心霊主義再考
2005/03/102005年 03月 09日
――原点回帰――
予定ではかなりの分量になります。多忙な時機に、そして、需要の高まる時機に、落ち着きのない時機にこのような文章を纏めるのは、きっと必然があってのことでしょう。決して、うまく纏められない言い訳ではないはずです。
――イントロダクション――
ガイドラインとして、しばらく雑然とした言葉が続きます。
――
120パーセントではなく100パーセントが目標。
心霊相談を受けていて、強く感じるのは懸命な相談者ほど、自分の実力を越えた要望をしがちである点です。人には器があります。理解の限界、才能の限界。その限界を打ち破るのが人間の底力であるかのように思うのは、傲慢であるというのが私の直覚です。そもそも、物質的なものには必ず限界があり、無理は長続きせず、作用には反作用が伴います。
私は思います。「想いは限界を破る」……私はこれを否定します。
限界とはすなわち限界、つまり越えることの出来ない境界の事です。それを越えることが出来るとしたら、それは限界を越えたのではなく、限界と思っていたラインが間違っていたと言うことだと信じます。
すなわち、人々は100パーセントを超えるために努力を重ねるが……人々に必要なのは実は、100パーセントに近づく努力であると言うことです。人は失敗を恐れて自分の可能性を低めに見積もり、それでも達成できないと悩んでいます。ごく稀に自分で引いたらラインを突破できたものが有頂天になるが、それは物質的な限界を超えたのではなく、自分で勝手に引いたラインと遊んでいるだけだと私は思うわけです。
一歩引いて論点を纏めます。――なぜ人は他に勝つことを強く求めるのでしょう。自分に勝つことを忘れてまで。
先祖供養
先祖供養はとても大切です――といって先祖供養のなんたるかは理解しがたい。いや、一から十まで本当に迂遠であればむしろ楽なのです。こういう時には反対に考えてみると糸口が掴めたりいたします。
どのような人が先祖供養を軽視するのでしょうか?
先祖供養はとても大切です。――先祖供養を軽視する人々の様になりたくなければ。