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先祖供養

2005/03/21

2005年 03月 21日


 日本の霊媒の多くは先祖供養を重視いたします。まあ重視というか敵視する人も決して少なくはありませんが、私に限って言えば、先祖供養を重視しつつも、人に先祖供養を勧めたりは致しません。それは供養する心のなんたるかを理解しないで、先祖供養をしても意味がないと思うからです。要約すると……「この先祖が居るから今の幸せな自分があるんだ……」と、素直に感謝の念が沸上がってくる様な心を育てることが霊媒の使命であると考えているからです。ただ墓参の回数や仏壇磨きの数で先祖が向上していくと勘違いされたら迷信の助長になるでしょう。

 実際、オフ会参加者の多くは、護られている自分、の認識を参加の都度、いや、日々の生活の中で強め、高めていった事と思います。その決算がいわば3月20日のオフ会だったわけです。

 とはいえ、別段、何か儀式めいたことをしたわけではありません。なにぶん、儀式的なことは僧侶・神官の職域というか、飯の種です。心霊を商売にする気のない私などが手を出すべき事ではありません。感謝の祈りすら挙げることなく、むしろ、宴会に置いてきぼりされたかのような不平不満が口を衝いて出たぐらいでした。

 せいぜいが、参加者全員に、判る限りで良いから家系図を作りなさいと勧めただけのことで、血の繋がり、縁の繋がりを再認識することには充分な意義もあれば、それなりに楽しい経験であったようです。――それだけのことです。

質疑(アフター・オフ会中にお酒を飲みながら)

Q 「霊界は階層世界だとのことですが、意味がよく分りません」

A 「この店には大勢のお客さんが、グループを作ってそれぞれテーブルを囲んでいますが、心霊の話をしているのはこのテーブルだけで、テーブルごとに行き来はありませんよね? 同じ店にありながら、それぞれが別な世界を作り上げているわけです。霊界も一つの世界のようですが、そこに暮す霊たちが様々なグループを作って、それぞれが一つの世界のようになっています。」

……地上において、又物質的な視点、即ち肉体だけに注目するなら、すべての人は一つの階層の上で暮して、それぞれを訪ねることは不可能ではありません。しかし、死後の世界、想念の世界においては、それぞれの心境に応じて、行動の自由度が異なります。

 たとえば偏見に囚われている人は、自分の属するグループから表に出ようとしません。外部から入ってくる者まで拒絶しようとします。このように自閉的な霊たちは、下層霊界に暮すと表現されます。又一方では様々な意見に触れても自分を見失うことのない自由な霊魂は、あちこちを旅して廻る事が出来ます。そして自由度が高い霊であっても理解の出来ないことは存在しないに均しいわけで、自ずと底に自由さの限界が生じます。

 さて、行動の制約が多い霊魂にしてみれば、自分の属するグループ外の誰かと面会したくても、相手の境涯にたどり着くことが出来なければ面会することが出来ません。反対に行動の自由度が大きな霊であっても、偏見や独善に捕われている霊では、面会希望しても気がついて貰えないことが往々にあります。

 つまり、自由度(心境・境涯)が同レベルの霊魂同士はすぐに会えるし、高い霊が下層を訪ねることも比較的自由に出来るのですが、下層から上層を尋ねることには無理が伴うのです。

 ところで、地上に暮らす子孫のことは、階層に関わらずおおむね皆、関心を持っていますので、地上が音頭をとると、階層をまたがった集会が行いやすいのだといいます。――2月のオフ会で、私が受信した、「先祖供養」という言葉で表現した要望とは、この階層を跨った一族会同のチャンスを作れというものだったのです。

オフ会前・オフ会中

 いつも友人と連れだって参加してくれている方から、「最近ラップ音が酷くて」……とのメールを受けました。私が精神統一してみると、「先祖供養の日」に向けて、歓び張切っている祖先の霊たちがいると感じ、その旨を返辞して、オフ会の日を迎えました。

 オフ会で、その後の話を聞いてみると、そのメールと前後してぱたりとラップが止ったそうです。

 興味深いのは、同じ参加者である友人が訪ねてくると、ラップ音も雰囲気も鎮まるのだそうで、曰く――「お行儀よくしている」

 ラップ音と言っても家の軋み程度の音だということで、それこそ本当に家の軋みかも知れません。誰が居ても構い無く鳴るのであれば霊とは思わぬ事でしょうが、友人が来ると鎮まるということから、やはり霊起因の音なのだろうと信じる次第。

 というわけで、ラップ音の具合で、やはり今回の、先祖供養――というより、一族会同がうまく行ったのだ、と認識したという訳です。

オフ会中

 今回は、会場の使用時間が長かったため、15分前後の統一を7回ほど繰返しました。ところが霊査がおりず、苦悩したのはオフ会レポートにあるとおりです。最もその実体はというと、霊査がおりないというよりも、霊査をとるべき私も、皆と一緒に船を漕いでいたのですが……

 不謹慎という意見も多いことでしょうが、理想的な瞑想状態は、睡眠と覚醒のぎりぎりのラインを維持することなのです。この状態下でこそ明瞭な霊視も可能となります。もっとも「願事を叶えるのには」まで書取りつつ、一線を越えて私が寝てしまったのは、参加者からブーイングが巻き起りましたが……でも、時間になると皆起きるのです。これが昼寝と精神統一の違いです。しかも、起きて気分がすがすがしいと感想を述べます。

 もう一つ、私の半夢中に見た姿は、

 地平線の彼方まで続くかの様な、一面に花が咲誇る草原。あちこちに、三人、四人と、人がよりあって花を摘みながら会話をしている様……とても平和な光景です。――ああ、こういう集りが霊界で催されているのだ、と、感じ入った次第です。

オフ会後

 電車の乗継ぎが順調で、しかも車で駅まで迎えに来て貰えた……電車の到着とほぼ同時に車が到着する手際の良さ……さっさと風呂に入って眠りたかったのだが、「寝ぼけて書いた様なメモ(そのまんまだ)を清書しないと、訳が分らなくなるぞ」といわれて渋々整理をした。――そして朝。もう少し眠っていたい気持と、鼻水で溺れそうになっている現実の板挟みの中で渋々と起きあがった。恐らく……早く寝ても眠い朝を迎えたことだろう。

オフ会翌日

 幾人かの霊から、感謝のメッセージを戴きました。別段私が働いたつもりもないので、面はゆいのですが、きっかけを作ることも大切な仕事ではありますね。定期的に繰返していきたいと思いますし、幅も拡げていこうと思います。
 そして、私の守護霊からの通信ですが……『世話役が大変だった。あれに会いたい。かれに逢いたい。○○の指導を受けたい等々……世話役の人では充分に集めておいたつもりであったが、何とも手不足であった。今度は絶対に、オフ会とは別な日にしよう。』――全く同感です。


霊査事例: 2005年3月20日(東京オフ会)

2005/03/21

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


はじめに

 前回2月のオフ会において、「3月20日は先祖供養の日」と宣言し、予定を立てていたが、神ならぬ身には予測もつかぬ事態の推移により、なんとこの日が東京オフ会開催日となってしまった。しかも珍しく会場の手配がつき、いつもならば午前中だけの精神統一が、午前午後を費やしての精神統一が可能となった。――本来ならば張り切るべき3月の東京オフ会。が、参加する背後霊がいなかった。……今日ほど霊査を受けるのに困難な精神統一はなかった。

 これは焦る。答えがないのも答えの内、と、私は常々いうわけだが、遠路集まってきた人に、ただ座っただけで帰れというのは私の気持ちに重荷になる。

 すると……

『本日は、あなた方にとって祖霊を祀る日であるが、正しくは背後の霊達の休日である。だから安息にしてくれるのが何よりありがたい。』

『たしかに、何も持ち帰れないのは残念ではあろうが、物事が静まれば物事が見えやすくもなる。静かにすることにはそれだけで意義がある』

事例1

『「想念」の活かし方があなたに大切です。』

『意図が外れるのに、意図することを止めない。もっと直感を生かしてください。』

『まずは出来ることから始めましょう。』

『矛盾点を指摘すれば、相手は自己保身からあなたを拒絶します。むしろ、疑問点を尋ねることです。雄弁よりも単純な質問のほうが、相手に真実を強く認めさせる力があります。』

事例2

『「信念」を正すのがあなたの課題です。――恨みや妬みから足を引く人が見えます。周囲の言葉に耳を傾けることは誤解を解き、敵を減らす上で大切ですが、だからといって周囲の言葉に従うばかりでは、ちっとも前に進めません。融和を計りながら、でも信念を貫く、その方策を見出さなければ夢は叶いません。』

『あなたは自分を知らずに、自分を知る人を探そうとしていらっしゃいます。しかし、自分を知らなければ、どうして相手が自分を知っていると判断できるのでしょうか? ――人から認められたいという欲求は自然なものですが、その実現手段は充分に考慮する必要があります。』

『……幹部の育成を大切に。』

『あなたはとっくに気がついていらっしゃることですが――自分がどこに座するのが一番良いか、を考えましょう。あなたは事を始めるのが上手ですが、運営するのはあまり上手ではありません。ですから始めと、要所を確認するだけにした方がうまく行くようです』

事例3

『あなたは「表層」に流されがちです。うわべの言葉に振り回され、うわべの言葉に傷つきもします。もっと相手の真相を察する努力をいたしましょう。』

『「本音で語ろうよ!」でも皆、本音で語りはしません。あなたはとても幸せな人なのです。周囲の多くは、自分の欠点や弱点を素直に認められるほど強くないのですよ。だからあなたほど正直に本音を言えないのです。』

『おおむね順調、では次のステップについて考えましょう』

事例4

『「感情」への対処法があなたの課題です。』

『あなたの声で「だっさい、コミュニケーション法だな」と聞こえます。不平不満はもっともですが、文句だけでは発展がありません。』

『あなたの守護霊さんの声で、『理屈に理屈で返すのは不毛です。』といわれました。』

『腹が立ったとき、そのストレスをただ発散するのは無駄です。怒りを創造・創作に結びつけることは出来ませんか?』

 Q「……ではどうすれば良いのでしょう?」

 A「別な霊に聞いてみました。」

 『(相手のいうのは)理屈ではなく、言い訳と思え。言わずに出来るのであれば理屈などは言わぬ。理屈の相手が嫌であれば、相手が言い訳もせずにいられるように気配りせよ』

 Q「以前の霊査で、真心が大切といわれましたが、真心ってなんですか」

 A「廬氏に尋ねてみました。」

 『人々は純粋なる心を真心と呼ぶ、また、己の意識を心と思う。だが、心と真心は別なものである。真心とは意識に登らぬ心の働き、心の芯となる部分をさす。すなわち、自覚無く、自然に現れる行動――その動機をもたらすものが真心であり、意図し、思考した結果は、すでに真心とは呼べない。』

事例5

『「愛情」の意義を深く考えてみましょう。あなたの思い道理にする事が子供に対する愛情表現ではありません。子供の持ち味を伸ばすのが愛情なのです。』

『自分だって人から認められたいのです。子供たちならばなおのこと認められたいのですよ。』

『世話をすべき相手が多いから、(真心よりも)つい頭を使います。それは信頼関係が出来上がるまでの辛抱です。』

『「現実」に振り回されているから、何を得ても満足できずにいるのです。――たとえばどんなご馳走であっても、家族の世話をしながら食べるのであれば、お腹はふくれてもどこに入ったのか分からず、何やら物足りない気がするでしょう。楽しむときには、ただひたすら楽しむ、そう決めて現実を直視することが満足を得るために第一歩です。』

事例6

『「知性」の活かし方、応用が大切です。』

『言葉以外に成せるもの有り。その意味を知る。』――表現方法は必ずしも言葉に限りません。そして言葉にならぬ事こそが、人が一番伝えたいことです。それに気がつき、またそれを伝えるために何が必要なのでしょう?

『自分をプロデュースしてご覧なさい』

 あなたはあまり、無駄なことに頭を使いませんねぇ。美徳です。

事例7

『「意義」を見つけましょう。自分が感じ取っているもの、それにいかなる意義があるか、その意義を見つけたときに興味が広がります。』

『あなたの祖母様の声です。『可愛い、可愛い』と聞こえます。今まで緊張ぎみで伝わらなかった意志が、強く感じ取れるようになっているのです。意思の伝達の上で緊張がどれほど大きな障害になることでしょう。』

『あなたは、つい日頃から皮肉に走りがちですが、本来、人に多くを期待しすぎるあなたの性質が、無意識にバランスを取ろうとして皮肉な見方に流れるのです。つまりあなたが皮肉屋なのは信じすぎることの反発・矯正なのですから、皮肉は程々に、バランスを取るという目的を忘れぬようにいたしましょう。』

(事例4のアンサーを得た後)
『真心を観察なさい』――周囲の人々が無心に求め、無心に与えている真心を観察なさい。

Q『祖母は私にだけメッセージをくれるのでしょうか、他の兄弟はどうなのでしょう?』

A『水は洩れやすいところから洩れます。つまり、チャンスが多いからあなたに対して祖母様がメッセージを送るのであって、もちろん、他の子孫の事も気に掛けているのは間違いありません』

Q『母ではなく、祖母なのですか?』

A『人間に個体差があるように、死者の歩む過程も皆異なります。あなたの祖母様は信仰心が篤かったために、目覚めるのが早かったようです。また、子孫を思うのも強すぎると、苦しくて眠ってしまったり、弱ければ動機がなくて寝てしまったりします。つまり休日などに人に合う約束でもないと、ついうたた寝で過ごしてしまうようなものです。
 また信仰心が篤いといっても、人によっては欲心を念じることを信仰だと勘違いしている場合もありますので、一見しただけでは、本当に信仰心が篤いかどうかは分からないものです。大切なのは結果を見て判断することなのでしょうね。』

事例8

『「豊かさ」を活かしましょう。折角持っている才能やチャンスを無駄に使ってはもったいないですよ。』

『あなたは、頭で考え得る完全な仕事を追求していらっしゃいます。ですがそれでは工夫の余地がありません。』

(事例4のアンサーを得た後)
『我を忘れて動物と一緒になって働く。動物には理屈は通じません。つまりあなたは真心の大切さを誰よりも学んでいる人です。』

『同情の次は導くことだ』――共感力の強い人は、病人などの痛みも共感してしまいがちです。でも痛いものを痛いと感じただけではお互いに辛いだけ。その苦しみを和らげる手段を獲得してください。

特殊事例1

Aさん、Bさん、あなた方お二人とも神社参りがお好きですが――連関した霊査内容です。

Aさん

『神社参拝の効能は、神様からのお助けを得るよりも、自分を信じて行うところにあります。つまり自信が無くて出来なかったことも、神社参拝するとなぜかできそうな気がして、何とかなってしまう。だから神社にお参りして良かった。と感じているのです。』

Bさん

『まず自分の力を百パーセント出すことです。百二十パーセントの力を求めるのはその後にすべきです。――あなたにいうことではありませんが、どうも人々の多くは、実力を惜しんでお助けだけを欲しがります。そういうさもしい気持ちでは出来ることも出来なくなって当たり前でしょう。
 自分の実力さえ充分に出せずにいる人が、実力を充分に発揮できれば自ずと幸せになるはず。欲をかくのは、限界を極めてからで良いというのは自然な発想ですよね。』

特殊事例2

Cさん、Dさんに連関した霊査内容です。

Cさん

『発想の転換、家庭内起業』と聞こえます。『アクセサリーの製作販売をなさい。私が指導します』とのことです。要するにあなたの指導霊になりたいという申し出があります。

Dさん

『あなたのパートナーと力を合わせて小物を作って売るのも面白いと思います。』


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