間の性《さが》なんて、100年、 200年では変らないことは私たちも生きていた頃の記憶から当然解ることだからね。』
……で、ページを繰ると、この霊の雰囲気は去っていった。