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優しさ

2005/04/22

2005年 04月 22日


 人は、自分がもたぬものを切実に求める。優しさを求める心も同様だ。「私は人に優しくしている!」というものは多いが、ではなぜ、他の優しさを必要とするのか。自分に厳しいからこそ、人の優しさを求めているのではないか。

 人は安易に自分に厳しくする。怠惰は危険であるが、厳しすぎれば傷つくのは他人も自分も同じ事だ。誰かの優しさを必要とするほど、自分に厳しすぎるのでは、持っている優しさというのも、いかなる下心があってのことか、判りはしない。―― 他からよく見られたいが為に優しくして、その演技が受入れられないからこそ、優しさが欲しいと不満をいっているのではないか?

 確かに、人は社会の中で暮し、孤独は耐え難い。それも又摂理、自然な反応ではある。だが、世の中には本当に優しさが足りないのであろうか?

 足りぬのは、優しさの意味への理解であろう。すなわち、人に偽りの優しさを与え、偽りの優しさで騙されるから、世の中に偽りの優しさばかり溢れて、いくら得ても歓びが生じないのだ。

 偽物が多い世の中で、必要なのは本物であり、本物を欲しがるならば、自ら本物の優しさを会得せねばならぬ。人は自分にもたぬものを切実に求めるが、無いことに不満が生じるとき、自分の貧しさを振返らねばならぬ。


「将来・未来」

2005/04/22

2005年 04月 22日


 人々は、天の運行、時の流れに何らかの意志が潜むと考える。だが、それよりも直接的な働きをするのが自分自身の心である。人はどういう明日を作りたいのか。それを思わざる人にいかなる明日が来るだろう?

 将来とは、未来とは、えてして予測不能ではあるし、人の意図に背くものだが、やはり作り上げていくものなのだ。

 秋の稔りの豊かさを求めるなら、丹念に土地を耕し、種を播き、そして雑草を取除かなければならない。それを忘れて稔りだけを願うなら、それは将来・未来の作り方を知らぬというべきか。

 明日を創る……気をつけねばならぬことは、往々、成功者と呼ばれるものは、明日を創ることを楽しみ、その過程のなんたるかを意識しない。そして、明日を作り損ねる人は、作る事に苦しみ、その過程に小細工を弄しすぎる。

 人に人情は通じても、天文・気象に人情は通じない。真心の大切さを思うべきである。そのためには、自分の行為のあり方を結果から学ぶ努力が必要だろう。


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